ナナトの冒険者ギルドにて 3
ギルドマスターの部屋に呼ばれたのは、食事がすんですぐだった。見ていたようなタイミングだなと思っていたら、受付長のダリルさんが気を利かせてくれたらしい。
部屋は受付の横手にある階段を上がった4階にあった。
案内してくれた受付嬢によると、ギルドは4階建てで1階に受付と酒場、2階は冒険者の簡易宿泊所、3.4階はギルド職員の部屋になっているそうだ。
宿泊の当てがなかったらここに泊めてもらえるとのことで、とてもありがたい。まあ、今回はジャスのところに行かないと拗ねられるだろうから次の機会にかな。
受付嬢が大きな扉をノックすると、中から返事があった。
「初めての方は少し驚かれるかも」
含みのある笑いとともに、扉を横にスライドさせる。てっきり押すのだと思ってたのでびっくりしていたら、彩の国に良くある作りだと言われた。
これを驚くと言ったのかな?
「失礼します」
頭を下げて中に入ろうとしたら、リックに止められた。
「バカ。護衛が先に入るもんだろう?」
そうだった。うっかりしてたよ。
でも、ギルドマスターの部屋に危険があるのかな……。
そう思った瞬間、扉のそばにあった机に高く積み上げられていたらしき書類が崩れ落ち、リックを襲った。
悲鳴をあげつつ書類に埋もれるリック。なるほど、危険だな。
「あああ、バカ!散らかすんじゃない!」
ギルドマスターは小さな椅子にお尻をはめ込んだような形で座っていた。その前にも姿を隠すほど積まれた書類がある。あの巨体を覆い隠しているんだからとんでもない量だ。
なんだろう、この既視感。俺が外から戻ってきたときの兄上の執務室と同じ状態だよ。
「こんな状態ですまないね。適当に座っておくれ。マルガリタはお茶を、と言いたいところだけど置く場所もないか。とりあえず下の仕事に戻って、適当に茶でも持ってきてほしい。頼んだよ」
「はい、マスター」
受付嬢はにっこり笑って出ていった。こちらに目配せをし、階段を下りていく。
なるほど、これを見て驚くと言ったのか。多分この状態は通常なのだろう。慣れているので気にならないと言ったところかな。
それにしても、茶を置く場所もないんだから、当然座る場所もない。
リックが悪態をつきつつ拾い集めている書類を見ると、大蛇に対する市民の苦情だった。冒険者ギルドで何とかしろ、と言う嘆願書のようだ。見ればリックのところになだれ落ちた書類のほとんどがそれだった。これだけの苦情を裁くのは王宮の事務官でも難しいだろうに。
「これ、全部マスター一人で片付けているのですか?」
「ああ、そうだよ。職員不足でね。今日も商人ギルドに呼ばれて外出してる間にこんなに溜まっちまった。困ったもんだよ」
言いながらも手は動いている。ただ、印を押したものをすべて一緒の箱に入れてしまっているようなのが気になった。多分次の部署に回すだろうに、そこから探すとなるとまた手間が増える。そして書類の山が片付かなくなるんだな。
「よかったら手伝います。指示を出してください」
「おい、ベル……」
「おやおや、嬉しいことを言う王子様だね」
リックの目に警戒の色が浮かんだ。流れるような所作で俺の前に立つ。
「そういきり立ちなさんな、リチャード騎士さん」
気配で分かったのか、ギルドマスターはフフフと笑った。
「王宮から大蛇の件について調べるようにと派遣されてきた、ベルと言う名の冒険者。そいつが王弟ベルグリフ殿下ってことは各冒険者ギルドのマスターにだけ知らされているよ。身分のことは極秘。王族特権はいらないが、何か困った時には手を貸すようにとも言われてる」
「そうでしたか……」
そんな話が回っているなんて知らなかった。兄上の心配はありがたいが、甘やかされているようで恥ずかしい。
今まで各地の冒険者ギルドに行ったけど、そこで親切にしてもらっていたのはそういう裏があるからなのかな。
冒険者として少しずつだけど実力が付いたのだと自惚れてた。なんだか落ち込む。
「ああ、ごめんよ。勘違いさせたね」
なんだかひどい顔をしていたようだ。ギルドマスターは苦笑交じりに言った。
「あたしは最初、王子だからと甘やかすんじゃないって正直不愉快だったんだけど、あんたを見てたら誤解だとわかったよ。迷惑な冒険者を追っ払っただけじゃなく、見返りもなくダリルたちを治療したり、癒しのダシをふるまったりしたんだってね」
「冒険者を追い払ったのはそこのリックですよ。あと、癒しの水です。ダシじゃなくて」
そこはしっかり訂正したい。
「悪い悪い。あたしももらったけど、あれはいいものだ。おかげで目の疲れとか体のコリが取れて書類がはかどってる。あの水は素直で優しいよ。じんわり染み込んでくるようでとても心地よい。あんたをよく表していると思う」
「……。ありがとうございます」
「だけどそのせいで魔力切れになって倒れてそこの騎士に叱られていたとも聞いた。魔術師の癖に初めてのところで限界を超えるなんて、大馬鹿にもほどがあるよ」
「ううっ……。返す言葉もありません」
「まったく、あんたって子は。あたしら庶民にも謙虚だし、今も丁寧な態度であたしを敬ってる。実に王子様らしくないね。王族としてはいかがなものかと言われるだろうが、あたしはそういうの嫌いじゃないよ」
なんだかたくさん褒められてしまった。
思わずにやにやしていると、目の前に書類の束が差し出された。
「お互い時間がないのは知ってるね。さっさと行こう。2時間で片付けるよ。書類の中身は口外しないように」
会って間もないのに信用してもらえたようで、これまた嬉しい。
2時間でどこまで片付くかわからないけど、できる限りのことはしよう。幸い事務仕事は城で慣れている。
俺は書類を受け取ると、近くの椅子に座って読み始めた。
ちなみに、事務仕事と聞いた瞬間、リックは今までに見たことがない速さで部屋を出ていった。
「脳筋には無理ー!」
どたどたとすごい勢いで階段を下りる音がする。途中で悲鳴とともに重たいものが転げ落ちたような音がした。なんだろう、すごく気になる。
開けっ放しの引き戸を呆然と見たまま、俺は思った。
いいのか、リック。俺、リックに護衛されてたと思うんだが……。
「あたしのそばがここでは一番安全だからいいんでないかい?」
そう言われればたしかに。
納得した俺は腕まくりしつつ書類に向き合った。
そして2時間後。
茶ではなく癒し水を用意した受付嬢とその後ろに隠れながらついてきたリックは、俺とギルドマスターが片付いた書類の前、変なテンションで笑いながらハイタッチしている姿を見ることになるのだった。
読んでいただいてありがとうございます。
今回も誤字報告、感想、評価などありがとうございます。いつも大変ありがたく思っています。これからも気になるところがありましたらご指摘いただければ嬉しいです。勢いで書いているのでお見苦しい点も多いと思いますが、これからもよろしくお願いします。