できることしかできないから
痛みを伴う描写があります。苦手な方はご注意ください。
あらすじをあとがきに書いておきますので、血が苦手な方はそちらを見てくださるようお願いします。
止める間もなかった。
ジャスは自分の胸に突き刺したナイフに両手を当て、深く深く突き通すように押し込んでいる。
途中、ぐりぐりと柄を回すので、血が噴き出て辺りを真っ赤に濡らした。
「いだい、いだだだだ、痛いいいい!! こんちくしょー!!!」
口の端に血の泡をつけて叫ぶジャスの口からは、もう一つ、別の声が出ていた。
「やめろ、やめろやめろやめろ! 今更ワタシと離れられると思うな!!」
「やっかましい!!僕の体は僕のものだ!ううううう、痛い!いっったあああああいなっ!!このとーへんぼくっっっ!」
バリバリと異音を立てながら、ジャスはナイフを動かしている。しばらくするとナイフが刺さっている部分が盛り上がり、赤黒い丸い塊が姿を現した。塊に突き刺さったナイフで引き出すように持ち上げると、肉が避ける音とともに血が飛び散る。
ジャスの体は俺よりずっと小柄なのに、どこにこんな大きなものが入っていたんだ?
「うぉりゃああああ!」
悲鳴のように叫びながら、とうとうジャスは塊を切り離した。
ずるり、と落ちたそれはゆるりと動きながら長い紐のようになっていく。血まみれなのでミミズかと思ったが、すぐに蛇だとわかった。切り離されたほうも相当のダメージなのか、よろよろと這いずっている。
「ああ、痛かった……」
切り離した蛇を満足げに見て、ジャスはそのまま倒れた。小さな音を立ててナイフが落ちる。
俺と同時に飛び出してきたリックが蛇をつかんだ。血で滑る体はすぐにするりと抜ける。逃げないようにルイスが大きな袋をかぶせたのが目に入った。何とか捕まえたみたいだ。
だけど、正直そっちはどうでもよかった。
血を流して倒れているジャスのほうがずっとずっと心配だったから。
「ジャス!」
倒れた体を抱えると、ジャスはなんだか照れたように笑った。
「ベル……。ごめん、ねぇ。僕、さ……」
「いいから!後でゆっくり聞くから!今は治療させて、頼むから!」
「ふ、ふふふ、頼まれた。いい、ね……。親友っぽい」
弱弱しく笑いながら咳き込む。そのままがくりと力が抜けた。
ジャスの華奢な胸にはぽっかりと大きな穴が開いていて、血が流れていた。少しずれたら心臓や肺にかかっていたかもしれない。肉がめくれて肋骨が少し見えている。おそらく胸筋と肋骨の間あたりにいて、心臓あたりに侵食しようとしていたのだろう。
もう少し遅かったらと思うと血の気が引いた。とはいえ今でもかなりの重傷だ。
ショーンとオリーが医者をと叫んで走っていき、ジェロームも秘蔵のポーションをと口走りながら飛び出ていったが、とても待ってられない。
こんな大きな傷、俺の魔法で治るのか?
一瞬ためらったが、そんなことをしてる場合じゃない。
少しでも出血が止まるように。
少しでも痛みが取れるように。
少しでも傷がふさがるように。
願いながら、胸の傷に触れる。
傷めた足に触れたとき以上の激痛と衝撃に気が遠くなったが、それどころじゃない。俺の痛みはあくまでも共感だから、自分の痛みじゃない。ジャスはこんなに痛かったのに、力を振り絞って蛇と戦ったんだ。
俺にできる戦いは、こんなことしかない。
でも。
今はできることをするしかないんだ。
俺はいつも以上に魔力を調整しながら、傷に力を入れていった。
水は柔らかく。傷ついた組織を洗ってなくした血を補充するように流れを調整する。
土は穏やかに。傷つけられた場所を包み込み、修復を少しでも早める手伝いをする。
なくした血肉を戻し、痛みを取り、元通りにしたい。いつものジャスになってほしい。
そう思っても決して焦ってはいけない。無理な力で作り上げたものは体に馴染まずにすぐ壊れる。壊れたら元に戻るには倍以上の時間がかかるし、下手したら戻らなくなる。
俺の体の傷は早く治そうとして無理な力をかけた結果だ。子どもだったし時間もなかったので仕方なかったとはいえ、今も完治せず残ってる。体に刷り込まれた苦い思い出だ。
「ごめん、ジャス……」
うっかりすると涙が出そうになる。
ジャスはいつも笑ってるし、いつも俺を元気づけようとしてくれてるから、すごく悩んでいたのを気づけなかったね。
心の底で、俺が信じてないって思ってたのかなあ。
確かに、前にミラには信用しきれてないって言ったことがある。あの時は自分のことばっかり考えていたんだなって今はわかってるよ。たぶん、わかってると思いたい。
「ごめん、ジャス…………」
心の友って言われて、嬉しいんだ。
ベル様じゃなくてベルって呼んでほしいんだ。
もっと友達でいてほしいんだ。
まだ別れるのは嫌なんだ。
我儘だって怒ってくれていいから、頼むよ。
ごほっ、とジャスが血の塊を吐いた。
俺はジャスの体を横抱きにして自分にもたれさせ、血が喉に入らないように気を付けた。左手で頭を抱え、右手を胸に当てて治療の魔法を使う。
くらり、と目の前がぼやけた。魔力が少なくなっているようだ。
一度右手を離し、腰のポーチから魔力ポーションを出して飲んだ。一気に2本飲んだら舌がびりびりしたけど、容量以上飲んだのだから仕方ない。
ついでに癒し水をジャスの口に垂らす。喉が動いたので飲んでくれたのがわかった。そういえばジャスも癒し水が好きだったな。口元に少しずつ垂らしたらこくこくと飲んでくれた。少しは回復しているようでよかった。
もう一度胸に手を当てて治療魔法を使う。ゆっくりゆっくり、焦らない、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、少しずつ少しずつ力を加えていく。
ふと、子供のころに兄上に力を送っていた時のことを思い出した。
あの時は加減とかそういうのは全く分からなくて、毎回倒れていたなあ。そういえば兄上は俺が限界まで治療魔法を使ってもぜんぜん平気だった。自分を治療した時のように無理な力を加えていたと思うけど、副作用みたいなのはなかったな。兄上は規格外の魔力量だって神官長が言ってたから、俺の魔法くらいじゃ微々たるものだったんだろう。
成長して差が開く一方だなあ。まあ王様と張り合っても意味ないんだけどさ。
何だか関係ないことが頭をくるくる回ってる。
魔法を使い過ぎているのかもしれない。最近こんなに魔法使い続けたことなかったからな。怠けていた自分が恨めしい。
できることしかできないんだから、そのできることをちゃんとやれないんじゃだめだ。
ああ、何言ってるんだかわからなくなってきたなあ……。
そんなことを思っていたら、胸の奥がぽっと暖かくなったのに気づいた。
緑色の美しい輝きが意識を包み込んでいく。
この輝きは、どこかで見た。というかつい最近見たかも。
輝きはゆっくりと胸の中を一周し、螺旋を描いて頭のてっぺんに抜けていく。
『もうオレの助けがいるのか?』
ドライアド様の声がした。ふと見れば、半透明なドライアド様が目の前にいる。驚いて見回すと、ジャスを抱えた俺がすぐ真下にいた。視線を動かすと俺の後ろでおろおろしているジェロームや袋を離すまいとしているルイスの姿がある。魂だけ半分抜けかけているみたいな感覚だ。
「これは……?」
『ああ、ちょっとだけ時間を止めた。人の世は忙しなくていけないな』
ドライアド様はそういって笑った。その微笑みに強張った力が抜けていく。
『それにしても、たった2日で何故このような事態になっているのか。何をしたらそうなるのだと言いたいが、もともとトラブルを見に来ていたのだったな。苦労するなあ、ベルは』
愛称で呼ばれてしまった。本来なら恐れ多いとひれ伏すところなんだろうけど、なんだろう、このいたたまれない気持ち。
「それにしてもなぜここに? 大森林からは少し離れていると思うのですが」
尋ねると、ドライアド様は口をまっすぐに引き延ばしてにやりと笑った。
『そりゃ、ベルの様子を見に来たのだよ。命の危険がある魔力低下のときはわかるようにしてある』
「え?」
『神樹の樹液を飲ませてあるからな。私の末端と少しだがつながってる。まあ効果は1年ほどで切れるがな』
あの時いただいたお茶、神樹の樹液だったのか……。すごいものいただいてたんだなあ。味は、微妙だったけど。
『味は保証してない。文句言うな』
つながっているから考えていることは筒抜けらしい。ドライアド様に睨まれて、思わず苦笑してしまった。
その後、ドライアド様はジャスの治療のためにと樹液の入った小瓶をくれた。飲むと治療魔法に一時的だけどドライアド様の樹の魔力が付加されるそうだ。ドライアド様とつながっているのでできることだからジャスに飲ませても効果はないと言う。
ありがたく頂いて一気に飲んだら、頭の中がすっきりした。魔力が回復したんだと思う。
そのとき、すうっと落ちるような感覚があり、魂が体に戻ったのがわかった。指先まで神経が行き届く感じ。今ならもっと繊細な魔力を使って治療できそうだ。
『この男を回復したら、蛇を助けに行くのか?』
ドライアド様の問いに、はいと答えて頷いた。
「紫黒には夕べ世話になりました。今度は俺が紫黒のためにできることをしたいです」
『人の身ですべてはできなかろう? アナを泣かせたりしないか?』
「保証はしかねますが、できることしかできないので、できることだけやろうと思います」
ドライアド様は喉の奥で何か呻いたのち、俺の頭をげんこつで殴った。
痛くはないけど、なんだかすごく精神に来る。
『ヌシのせいでアナが泣くのは困る。仕方ない。今日だけだぞ、何かあったら呼ぶがいい。近くにいてやるから』
そう言い残し、ドライアド様は姿を消した。
同時に現実が戻ってくる。ふわふわしていた頭にものすごい衝撃を感じ、体が跳ね上がった。
「ベル!!」
気が付けばすごい勢いでリックに揺すられていた。目が回りそうだ。昨日もこんなことあったな。
「だ、大丈夫……、だから、揺すらないで……。酔う……」
体に力が入らない。ジャスを落としたのではと心配したが、そちらはジェロームが引き受けてくけていた。俺の体に手を添えて、一緒にジャスを支えてくれてる。
「あと、少し……」
俺はドライアド様にもらった樹の魔力を土の魔力に混ぜて練り上げ、ジャスの体に注いだ。勢いづく水を制御しながら少しずつ治療していく。
ドライアド様の力添えのおかげで、応急処置は無事終わった。出血が止まり、傷口もふさがった。あとはちゃんとした医者に診てもらうだけ。
魔法を閉じると、どっと疲れが出た。冷たい汗が背中を落ちていく。
ぐらりと傾いだ体をリックが支えてくれた。さすがリック、頼りになるね。
「話を聞きたい相手がいる。力を貸してくれる?」
ルイスが抱えている袋を指さすと、リックは大きく頷いた。
読んでいただいてありがとうございます。
今回のあらすじ
・ジャスが自分にとりついていた蛇を自力+物理で引きはがした!
・ベルが魔力切れ起こしながら必死で治療!
・ドライアドが来てちょっとだけ助けてくれた!
・これからジャスについてた蛇を尋問する! ←つぎはここ
次回も読みに来てくれると嬉しいです。




