ある歴史家の書 ―アンデッドとネクロマンサーの夜明け―
現代では、アンデッドは社会に欠かせない存在である。外を歩けば、スケルトンが農作業に勤しみ、ウィル・オ・ウィスプが暗がりを照らし、リビングアーマーが守衛として歩き回り、ヘッドレスホースが忙しなく積み荷を運ぶ。そのような光景はもはや日常であり、仮にアンデッドがいなくなれば多くの街や村が機能不全に陥るであろう。それほど彼らは優秀な労働力であり、中には自身の死後は遺体をアンデッドにするよう遺言に残す人間がいるほど社会に貢献している存在である。
そんなアンデッドたちに不具合が出ないか管理する監督役であるのが屍霊術師、ネクロマンサーである。日々アンデッドの性能や思考力の向上に勤め、現代では憧れの職業ランキングの常連である輝かしい職であるが、そんな彼らネクロマンサーがかつては世間の嫌われ者であったと言われて信じられるだろうか?
今や我々人間の友人とまで言っても過言ではないアンデッドであるが、魔王降臨以前は人類の敵対者であった。アンデッドは怨念によって現世に留まり、生命を憎み、生者の命を奪うことを至上の目的としている、邪悪な存在であると信じられていたのである。
現代では自然発生したアンデッドが生命体を襲うのは、生命体の魂を糧とし自身の存在を維持する魔力を補給する為、つまりは他の野生動物の狩りと大して変わらない行動であるというのは誰もが知る所であるが、彼の時代ではそれは生命を憎んでの行動だと認識されていたのだ。『現世に蘇った死体』というイメージから、生命の敵として位置付けられてしまったのである。
アンデッドがそのような認識であるのだから、当然そのアンデッドを使役するネクロマンサーのイメージは最悪であった。邪悪な存在を操る邪悪な魔術師として、世間から忌み嫌われる存在だったのだ。死体を材料とする以上、殺戮を好む危険人物であると偏見の目で見られていたのである。
通常、ネクロマンサーが使役し支配下に置いているアンデッドは命令が無い限り他者を襲わないが、アンデッドが暴走し実際に殺戮を起こした事件があったのも要因であった。現代のように各アンデッドのライセンスが無い当時では、そのネクロマンサーの力量では扱えないアンデッドを無理に使役しようとして暴走させ惨事を起こす連中も多かったのである。
そんな立場に甘んじていたネクロマンサーたちであるが、思わぬところで彼らの地位が向上する出来事が起こる。
その村は、世間にとって厄介な存在であった。各国で犯罪を起こしたり土地を追放されて社会にいられなくなった、悪党の中でも指折りの人間ばかりが徒党を組んで作った『悪徳の村』と呼ばれる悪の巣窟であったのだ。騎士団や冒険者たちですら討伐できなかった生粋の荒くれ者たちの楽園はしかし、唐突に滅びることとなった。魔王の裁きによって。
そう、彼ら悪徳の村の住人は、魔王ベルフレアの臣下、土の将スカルによって滅ぼされたのである。
――その身をスケルトンへと変えられ、死後も強制労働を課せられて。
神話において、悪人の魂は冥府に堕ちた後にその身を骨と化して尚も終わらない労苦を課せられるとされるが、魔王はそれを臣下の能力を用いて現世にて再現してのけたのである。魔王の権勢の中、未だに裏家業を行う悪党どもにとってこの事件は衝撃であった。
一方で、人間をアンデッドへと変えて尚も奴隷として働かせるという、魔王ベルフレアのおぞましい所業に対して、意外にも世間の反応は落ち着いたものであった。魔王という位だから、冷酷な行為も躊躇いなく行う人物であると元から思われていたことと、対象となったのが『悪徳の村』の住人であったことから、彼らへの裁きと同時に冥府の神話を現世で再現したのだと考えられ、悪事をせず、正しく生きていれば恐れる事ではないとされたのである。
この件で実行者となった土の将は世間では魔王の裁きを下す尖兵とされ、『悪徳の限りを尽くすと土の将がやって来る』という脅し文句を大人、子供問わず聞くようになったという。
さて、土の将によってスケルトンとされ、各地に送られて農作業をさせられる末路を迎えた悪徳の村の住人たちであるが、これを見た人間たちはあることに気付いた。そう、アンデッドが『疲労せず、文句も言わず、一日中働ける効率的な労働力』であると認識され始めたのである。
さらにこの頃になると世間の人々のアンデッドへの忌避感は薄れてきていた。元より魔王に支配され、魔物が領主となった世の中である。今さらアンデッドを労働力として頼ることに躊躇いはなかった。
――こうして、アンデッドのイメージは『人類の敵対者』から『便利な労働力』へと変化し、今まで除け者にされていたネクロマンサーたちは、有用な労働力を創り出せる技術者として世間から頼りにされていくこととなる。