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行方不明のベルグリフ

 ベルグリフがナナト大河の港町近くにあるポータルに現れない。


 そう連絡が来たのは、行ってくると手を振って出ていったベルグリフを執務室で見送った4時間後だった。


「なぜもっと早く報告しない!」


 俺は思わず立ち上がり、報告に来た騎士とポータルの通信魔法士を怒鳴りつけた。

 とはいえ、八つ当たりだとわかってる。ポータル移動時は到着に2.3時間の誤差が出るのは普通だ。きっとナナトの魔術師たちもベルが来るのをずっと待っていたのだろう。


 落ち着け、ベルは大丈夫だ。

 自分に言い聞かせる。今はそれしかできない。


「いや、何も言うな。今のは俺が悪かった。報告を頼む」


 自分では冷静なつもりだったが、声が震えている。表にも出ていたようで、報告に来ている二人だけでなく、部屋にいる執事や召使にまで心配そうな顔をされてしまった。冷静な王は難しいものだ。俺は再び深呼吸した。



 それから10日過ぎた。

 ベルの行方は杳としてわからない。



 魔術師たちは寝る間も惜しんで調査を行っている。

 報告によると、ベルがナナト行きポータルに入った直後、奇妙な音が聞こえたそうだ。

 甲高いキーンという音で、若い魔術師たちは聞こえたが、年かさの者には聞き取れなかったとのこと。その音を聞いた魔術師たちは全員倒れ、今でも意識が戻っていない。原因は調査中だが、魔術師たちの意識が戻るまで何もできないと言う。

 音はナナトのポータルでも聞こえたそうで、向こうも同様若い魔術師たちに被害が出ているが、ほかには特に何もないとのことだった。


 そういえば、最近ナナト行きのポータルが不安定だという報告が上がっていた。だが移動魔法はいつも通り稼働したのは何度も確認したし、問題はないと言っていたはずだ。


「……、実は、送られた物資が届かないことがまれにありました」


 話の途中で通信魔法士が言った。

 どうしてそんな大事なことを今になって、と怒鳴りたくなったが、今は我慢した。あとでじっくり追求せねばな。事故はあって当たり前、大事になる前に現場で対処できていたなら及第点だ。だが報告がないのは論外。原因となるような事象を隠蔽してはいけない。


「そのことをベルには?」

「もちろん、ベルグリフ殿下がポータルに入られる前にきちんとお伝えいたしました。殿下はこの国にとって大事な方ですから」

「そうか」


 こんな時だが少し嬉しい言葉だ。ベルが聞いたらきっと喜ぶ。


「ベルグリフ殿下はいつものように笑って手を振ってくださいました。私どももBランク冒険者ですので大丈夫だと軽く考えてしまい、猛省しております。ベルグリフ殿下がポータルに入る前に確認作業をすべきでした。申し訳ございません」


 ポータル管理部の責任者モーリスは青い顔をしてひたすら汗をぬぐっていた。降格がわかっているのだろう。潔いことだ。


「引き続きナナトの魔術師たちと連携を取り、原因を探れ。そしてベルがどこにいるか、今のポータルの状態など、思いつくことは全部調べるのだ。必要なら宮廷魔術師や騎士団を投入してよい」


 本当ならば自分で探したいところだが、王の職務を捨てるわけにはいかないのが辛い。

 明日は大切な昼食会があるのだ。相手は彩の国の大使だ。大使が()()()だってことだけども頭が痛いのだが、彩の国は最近こちらに対して不穏な雰囲気があるので気が抜けない。雰囲気で済めばいいが、大事になったら不味い。


 それにベルだったら「俺を探すより国のことを優先しろ」と言いそうだしな。


 俺は自分の手を見つめる。掌がじんわり熱くなっているのは俺の持つ火の魔力のせいだ。気が昂ると未だに調整が難しい。燃え上がりそうな手を握りこんだら火傷しそうになった。






 ベル様が消息を絶ってから10日が過ぎてしまいました。


 あの方が城にいないことは珍しくありませんが、ポータル移動中の事故ということもあり、皆がとても心配しています。多くの者が空いた時間に神殿で祈っているそうです。


 もちろん、わたくしも、祈りをささげております。そのくらいのことしかできない自分がとても歯がゆいですが、仕方ありません。学院ではよい成績を残し卒業しましたが、実務では役立たずだと痛感いたしました。


 アーチー様の目の下には隈ができてしまいました。政務に支障をきたさないようにと毎日執務室でお仕事をされています。心配です。少しでもお手伝いをと、普段はベル様が任されている書類の整理をいたしました。なかなかに大変なお仕事でしたわ。


 夜もお忙しく執務室で仮眠を取られるアーチー様。

 とても申し訳ないと思いながらも、一人でベッドに入る夜が続きました。


 この夜もそうして眠っていたのです。


 浅い眠りに何度も身じろぎをしていると、どこからともなくかぐわしい花の香りがしました。

 侍女がアロマオイルを炊いてくれたのかしら、と始めは思いました。

 その香りは次第に濃くなり、優しく抱きしめるようにわたくしを包んでいきます。手足の先まで丁寧に、穏やかに包まれ、心にのしかかっていた不安が溶かされるようでした。


「愛しい娘よ」


 ふわり、と風に乗って声が聞こえました。

 とても優しく、暖かな、声。

 幼いころは毎日のように聞いていた懐かしい声です。

 わたくしは心に淀んでいた不安が消えているのを知りました。


「名付け親様……」


 知らず、涙が溢れます。

 気が付けば、周囲は緑でおおわれていました。その中に大きくて真っ赤な花飾りが揺れています。

 赤を中心にくるくると回る緑はゆっくりと手のひらサイズの人間の形になり、わたくしの顔のそばに立ちました。


「どうした、泣くことはないのに」


 ドライアド様はわたくしの目元にキスをして、涙をぬぐってくださいました。




 火・水・風・土の4つの魔力は多くの者が持つ魔力ですが、世界にはこれ以外の魔力を持つ者も存在します。ミラ様の光の魔力がその例です。

 わたくしは樹という、とても珍しい魔力を持って生まれました。樹の魔力はとても珍しいそうで、わたくしを宿したときに大樹の精霊であるドライアド様はとても喜んでくださったのだそうです。ありがたくも祝福を受け、名をつけていただきました。

 そういうわけですので、ドライアド様はわたくしのことを娘のように扱ってくださるのです。



 わたくしが事情を話すと、ドライアド様はとても困った顔をしました。


「泣かせたのはオレだったか」


 思うところがあるようで、軽く舌打ちしています。

 わたくしはベッドの上に座り、ドライアド様はわたくしの膝の上に乗っているのですが、突然地団駄を踏んだり、腕を組んでうんうんと唸っておりました。


「人間の時間と違うのを忘れていた……」


 なにやら困らせてしまったようです。

 申し訳なく思っておりますと、ドライアド様は言いました。


「時間がないので簡単に言う。ベルグリフは私が預かっている。すぐに返すから心配ない、そう王に伝えよ」

「!?」

「泣き女の件はすぐに片が付くだろう。大使にはそう伝えるといい」

「泣き女、ですか?」

「泣き女を知らぬか? まあすぐに聞くだろうから問題ない。この件はサービスだぞ。せいぜい使え。用はそれだけだ」


 ドライアド様のお言葉はとても具体的なのですが、その時にならないと意味が分からないのが困るところです。

 困惑が顔に出てしまったのか、ドライアド様はわたくしの人差し指を軽くたたきました。


「今回はオレの失態もある。少しなら手を貸してやろう。王には内緒だぞ」


 アーチー様に内緒、わたくしにできるでしょうか……。


「ときにアナスタシア、幸せか?」


 唐突な問いに笑顔で頷くと、ドライアド様は「ならよい」と笑い、大きな口を弓の形にしました。

 その笑顔がゆっくりと広がり、周囲を包んでいる緑に無数の笑みを広げていき、ぶわっと大きな赤い花となって散った時……。




「アナ……」


 優しい手がわたくしの手を覆った感触で、目が覚めました。







 少しは休めと執務室を追い出された。ひどい臣下たちだと思う。

 とはいえ、自分でも隈は気になっていた。明日の昼食会では化粧でもしてごまかしてもらうしかないと自棄な気持ちになる。こんな顔ではアイツにバカにされるからな。


 寝室に入ると、アナは眠っていた。

 こうしていると眠りの森の美女のようだ。あれは王子のキスで目覚めたはずだが、今は夜中だ。キスの誘惑に耐え、夜着に着替えてベッドに入る。


 隣で眠るアナを見ていると気持ちが和む。

 毎日仕事を手伝いに来てくれて、俺を気遣ってくれる。いい妻だ。大事にしたいと思っている。いや、大事にしなくてはいけないな。


 そっと手を重ねる。

 小さくて柔らかい、愛しい手。


「アナ」


 囁くと、アナは小さく身じろぎし、目を覚ました。


「アーチー様……」


 ぼんやりした目が微笑みの形になる。


「夢を、見ました」

「夢?」

「ええ。ドライアド様から、ご伝言です。ベル様はドライアド様が預かっているけれどもうすぐ返すと。あと、泣き女の件はすぐに片付くと大使に伝えろと。泣き女の件はサービスとのこと、で、す……」


 そのまますうっと眠ってしまったアナ。

 俺は手を握ったまましばし呆然としたが、いただいた言葉が身に染みていくと同時に目が覚めた。


 アナがドライアド様とつながりがあることは結婚してから知った。

 ドライアド様は気まぐれだが、気に入れば手を貸すことに躊躇はない。故にドライアド様の愛し子だと知られれば手に入れたがる者は星の数だ。娘の身の安全を考えれば隠すに越したことはない。グッドウィル公爵はそう考えていたらしい。

 その話を公爵から聞いた時、父に「王なのだから使えるものは使え」と言われたが、無視している。ドライアド様に頼らなければ国も治められない王にはなりたくないからな。


 そんなわけで、ドライアド様にはアナと結婚すると報告に行ったときにお会いしただけだ。

 ドライアド様はその間ずっと険しいお顔で俺を睨んでいた。好かれなかったのは残念だったが、アナとともに生きることに対しては認めてもらえたので良しとした。


 そんなドライアド様がわざわざアナの夢に来て、言葉を残してくれたのは驚いた。

 いったい何があったのだろう?

 いや、今は考える時間がないか。


「とりあえずベルは無事なんだな。よかった」


 何よりも嬉しい言葉をもらえた。安堵と溜まった疲労とで崩れ落ちそうだ。

 だが、その前にすることがある。

 俺は扉の外で待つ騎士を呼び、ベルグリフの無事を伝えると、奔走している者すべてに指示を出した。


「今すぐ眠れ! 調査は夜が明けるまで一切許さん! 起きている者は殴ってでも休ませろ!」


 その場にいた騎士だけでなく、様子を見ていた召使までが歓喜の声をあげて駆けていった。






読んでいただいてありがとうございます。


ベルとミラは書きやすいのですが、ほかのキャラはいろいろ動かれて収拾つきません。細かいところをちょくちょく修正する予定です。

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