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情報の共有は大事

 早めの昼食を取りながら、鉄黒との話を報告することになった。

 本当は早く紫黒に会って話をしたかったのだけど、護衛のリックや目を覚ましたジャスが聞きたがったので優先した。情報の共有は大事だしね。


 ジャスはベッドから出られる状態でなかったので、ジャスの部屋で食事をとることなった。

 血まみれだった部屋はきれいに片付けられている。先ほどはなかった小さめのテーブルをたためる椅子が囲んでおり、簡単な食事の詰まった箱が置かれていた。芝居を見に来た人々に配られるお弁当と同じものだそうだ。開けると、色とりどりのサンドイッチとつまめるおかずとかわいらしいデザートが入っていた。これに飲み物が付き、座席で芝居を楽しみながら食べることができるという。


「すごいなあ」


 感心していると、お茶を入れていた店員が嬉しそうに胸をそらした。ものすごい豊満だなあとリックが呟き、叩かれている。


 部屋には俺の他に5人いた。部屋の主であるジャスの他、ジェローム、ルイス、リック、冒険者ギルドのマスタードアラ。ドアラはつい先ほど店のほうに視察に来て、そのままここに連れてこられたと言っていた。


「なんか大変だったんだってねえ。ベルちゃんだから仕方ないって話かい?」


 包帯ぐるぐるのジャスと俺を見て苦笑する。俺だから仕方ないって、ドアラ……。俺の認識どうなってるんだよ?

 ちなみに俺はジャスのすぐわきに椅子を持ってきて座ってて、テーブルはジェローム、ドアラ、ルイス、リックが囲んでる。ジャスがそう望んだからで他意はないけど、ルイスはなんとなく居心地悪そう。まああのメンバーじゃねえ。


 食事をとりながら(ジャスは手がしびれて動かしにくいとのことで俺が手伝った。あーんとか言ってくる20歳の男……。なんだかなあ)まずジャスが話をした。


 大蛇退治派のボスである魔術師と呪い師はそれぞれ蛇の化身であること。

 呪い師のグレイスに気に入られ、魔術師に眷属を憑けられたこと。

 眷属は仲間だったらしい蛇なこと。

 三人とも大蛇や蛇たちを恨んでいるようで、殺そうとしていること。

 そのためにジャスやエルファリア商会を利用しようとしたこと。


「取り憑かれてた時のことは憶えてる。ひどいことをしちゃったね。ごめんなさい」


 ジャスが頭を下げると、ジェロームは食事を中断してジャスのベッドに座った。軽く頭を叩いた後、抱きしめる。


「ジャス君はほんと可愛いなあ。色々話したいことはあるけど、パパは我慢して後にするよ」

「……、うん」

「でもまあ、パパもいろいろ悪かったって気づいた。お互い言いたいことは言わないといけないね。ルイス君もだ。みんなでちゃんと話をする機会を作ってくれたってことにしよう」


 もう一度ギュッとしてから、ジェロームは席に戻った。なんだか嬉しそうにサンドイッチをかじり始める。ジャスとルイスは同じ速さで何度も頷いていた。

 いいなあ。こういう親子関係は俺にはない。


「そういえば、あの蛇は大蛇を殺すために冒険者を贄にするって言ってた」

「俺もそれは聞いたよ」


 ジャスの言葉を途中から引き継ぐ。


「鉄黒、あの蛇の名前だけど、は紫黒と同腹の兄弟だそうだ。蛇は卵から孵るから実際兄弟というのかはわからないけど、紫黒を恨んでいると言ってた。蛟になるためにたくさん生き物を殺して血を啜ったのでナナト様に嫌われて追い出されたとも言ってたよ」

「あ、それは僕も聞いた。血の味はとても良いのでナナト様に気に入られるように禊をしているときに近くに撒いたって言ってた」


 なるほど、それで血の味を思い出したんだろうな。諍いで流された血だったから、以前飲んだという不浄の味を思い出したのかもしれない。まったく、ナナト様はどこで血の味を覚えてきたんだか。


「冒険者を贄ってのはなんなんだい?」


 サンドイッチを食べようと大きく開けた口をいったん閉じ、ドアラが聞いてきた。ギルドマスターとしては聞き捨てならない言葉なのだろう。


「あの蛇が僕に『強いものを喰らえばその分の力が手に入る。戦いのできる冒険者を集めたのは贄としてだ。あれだけ喰らえば絶対に蛟になれる』って言ったんだ。魔術師たちも蛇だから、蛟になるためにたくさんの力がいるみたい」

「死ぬ間際に似たようなことを叫んでたよ。ナナト様が人を害してこの地に留まり、ワタシたちは人を喰らって蛟になるはずだった、と。奴らは大蛇を退治すると言って集めた冒険者たちを大蛇の目の前で殺し、すべて喰らってその力を奪うつもりみたいだね。さらに言うと、その時に流れた血をナナト様に捧げようとしているんだと思う。ナナト様は血を欲しがっていたから」


 そこでふと疑問に思った。

 ナナト様が血を啜った場合、禊をして蓄えた神力はどうなるのだろう?


 聞こうとしたとき、目の端に何かが動いているのが入った。黒く動く紐のようなものが窓に貼りついている。よく見るとそれはビタンビタンと窓に体当たりしている紫黒だった。


「蛇か」

「蛇だ」

「蛇だな」

「蛇だねえ」


 テーブルの四人はのんびりと窓を見ているが誰も動かない。たしかあの窓、ジェロームの許可がないものが入れないような術が施されてるんじゃなかったっけ? 内側からじゃないと開かないんだよな。

 って、ほんっとに誰も動かないし!


 急いで窓を開けたら、すごい勢いで飛んできた紫黒に巻き付かれた。二メートル越えの長い蛇が首周りに巻き付くとかなり苦しい。


『遅い!』

「ごめんっ!って、俺のせい???」

『父ちゃん!オイラの恩人をいじめちゃだめだからっ!』


 止めに入ったのは小さな灰色の蛇だった。この子は確か……。


『にーちゃん、助けに来てやったぜ!この灰青(はいあお)に任せときな!』


 思い出した。紫黒の息子の灰青だ。蛇の親子関係、すごく広そうだな。

 言葉通り、灰青は早速紫黒から解放してくれた。はあ、苦しかった。


「ありがとう、灰青」


 礼を言うと、灰青はとても嬉しそうに肩に乗ってきて、部屋にいる人々に向かって頭を下げた。くりくりとした黒い目が愛らしい蛇は、言葉は伝わらずとも確実に心をつかんだようだ。


「あらやだ、蛇なのになんだかかわいいじゃない」


 ドアラが笑っている。あとで聞いたが実は蛇などの長くてにょろにょろしたものが苦手なんだそうだ。なんでも冒険者をやめた原因がそれらしい。人は見かけによらないね。


 そのままジャスの横に戻ると、ついてきた紫黒はそこが定位置であるように俺の膝に乗った。長い体を器用に畳み、舌を見せる。


『こちらの準備は済んだ、と伝えてほしい』


 それから紫黒は蛇たちがナナト様を見送るため浜に移動し、最後の儀式の準備をしていると言った。準備と言っても大掛かりなものではないそうだが、ナナト様が水底から上がってくるときに目印となる大事なものなんだそうだ。


『時折、人が入ってやり直すこともあるのだが、今回は邪魔が入らず早く終わった。戻ってきて理由が分かったよ。町に人を留めていてくれたのだな。礼を言う』


 ぺこり、と頭を下げる紫黒。

 言葉をそのまま伝えると、ルイスはとても嬉しそうに笑った。仕事を褒められたことが嬉しかったんだろうなあ。わかるわかる。


『で、こちらはなんだか大変なことになっていたようだな。朝、何事もなく別れたヌシが弱り切った獲物のような顔をしているだけでなく、なぜそのように樹木の匂いをさせているのかも聞きたい』


 だよねえ……。


 かいつまんで説明すると、紫黒は時折シャーシャーと威嚇音を出しながら何度も首を振った。


『そうだったか。同胞が迷惑をかけた。すまぬ』


 膝から降り、ジャスの傍らに行って頭を下げる。

 雰囲気で分かったのか、ジャスは紫黒の首のあたりに触れ、ゆっくりと頷いた。


「君が紫黒だよね?」


 紫黒が頷く。


「君のことは鉄黒、でよかったんだよね? から聞いた。あいつは君のことを憎いと言ってたけど、心の奥では羨ましかったんだ。少しだけ同化してたからわかる。嫌な思いさせられたし、めちゃくちゃ痛い思いをしたから、ナレノハテになって消滅したって聞いた時はざまぁって思ったのにね、なんだろう、ちょっとだけ、寂しいなとも思うんだ」


 言いながら、自分で刺した場所を手で押さえる。応急処置でなんとか傷はふさがったけど、だいぶ跡が残っているそうだ。ミラなら綺麗に治せるのに。中途半端なことしかできなくて辛いな。


「憑かれてただけの僕がそうなんだから、同じ一族の君がブルータスやグレイスに対する気持ちは計り知れないと思う。僕に何かできることがあれば教えて」


 ジャスはにこりと笑った。


『ヌシの友はいい男だな』


 嬉しいことを言ってくれる。

 場が収まったので、先ほど気になったことを紫黒に聞いてみた。


「ナナト様が血を啜った場合、禊をして蓄えた神力はどうなる?」


 紫黒は首を傾げとしばらく考えたのち、答えた。


『奴らが捧げようとしている贄は手順を経ていないので「穢れ」になるだろうから、確実に消滅すると思う』

「手順がきちんとしていれば、血を啜っても神力は残る?」

『おそらくは……』

「その手順ってのは集められた冒険者たちを使って今から何とかできたりする?」

『どうだろう? 試したことがないのでわからないが、特別な血を持つモノがいた場合は手順を踏まずとも問題ない場合があると聞いたことはある。しかしその特別というのは何を指すのかは知らぬ。昔は知っているモノもいたと聞くが、ワシの代に知る者はいない。先代も先々代も知らぬだろうな』

「ということは、冒険者たちの血が大河に流れてナナト様に届いてしまった場合、ナナト様は大海の龍神様の元に帰れないってことなんだね……」


 こちらを見つめている面々に紫黒との会話を伝えると、全員が眉を寄せた。


「取り急ぎ冒険者たちの安全を確保し、大蛇の元に行かせないようにすることが先決か……」


 ドアラが呟く。


 リックと話している姿を見つめ、ふと思った。

 ナナト様がこの地にとどまった場合、ここはどうなるのだろう?

 女神のいる渡し場として栄える?

 でも俺がもしナナト様だったら?


「もし、パパがナナト様の御父上だったら、ものっすごく腹立つねえ」


 デザートの包みを開けながら、のんびりした声でジェロームが言った。


「配下の蛇を御せなかった娘も情けないし、娘の苦労を無にした蛇は憎々しい。娘の世話すらできない蛟なんて不要だよ。さらに言えば娘に牙を向けたも同然の人間の町なんて消したくなるよね」


 うわあ……。

 絶句する俺たちをジェロームは不思議そうに見る。


「人と龍神では違うかもだけど、自分の身に置き換えたらなんだかそう思ったんだよねえ。ドアラはわかってくれるよね?」

「まあわからなくもないけど。あんた、子どもらの前でそんなこと言っていいのかい?」

「大丈夫、この程度のことがわからない息子たちじゃないよ。ね、ルイス君?」


 ジャスは苦笑しているけど、ルイスは真っ青だ。脂汗まで出てる。

 まったく、ジェロームは人が悪い。以前ルイスが似たような失敗をしたのを知っていた俺は、何も言わずになんとなく味が薄くなったサンドイッチを食べた。


 ジェロームはナナト様の父君である龍神様の話と言ってたけど、ナナト様自身も同じ気持ちになるのではないかと思う。


 禊の折に人の血を垂らされていたと知ったら。

 自分の民である蛇たちが要求を拒み、自分の手から人を守るために騒動を起こしていたと知ったら。

 そのために民が割れていたと知ったら。

 さらにそのために父君のところに帰るための力を失ったとしたら。

 ナナト様はものすごく怒る。悲しみに暮れるかもしれない。


 そうしたら、この渡し場は確実に荒れる。龍神様の娘だ、その力は想像しがたいが、自然災害の比ではないだろう。渡し場として使えなくなるだけでなく、二度と人が、いや生き物が住める場所ではなくなると思う。


 ぞくり、と背が凍る。

 こんなところでのんびり食事をしていていいんだろうか?

 すぐにここを出て月白さんとも話をしたい。


「ベル?」


 黙り込んだ俺をジャスが覗き込んだ。水色の目に映った自分を見て我に返る。


「ああ、ごめん」


 顔を上げると、先ほどまで話し込んでいた皆がこちらを見ていた。なにかあったんだろうか?


「お前、すごい顔色だが、大丈夫か?」


 リックがやってきて額に手を当てた。


「熱はないか」

「ないよ」

「少し休むか? これから長丁場だぞ」


 過保護だなあ、護衛だからか、と苦笑する。


 そのとき、紫黒が俺に膝に戻ってきた。リックの顔をしばし見つめたのち、するすると腕を登り、首をくるりと巻き込む。そのまま体を伸ばして額に触れているリックの腕に絡みついた。


『ちょうどいい。しばし動くなよ』


 シャッ、と短く息を吐く。同時に首にチクリと痛みが走った。

 何か刺さったかなと思った瞬間、目の前が真っ暗になって、……。








読んでいただいてありがとうございます。


喪中なので年始の挨拶はできませんが、今年もよろしくお願いします。


※ジャスティンの年を22と書いてましたが20歳の間違いです。見つけ次第修正してます


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― 新着の感想 ―
[一言] ジェロームさん、いい父親ぢゃん。 明けましたねー。 おいらは喪中なの忘れてて年賀状の手配やら挨拶もしてた(^_^;)(笑) 最終的には同居してた訳じゃないし、かみさんのお祖母さんだからいいか…
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