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Be buggy アイドル  作者: thethethethe
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魂の淘汰

空中を浮遊する天使に連れられて、梅田は暗闇から現れた不思議な素材で出来たドーム状の建物の中へ入る。その明るい内装は何処と無く西洋の教会のようなゴシック建築を思わせる荘厳な作りだった。円形のステージを囲むように長椅子が遠くでも見られるよう傾いて作られていて、そう高くない天井からはLEDのような人工的らしい光が太陽の代わりを補って、それに反射するように周りに飾ってある四方のステンドグラスが輝いていた。その絵柄をよく見てみると、物語が入り口から見て右から左へ起承転結に展開されていて、この天国クオミイニョンが創造されるまでの過程が示されていた。

「私の妄想にしては、出来過ぎ……」そう梅田が呟いたように始原は彼女の夢の中からではなく、古代ギリシャの壁画のように由緒のある歴史が天使達によって描かれていた。夢のような現実が質感を持って梅田の前に鎮座する。それはほっぺたをつねるよりも暴力的な是正だった。

チホは神妙な面持ちの梅田に声をかける。

「緊張しているのか?顔がこわばっている」「そりゃ、そうですよ。胸を張れるようなことをやっているわけでもないし、何よりもこれは現実だし」「君の夢はいわゆる天使の現実に繋がる架け橋だったんだよ。もうここからは僕たちの現実なんだ」その現実が、地球にまで影響を及ぼしているのに全知全能の天使は気づいていないようだ。

「では、梅田良乃はここに座ってもらおうか」チホが空虚に向かって指をさした瞬間雲で出来た椅子と机が生え出る。礼儀正しいヨンサが率先して椅子を引いた。梅田が早速座ろうとすると、ヨンサが軽く引き止める。

「気をつけて、ここに座ると僕たちの姿は見えなくなって魂だけしか見えなくなる。どれがどの魂か取り違えのないようにその手帳にメモをしてね」「そう言えば、ここで抜擢された魂はどんなアイドル達の元へいくの?」「おおかた目星はついてる。あえて言うならアイドル適正が高く体力も申し分ない実力があるアイドルから選ぶつもり。ま、今ここで魂を決めてからの話だししっかりと審査してね」梅田は頷くと意を決して椅子に座る。座ったところで仰々しさは感じられないが、事前にそう言われるとバズビーズチェアのような恐ろしさを感じ取ってしまう。

しばらくして視界が歪み、サーモグラフィーのような視点で浮遊している十数個の魂が赤く灯り目の前にあることが分かった。確認のために後ろを振り返るとチホとヨンサの魂と思わしき灯火が後方の席に座り揺らめいている。

魂の淘汰が始まった。

「第1に歌の試験を始める」チホの声が脳内に響くと1番目の魂が前に進み歌い始めた。それは声帯や口腔の機能を使って発せられるような人間的な歌声ではなく、母音がなにともつかないような奇妙な音声だった。不思議なもので、人間骨や肉をめくって魂に至るまで剥がされると本当の人間性が高級ブランドで彩られた外見よりも残酷に中身が反映され、声帯を使わない魂特有の歌声はその人生が直に伝わってくるようだった。全ての魂が終わり、チホの言葉で第2の試験に移行する前に梅田が意を唱えた。

「待ってください!今の試験だけで十分です、今回のオーディションのテーマと照らし合わせて考えてみると、調和する6個の魂たちがあることに気づきました。私はその魂を地上のアイドル6人に介入させたいと思っています」

「早計はあまり良いとは言えない。他にも試験があるのだからもう少し辛抱強くだな」「いいえ……チホさん、この魂たちの中に元ゼリーズのメンバーのものが混じっているんです。私はファンなので分かります。チュウォンが笑顔でいられるゼリーズの空間を生み出せる6人の魂がここにあります。きっと、その6つの魂なら今回の場合は誰よりも向上心が高くなるのではないかと私は思います」言い切ると同時に梅田は席を立って合格した魂を指す。

「前に出ている……5番目の魂、端にある7番目の魂、その隣の10番目の魂、1番目の魂に3番目の魂、あと離れている……9番目の魂」視界が鮮明になってくると合格したゼリーズの魂が形を持って彼ら自身として浮かび上がる。昔ステージで見たアイドル達が羽を生やしている様はとても神々しく、きらきらと輝くオーラを漂わせていた。ヨンサはやれやれといった様子で階段を下り残りの魂に指示を仰ぐ。「合格者以外はお帰りください。ありがとうございました」梅田の頬を生暖かい気がかすめる。きっとゼリーズのメンバーを見極めるための審査だったのだろう。他の魂たちは、ゼリーズを見抜くためのオーディションとして埋め合わせで選ばれたような感じだった。

「次は魂を入れる地球の受容体を探さないと」ヨンサはどこから取り出したのか分厚い辞書を机に置く。梅田も読んだことがあるアイドル名鑑の最新版だ。そこには方向性もキャラも多種多様なアイドルたちが顔を連ねていた。

「人気不人気、事務所間の問題とか大人の事情とか気にせずになるべくアイドル補正の高いアイドルを選んでほしい」ヨンサが言う。

おそらく研修生からアイドルとしてデビューするまでに天国からの魂が介入される事に加えて、今回のケースは特殊なので更に魂が混同される。最初の介入を一次的介入、ゼリーズの魂を介入することを二次的介入と名付けて、その2度の介入に耐えられる器の持ち主を探すようだった。1番の解決策は、地球にいる今は一般人のゼリーズのメンバーにそのまま魂を介入させゼリーズを完全体として復活させる事だったが、衰えることのない魂とは対照的に人間の体には限界が設けられていたのでアイドルを辞めた彼らにゼリーズ黎明期と何ら変わりのない魂を介入させるのは大きいリスクが伴った。やはり一から探したほうがよさそうだ。梅田がページをめくりながら一つ一つ吟味する。見た目を彼らに寄せるよりかは人生観が似通っている方が好ましい。ゼリーズのインタビューを雑誌から丁寧に切り抜いて全文を暗記していた彼女の海馬を巡って選りすぐりのアイドルが抜擢された。「チホさんヨンサさん、だいぶ選べました。でもこのアイドル達は地上でどのようなオーディションを?」「私の友達にヨンサが所属している事務所の社長がいる。その社長に掛け合って事務所も性別も国籍も問わないアイドルオーディションを開催してもらいまたその中から6名を選出したい」「さすがスーパーアイドル、人脈がありますね」梅田が名鑑を閉じてヨンサに礼を言って渡す。大方の下準備が終わり、一同が建物から出ようとした時点でチホが不意に口を開いた。

「ただ、プロデュースを行うのは君自身だ」瞬間、チホの放った一言は寝耳に水だった。

「えぇ!?でも天国からどうやって!」振り向きざまに驚く梅田にヨンサが追い打ちをかける。

「じゃーん!これ見て、次元を超えられる通信機!ビデオ機能も付いていて時差の影響がないんだ!」

そう言って彼は小型の携帯機器を取り出した。電話しか出来ないような初期のスマートフォンを思わせる形状だ。突然のプロデューサー任命に梅田が拒否するよりも早くチホは畳み掛けるように言い放った。

「それに地上でのサポートはヨンサが付いて回る。と同時にヨンサもアイドルとしてそのグループに入るので、ヨンサを介してクオミイニョンからアイドルにアドバイスを送ってやってくれないか」

「私が!?天国から1人でプロデュースを!?」「クオミイニョンにはチホさんもいてくれるから大丈夫だよ。それにプロデューサーと言うよりは、どちらかと言うとカウンセラーの面が強いかな。きっと2度の介入に耐えられる人間はいないだろうし、僕たちが今からやろうとしているのはバグを必然的に発生させないとクリア出来ないようなゲームなんだ。だから、出来る限りバグの修復に努めて欲しい、と言えばいいかな?」

「ええっとだから私は天国からゼリーズの魂を入れたアイドルをプロデューサーとして、1ファンとして、デバッグ係として、ライターとしてゲーマーとして……」

「チホさん、僕言語野の波長がズレてました?」「いや、梅田が自発的にバグを発生させたようだ」ヨンサとチホは2人がかりで説得しながらこれを諌め、事実を反芻させて梅田に地に足をつけるよう促した。

「オタク、時折バグるので……すみません」冷静さを欠いた事を謝って梅田は次第に決意を固める。「分かりました、私……たとえ長くなってもプロデュースをしようと思います」

「長いことなんてないよ?ライブ、1週間後だから」ひょうひょうとした様でヨンサが言う。梅田は再び仰天せざるを得なかった。

「何!?どうして!全部そう、急に!?」「落ち着いてね。そもそもクオミイニョンと地球は光の届き方に大きなズレがあって地球での1日はこっちでの1ヶ月に相当するんだ。そう考えると1週間は半年ほどなんだよ」

「でも、それじゃプロデュースしても、なんかこう……次元が歪んで……地球から見ると私の方が早いし会話が成り立たなくなって……」手を使って天使2人に図解しようとしても伝えるのに時間がかかる。

「次元の壁のこと?それなら通信機を使って僕に話してくれたら、1分ほどの時差があるけど修正されて下界に届くはずだよ。そもそもクオミイニョンと地球で時差があることは地上では僕しか知らないし、君の声が届くのは僕だけと思ってくれたらいい」ヨンサが梅田の手を握り通信機を渡す。握手会のような一瞬の邂逅よりもひどく質感のある大きい手だった。

「でも、地球でそんなものを使ってたら宇宙人と交信しているみたいですね……」梅田が皮肉交じりに呟いた。「僕、次デビューしたら電波キャラで売ろうか?」本心ではないと分かっているのにヨンサの表情演技がとても上手く、梅田は危うく本気なのかと疑ってしまった。「いや、今だけで十分です」

冗談を交えながらヨンサ達は雲がぽっかりと空いた場所へ移動した。まだ夜が明けないためその穴が深淵のように奥が暗闇で見えなくなっていた。例えようとしなくても絵の具の黒、黒い墨、人間の初期状態、梅田の連想ゲームは胎内めぐりまで到達する。しかしヨンサが次に言った言葉は考えてもないことだった。

「ブラックホールみたいで、怖いね」まるで地球滅亡を怖がる子供のようで、梅田は拍子抜けして微笑んだ。

「ここから天使達が記憶も、羽も失い魂だけの形になって地球へ介入するために光をも超えるスピードで降り立ち、地球のアイドルとして活動する」チホが雲に降り重い足取りで2人の元へ歩み寄る。

ヨンサが、地へ身を下ろすのだ。梅田はふと一抹の不安が頭をよぎる。

「本当に、私のことを覚えていてくれますか?」彼女の言葉は握手会やサイン会で推しへの認知を確認するものではなく、未知の領域に踏み込むアイドルを心配して不安がっているものだった。

「覚えていないわけがない!だって僕は生まれ持っての天使だよ?全知全能で空だって飛べる。遠くに行ったからって君の事を忘れるわけじゃない」

その瞬間、天国にいったチュウォンとヨンサの影が重なり、梅田は目を細めた。

「……なら大丈夫ですよね、きっと成功します。未来を見ることは怖いけど、きっと大丈夫ですね」後半はもはや自分に言い聞かせているような語気のしたたかさがあった。

ヨンサが空に合図を送ると6つの魂、もといゼリーズ達が流れ星のように夢を見せ、ヨンサの周りを取り囲む。しばし顔を肉眼で見ることが出来ない悲しさに、梅田はKDP公式の更新がない時の虚無を思い出し感傷的になる。

「あ!言い忘れてたけど梅田ちゃん」アイドルの悲壮さに心打たれていたところにヨンサが割って入った。

「これ、今日から覚えてね!」そう言って彼が手渡したのは地球にある国の公用語7000弱余りが載った辞書と古代のラノハーマで使われていた教科書だった。

「分厚い読み物しか読まないんですか……ヒィ!」それはあまりにも重くて、ヨンサと一緒に雲から落ちてしまいそうだった。

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