大蛇に会いに行こう
リックから話を聞いた俺は単身、蛇神の祠がある浜に徒歩で向かっている。
町は相変わらず騒がしく、人にぶつからないように進むだけで難儀したけど、絡まれたり喧嘩に巻き込まれたりなどの問題はなかった。まあ、頼りなさそうな魔法使い風の男にちょっかい出してくるほど暇ではないってことだな。
町の様子を観察しつつ、道の端を歩く。
あちこちで大蛇についての口論が起こっていた。退治派と保護派は保護派が多いらしい。蛇は守護獣だと大声で叫んでいる人々と退治しないと町が滅ぶと怒鳴っている人々が火花を散らしている。そのまま取っ組み合いになっているのも見た。
仲裁に入る騎士たちはみんな走り回っていて忙しそうだ。顔つきでイライラしているのがわかる。公務執行妨害だと喧嘩している全員を牢屋に連れていく姿も見られた。
その横で店先のものを盗もうとした子供がいて、店員に捕まっている。
店先にはほとんど物がなく、売っていたとしても記憶よりだいぶ高かった。食べ物など買われる前に傷むのではと心配になるほど高価だ。つい手が出てしまったのだろう。犯罪だが、あの顔色を見ると情状酌量の余地がありそうで、ひどい罪にならないことを祈ってしまった。
ここに来る前に冒険者ギルドからナナトのポータルに王宮から物資を回してもらえるか聞いてほしいと連絡してもらったが、うまく届いただろうか?
ただ、物資を送ってもらったところで、根本的な解決にはならない。
解決するためにはなぜ大蛇が渡し船を止めているのか知る必要がある。
そして、大蛇がどうしたいのか、渡し船の再開のために自分ができることは何か、考えなくてはならない。
大蛇を殺してという最悪な結果だけは防ぎたいと思うが、このまま渡し船が出せなければ、人々の生活は破綻する。町が滅んでしまうかもしれない。隣国との貿易ができなければ物資の流れも滞り、国力が低下する。そうなったら国としても大蛇を排除する方向になるだろう。兄上は国を守るためだったら躊躇しないはずだ。
しかし……。
本当に大蛇を殺したら、この問題は解決するのだろうか?
俺は人々を避けて歩きながら、ナナト大河のほうに目を向けた。
受付嬢から水をもらい、人心地ついた。自分で作ったものの効果を確認するといつもほっとする。
ギルドマスターのドアラも同じらしい。ため込んでいた書類が片付いてすっきりした部屋を満足そうに眺めている。
片付けた書類は次の部署に流れていった。呼ばれて飛んできた職員たちは先ほどの俺と同じように狂喜乱舞し、書類の山を手にして去っていく。すぐに次の書類が来たが、それは後に回してもらおう。
その間、リックはのんびりした体で受付嬢と雑談したり、事務職員に絡んだりしていた。何かいいことがあったのか、楽しそうだ。
「そうそう、酒場のロザンナがな、船が打ちあがった砂浜に蛇神の祠ってのがあるんだって言ってたぜ。なんでも来年、祭りがあるんだそうだ」
「祭り?」
「そういえばそんなこと言ってたわね。私は見たことがないけど」
受付嬢はサンドラと名乗った。頬に痣を作っていた女の子だ。受付嬢はギルドの顔なのでかわいらしい子が選ばれることが多いと聞いたが、ここも例に漏れないみたいだね。
サンドラは小さい手で自分の顔より大きな四角を描きながら言った。
「このくらいの大きさの祠なんだけどね。草に隠れて普段は見えないから知らなかったんだけど、この間の騒ぎの時に見つかったんだって。扉が少し壊れていたからってロザンナが直したって言ってたわ。あの子、近くに住んでて蛇神様が好きなんだって」
「そういえば蛇に挨拶してるって言ってたなあ」
「まあ、蛇はこの町の守護獣でもあるからね。私も嫌いじゃないけど」
蛇神の祠か。
そこに行けば大蛇と話ができるだろうか?
俺が黙り込んでいる間、サンドラはリックと他愛のない話で盛り上がっていた。
しばらくしてグラスを引き取ったサンドラが去ると、リックは唐突にこの部屋に防音魔法があるかを尋ねた。
「もちろんあるよ。ここをどこだと思ってるんだい?」
さすがギルドマスターの部屋。防音だけでなく、魔法無力化や体力低下など、様々な魔法陣が埋め込まれているそうだ。しかもボタン一つで作動するらしい。優秀な魔道具師を抱えているんだな。
「ちと人に聞かれたくない話をしたいんだが……」
「わかったよ。防音だけでいいかい?」
「できれば人避けも頼む」
ドアラが窓の近くの飾りを一つ押すと、周りに紫の靄がかかって、すぐに消えた。よく見るとドアラの執務机を中心に、半球状のシャボン玉みたいなものができていて、俺たちを包んでいる。机と近くのソファセットを覆う程度の小規模なものだけど、この中でならどんな話でも外には出ないそうだ。
「ギルドの中での話だから、マスターにも通しておこうと思ってな」
そう前置きしたのち、リックは酒場で大蛇退治のためにと冒険者が勧誘されていたことを話した。
ドアラは知らなかったようで、たちまち不機嫌になった。大きな口をへの字に曲げ、腕を組んでつま先を揺らす。
「わざわざ鎧を着て戦士っぽく見せてただって? バカにしてくれるねぇ」
新品の鎧に鍛えていない体。そんな冒険者、このナナトにいるわけがない。
ナナト付近の魔物は数は多くないが強い。Cクラス以下の冒険者だと死者も出るので初心者は大河を渡った彩の国に行くことが多いのだ。大河を渡れずに待機している新米冒険者ならともかく、大蛇を退治しようと言う猛者ならば簡単にエセ冒険者だと見抜かれる。
だから、そいつは新人冒険者を狙って勧誘しているのではないか、とリックは続けた。
「大蛇に対するギルドの対応はわからんが、王宮から退治は待てと指示が出ている以上、どんなに言い訳したところで大蛇を殺せば罪になる。ギルドは関与していないと言い張っても、ここで出会った冒険者が連れていかれ、ギルドで会って連れてこられたと言ってしまったら責任は免れないだろうな」
「ちっ、確かに一理ある。めんどくさいことをしやがって。商人ギルドの奴らがやらせてるんじゃないだろうね?」
「そのへんはわからんからあんたに任せた。だが、話によると明日、闇討ちを企画しているらしいぜ」
明日か。闇討ちと言うくらいだから夜なんだろうと思うけど、朝一番とかだったら困るな。
「そうしたら、今日の間に手を打ったほうがいいね」
俺は二人に目を向ける。
「マスタードアラは冒険者ギルド内で勧誘されて賛同し、ついていった人間が何人くらいいるか、商人ギルドが関与しているのか、そのあたりをお願いします」
「あいよ」
「リックはジャスのところに行って商会のほうから情報を集めてくれるかい?」
「そりゃもちろん構わんが、ベルは一緒に行かないのか?」
「俺? ああ、俺は大蛇に会いに行ってくる」
当たり前のことを言っただけなのに、二人の動きが同時に止まった。
「ちょっと待て、ベル!」
「ちょいとお待ちよ、ベルちゃん!」
息ぴったりだなあ、と思いつつ、ドアラからの呼び名が「ベルちゃん」で定着してしまったことに苦笑する。
「護衛なしで一番危ないとこに行こうとするんじゃない!」
「そうだよ!あんた、なんかあったらどーするんだい!?」
心配してくれるのがなんだか嬉しい。でも今はそんなことを言ってる状況じゃないから納得してもらわないと。無断で出て行ってまた探されたら大変だしなあ。
「だって、ギルド職員をジャスのところに行かせたらギルドでの勧誘がばれたって気づかれる可能性があるよね。リックだったら一緒の馬車でここに来てるし、知り合いだからって言えるかなって」
「うっ……」
「それに大蛇のところにギルド関係の人と一緒に行ったら、ギルドの依頼で魔法使いが大蛇のところに行くって思われるかもしれない。ギルドが絡んでると思わせるようなことは今はしないほうがいいと思うんだ」
「ううっ……」
「危険なのは承知してるから気を付けていくよ。ちゃんと護符も持っていくから。お互いにできることをやらないと。時間もないしね」
「うううっ……」
「それにさ、20歳でとっくに成人してるし、一応、Bランク冒険者だから、そんなに心配されると辛いんだけど」
「ううううっ……」
「ということで、一人で出かけてくるから、後で合流しよう。ジャスに後で行くからって伝えておいて」
二人はまだ言いたいことがあったみたいだけど、そろってため息ついて見送ってくれた。
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