私が恐怖されないのはどう考えてもお前らが悪い
とある辺境の大陸に存在する、辺鄙な寒村。そこに村人たちが集って話し合っていた。
「最近はすっかり魔物たちが世界の支配者になったな」
「全くだ。生きにくい世の中になったもんだ」
この世界も魔王が世界に服従の勧告をし、魔物たちが大陸を支配するようになって久しい。今や人間はピラミッドの頂点から陥落していた。
「最近は、仕事もはかどらないですしね」
「全く、やり辛くてかなわんよ……ん?」
村人らが口々に近況への愚痴を言い合っていると、1人の男が異変に気付いた。
「おい、なんか妙に暗くないか?」
「そういえば……」
真っ昼間で、雲ひとつない晴天だというのに、辺りが異様に暗いのだ。さらに異変は続く。
「おいおい、霧まで出て来たぞ……」
「普段はこんなことねえのに……」
「どうなってやがる……」
この土地では普段は全くかからないはずの霧が、深く辺りを覆い始めた。さすがに村人たちも不気味なものを感じ始める。
「フシュルルル……」
「だ、誰だっ!?」
突如聞こえてきた不気味な声に男が狼狽する。こいつがこの異変を起こしているのではないかと考えるが、しかし辺りを見回しても姿は見えない。
「喜べ……お前たちは偉大なる魔王様へ捧げる栄誉ある贄へと選ばれたのだ……」
「な、何だと? 何をわけのわからないことを言ってやがる!?」
魔王に捧げる贄。その物騒な言葉の響きに村人の1人が堪らず声を荒げる。そして、『それ』は起こった。
「お、おい。お前の腕……骨になってねえか……?」
「は……? 何を馬鹿なこと言って……」
男の反論はそこで途切れた。腕を見ると、本当に自分の腕が白骨化していたからだ。
「う、うわあああ!! 俺の体が骨にっ……!?」
「お、おい、お前の足も……」
「な、なんだよこれ!! なんだよこれええええ!!」
痛みも無く肉が削げ落ち、手や足が骨と化していく。おぞましい光景に村人たちが狂乱する。彼らはあずかり知らないことであるが、これはグランベル帝国の兵士たちの身に起きたのと全く同じ現象であった。
「い、嫌だ……死にたくねえ……」
「やっぱり魔王は魔王だったんだ……人間を滅ぼす災厄だったんだよぉ……!」
もはや想像できる自身の末路に恐怖を覚えながら、村人たちは悟った。
――やはり魔王は人間と相容れないのだ。信頼するのが間違いだったのだ。
しかしそれに気付いたところでもはや遅すぎた。既に村人たちの身体は、完全に骨と化していたのだから。
全ての村人がスケルトンと化した場に、全身をローブで覆い隠した不気味な人影が現れスケルトンたちを見回した。魔王軍、土の将スカル――この惨劇を引き起こした人物である。
「お前たちはこの世で最も幸福な人間だ……肉の身体を捨て、永遠に魔王様のしもべとなれる栄誉を賜ったのだから……」
彼はそう祝福の言葉を述べると、かつて村人だった屍たちと共に姿を消した。後には最初から無人であったかのような小さな村だけが残されるのだった。
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「魔王様、件の村は滅亡したようです」
「ふふふ、そう」
側近のメディルからの報告を聞き、魔王ベルフレアが機嫌よく笑った。彼の惨劇は彼女の命令によって引き起こされたものなのだ。
というのも、あまりに人間たちに聖人のように崇められる上に、人間が魔物を恐れなくなってきているので、それなら虐殺でもして魔物の恐怖を思い出させてやろうと思い立ったのである。本来、自身の支配下にある地域での無意味な殺戮はあまり彼女の好むところではないのだが、今回はストレス発散の方が優先であった。
「スカルも良くやったわ。まぁ、件の人間たちは気の毒だったと言うしかないけれど」
自分で命令したにもかかわらず死んだ村人たちに対してそんな言葉を述べる彼女はまさしく魔王というべき外道であった。
「件の人間たちもまさかダーツで殺されたとは思わないでしょうな」
「仕方ないわ、当たってしまったのだから」
そう、スカルによって惨劇に見舞われたあの村は意図的に選ばれたものではない。世界地図を壁に張り、魔王が適当に投げたダーツが刺さったのがあの村だったというだけである。まさしく気の毒と言う他ない。
ちなみに虐殺の実行者にスカルが選ばれたのは、スカルの能力のおぞましさによってこの件を知った人間たちにより恐怖を煽れるだろうという理由である。
「今回生み出されたスケルトンですが、各国の村や街に配備し農作業などを行わせる予定だそうです」
「あら、死んだ後まで畑いじりしないといけないなんて彼らも災難ねぇ」
もはや完全に他人事であった。自身の命令で虐殺が行われた事こそが重要で、その後の人間たちの末路など魔王はさして興味もないのである。しかし、久々に魔王らしい事をした気がする。今夜はよく眠れそうだと、魔王は思った。
――そして数週間後。魔王の元には紙束を持ったメディルがやってきていた。
「魔王様、例の村を滅ぼした件について人間たちから感謝状が届いております」
「なんでよ!!」
魔王は叫んだ。当然の如く叫んだ。今回は傍から見ても完全に無意味な殺戮であった。なのに、何がどうなったら感謝状なんぞが届くような事態に至ったのか。
「それなのですが、どうやら件の村は人間たちの間で『悪徳の村』と呼ばれていたそうでして」
「……続けて」
もはや展開が見えた気がしたが、とりあえず魔王はメディルに続きを促した。
「何でも、指名手配された凶悪犯や、社会にいられなくなったならず者たちの集まる村だったそうで。魔王様の支配後も、山賊まがいの活動を続けていたそうです。連中は並の騎士や冒険者を凌ぐ実力を持つ凶悪な者ばかりで、取り締まるのも難しかったとか」
つまり、例の村は同じ人間を食い物にするアウトローに属する外道の集落であったが、国が拘束しようにも非常に手強くやむを得ず放置されていたのである。そこに今回の一件が起きた。
「つまり何? 私は人間どもが怯えている悪党の集団に、その処理のためにわざわざ部下を派遣して滅ぼしたと」
「どうも世間ではそういう風に解釈されているようですね」
「なんでよ!!」
魔王はまた叫んだ。適当にダーツを投げて決定してその村を滅ぼしたらそこがたまたま悪党の根城だったとかなんだそれは。予想できるかそんなもん。
「スカルを使ったことについてはどうなの? 悪党が相手とはいえおぞましいやり方に嫌悪感を覚えた人間はいなかったわけ?」
「それなのですが、どうやらこの世界にも賽の河原のような逸話があるらしく。魔王様はそれを実行しただけだと思われているようです。悪人でなければ恐れることはないと」
「クソが!」
魔王はもはや美少女が使うべきでない言葉で人間たちを罵倒した。自身のキャラとか威厳とかは既に忘却の彼方に追いやられていた。
「それから、人間のネクロマンサーの集会からも感謝状が届いております」
「は? 何でそんな奴らまで出て来るのよ」
どうしていきなりネクロマンサーまで登場するのか。メディルはもはや流れ作業の如く説明に入った。
「はい。今回の件で生み出されたスケルトンたちは各地に配属され農作業を行っているわけですが。それを見た人間たちがアンデッドが『疲労せず、文句も言わず、一日中働ける効率的な労働力』であると認識したようです。その結果、アンデッドのイメージが良くなり、今までつまはじきにされていたネクロマンサーたちの地位も格段に向上しているとか」
「ざっけんな!」
――この日、魔王は生涯で初めてふて寝をした。




