表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/80

現状を知る

「正直、好ましくない状況です」


 何から話していいか、と前置きしたのち、ルイスは話を始めた。




 話は7日前に遡る。


 ベルグリフが消息を絶って5日目の朝のことだ。

 いつも夕方近くに現れていた大蛇が突然姿を現し、時間に関係なく渡し船の邪魔をするようになった。船が岸を離れて川の真ん中付近に差し掛かろうとすると、波を起こして押し戻してしまうのだ。

 遠く離れた対岸でも同様の現象が起きており、行き来ができなくなったため、生活に支障が出てきている。

 人も物も出入りできないので、物資が足りない、人手が足りない、商売が成り立たない、などなど。多くのことが回らなくなり、町も港も混乱していると言う。


「あの大蛇はナナトの皆に愛され始めています」


 と、ルイスは言う。大蛇は姿を見せるが攻撃してくることはなかったため、今までは船の行き来もできていた。むしろたまに見られる大蛇の神々しい姿を見るために観光客向けのツアーまで組まれたほどだ。

 大蛇のほうも人を気にすることはなかった。自分に害がない限り何もしないと言いたげに悠々と泳ぐ姿はナナトの人々に畏怖の念を持って受け入れられた。もともとこの町で蛇は守護獣だ。ナナト大河の雄大な眺めは龍にたとえられており、その御使いとして蛇は崇められていた。脱皮殻は財布に入れるとお金がたまると言われてナナト土産の代表に数えられるほどだ。


 そんな大蛇の突然の行動に、人々は恐れを抱き、何かも前触れかと危ぶんでいる。貿易拠点を他の渡し場にしようと考える商人まで出ているらしい。


 もちろん騎士団とて手をこまねいていたわけではない。大蛇に接触を試みたり、対岸に渡る別のルートを探したり、貯蓄の物資を配給したり、暴動を阻止したり、あらゆる対処に走り回ったが、それでも後手になっている感は否めず、人々の不満が徐々に募っていった。


 そして昨日、事件は起こった。


 大蛇が対岸にいる隙を見て、王国に来ていた彩の国のソーダイ商会の船が大河に乗り出したのだ。

 案の定、商船は押し流され、岸に戻されそうになった。

 しかしそこは彩の国一番の商会、策もなしで危険な大河に出るわけがない。商人は勝てない戦はしないが船主のモットーだ。

 その船には波に負けずに進める魔力を持った大きな魔石が仕込まれていた。風魔法の使い手が魔石に力を吹き込むと、船の後部にあるスクリュープロペラが回転し、漕ぎ手もしくは風に頼る従来の方法の10倍の速さ(推測値らしい)で進むことができるのだ。

 船長は「100の確率で対岸につける」と言い切り、騎士が止めるのも聞かずに船を出した。


 騎士たちは大蛇の怒りを恐れたが、商船を阻止することはできなかった。

 焦りつつも、守りを固めた。商船一隻のせいで港を危険にさらすことはできないが、大口をたたくだけの速さでアッと言うに間に進んでしまった船に対処のしようがない。


 とはいえ人々にとっては希望の船でもある。あの船が無事に対岸についたなら、大蛇を恐れることなく貿易ができる。

 船を見つめる商人たちは心の中で無事につくよう祈った。


 しかし、大河の真ん中に船が差し掛かった時。



 バクン!


 と、大きな音がしたと思った瞬間、船の半分が喰われたようになくなった。



 人々が悲鳴をあげる暇もなく、船は大破し、沈んだ。

 その間、約30秒。

 船はゆっくりと沈むものだと思っていた人々は、口を開けたまま固まった。


 彼らの前を、大蛇がゆっくりと泳いでいった。




「大蛇の怒りを買ったのだと皆が思いましたが、驚いたのは次の日の朝でした」


 なんと、沈んだの商船の船員が全員無事に発見されたのだ。

 渡し場から少し離れたところにある砂浜で発見された船員たちはずぶ濡れであったがみな無傷。少量だが積んでいた荷物もコンテナごと打ち上げられていた。その周囲には粉々になった船の残骸が木材のようにばらまかれ、夢でないことを教えている。


 船主が目を覚ました時、目の前に大きな赤い輝きがあった。大蛇の目だと気づいたのは鼻をちろりとなめられた直後だったという。悲鳴すら上げられずただ震える船主と船員の耳に、不思議な声が届いた。


『次は、ない』


 全員が壊れた人形のように頷くしかなかったと言う。






「死者が出なかったのは幸いでしたが、これで大河を渡れないことが証明されてしまい、港は混乱しています。相変わらず大蛇は船の行き来を阻止し続けているため、生活が成り立たないと怒鳴り込んでくる者が増えました。ナナト以外にも港はありますが、迂回するには10日ほどのロスがありますし、その分の手間もかかりますので、わが商会でも対処に苦慮しているところです」


 長話で喉が渇いたのか、ルイスは一口茶を飲み、顔を歪めた。渋かったらしい。


「一方で、大蛇を守れと言う声が高まっています。警告を破って船出した人々を助けた大蛇は聖獣だと崇めるものまで出てきまして、冒険者に討伐依頼を出すなと冒険者ギルドに張り込む者まで出てきました。商会を回って保護のための資金をとの話も出て、商会としても頭が痛いです。物が少なくなってきましたので物価が上がり、いつも10銀だったパンが100銀になるなどの事態なのに何を言っているのかと思います」


 そういう対処をするのはルイスの仕事のようだ。商人もいろいろと大変なんだな。


「と、町はこんなところです」


 締めくくったルイスは大きくため息を吐いた。そして恨めしそうにこちらを見る。


「正直なところ、ベルグリフ殿下が行方不明になって手が取られて大変でした。不慮の事故なのはわかっていますが、人手不足の上に魔術師がこちらにほぼ取られた上、毎日王宮から叱責されてましたのでね」

「……、申し訳ない」

「すみません、殿下のせいではないのですが、愚痴が出ました」


 カチカチコッチンなルイスが言うのだからよほど大変だったのだろう。兄上の無茶振りは半端ないからなあ。俺は慣れてるから平気だけど、サイラスは胃薬を買っていたっけ。なんか、ほんと、ごめん。


「ルイ兄様がベル様をいじめている」


 寝ていたはずのジャスティンが呟いた。まだ半分寝ている目で体を起こす。


「いじめられてないよ。事実だから」

「……、事実は小説より奇なりなりなり」


 まだ寝てるな、こいつ。


 それはともかく、ルイスの話からのんびりしている時間はないことが分かった。すでに11日無駄にしているから、一刻も早く現場を見に行きたい。

 そのためには順番が大事だな。まず行くべきところは……。


「町に行く前に騎士団に寄っていく。先に大蛇に会いたいところだけど、まずは直接大蛇と対峙している騎士団から話を聞いて、どういうことが大変なのか確認してから、兄上に報告しないとね。ジャス、目が覚めたなら支度して一緒に行くかい?」

「むー……。もう食べられません……」


 うん、まだ寝てるな。起きろ。


「そのあと町に行って、それから港に行く。エルファリア商会にはそのあと顔を出すから、ルイスは先に行って商会長に伝えておいて」

「承りました」

「ありがとう。そうそう、町には冒険者としていくから、最初に冒険者ギルドに寄っていくよ。ジャスとルイスは、もしついてくるなら『殿下』じゃなくて『ベル』呼びで頼む」

「はーい」

「あ、でも町だとこの服じゃ目立つな。そこにある水色の魔術師のローブ借りてくよ。ジャスのだろ?」


 仕立てのいいシャツにズボン。冒険者にしてはいささかお行儀が良すぎる。魔術師で登録しているからローブならいいかと借りたら、思ったより丈が短かった。膝が少し隠れるくらいで見習い魔術師サイズだ。袖も手首が全部見える長さ。それ以外は悪くないのに残念だな。

 完全に目が覚めたらしいジャスはこっちを見てむくれ、ルイスは吹き出した。


「藍色でよければ私のを使ってください」


 言いながら自分のローブを貸してくれる。ありがたく受け取ってみたが、ルイスは俺より肩幅も背もでかいからなあ。

 案の定着てみたらぶかぶか。裾は床ぎりぎりだし、両手は指先が少し見えるくらいだった。わかってたことだけど、なんだこのすごい敗北感。


「ぷぷ、ベル様、彼氏の服を着た女の子みたい」

「……、ジャスが着たらパパの服を着た5歳児だよ」

「ううっ、否定できない……」

「殿下、いくら何でもパパとかひどいです」


 微妙に傷ついた顔のルイス。そういえばまだ結婚していないと聞いた。たしか22歳だっけか。婚約者はいると思うんだけど、どうだったかな。

 そんなことを考えていると、顔に出ていたのか、ジャスは笑い転げ、ルイスはとても複雑な顔でそっぽ向いた。







読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ