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自由市

 思った通り、エルファリア商会はごった返していた。

 いつもの10倍は人がいるんじゃないかな? 店内だけではなく、外にまで大きな箱が並べられ、人々が列を作っている。店にたどり着くまで一苦労だったし、リックとははぐれてしまったよ。


 並んでいる人々に近づいて適当に話しかけたら、笑顔で応じてくれた。


「並んでる奴ら? ああ、みんなこの町の小売店の商人だよ。いつもは店以外の場所で商売すると露天商の登録がいるんだが、今日は無礼講だそうで、町のどこで物を売ってもいいんだそうだ」

「売るものがない奴らは、登録後、隣の列に並んだら、そこに積んである商品すべてを、最大量は決まってるが仕入れ価格で売ってくれると言うんだぜ。しかも支払いは売り上げからと言うし、仕入れ代に売り上げが追い付かないときは、渡し船が戻ってきて商売が安定したらでいいって。もちろん借用書は書くし、担保も入れるけど、返済時の利子は一切つけないし催促もしないと」

「本当にありがたい。商人にとってこれ以上のことはないよ」


 つまり、ジェロームに倉庫を開けさせて中身を委託販売させるってことだね。登録場所にいる人の腕に商業ギルドの腕章があるからギルドを通したようだし、さすがルイス、ぬかりがない。

 周りを見るとエルファリア商会だけではなく、いくつかの商会の前でも同じように列を作っていた。抜け駆けを嫌ったと言うわけではなさそうだ。萎れていく街の様子に一番心を痛めていたのは住人だったんだろうな。大変そうだけど、店員たちの顔が生き生きとしている気がする。


「うちの店の野菜は一昨日全部だめになってしまってね。叩き値で売ったらうちの首が締まるから、家族でなんとか食べきったが、今後どうしようと悩んでいたところなんだ」

「このまま市場が閉鎖していたら首くくるしかない」

「うちは魔道具屋だが、作っても売れないから思い切って引っ越そうかと思ってたところさ」


 並んでいる人々の口から生活の辛さが伝わってくる。いたたまれないが、明日には元通りになるはずだから、もう少し我慢してくださいと心で呟く。


 奥にあるエルファリア商会の建物からは人がひっきりなしに出入りしている。


 見た目が商人じゃない人もたくさんいた。奇抜な格好をしている人は役者らしい。たくさんの荷物を抱え、町の中心部に向かって駆けていく。たしかそっちには芝居の一座がいて定期的に舞台をしていたが、今は沈黙していると聞いた。今日は大々的に公演するのだろう。


 料理人が大きな袋を抱えてバタバタと走り回っていた。あちこちからおいしそうなにおいが漂っている。よく見ればエルファリア商会の近くに簡易屋台ができていて、たくさんの料理人が慌ただしく動いていて、出来上がった料理が積まれている。朝の賄いらしく、手の空いた者がやってきては食事をとっていた。座るところがないので簡単な食事のようだが、あちこちから笑い声が聞こえてくる。

 入り口近くでぱくぱくつまんでいるリックを見つけた。さすがというかなんというか。そっと横を通り抜けようと思う。


 明らかに昨日と違う街の様子が嬉しかった。

 一晩でルイスはとても頑張ったようだ。よーし、俺も頑張ろう。




 受付に寄って、会頭の執務室に行く。扉を開けると魂が抜けた顔で机に突っ伏しているルイスと、にこにこしながら紅茶を啜っているジェロームが迎えてくれた。


「おはよう、ベル君。気持ちのいい朝だね」


 すごくよく寝た朝のような顔をしているが、隣のルイス以上に仕事をしていたと受付で聞いている。この程度仕事ではないと受付嬢も笑っていたので、繁盛期の商会の大変さは想像を超えるのだろう。


「まあ座って。リック君はまだ来てないけど、時間がないのでさっと打ち合わせをしちゃおう」


 そう言って、ジェロームは書類を机に並べだした。


「リック君の案ではうちが後援しているホープス一座に大々的な公演をしてもらい、町の人々を全員招待して食事もふるまう観劇会なるものをということだったけど、それだと芝居に興味がなくて食事も好みでない人は来てくれないかもしれないと思ってね。この町の特色を生かして自由市を提案してみたんだ」

「自由市、ですか?」

「ああ。この町では初めての試みだけど、ラメール国ではやってる町もあるんだよ。蚤の市とかいうんだったかな? 決まった場所を区切って小さな店を出せるようにして貸出し、借主が商品を持ち寄って売るんだ。この町では基本的に店以外の販売は露天商として登録するから登録料がかかるんだけど、自由市会場での販売ならそれはいっさいなし。蚤の市では出店料を主催者に払うって聞いてるけど、今回はそれを商会で負担する形にして、誰でも自由に商売できる形にしてみた」


 商売を絡めてきたんだ。すごいなあ。


「でも今はみんなお金も手元に少ないだろうからね。買い控えがあるかもと考えて、こんなものを使うことにしたよ」


 言いながら、きらきらとした手のひらサイズのカードと四角い箱のような金属を出してくる。


「これは?」

「うちの商会で最近作ったものでね。買い物をするときはこのカードを使ってもらう。カードは配布した時に魔力を通してもらい、各個人を識別させる。こうしないと使えないよ。買い物をしたらこう、箱にかざして」


 よく見ると箱にはカードと同じ大きさの枠が書かれていた。そこにカードを置くと、箱が一瞬光り、にゃおん!と猫の鳴き声のような音が響く。


「この音が鳴ったら支払い完了。完売や市場終了などで店を閉めるときに、箱をエルファリア商会に持ってきてもらうと、店員がその場で記録を読み取り、仕入れ値を引いた売り上げをその場で店主に渡す。各自の支払い分は2週間後にうちが取りに行くってことになってる」


 これはすごい!と言うか、店員さんたちの労力がすごい。ルイスが倒れてるのも納得だ。

 でも待てよ、これって、使い放題使って支払いしないってパターンもあるのでは?

 聞いてみると、ジェロームは困った顔で笑った。


「いろいろ予想できるけど、試作だからねえ。正直こちらのリスクは大きいんだ。だからまだ流通は早いと思ってたんだけどね。まあ、今日だけ使えるようにするし、支払いできる上限を設定してるから、そこまで被害はないと思うよ。冒険者用のカードについては、冒険者ギルドに後ろ盾になってもらう許可がさっき来た。未払いは依頼で賄うようにするってさ」


 このカードが王国内に出回ったら生活が便利になるんだろうな。でも逆に破産する人も増えそうだ。なんにでもリスクはあるから使う人次第ってことか。


「これが今日の計画書。商業ギルドには昨日の夜に提出済みだよ。ご近所さんには迷惑かけないように事前に挨拶に行ったら、ぜひうちも話に乗せてくれと言うことで、見た通りのことになってる」


 挨拶か。まあそれだけじゃないんだろう。いろいろ考えると怖くなるからやめとこう。


「エルファリア商会は実質元締めだから自由市への参加ができないんでね、在庫処分を兼ねた委託販売にしたよ。ルイス君が立てた計画だからちょっとガバガバなんだけどね。その辺はパパが温かく見守ってるから安心してくれていい。もちろん、各出店者は自分の店舗の商品を販売してくれてかまわない。自由市だからね。そこで食事もできるようにテーブルとイスも置いてもらったよ。みんな夜通し走らせちゃったけど、お客様に満足してもらえるのは商人の誇りだからね。店員一同頑張ってくれてるよ」


 ここのいるすべての人が徹夜だそうで、頭が上がらない。


「芝居のほうはいつもより大きな舞台を町の中央広場に設置してるとこ。昼と夜の二回公演予定で、人気の演目と最新のとやるって話だよ。たしか婚約破棄の奴じゃなかったかな」

「……、それだけは、勘弁してくれないかなあ」

「うちの町でも人気だから無理だね。ちなみに王弟殿下の役は一座の花形がやるそうだよ。挨拶していくといい」

「遠慮します。と言うか逃げますから」


 そんな話をしていると受付嬢がリックを連れてきた。いい匂いのする袋をたくさん抱えている。賄いをたくさんもらったらしい。昨日自分が伏せていたところにルイスが伏せているのを見たリックはしみじみと同情の視線を向けた。


「書類仕事って大変だよな」


 ぽん、と肩を叩く。

 ルイスは脳筋じゃないけどね、とは口に出さなかった。




 話が終わったので、ナナト大河の蛇神の祠に向かうことにした。紫黒がすでに待っているはずだ。


「それじゃ、そろそろ行きます。ジャスは帰ってきてますか? 一緒に行こうと思ってたんだけど」


 部屋にいるのは俺と、ジェロームと、ルイスとリックだけ。ここにいてほしい人が一人足りない。

 ジャス、と口に出した瞬間、ジェロームの笑顔が凍った。伏しているルイスの肩もびくっと竦む。ルイスはともかく、ジェロームがこんな顔になるのは珍しい。

 嫌な予感がした。


「ジャスに、何かありましたか?」


 背中を冷たいものが伝う。ちゃんと昨日確認すればよかった。


「見てもらったほうが早いか。ベル君、悪いんだけどちょっとついてきておくれ」


 ソファから立ち上がったジェロームには先ほどの饒舌さがなかった。



 ジャスの部屋の前に行くと、扉の向こうから何かが叩き付けられる音がした。


「出せ!出せよ!なんで閉じ込めるんだよ!!」


 ダンダン!と中から扉が叩かれている。ドン!と言うのはジャスが体当たりする音だろう。軽い体でこんな頑丈な扉が開くわけがない。


 扉の前には深刻な顔でうつむいている執事のショーンとメイドのオリーがいる。二人とも学院時代からの知り合いで、子供のころからジャスについている使用人だ。

 二人はジェロームと俺を見て深く一礼した。


「相変わらずか?」

「はい」


 二人は今までに見たことのない辛そうな顔をしている。オリーは俺を見て泣きそうになっていた。


「ベルグリフ殿下、ご無沙汰しております」

「久しぶり、オリー。元気だった?」

「はい……」


 部屋の中から騒音と一緒にジャスが叫ぶ声が聞こえてくる。こんなことは初めてだ。何があったんだろう?


 ガチャンと大きな音がした。中にあった何かが割れたようだ。苦しげな呻き声あと、絶叫が響く。


「ジャス!」


 俺は思わず扉を開けて中に飛び込んだ。







読んでいただいてありがとうございます。

今回もまた、突っ込みどころの多いふんわり設定でお送りしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 婚約破棄の演目(笑) 観てみたいww
[一言] 聖女様ェ… 因みにウチの方はイ◯ン系スーパーが無くて該当コンビニも近所に無いので電子マネーはキリンとペンギンですね(どうでもいい個人情報) これで行く行くはこの世界にもファンタジー冒険者カー…
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