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喪服の男

作者: 或宮澪

――――これは、かつてどこかで聞いた話です。故に、真実であるか虚構であるかは、私にもわかりません。けれど、けれども。この話を教えてくれた人曰く。あり得ないように思えるかもしれないけれど、これは、貴方の身にも起こり得る話だと言います。


――――都内某所に、Bさんという雑誌記者が居ました。主に都市伝説や心霊スポット、怪しい噂などの記事を主に担当しているので、日本各地の奇怪或いは珍妙な場所に赴いては取材して記事を書き、それで生計を立てていました。

ある日、そんなBさんのパソコンに、一通のメールが届いていました。それは、関東某所のベッドタウンで起きているという連続失踪事件の噂についての噂を、取材してほしいという内容の依頼でした。

(これは格好のネタが来た!)

―――そう思ったBさんは依頼を快諾し、早速、記事のネタを書くために取材へ向かいました。

―――暗澹(あんたん)たる深淵に跳梁(ちょうりょう)する悪夢が、口を広げて待っているとも知らず。


「こちらです」

そう言ってBさんを現場に案内したのは、取材依頼のメールの送り主であり、地元のフリーライターでオカルト研究家でもあるRさんでした。現場は、一見するとどこにでもあるような、ショッピングモールに隣接した映画館でした。

「こんなところで神隠しが?」

「ええ、因果関係があると決まったわけではありませんが・・・ただ・・・」

口ごもるRさん。

「ただ?」

そんなRさんの様子を見て、Bさんは話の続きを促します。

「――度々ここに映画を見に行った人が、数日後に失踪したという話を何件か聞いています・・・時期としては、数年前から・・・でしょうか」

Bさんの問いに返しつつ、Rさんはさらなる情報を話しました。

「それでね。噂によると、失踪した人の一人が、居なくなる前に、妙なお客さんの隣に座ったって言ってたらしいんですよ」

「妙なお客さん?」

「ええ、なんでも、とにかく気味が悪くて。黒いスーツに加えて、黒いネクタイ。まるでお葬式の喪服のような恰好をして、何も喋らずにロビーの一角に佇んでいたらしいんです。顔は整っている方らしいのですが、表情も変えず、肌は蒼白で。年齢は見た感じだと30代か40代くらいで・・・なんか変な人だなと思っていたら、シアターで隣の席に座ってきていたと聞きました」

Rさんが語ったのは、映画館に通夜や葬儀の時に着ていくような恰好で現れる、奇妙な男の目撃証言でした。

「はぁ・・・でも、そこまで目立つのなら、不審者情報を施設も把握してはいないんですか」

至極当然の疑問を投げかけるBさんでしたが。

「それがね、人伝に聞こえてくる噂でしか、目撃証言もないそうなんですよ」

「・・・というと」

Rさんの答えに訊き返すBさん。

「文字通り、失踪者の方が知人に語った内容を介してしか、伝わっていないんですよ」

恐るべきことに、喪服の男を目撃したものは他に居ないという情報。取材は難航必至でしたが―――

「・・・なるほど。では、その人を探して、あわよくば取材をすればいいと?」

驚くほどあっさりと、Bさんはそう答えました。見られるかすら定かではない謎の男を追うという選択を。恐らく、今までの取材経験に裏打ちされた自信があったのでしょう。

「そうですね、できる限りの範囲でそうしてください。ただ――――」

そんなBさんの問いに返答しつつも、Rさんは最後に言葉を詰まらせ。

「気をつけてください。その人と目が合わないようにした方がいいと、失踪した人が以前、話していたそうです。それから、変な夢を見始めたら、気をつけて。できればすぐに相談してください」

Rさんは、妙なことを話しました。

「・・・はあ」

「いえ、もし黒服の男性に会えたら、ですけれどね」

そうして、Rさんの話が引っ掛かりつつも、Bさんはその映画館のロビーにて、張り込みで調査を始めることにしました。そして、張り込みを始めて3日目に、映画館のロビーに、とうとう奇妙な男が現れました。


―――それは、一人の男でした。人混みが行き交うロビーにおいても、その男が佇む空間だけが周囲から切り取られたような・・・なんとも雑踏の中でさえ周囲から浮いた雰囲気の男でした。よく整髪された髪、お通夜や葬儀の出席者のような黒いスーツと黒いネクタイ。シャツと、白粉(おしろい)のような肌だけが白く。その(かお)は、蝋人形のように、整ってはいれども虚ろのように表情がなく。まるでRさんから聞かされた話に出てきた、怪しい男のようでした。しかしながら、彼の存在に気付く素振りを見せたのは、Bさんをおいて他には居ません。なんとも妙な様子ではありましたが、それでもBさんは取材のチャンスへの意欲を削がれることはなく―――

(居た―――!)

喪服の男を視認して、およそ10メートル先に見えたその男を追って、インタビューを試みに男に近づこうとしたBさん。しかし・・・

(あれ?おかしいな・・・)

ふっと、人混みが目の前を横切っていった刹那、喪服姿の男の姿は、忽然と見えなくなっていました。

(見間違い・・・だったかな?)

しかし、聞いた話では、その男はシアターにも現れるとのことだったので。Bさんはその日、たまたま見たい映画の封切日だったこともあり、ホテルに戻る前に映画を一本見に行くことにしました。

上映前のCMが流れていく中、Bさんの左隣の席は、上映ギリギリになっても空いたままでした。気になりつつも、一向に誰も来ないので、Bさんはだんだん、その日の取材はもう諦めることにしたい気分になっていました。しかし。

場内の明かりが落ちたとき、ふと気づくと、左隣に男が座っていました。あの、黒い服に黒いネクタイをした男でした。表情は、相変わらずの無表情で。ただ、スクリーンを凝視していました。

Bさんは、上映が終わったらこの男についていき、取材を申し入れようと考えました。しかし、Bさんがそんな考えを頭に巡らせていた、その時でした。

ふと、男が一瞬だけBさんの方を見て、Bさんは男と目が合いました。そして。一瞬、男がニヤリと笑みを浮かべ、その目が赫奕(かくやく)と、紅くなっていたように、Bさんには見えたそうです。

気味の悪さを感じつつも、上映が始まり、Bさんは映画を見ていました。しかし、しばらくすると、見たかったはずの映画なのに、何故だかだんだんと眠くなってきてしまいました。


―――気が付くとBさんは夢を見ていました。そこは映画館であることに変わりはありませんでしたが、スクリーンの場内には何故かBさんと―――あの男の二人だけが座席に座っていました。

そして、スクリーンに映し出されていた映像も、これまたなんとも奇妙なものでした。上映が始まると、暗くなった画面に、何やらぽつり、ぽつりと、文字が浮かび上がり。見るとその文字は、見たこともないような気味の悪いもので―――嫌だな、早く帰りたい、とBさんが感じ始めたその刹那。(あか)い、(あか)い、血だまりのような紅い色の、不気味なフォントの意味不明な文字の羅列が、スクリーンを埋め尽くし。一瞬、ぱあっと白く明るく画面が転換すると、何やらビデオカメラの日常記録のような映像が突如として始まりました。ふと隣を見ると。黒ネクタイの男が、意味深にほくそ笑んでいるのが見えましたが。不思議とBさんは画面に再び引き込まれ、席を立とうと思っても、そうすることができません。それに、上映され続ける記録のような映像をよく見ると、Bさんにはなんだか、それがとても見覚えのあるものに思えてならないのです。

そう、それは、Bさんのこれまでの人生の、いわばダイジェスト映像でした。赤子から幼児、幼児から小学生、中学生、高校、大学、そして社会人と・・・Bさんのこれまでの人生が、ダイジェストで流れていきます―――そして。

突如、スクリーンが暗転し、再び映像が流れると。


そこには、恐怖で引き攣り、絶望を湛えた、Bさんの死に顔が映っていたのだそうです。しかも、老いてはいない顔で。


はっと夢から覚めると、見に行っていた筈だった映画はエンドロールの場面を迎え、左隣のあの男は、既に席には居なかったそうです。その後、Bさんはさらに取材を4日間行いましたが、あれ以来、あの喪服姿の男と出会うことはできなかったそうです。

―――そう、現世(うつしよ)の世界では。

あの男に会ってから1週間が経ったころ。Bさんは今回の取材を、実りが少ないなりに記事にまとめてはいたものの、あの夢を見て以来、外に出かけるたびにふと視線を感じ、振り返ると黒い服の男が立っているのではないかという妄想に襲われ、振り返るたびに、怪しげな人影が横切ったような気がしたと話していたそうです。そして、Bさんが話していた内容によれば、Bさんは喪服姿の男に会ってからというもの、あの奇怪で(おぞ)ましい夢を毎晩のように見ていたといいます。そうしてBさんは心身ともにやつれていき、同僚の編集者であるKさんに相談がてらに体験を話したことが、こうして話として私の元に伝わっているとのことです。Kさんに映画館での顛末を話した数日後、BさんはKさんにメールを連続で送り、最後に電話をして―――不在着信でしたが―――それっきり、姿を見せていないそうです。

―――さて。Bさんがどうなったかといえば。それは、誰にもわかりません。しかし、私が聞いた話では、どうやらKさんの元にある日、Bさんからのメールと、着信履歴が残されていたそうです。

―――そして、ここから先は、そのメールと着信履歴を元に再現したお話になります。重ねて言いますが、Bさんがどうなったのか、それは誰にもわかっていません。ただ一つ言えるのは、Bさんがもう、Kさんと同じ会社にはもう来ていないということだけです。


○月×日。午後6時ごろ。

昼過ぎに街で例の黒い服装の男を久々に見た。だけど急に眠くなってしまって・・・気が付いたら、見知らぬ建物の中にいた。どうやら洋館みたいで・・・さっき、例の黒服の男が階段を上がっていった。どうなってるんだろう。というかここどこだ?扉が塞がれていて、ここから外には出られない。写真を送るから、何かヒントは無いか調べてみてくれ。


―――添付された写真には、豪奢な洋館と思しき屋内の風景が映っていたのですが。不気味なほどに寂しく、そして何故だか邪悪な雰囲気が漂っていたそうです。写真やや奥のテーブルには奇妙な形をした十字架が飾られていたり、壁には狂気に満ちた珍妙な肖像画、そして所々には黒い本が何冊か。まるでここが、深く(くら)い、闇黒(あんこく)の世界への入り口とでもいうかのような・・・

ここから先は、再び通信記録の再現となります。


午後6時20分ごろ。

上の階からピアノの音が聞こえる。階段を上がった奥なのだろうか。写真から場所が分かったなら伝えてほしい。曲が何なのかわからないけど、なんというか蠱惑的(こわくてき)で、とても抗いがたい好奇心を掻き立てられるな。少しだけ調べてくる。何かわかったら返信してくれ。


午後6時30分ごろ。

階段を上って奥に進んでいったんだが、やばい。

死体だ。廊下に死体が3人分は転がってる。みんなまるで夢の中のスクリーンで見た俺の死に顔みたいな表情だ。ピアノの音が近づいてる。だめだ、抗えない。俺はもう少し行く、必ず戻るから。


そして以下は、6時44分にKさんの電話に着信したBさんの言葉です。音声メッセージの履歴が、辛うじて残されているようでした。



建物の電気が全部消えた!もう真っ暗で何も見えない・・・行っちゃダメなのはわかってる・・・けどピアノの音がどうしても気になるんだ!なにか、なにかが闇の中ででっかい口を開いて待ってるんだ!はは・・・はははははははは!はは、ははははははは!!もうだめみたいだ・・・ごめん、たぶん俺は今からここで死ぬんだ。はは・・・やり残したことばっかだよ。なんでこうなっちまったんだろうな。ああ、いるぞ、あそこに!俺の方を見て手招きしてるんだ!暗い、暗いけど、見えないけどわかるんだ!なるほど、これが神隠しってやつか!はははは!すごいよこれ!神様のお腹の中だもんなあ、これ!あああ・・・あああああああああ!!結婚とかしてみたかったよ・・・うっぐ。ひっく。あれ何なんだよホントにもう!!ああ誰か、神様助けて!暗い、暗い、暗い暗い暗い暗い暗いよぉ!!頭がおかしくなる・・・風が吹いてる・・・ああ、もう来るんだ・・・は・・・ははは!!暗闇の中から、あいつが・・・


メッセージは、ここで途切れて、終わっているそうです。繰り返しますが、Bさんの消息を知る人は、私が聞いた限りにおいては、誰も居ません。


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