王子と騎士とその他もろもろ
ナナト大河に一番近いポータルとナナトの港町の間に騎士団の詰め所がある。
広さは学院とほぼ同じくらい、緑に塗られた三階建ての四角い建物の前に一周が800メートルほどの広場があって、武器や食料を入れる倉庫が4つ並んでいる。王国騎士団の詰め所は、王都にある本部を除けばほぼこのつくりで統一されている。どこに行っても同じなのはわかりやすいからと移設の際に設計図がいらなくて楽という話を聞いたことがあるが、真偽は不明だ。
そんなわけで、わかりやすく三階の真ん中にある大きな部屋は騎士団長の部屋と決まっており、ここではナナトに配属されている第5騎士団長が使っている。
その部屋に通された俺はソファに沈んでいた。
目の前にはルイスより体が厚い騎士たちが座っていて、俺の隣にいるジャスティンの話を熱心に聞いている。
右が第5騎士団長のアラン、左が副団長のデリク、と名乗った。
アランは兄上より少し年上だろうか。こげ茶の髪を短く刈り込み、険しい顔で腕を組んでいる。
デリクは濃い緑の髪をなぜかおさげにしていた。なんでも彼の生まれ育った村では男性は髪を伸ばして弓に使うらしい。俺の髪みたいにまっすぐできれいな髪ならさらにいいのだと、変なところを褒められてしまった。俺の場合は伸ばしていると言うより伸びちゃったなので適さないと思うけどなあ。
「なるほど、そういうことでしたか」
ジャスの話が終わると、彼らは顔を見合わせ、何とも言えない表情をしていた。
まあ仕方ない。多分俺も同じ顔してると思うよ。
話は1時間ほど前のことになる。
ポータルから徒歩で2時間かけ、ようやくたどり着いた第5騎士団の詰め所はとてもピリピリしていた。
通信の魔術師が趣味で飼っている蝙蝠を使って騎士団に連絡しておきますと言ってくれたので安心していたのだが、門番まで話が行っていなかったらしい。
気軽に近づいたら、突然火玉を投げられた。
脅し用らしき小さな火玉だったから簡単に水魔法で打ち消せたけれど、無言で魔法を放ってくるとは感心しない。小さな火でも燃えやすいものに移ったら火傷するし、運が悪ければ全身が燃えてしまう。
もちろん不用意に近づいたこちらも悪いし、ちゃんと声をかければこんなことにはならなかったのはわかるが、問答無用はよくないな。
というわけで、説明しようと一歩踏み出したところ、門の上から門番が顔を出した。
「こんな非常時に何の用だ!?」
小太りの中年騎士が真っ赤な顔で怒鳴る。
忙しいときに来てしまったみたいで悪かったけど、そんなに怒ることないのになあ。
町の人たちにもこの態度なのか心配になる。騎士団と市民との交流は友好的なほうがいいと思うんだけど、お互いの立場もあるし難しいのかもしれない。
そんなことを考えていたので返事が遅れてしまい、門番に2つ目の火玉で催促された。
「非常時だから来た。騎士団長はいるかな?」
「はぁ?騎士団長様は忙しいに決まってるだろう!お前みたいなひょろい若造が何の用だ?」
……、ひょろい若造はちょいと傷つくけど事実だからなあ。
肩をすくめ、さてどうしようかと考えていると、横にいたジャスが俺の前に出て怒鳴った。
「黙らっしゃい!! 門番風情が!」
「な、なんだとっ!!」
「ええい、この紋章が目に入らぬか!!」
ジャスは預けていた報告書の表紙を門番に見えるよう頭上に掲げた。
書類の表紙には俺が押した王家の紋章の印がある(ちなみにポータルに常備されている三文判だ。王族しか使えないけどね)。
「このお方をどなたと心得る!恐れ多くも現国王、アーチボルト陛下の弟君、ベルグリフ=ヴィル=コンフォートビター様にあらせられるぞ!!皆の者、殿下の御前である!頭が高ーい!ひかえおろう!!」
……、ジャス、それ、先月一緒に見に行った芝居のセリフだよね。
思わずこめかみを抑えた俺に向かって親指を立て、とてもいい笑顔をしているジャス。多分やってみたかったんだろう。タイミングを逃さないところは本当に変わらないな。
それにしても、紋章なんてあんなに小さいのに認識できるのかなと首を傾げたら、門番が門から転げ落ちた。さすが見張り、細かい印もくっきり見えたらしい。
同時に勢い良く門が開く。
「「「「「へへー」」」」」
その場にいた騎士たちすべてが這いつくばって迎えてくれた。そりゃもうずらりと、その場にいた騎士が全員、小さく丸くなって平伏している。騎士の礼じゃなく命乞いだよ、それ……。
うん、確かこういうシーンもあったね。ジャス大好物だよね、こういうの。
正直、とても居心地が悪い。普段通りに迎えてもらい、ひっそりと騎士団長に会わせてもらえたらと思っていたのに。
しかしジャスには通じなかった。
「ちっ、ここは『王弟殿下を騙る不届者め!皆の者、であえであえ!』というシーンなのに、無粋な」
「……、ジャス」
「まあいいか。手間省けたし。さあ殿下、参りましょう!」
嬉しそうなジャスティンの横で、俺は大きくため息をついた。
「ポータルからの連絡に気づかず、門番に連絡を入れなかったのはこちらの手落ち。殿下には大変不愉快な思いをさせてしまいました。深くお詫びします」
騎士団長と副団長はそろって深々と頭を下げてくれた。
うう、いたたまれない。こちらとしてはジャスの悪乗りと自分の確認不足を謝りたいところなのに。
「団長様、頭をお上げください。殿下はそのような些細なことで怒る方ではございません。たとえ『ひょろい若造』と罵られたとしても平然と受け流す心の広さをお持ちの上、恐縮するお二方を見て自身のお心を痛めてしまう優しいお方です」
横いたジャスがにこりと笑って言う。あの神経羨ましいな。それと、何もしてないのに褒めないでほしい。胃が痛くなる。というかさっきの門番の言葉、地味に怒ってくれてたんだ。嬉しいけど、騎士団長たち、さらに真っ青になっちゃったよ。
「それに門番を始めとする衛兵の皆様も大変ノリがよろしく、楽しゅうございました。当商会が後援する一座がどのくらい人々に浸透しておりますか心配しておりましたが、皆様の反応を拝見し、彼らの芝居が広く知られておりますことがわかりました。非常に有意義な時間だったと、感謝しております」
どの口が言うんだ、と心の中で苦笑しつつ、さすがだなと感心する。
ジャスの言葉で門番たちが咎められることはなくなった。ただ楽しんでいただけだと思っていたけど、ちゃんと計算していたのだろう。無駄な恨みを買わない、商人の鑑だなと思う。
あのとき、俺はただ困ったなと思っていただけだったなあ。まだまだ修行が足りないと反省。手本になってくれる友はありがたいよ。
場が和んだことに感謝したのち、頭を下げ、こちらの要望を伝える。
「ポータルの事故で到着が遅れてしまったこと、申し訳なかった。俺の捜索でこちらの人員を割いてもらったと聞いた。ありがとう。いろいろと手がかかる時期だったのにと心苦しく思っている。その分、今度は俺が協力したい。受け入れてもらえるだろうか?」
もちろんです、と二人は快く了承してくれた。
アランの話は先ほど聞いたルイスの話とほぼ同じだった。騎士団もいろいろと苦労しているようだ。
「こちらからの接触に、大蛇は相変わらず無反応です。命令を無視して弓を射た騎士にも一瞥しただけでした。もっとも矢は鱗を通さず、弾かれて無傷でしたので、気にする価値もなかったのかもしれません」
ちなみにその騎士は現在汚物処理担当という罰を受けているそうだ。
「渡し船の運航ができないことで、物資が不足し始めていますが、まだ完全になくなったわけではありません。ただ、ナナトの物流は大河から8割、陸路で1割、魔法による転移で1割ですから、物価は上がっています。さらに船員たちの働き口がなくなっていて賃金が入らないため、生活困窮者が出始めました。対岸の彩の国からの出稼ぎ船員たちは宿を追い出されたりして悲惨です。騎士団ではそういう人々のために簡易テントを立て、支援していますが、日々増える人々に騎士団の手も足りず」
デリクが報告書を差し出してくる。保護を求めてやってくる人々と毎日出ていく騎士団の備蓄が右肩上がりで記録されていた。備蓄は駐留している騎士だけなら一年程度持つように法で決められているが、市民に向けてはそれぞれの裁量だった。ここは物流起点のナナトが近いため、大量の備蓄はしていなかったらしく、ぎりぎり一年分を用意していたようだ。
「不安から暴動に走ろうとする者もいたり、大蛇に手を出そうとする者と守ろうとする者が喧嘩になったりと、町では毎日のようにいざこざが起きています。冒険者ギルドに治安維持を依頼したのですが、わざと騒ぎを起こして楽しんでいるらしき冒険者もいるとのことで、ギルドでも頭を悩ませているそうです」
ああ、そういう冒険者いるなあ。自分のテリトリーでないので荒らさせてうっぷん晴らしみたいな残念な輩もいる。そういうのに限ってそこそこ強く、どこにも所属できないから冒険者なのだと初心者をいじめたりするんだ。俺も絡まれた経験がある。
「ここにも毎日のように町からやってくる市民が石を投げてきたきたり罵詈雑言を浴びせたりと、不満をぶつけていきまして……。騎士たちに疲労がたまっており、この詰め所内もぎくしゃくしています。そのようなわけで、衛兵たちの無礼を許していただけて感謝しているのです」
間が悪いときに間が悪い行動をしてしまったわけだな。本当に申し訳ない。
「なるほど。了承いたしました」
横にいたジャスが腕を組んでうんうんと頷いた。
「物資のほうは父に相談してみましょう。エルファリア商会でも流通がなく、商売が滞るのは困りますので。私のほうでも知り合いのつてをあたります」
「おお、ありがたい!」
「支援所の人手不足も職業相談所の知り合いに働き手を募ってみましょう。賃金は私が負担します。心配いりません、多少のたくわえはありますし、将来の糧になりますので」
ナナトでの修行で確実に人脈を増やしているらしい。それでいいかと目で聞いてきたのでありがたく頼らせてもらった。
その後も話をして、ギルドには俺が単独で行くことになった。心配されたけど、一応冒険者だし、大丈夫だろう。
ジャスは一緒に行きたがったけれど、支援所のことなどもあるので別行動になった。不満が顔に出ているが諦めてくれ。
もちろん大蛇にも一人で会いに行くことになる。
だが、それはダメだとアランとデリクが頑強に反対した。
「何かあった時に連絡する者がいないと、ポータル事故の二の舞ですよ」
確かにそうだなあ。でもジャスもルイスも忙しいし、ここから騎士を連れていくもはなんだか気が引けるし、王都から人を呼ぶのも時間がかかるし。
そんなことを思っていたら、扉がノックされた。
「入れ」
「失礼します!」
ぴしりと敬礼している背の高い騎士が入ってくる。
「この者に殿下の護衛を任せようと思います。リチャード、こちらに」
「はっ」
騎士は俺たちに、丁寧な臣下の礼を取った。騎士勤めの長さを感じさせるとてもきれいな所作だ。
その顔が俺をじっと見る。
「あれ?」
見覚えがあった。
「り、リック!?」
「おっ、ベルじゃないか!ひっさしぶりだなあ」
リチャードことリックは俺が冒険者登録をした2年前に良く世話になっていたパーティの一人だ。確か戦士じゃなかったかな。きれいな戦い方するなとは思っていたがまさか騎士だったとは。
リックはテンション高く奇声をあげながら嬉しそうに駆け寄ってきた。勢いそのままに抱き着かれる。ソファの上からのハグは苦しいんでせめて俺が立ち上がるまで待っててほしかった。
「おっ、少しは筋肉つけたじゃないか。えらいえらい。2年前はこんなんでやってけるのかってくらいだったのに」
「ありがとう、って、頼むから服の上からいろいろ揉まないでくれ……」
「いいじゃんか、久しぶりなんだから確認確認。お、こっちのちっこいのは弟くんか?かっわいいなあ」
「う、うわっ!ちょっ、ベル様、この人なんなんですか!!??」
同じように組み付かれてジャスが怒っている。
その前ではアレンがぽかんと口を開け、デリクが真っ青になっていた。しかしすぐに立ち直ったようで、立ち上がって怒鳴る。
「こ、この、バカ者がああああ!!」
その後、デリクは延々と叫んでいた。いろいろたまっていたものが弾けたのか、聞いたらいけないようなことまで口にしていたよ。なんか、申し訳ない。とりあえずそちらはアレンに任せよう。
「俺、なんか悪いことしちまったかね?」
困惑した顔のリックの肩を背伸びして叩いたら、ジャスがけらけらと笑い出した。
読んでいただいてありがとうございます。
誤字報告もありがとうございます。とても助かっております。心から感謝を。




