ナナトの冒険者ギルドにて 1
「騎士団から徒歩だと2時間かかるナナト渡し場の港町への道も、馬車に揺られれば30分で着く」
リックの提案により、騎士団で馬車を借りることになった。
幸い、門番の交代時間で町に一時帰宅する者がいるそうなので、一緒に乗せてもらうことになった。
「うちの馬車出してもいいのに」
ジャスが実家の商会の豪華な馬車を勧めてきたけど、町には冒険者としていく予定なので却下。羽振りのいい冒険者はカモられるだけだと経験済みだ。Bランクに上がるまでにはいろいろ経験したからね。
というわけで、下番の騎士を紹介してもらう。
「あ」
「あっっっ!」
馬車の前で待っていたのは先ほど火玉を投げてきた小太りの中年騎士だった。
騎士は俺たちを見るとジャンピング土下座状態で平伏した。膝に悪いからやめたほうがいい、と言いかけたら、やっぱり呻いていた。無理しなくていいのに。
「そ、その節は、すみませんでしたあああ!!」
平に平にと這う騎士。
「頭が高ーい!」
「へへー!!」
「ジャス、やめなさい」
俺はこめかみを抑えてため息をついた。
同乗させてもらった馬車は中型の馬1頭で引けるくらいの小型車で、ガタゴトと道に合わせて揺れた。
腰が痛いというジャスは中年騎士(マルクスと名乗った)と一緒に御者車台に、俺とリックは荷台に座っている。荷台のほうが不安定だからとマルクスは恐縮してるけど体幹訓練にはちょうどいい。最近運動してないからだいぶ鈍ってたし。
「相変わらずストイックだなあ」
リックは笑うが付き合ってるんだから同類だ。
騎士団の詰め所を出ると、少しずつ人里が近づく感じになってくる。
町からはまだ遠いのだけど、微妙な緊張感が漂っている気がした。俺たちを見る目も心なし冷たい。この辺りでも影響が出ているんだから、町はさぞ大変だろうな。
「先ほどは本当に申し訳ありませんでした」
ぼんやりしていると、御者台のマルクスが頭を下げた。
これで何回目だろう、と申し訳なく思う。
「何度も言うけど、気にしないで。リックから聞いているよ。昨日は大変だったんだってね」
昨日の昼間、大蛇保護団体を名乗る市民と大蛇を退治して渡し船の復活をと叫ぶ団体が騎士団の詰め所前でいざこざを起こした。
どちらにも言い分があり、片方が正しいとは言えない内容だった。
まあそうだろう、人にはそれぞれの正義があるのだ。普段は折り合いをつけることで秩序が成り立つ。
騎士団としてはどちらか一方を推すことはできないため、詰め所前での小競り合いは傍観するしかできなかった。
そのうち、いきり立った若者が、騎士団は腑抜けだと言いだした。自分たちの意見をちゃんと聞かず、ただのらりくらりとかわして問題を先延ばしにしていると言うのだ。
そうだそうだ、となぜか両陣営が団結し、門に向かって石を投げた。
最初は一つ二つだった石は次第に数と重量を増し、門番のところまで雨あられと飛んできた。
もちろん、騎士団は石をシールド魔法で防ぎ、被害が少ないよう尽力しつつ、騒ぎの収拾に努めた。
ただ、その時は俺の捜索に駆り出されていたこともあって人手、特に魔術師が足りなかった。少ない魔術師ではシールドも限られる。何とか門は破られず、投石で満足したのか人々も帰っていったが、騒ぎが収まった後の騎士たちはしばらく動けないほどだったそうだ。
マルクスの同僚も半分が石に当たり、気絶するなどの被害が出た。もちろんすぐに治療術士やポーションにより回復したが、詰め所内はしばらく重い空気になったそうだ。
そんなときにのんびりと尋ねてしまったのか、と申し訳なかったよ。
「そうそう、マルクスの娘さん、ギルドで受付してるんだったよな?」
動く馬車の荷台で器用にスクワットしながらリックが尋ねる。
「ああ、二番目のマルガリタが去年から働いてるよ。実は帰りに拾っていくところだったんだ」
うまい具合に伝手ができた。リックの計算だったのかもしれないけどありがたい。
ギルドでは冒険者のベルで、と再度頼んだら、マルクスが苦虫を飲んだ顔をした。色々葛藤しているらしい。
「ベルグリフ殿下……」
「ベルで」
「ベル様ー」
「ジャスもベルで頼むよ」
「いいの? やったー!!」
なぜかジャスには好評らしい。一度言ってみたかったとはしゃいでいる。別に普段から言えばいいのにと思うけど、王室付商人だと難しいのかな。
ちなみにジャスのことを聞かれたときは『学院で知り合った学友』というほぼ間違っていない関係と説明する予定。王族じゃなくて平民の魔力所持者ってことになってる。学院には魔力があれば入れるからこちらも問題なし。
いろいろと考えている間に、町の入り口に着いた。
『ナナトの渡し場:ナナナナトの町にようこそ!』
カラフルな看板が寂しく風に揺られている。
この町の正式名称ってナナナナトだったんだ。ずっとナナトだと思ってたが、違っていたらしい。
反省していたら、リックに笑われた。
「どっちも正解だから問題なし」
「そうなのか?」
「ここは王国で7番目に作られたナナト大河の渡し場なんだ。初めて作られた渡し場を『イチナナト』、その後を『ニナナト』『サンナナト』とつけていって、それが訛って今の『イナト』『ニナト』『サナト』になってるから、ここは『ナナト』であってる。だけど今の町長が古典好きでな。ナナナナト呼びを定着させようと張り切ってるんだ。空回ってっけど」
空回りとは不憫な。まあ、あえて言うまい。
それにしても、まだまだ不勉強だったな。渡し場の名前は知っていたけれど名前の由来までは手を付けてなかった。この機会に憶えていこう。
「それじゃベルさ、もとい、ベル、僕はここでいったんドロンだよ。実家に顔出していろいろ手配してくるから、用事終わったらうち来てね」
ドロンってなんだ? あ、ミラが昔、先に帰るときに言ってたやつか。
「ああ。気をつけてな」
「ありがとう!ふ、ふふふ、ありがとうございますじゃなくてありがとうでいいんだ。ふ、ふふふふふふ……」
ジャス、なぜか嬉しそうなのはいいけど、目がおかしくなってるよ……。
嬉しそうにスキップして去るジャスと別れ、馬車で進むこと10分。何とかギルドに着いた。
マルクスが思いっきり眉を寄せている。本来なら5分足らずでつく道らしいが、馬車が入れる道が混雑していたため、時間がかかってしまったのだ。
さらに、やっと着いたギルドはものすごい人だかりになっていた。何やらもめているようだ。
厩舎の空きがないからいったん家に戻って馬車を置いてくると言うマルクスと別れ、リックと二人でギルドに入る。
中にはたくさんの人がいた。
見るからに冒険者という者。
どこかの行商人らしき者。
腕を振り上げて叫んでいる者。
おろおろしているギルド職員。
ただ騒ぎを見ている野次馬。
それらを遠目で見つつ、壁に沿って目立たないように歩き、受付カウンターに行くと、ここでも職員がおろおろしていた。
受付の女の子二人に、中年の男性が一人。
そこにいかつくて人相が悪い典型的な悪者顔冒険者が噛みついている。全部で3人。全員目つきが悪いってのもある意味珍しいが、みんな赤い髪の戦士のパーティってのもなかなかいないだろう。バランス悪そうだけど仲は良さそう。
「だからよお!みーーーんな困ってるんだろー?大蛇の討伐依頼をギルドから出せよー」
「こ、困ります。王宮から大蛇にはまだ手を出すなと言われています」
「あーん? じゃなんだ、オウサマはー、下々が困っていてもいいってことか? ああ?」
「そ、そんなことは……」
「だったらよー、と・う・ば・つ、ギルドでバーッと賞金かけて出せよ。俺たち『銅の鬼神』がぱぱっと討伐してやっからよー」
銅の鬼神?
「は? 銅の鬼神なんて聞いた事ねぇなあ」
横でリックが言った。
リックの声はとてもよく通るバリトンで、どんな騒ぎの中でも聞こえる声と特技欄に載っているほどだ。
案の定、銅の鬼神メンバーは全員こちらを見た。
「リック……」
目立ちたくないって言ったのに……。
そういえばリックは義に厚い男だった。絡まれた市民を助けるのは騎士の本分だし、仕方ないか。
「なんだてめぇ!俺たちが誰だかわかってんのか!?」
「あかがねのきじん? 垢だらけの奇人変人ってとこか?」
「っ!!、てっ、てめぇ、いい度胸してんじゃねーか!」
でも騎士としてその言葉遣いは、ねえ。まあ今回は冒険者で来ているし、いいか。リックらしいと言えばリックらしいし。
ちなみに、俺とリックの出会いもこんな感じだった。
昔、初めて冒険者ギルドを訪ねたとき、こいつらみたいな戦士に絡まれたことがあった。あの時に助けてくれたのがリックで、以来の付き合いなんだよね。
だからこういう時にリックが傍観しているわけがないし、いくら「殿下を護衛するように!」って騎士団長たちから言われたところで守らないのはわかってる。
もちろん俺も、こういう迷惑な輩は苦手だ。
リックが楽しく言い合いしている間に、受付に近づく。
話しかけようとして、彼らがケガをしているのに気づいた。受付の女の子の一人は頬が、もう一人は目の上が青く腫れていた。男性のほうは腕がおかしな角度になっている。
「やったのはあいつら?」
尋ねると、三人は無言で頷いた。
ぷちっ、と何かが切れた音がする。
俺はにっこりと笑った。
「ちょっと待っててね」
そっとリックの隣に行く。リックは口論を続けていたが、そっと俺をかばう位置に身を寄せた。意外と仕事を憶えていたようだ。ありがとう。
「冒険者ギルドに討伐依頼? 気は確かですか?」
俺は笑みを浮かべ、銅の鬼神とやらに聞いた。
奴らは俺を見てにやにやと笑った。
「なんだ、なんだあ? 可愛いお嬢ちゃんみたいなのが出てきたな」
「お肌すべすべで髪もさらっさらで、すらっとしてて、綺麗なお顔ですなー」
「こういういい子ちゃんな魔法使いを連れ歩くのも悪くないねえ。ブブブブ」
………、なんか褒められた。まあいいか。
「ありがとう。でも褒めてもらってもなにも出ませんよ」
笑顔ならタダだしいいかと思い、にっこり笑って返すと、銅の鬼神たちはなぜか頬を赤くした。
リックはため息を吐き、周りにいた人々は全員、変なものを見るような顔をした。おかしい。
「ただ、もし、大蛇を討伐したとしても、皆さんには1銀にもなりませんし、採った大蛇の素材も買取してくれる商人がいないので無駄になりますし、なにより王国からお尋ね者として手配され、冒険者資格も剥奪されると思います」
「なっ!」
「さらに言うと、貴方がたはギルド職員の皆様に手をあげた罪でしばらく騎士団の牢屋行きでしょうね。ですから、気は確かかと申しました」
言い終わるや否や、銅の鬼神の一人が飛び出してきた。俺が魔法使いで弱いと判断したようだ。
甘い。
「俺が隣にいるんだよぉ!」
リックが飛び出した男の腕をつかんでそのまま持ち上げた。高くあげられた腕がギシリと軋んだ音がしたと思ったら、男の口から悲鳴が飛び出した。
リックは背が高く、男は俺より低い。手首をつかんで腕をあげたら宙づりになった。吊り上げられた男は筋肉質の重たそうな体なのに楽々持ち上げられている。すごいなあ、戦士って。身体強化とかしてないだろうに、羨ましい。
「いででで!!」
「「あ、兄貴!!」」
兄弟なのかな?
腕を握り潰されそうな男を見て、ほかの二人が悲鳴を上げる。
しかしすぐ、二人同時にこちらに向かってきた。
なんというか、思ったら即行動タイプらしい。行動力があるってのは素晴らしいけどね。
「はい、おしまい」
ぱん、と手を叩くと、同時に彼らの足元が緩んだ。
勢いよくすっころぶ。立ち上がろうとしては足を取られて滑り、ひっくり返る。
「な、なんだ、これ???」
彼らの足元は底なし沼と同じ成分の粘土になっていた。
ちなみに俺の魔法ね。水と土の魔力で床にちょいと泥をこしらえてみた。懲りない男たちがばったんぱったんと転びまくっているので泥跳ねがとんでもないことになっているが、後でちゃんと掃除するから大目に見てほしい。
「い、いつの間に……」
吊り上げられていた男が呆然と呟く。魔法使いは呪文を詠唱するものだと思っていたみたいだね。最近は無詠唱が流行ってるの知らなかったのかなあ。
その後すぐ、町の騎士団支所から騎士たちがやってきて、銅の鬼神を連れて行った。手首を折られかけた男と、泥だらけの男たちは、精神的ダメージが大きかったようで、黙ってついていった。涙目になってたって? そこまでは見てないよ。
リックが騎士たちと話をしているので、俺は受付の三人のところに戻った。
「ちょっと見せてください」
それぞれのケガを見る。女の子たちの痣は痛々しいけど骨や神経は無事、男性の骨折は単純骨折だった。
「これならいけるかな」
呟いて、一人ずつに治療の魔法を使う。今回は水魔法8に土魔法2、くらいでいいかな。
男性の腕を軽く引っ張って戻し、女の子たちは痣に手をあてて治した。治療とはいえ女の子の顔に触れるのは申し訳なかったけど、そこは我慢してもらうしかない。
そしたら、なぜか三人とも、治療が終わると同時にふにゃふにゃになって崩れてしまった。失敗しちゃったかな? ケガはきれいに治ってるように見えるけど、治療に体がついていかなかったのかもしれない。水は少し強いからな。7くらいでもよかったか。
反省していると、リックがやってきて、そっと肩に手を置いた。
「あとは俺がしておくから。ちょっと向こう行ってようか」
何とありがたい。やっぱりリックは頼りになる。
いてくれててよかった、心からそう思って礼を言うと、リックはなんとも言えない顔をして肩を竦めたのだった。
読んでいただいてありがとうございます。
自作品の宣伝ですみません。
新しいお話を始めました。完結していますので、毎日更新していき、12/23に全話完結します。
よかったらそちらも読んでいただけると嬉しいです。
生贄の娘と青い鬼
https://ncode.syosetu.com/n4657fw/
昔の作品ですので多少文体が異なりますが、よろしくお願いします