やっと到着、ナナト大河
目を覚ますとドライアド様と泣き女が楽しそうに握手していた。
いつの間に仲良くなったのかわからないが、もめごとが解決したようでよかった。
というか、こんなところで熟睡してたのか。最近ずっとふかふかベッドだったから心配してたけど、ちゃんとその時になれば冒険者できるんだな、とほっとする。
とはいえ、やっぱり体はあちこち痛かったけどね。
「べりゅー」
「べりゅー」
懐から妖精が飛び出してきて頭の上でくるくると回った。いかん、可愛さでにやける。
今日きっといいことがあるな、そう思いつつ伸びをした俺を、なぜかドライアド様と泣き女はしかめっ面で見ていた。節々がパキポキ言ってたの、聞こえちゃったかもしれない。まあいいか。
幸いにもドライアド様がナナトのポータルに飛ばしてくれると言う。大森林の中に入れば力は使い放題なのだとか。さすが神樹の精霊だなあと感動した。
「まあそのためには、これをな、飲め」
差し出されたのは大きな枝をくりぬいたような筒で、中には昨日もらった緑のお茶が入っている。
「ワレからは、これだ」
泣き女はどこから出したのか薄い水色の丸いものをくれた。食べ物、なのかな?
お茶は二回目なので味はわかるけど、これはどうなんだろう?
とりあえずお茶を飲んでから、恐る恐る口に入れた。
うん、冷たい。そんなでもって少ししょっぱくて、苦くなって、最後甘い。飴玉みたいにしばらく楽しめるみたいだな。
両方口にしたら、冷えていた体がポカポカしてきて、体の痛みも楽になった。疲労回復効果があったようだ。いろいろとありがたい。
「それでは、よろしくお願いします」
そろそろ行かないと。一日遅れで到着なんて普通はないから、いろいろな人に迷惑をかけてそうだなあ。
ま、事故だから仕方ない。この体験を今後に役立ててもらうため、きっちり報告書を書こう。
ドライアド様と泣き女に心からお礼を言い、妖精たちに手を振る。
「まあ、頑張れ」
はしゃぐ妖精たちに囲まれていたドライアド様は俺を励ましてから魔法をかけた後、なぜか目をそらしたのだった。
ポータルについた瞬間、魔術師たちが凍り付いたのがわかった。
騒がしかった部屋が瞬時に静まり返り、視線のすべてがこちらに向く。
生気のない生暖かい視線が刺さる刺さる。
非常に、いたたまれない。
「あ、あの、遅くなって……」
「ベルさま~、無事で、よがったあああ!!」
そのとき、どこからともなく飛んできたの水色の物体が、勢いそのままにぶつかった。弾かれそうになったけど、なんとか踏みとどまったら、そのまましがみつかれる。
大きい犬?と思ったら、水色の服を着たジャスティンだった。
相変わらず小柄で俺の肩くらいまでしかないジャスティンは、もう離さないとばかりにしがみついて号泣している。
ふわふわとした大きな丸い目をしたジャスティンは、町で一番大きな商会の息子だ。四男なので家を継ぐ必要がないからと、ナナトの港にある支店で修行している。貴族の出ではないが人懐っこい性格と童顔で老若男女すべてに弟のようだと可愛がられていた。卒業して独り立ちした今でも俺や生徒会同期仲間の前ではこんな風に子供っぽい面を見せる。学生の時は子犬のようとあだ名されていたけど、大きくなったら普通に犬っぽかったのはビックリというか納得というか。
「や、やあ、ジャス。元気そうだね」
「う、う……、もう、4日くらい、あんまし寝てないけど、えぐえぐ、元気ですぅ……」
そりゃまたなんとも。よく見たら目の下のクマがひどい。可愛い顔が台無しだ。修行が忙しいのかな、難儀なことで。
とか思っていたら、続いた言葉にさらに驚いた。
「11日も、行方不明の心の友を、心配しなくて、なにが、親友ですかあぁ、しくしくしく……」
親友とか心の友とか、目の前で言われると照れるなあ。
じゃなくて。
ちょっと待て!
「え? 11日?? 昨日王都出たばっかりだけど……」
「何言ってるんですかああ!今日で11日目です!」
うわぁ……。
ドライアド様の「頑張れ」ってそういうことか……。
確かに王族が突然行方不明になって、原因が魔法だとわかってたら、もう大騒ぎだよな。兄上がいなくなってたら俺だって寝ないで東奔西走する。
言い訳、ってのも特にないし、これはもう謝るしかないか。
「ベル様がいなくなっただけでポータルに異常はないし、原因もわからないし、もう、ここの魔術師たち、過労死寸前ですから!! 昨日の夜中に王都から「寝ろ!」って指示が来てたらしいですけど、みんなで必死に話し合いしてて、気が付いたのついさっきで、そしたらベル様出てきて、もう、もううう!!」
「う、うん、悪かった。俺が悪かった」
「会いたかった!会いたかった!会いたかった!イエスっ!ってやつですよ、ほんと、うわああああん!」
困った。ジャスはこうなると落ち着くまで少し時間がかかるのだ。
とりあえず現場がだいぶいっぱいいっぱいだったことは察した。
探知魔法が使えるジャスティンは今回の件に直接かかわる必要はないはずなのだが、修行を投げ出して俺を探してくれていたのだろう。友達はありがたい。
「心配かけて悪かった。でもな、20過ぎた男がそんなに泣くなよ」
小突いたら、テヘとか言われ、上目遣いでしがみつかれた。可愛く見えるのが腹立つが今は許す。
ジャスティンの勢いに押されて固まっていた魔術師たちもようやく動きが戻ってきた。
「よかった……。本当に良かった。急いで王都のポータルに連絡を取らないと」
一様に安堵と疲労が浮かんでいて申し訳ない。
しかし一時的にでもポータルを使った人間の安否確認ができなかったこと、目的地にたどり着かなかったことは問題だ。今回は泣き女が絡んだというレアケースだったけど、同じことが別の要因で起こった時の対策を練ってもらわないといけない。俺の場合はたまたまドライアド様が見つけてくれて無傷で戻ってこられたが、聞いた話ではすごい勢いで地面にたたきつけられるところだったとのこと。命の危険があった。
それらを考えると、安全なポータル利用のため、魔術師たちには引き続き調査をしてもらう必要がある。
「休んでほしいところだが、聞いてくれ。今回の件は不幸な事故でポータルの魔法が一時的に消されたことが原因だ。後で詳しい報告書をあげておくので、対策の参考にしてもらえたらと思う」
全員の視線がこちらに向く。どれも真剣だ。
「緊急で、と今の皆の顔を見て言うのは酷だと思う。あんまり言いたくないが、実は死にかけた。幸運が重なって戻ってこられたようなものだ。ポータルでの事故は今後の王国の発展を妨げるかもしれない。俺の報告が皆の役に立つといいなと思ってる」
死にかけた、のところで魔術師たちがざわめいた。へたへたとしゃがんでしまった者もいる。大袈裟に言い過ぎたかなとも思ったけど、自分たちが携わっている仕事がいかに重要かわかってくれたらとありがたい。
「というわけで、俺は今から報告書を書く。時間がちょっとかかると思うんで、待っててくれるとありがたいんだが、いいかな?」
自分で仕事を増やしてしまったが仕方ない。書いてる間に食事と仮眠をと指示し、ナナトポータルの会議室の机を1つ借りた。隅っこでやれば邪魔にならないだろう。
魔術師たちの顔に活気が戻ってきた。疲労困憊だろうに、調査とか研究とかそういう話をすると生き生きするのが魔術師の特性なんだよな。俺も魔法の話だったら何日でも飽きないからわかる。
ポータルのある部屋を離れる前に、全員に向かってもう一度頭を下げた。
「探してくれてありがとう。皆の協力に感謝する。本当にありがとう。とても嬉しいよ」
顔をあげると、その場の全員がにこやかに笑ってくれた。疲労は隠せないが、やる気に満ちている。それぞれが自分の仕事を見つけ、動き出していた。
こんなにたくさんの人々が自分のために動いてくれたことがありがたい。
今度は俺の番だ。できることをがんばらなくちゃな。
めちゃくちゃ気合が入った。さあ、仕事をしよう!
読んでいただいてありがとうございます。
ジャスティンの名前がジャスティンとジャスティと混在してわかりにくいと言うお言葉をいただきました。ありがとうございます。
実は作者もわかりにくいなと思っていたのですが、調べたところ、ジャスティンの愛称はジャスティ以外なかったのです。とはいえ本作はファンタジーなので、わかりにくいのは避けて「ジャス」とか「ティン」とかにしてもいいかなということで、ここでは「ほんとはジャスティン、愛称はジャス」で統一します。
ご指摘、心から感謝します。ありがとうございます。何かありましたらまた教えてください。これからもよろしくお願いします。