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細い月の夜 2

 夜は騎士団の宿泊所に泊めてもらうことになった。他の騎士団の騎士が来た時のために常に3部屋ほど空いているそうだ。

 アランは来賓用の部屋に泊める予定だったみたいだけど、騎士の宿舎のほうに入れてもらった。冒険者で来ているのに団長の客間なんてありえないしね。


 食堂で食事をとり、しばし雑談。

 リックが空っぽの樽を持ってきて、土下座して頼むので、仕方ないから癒し水を作った。冒険者ギルドで作った時より少なかったけど、疲れてたのかヘロヘロになっちゃったよ。ひょっとしてこのまま休めと言うリックの心配りかと思ったけど、全然違った。人一倍癒し水を堪能している姿を見たらもう苦笑するしかない。

 ポーションの空き瓶をもらったので、3本分詰めて自分のポーチに入れた。割れないように気を付けよう。


「いやー、やっぱりベルのダシはいいな」


 リックは心から嬉しそうだ。なんであんなに好きなんだろうなあ? まあ喜んでくれるのは嬉しいけどさ。


「だからダシじゃないってば」


 このやり取りも何回目だろう。食堂にいた騎士たちもダシと言い出すし、参ったよ。

 騎士たちは興味津々で癒し水を飲んでいた。飲んだ騎士は口々に体が楽になったと礼を言いに来た。心なし表情も明るくなっている。役に立ててよかった。


「そういえば、町に行ったときの話なんだがな」


 騎士の一人が水のジョッキを置いて話し始めた。


「町の雰囲気がすごく悪くなってて驚いたんだが、あれはなんかの(まじな)いじゃないかって話が出ているらしい」

「呪い?」

「ああ、些細なことが重なって心に不満がたまっていく呪いが南の島国にあるって話だ」

「なんだそりゃ?」

「そうだな、例えばいつもニコニコしてる花屋の娘さんが口をへの字に曲げて花を折ってたり、ちょっと体がぶつかって舌打ちされた相手のことをいつまでもくだくだ根に持ったり、そんなちっさいことが表に現れる呪いだそうだ」

「ちっちぇなー。というかそんなん町にありふれてるじゃないか」

「確かにな。ただ、それがやけに目立つようになっただろ? 大蛇が渡し場を封鎖しているせいで生活が回らないからイライラしてるってだけだと思うんだが、あれは呪いのせいだって、町に行くとそんな噂があるんだよ」


 南の国の呪いか。

 呪いは魔法と違い、直接的に人の心に結び付くから、そういう噂も出るのかもしれない。魔法だったら『魅了』や『服従』などの心を操るものは呪いに近い。状況を利用して不安を煽ってる者もいるのかもしれないな。


「正直、俺も街に行くとなんだか無性に腹が立ったりするなと思ってた」

「俺もだ」

「俺も。気のせいじゃなかったんだな」


 呪いのせいだと言うことで安堵している騎士が何人かいたが、確証がないのにいいのかな。

 そう思っていると、先ほど大蛇退治派の情報を持ってきてくれた騎士が申し訳なさそうな顔でこちらにやってきて、頭を下げた。


「さっきはすまなかった。何かわからないが、ものすごいイライラしてたんだ」

「こちらこそ。生意気なことを言いましてすみませんでした」

「……、お前、いい奴だなあ」


 手を出してきたので握ったら、ものっすごい握力で手が痛くなった。普段から武器の鍛錬をしている騎士たちの握力は半端ない。武器を握るってすごいことなんだと実感する。一応俺も剣の鍛錬はしたんだけど、振り下ろすたびに剣が飛びそうになって怖かった。今思えば握力が足りなかったんだなあ。


「魔法使いにそんな握手しちゃイヤですよ。痛いなあ」

「はっはっは、悪い悪い」


 ロイと名乗った騎士は楽しそうにカラカラと笑った。先ほどとは別人みたいだ。


「水飲んでからすーっと気持ちが晴れたんだよ。すごい効き目だな。ありがとう」


 そりゃよかった。


「水を作らせた俺の手柄だな」

「ちょっと何言ってるのかわからないんだけど?」


 腹立ちまぎれにリックの胸を小突いたら、兄上の腹筋より硬くて手が痛くなった。現役冒険者の胸筋め。

 息を吹きかけながら真っ赤になった手を振っていたら、周りの騎士たちが笑い出した。なんだかなあ。


 場が和んだので、気になってたことを聞いてみることにした。


「差し支えなかったら、いつからイライラしてたのか教えてくれる?」


 ロイは首を傾げて考えたのち、手を打って頷いた。


「えっと、たしか……、そうだ、商業ギルドに潜入した時からかな? 大蛇退治派の会合を探りに行ったときだ。すげえ美人なねーちゃんがいたよ」

「噂の呪い師かい?」


 リックが尋ねる。


「多分そうだと思う。そのねーちゃんの周りだけ何というか空気が違ったからな」


 話を聞くと、ロイは冒険者風の身なりをし、参加者に紛れて会合に参加していたそうだ。商業ギルドの会議室に200人は入りきらなかったので、これ幸いと入り口近くに潜んでいたと言う。


「周りの雑談がうるさすぎて話を聞くのも大変だったが、明日になったら行動すると黒いローブの奴が言っていたのは聞こえた。呪い師がなにやら呟いた後、すごい勢いで出ていったのも見たよ。隣の部屋にいた子どもに絡んでいたが、のぞき見程度しかできなかったから、何を言ってるのかはわからんかった」


 子ども……。

 ちょっと引っかかるものがあるけど、まさかジャスのことじゃないよなあ。20歳の男だし。さすがに子どもってことは、……、ないと思いたいな。


「呪い師の話は町でもよく聞くな。そんなにいい女なのか?」


 隣の騎士が声をかけてくる。ロイは大きく頷いた。


「そりゃもう、震い付きたくなるような美人ってのはあの事を言うんだと思うぜ。まっすぐな黒髪に南国の黒い肌。釣り目がちな涼しい目をしてて真っ赤な唇から出る声は蠱惑的だ。それに何といってもあの体!一晩でも二晩でも付き合いたくなるってもんさ」

「おいおい、騎士がそんなこと言うなよ。お下品だぞ」

「いやいや、そんな気にさせられる女ってことだ。身のこなしもしなやかで、それこそ蛇みたいに音もなく動く。おっと、蛇だと退治されるか」


 笑いが起こる。

 だがひとしきり笑ったのち、ロイは真顔になって呟いた。


「そういや、あの女の目を見、声を聞いてからだな。周りのもの全部にイライラし始めたのは。隣にいた冒険者もそうだったみたいで、しきりになにか呟いていたよ」


 騎士たちの笑いも止まる。


 呪いは魔力を介さない分、触媒によって届くと聞いたことがある。この呪い師が本当に何かをしているのかは不明だけど、不用意に近づかないほうがいいだろう。

 俺としては黒いローブの魔術師も気になるところだ。今のうちに調べたほうがいいかな。まだ朝まで時間あるし……。


 そんなことを考えていたら、リックが俺の肩をつかんで引き寄せた。


「まあとりあえず決戦は明日だな。それに備えて俺らは寝るわ」


 そして耳元に口を寄せ、誰にも聞こえないくらいの声で囁く。


「バカな気を起こすんじゃねーぞ。護衛の身にもなってくれ」


 気づかれてたか。

 俺は小さくため息をついた。






 部屋に戻ると、リックにベッドに押し込まれ、扉に鍵を掛けられた。

 そこまで信用されてないか、と苦笑するが、行動を思い起こすと仕方ないかも知れない。

 だけど寝付けなかったので、窓を開けて窓枠にもたれ、外に目を向けた。

 宿舎は詰め所を囲む壁のすぐそばにあり、客の間は最上階にあるが、壁より低いので町は見えない。窓の隣には高い木があるが、細いので人が登るには不向きだがその分安全なんだろうな。


 深夜だが、門の周りは明るい。詰め所を囲む壁もところどころ明かりがついていた。見張りの騎士たちが頑張っているのだろう。大変な仕事だ。


 今日は一日大変だったな。

 情報が多すぎて頭からこぼれそうだ。ちょっと整理しよう。


 まず朝。

 ドライアド様たちと別れ、ポータルについて、書類を書いて、ルイスから話を聞いた。

 そのあと、ジャスと騎士団に行って、アランとデリクと話をして、リックと一緒に冒険者ギルドに。

 ちょっとしたいざこざを片付けて、マスタードアラの手伝いをしてから、ナナト大河に行ったんだよね。これがお昼過ぎ。

 ナナト大河で紫黒と出会って話を聞いて、大蛇の月白さんを紹介してもらってからエルファリア商会へ行ったのは夕焼けになる前だった。そこからいろいろ話をしてたら暗くなっちゃったんだよね。

 夜更けになる前に大蛇擁護派の皆さんと話をして、騎士団に戻ってきて、夕食食べて解散。


「で、今ここ、か」


 一日でずいぶんあったなあ。そりゃ疲れるわけだ。


 体はずっしり重いけど、気持ちが高ぶっているようで眠気が来ない。先ほど癒し水と魔力ポーション飲んだのも原因だろうけど、そればっかりじゃないよな。


 明日。


 日付が夜中に変わったら、すぐ、何かが始まるのかもしれないと思うと、正直怖い。

 もっと早くここに着いていれば選べる手段もたくさんあったろうに、と悔やまれる。後悔しても仕方ないことなのだが、最初に大蛇の件で来た時に何かしておけばよかったと思わずにいられない。

 今は対応に追われるだけ、後手後手だ。


 もっといい方法があるのではないか、と考えるたびに胸がギュッとつかまれる気持ちになる。

 今日、見てきた街の光景が目に浮かぶ。


 疲れた顔。

 怒りに満ちた顔。

 悲しみに濡れた顔。


 以前来た時は活気にあふれる街だった。それが今は見られない。

 大蛇が港を封鎖しているせいだ、とわかっている。だが同時に渡し船が止まっただけでこれだけなにも回らなくなってしまうことに戸惑いを覚えた。こういう時のための対策も国は考える必要があると痛感する。

 大蛇がいなくても、例えば大河が氾濫したなどで港が長期使えなくなることは十分に考えられるのだ。

 王宮にいてはわからないことが多いと実感する。


 自分に何ができるだろう?

 この国をもっともっと住みやすく、安心して生活できるようにするために、何をしたらいいだろう?

 冒険者として、自分ができることは何だろう?


 そんなことをただ考えていると、なにかが頬に触れた。

 少し眠っていたのかもしれない。

 顔を上げると、真っ黒いなにかが目の上を登っていくのを感じた。適度な絞め具合が気持ちいい。


「お帰り」


 体を伝って膝の上に下りた紫黒を撫でると、軽く噛まれた。牙は肉に刺さらず、するりと肌を滑っていく。器用だな。


『ただいま、というのもなんだかおかしなものだな』


 紫黒はちろちろと舌を出した。


「よくここがわかったね」

『匂いをたどってきたからな。それより、人は寝ている時間かと思ったが』

「俺もそう思ったんだけどね。うたた寝はしてたよ」

『ふむ』


 蛇も頷くんだなと思っていたら、紫黒の体が大きくなった。月白さんほどじゃないけど、俺と同じくらいの大きさになる。さすが198歳は伊達じゃないんだなと感心していると、徐に巻き付かれた。痛くはないが、身動きは取れない。


『しばし待たれよ』


 言ったかと思ったら、ぴょんと跳ね、あっという間に屋根の上に連れていかれた。するする登るのかと思ってたけど、違うんだ、と変なとこを感心する。

 屋根の上は風がもろにあたって寒い。文句言ったら毛布を持ってきてくれた。気配りの紳士だな。


『見てみろ』


 紫黒が顎で示した方向は町と大河があった。

 町は点々と明かりがついている程度で暗い。夜更けだからかと思ったが、すぐに明かりをつける余裕もないのだと気づく。渡し場に至っては真っ暗だった。

 蛇たちの住処がある方向は点々と小さな明かりが見えたが、それも薄暗くぼんやりしている。

 そのせいか、夜空は星々で輝いていた。

 もうすぐ沈みそうな細い月までよく見える。あまりに細いので王宮ではほとんど見たことがない月だ。夜空に残された爪痕のようだな、とぼんやり思う。


『昔は生き物も少なかったから、この辺には明かりなどなかった』


 紫黒は目を月のように細くしている。


『今は人間で溢れるようだ。だが、ワシらはそれをどうこう言うつもりもないし、共存できるならばそれでもいいと思う。世界は変わるものだ。人間がいようがいまいが、その点は変わらぬ。だがな、もしも人間がワシらの住処を奪ったり、ナナト様に害を与えたりするようならば、ワシは戦う。皆同じ意見だ』

「うん」

『しかし、逆もある。人に対してわしらが害をなすときだ。その時は人がワシらを害しようとしても仕方ないと思う。思うのと抗うのは別としてだ』

「うん……」

『今回、ワシらは人を守ろうと動いたつもりだったが、実際は人に迷惑をかけてしまったな。その点では申し訳ないと思う。だが、ナナト様に血を与えるわけにはいかないのだ。それだけわかってほしいと願う』


 紫黒がシュッと息をついた。ため息のようだと思う。


『だが、蛇たちの中にはワシらと異なる意見の者もいる。棲み処に戻り、皆で話をしていたのだが、その場にいない者がちらちらといた。人と交わることを良しとせずに棲み処を変えた者もいるだろう。心配なのはその中に人に紛れて害をなしている者がいないかだ。その場合、ワシはそやつを断罪せねばならぬ。協力してくれるか?』


 紫黒の声に苦渋が滲んでいるのがわかる。そういえば蛇の長だと言っていた。なんとなく苦渋の決断をするときの兄上とダブる。


「もちろん」


 会って間もない自分を頼ってくれて嬉しいと思う。

 俺は頷いた後、夜明けまでずっと、紫黒とともに大河を眺めて過ごした。







読んでいただいてありがとうございます。

少し更新が遅くなりましたが何とか更新できました。

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[一言] 蛇界?も1つって訳じゃないんすねー。
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