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ある歴史家の書 ―修行と怪物と魔物―

 魔王ベルフレアが世界を支配下に置き、各地で魔物が領主を務めるようになってから、魔王及び魔物たちは確実に人心を掴んでいたが、同時にこの頃、身の振り方に頭を悩ませている人間たちがいた。

 そう、本来魔物狩りを生業とする冒険者たちである。ちょうど魔王降臨から半年が過ぎた辺りまで、彼らは活動が極端に減少していたとされる。理由は言うまでもなく、魔王の配下である魔物らを狩るということを躊躇したからである。


 『魔王は異世界の住人なのだから、元々この世界に存在していた魔王と関わりのない魔物を狩っていれば問題なかったのでは?』と考えた方もおられるだろう。さもありなん。実際、魔王とその配下である魔物らも、元々この世界に存在していたいわゆる『在来種』の魔物たちには一切関与しなかった。人間が彼らを狩ったところで咎められる謂れはなかったのである。


 ならば何故冒険者たちは在来種の魔物を狩らなかったのかと言えば、何の事はない。この頃の人間たちはまだ魔王と魔物らが異世界の住人である事を単に知らなかったのである。


 魔王が異世界より降臨した存在だと人々に認知されたのは、ある領地の領主となったトロールがきっかけであった。

 事の発端は、トロールが自身の使用人となったメイドたちに言った一言である。


『うぬら、メイドを名乗る割にはずいぶんと貧弱であるな?』


 使用人に対してかけるにはいささか不自然な問いであるが、これは人間と魔物の間にある文化の違いである。

 そもそも魔王ベルフレアが人間の少女のような容姿であるように、完全な人型を取れる魔物は能力が高いとされている。実際、サキュバスなどは生まれながらにして魔物でも上位の強さを備えており、他にも高位の魔物は基本能力として人型への変身を可能とする。


 完全な人型であることが最低条件であり、かつ他者に仕える事を生業としたメイドという職種は、主の敵を排除する掃除屋の役割も持つとされ、魔物たちの間では強者のみが就ける職業なのである。


 そんなトロールが、自身に仕える事となったメイドたちに行わせた修行法が彼の有名な『グラビティ・アスファイ』である。一説には、魔物のメイドの強さに憧れた1人のメイドの少女がトロールに自身を強くするよう懇願したのがこの修行法の始まりとされる。


 重力を強め、空気中の酸素を薄くした環境で過ごす事によって自然と強靭な肉体が育つこの修行法は極めて効率的なものであった。現代では、生まれてからすぐ強重力、低酸素の環境の部屋に放り込まれる赤子もいるというほどだ。


 そもそも魔王降臨以前の『暗黒の時代』でも、実は酸素濃度と人体の能力の関係は世に出ていた。バーバリアンなど、酸素の薄い山岳地帯に住む部族は冒険者などと比べてもかなり高い身体能力を持つ事で知られていた。しかし、これは当時はその部族の民族的な特性として解釈されていた。酸素が薄い環境で暮らした結果、環境に順応して身体能力が上がったとは思われなかったのである。


 重力魔法に関しても、『暗黒の時代』にも使用者は歴史上にそれなりに確認されているが、攻撃魔法は敵に使うものだという固定観念から修行法としての認知度は皆無であった。しかしよくよく考えれば重力の増した環境で十全に動けるようになれば通常の重力下で凄まじい身体能力を発揮できるのは当然の成り行きである。


 この修行法の面白いところは、鍛えられた人間の性別で明確な差が出るところだ。やはり力自慢が多くなる男性に対し、身体の柔軟性に優れ、筋の収縮幅の大きい女性は男性より遥かに跳躍力などが高くなるのだ。


 さて、そんな画期的な修行法によりいち早く常人より優れた身体能力を手に入れたトロールのメイドたちであるが、ある時ちょっとした騒動があった。メイドの1人が、森林を散策中に襲ってきた魔物を殺してしまったのだ。そのメイドは青ざめてトロールに必死に謝ったそうだが、謝られたトロールはこう返したという。


『この世界の貧弱な怪物と誇り高い我ら異世界の魔物を一緒にされては困る』


 彼のこの発言により、魔王ベルフレアが異世界より降臨した存在だと人々に認知され、魔王の配下ではないこの世界の在来の魔物らはこれまで通り狩りの対象として良い存在として知られることとなった。しばらくして、在来の魔物と魔王軍の魔物では、同種でも纏う気配や魔力が異なっていた事も発見され、何より知能の高さが明確に異なる事から見分ける事も容易となっていった。


 ――やがて、在来の魔物は怪物(モンスター)と呼び名を改められ、冒険者たちは再び精力的な活動を見せることとなる。

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