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魔物領主の領地魔改造記録 トロールの場合

「トロール様、お食事をお持ちしました」


「おう」


 ある館で、メイドが巨人に対して奉仕していた。ここは魔王に侮辱的発言をして死刑にされたあの貴族の男が住んでいた領主館である。今はトロールが主となり我が物顔で領主を名乗っていた。なお、外見こそ恐ろしいが、前領主であった貴族の男が私利私欲でしか物事を考えずに領民や使用人を苦しめていたのに対し、トロールは無茶なことを人間たちに要求することはないので、意外にも普通に慕われていた。


「しかし、お前ら貧弱だなぁ〜」


 トロールがメイドたちを見て率直な感想をもらした。彼から見て、この館の使用人たちはあまりにも貧弱であった。


「わ、私たちは人間ですので、トロール様のような強靭さはとても……」


「そりゃあ、オレ様のようになれってのは無茶だけどなぁ〜?」


 人間と魔物では肉体の強靭さがあまりにも違う。仮にトロール並の大男が人間にいたとしても、戦えばトロールが圧勝するだろう。そもそも生物としての身体の作りからして違うのだ。


「でもお前らメイドだろう? そんな貧弱さで戦えんのかぁ〜?」


 トロールのイメージとしてはメイドというのは主人の敵を排除するために存在する近衛兵であった。ゆえに、メイドと聞けば戦闘のエキスパートという印象なのだ。しかしその認識に人間のメイドは慌てて否定した。


「とんでもない! 私たちに戦闘なんて無理です。武器を握ったこともありませんし、そもそもそういうのは衛兵さんたちの仕事です」


 当然である。メイドというのは主人に仕えて身の回りの世話をする女性のことだ。メイドが戦闘など前代未聞である。


「何だ、そうなのかぁ〜。魔王様のメイドはオレ様なんかより遥かに強えんだけどなぁ〜」


「え、ええっ!? トロール様よりですか!?」


「おう。メイドたちは魔物の中でもエリートだからなぁ〜」


 魔物たちの間ではメイドと言えば上級魔族の側に仕えることを許された、選ばれし者のみが就ける栄光ある職業である。特に魔王のメイドともなれば、1人1人がドラゴン族をも凌駕する凄まじい戦闘能力を誇る。


「す、すごいですね。私たちにはとても想像できません」


「まぁ、お前らにそこまでのレベルは無理だろうが、普通の人間より強くしてやることはできるぞぉ?」


「えっ、そんなことができるんですか?」


「おう。肉体を強靭にするなんてちょっと工夫すれば簡単だからなぁ」


 トロールはそう言うが、メイドには想像できなかった。


「厳しい修行とか必要なんじゃ……?」


「いいや? 普通に生活してるだけでいいぞ」


「ええっ!?」


「しかも身体も健康になるしなぁ。やってみるかぁ?」


 メイドは考えた。普通に生活しているだけで身体が健康になって、強靭な肉体を得られる。健康になれば長生きできるし、強ければもし暴漢と出会った時に追い払うのにも役立つかもしれない。


「じゃ、じゃあお願いします!」


「おう。ちょっと待ってろぉ」


 そう言ってトロールが手を振ると、魔力が館を満たし――メイドは息苦しさを感じ、そして立っていられず床に倒れた。


「ふええっ!? な、何が……」


「ああ、ちょっと重力を増幅して、ついでに酸素も薄くしてやったぁ」


「え、ええ!? 普通に暮らしてるだけでいいって……」


「ちょっと重力が強くて酸素が薄い環境で普通に生活するだけだぁ。簡単だろぉ?」


「か、簡単じゃないですぅ〜!!」


 メイドは後悔したが、時既に遅く、領主館の住人たちは強制的に過酷な環境での生活を余儀なくされるのだった。


-------------------


 ――それから時は過ぎ。


「さて、お買い物も済んだし……」


 メイドが買い物を済ませて領主館へ帰ろうと路地裏を通る。しかし、その前方を大きな影が遮った。


「ようメイドの姉ちゃん。有り金置いていってくれねえか? そうすりゃ死なないで済むぜ?」


 トロールほどではないが、それでも2m近くある大男が、自分の体格に匹敵する大剣を構えてそう言う。メイドは溜息をついた。


「自己紹介ご苦労様です。まだこの手の輩がいるとは思いませんでした」


「魔物たちも全域を見張ってるわけじゃねえからな」


「なるほど。それはそれとしてお引き取りいただけますか? 命だけは助けてさしあげます」


「おいおい、状況がわかって言ってんのか?」


 まるで自身が格下のようなメイドの物言いに、暴漢が不快を示す。しかしメイドは意に解さない。


「はぁ……これだから野蛮な人種との会話は嫌です。時間を無駄にする」


「こ、このアマ……!」


 暴漢が激昂し、大剣を横薙ぎにしメイドに切り掛かる。


「死にやが……なっ!」


 暴漢は驚愕した。大剣がメイドの身体に届く寸前、メイドが全身をバネのように伸ばし男を軽々と飛び越したのだ。


「ど、何処に……!?」


「こちらです」


「なん、がっ……!?」


 声が聞こえた瞬間、メイドは男の背後にいた。気付いた時には女とは思えない膂力で首を締め上げられ、男は呆気なく意識を手放した。


「全く、時間を浪費してしまいました……迷惑料として、この剣はもらっていきますか。この程度やっても罰は当たらないでしょう」


 そう言うと、メイドは暴漢の使っていた大剣を拾い上げ、軽々と肩で担いだ。


「しかし、ただのジャンプであんなに跳べるとは。外の重力は私には軽すぎるみたいですね」


 メイドはそう感想を述べた。本格的に身体能力を使ったのはこれが初めてだった。今や領主館のメイドたちは、過酷な環境での生活により、常人を遥かに超える身体能力を手に入れていたのだった。


-------------------


「……えー、そういうことで彼の領主館の使用人は強靭な肉体を手に入れたことを喜んでいるそうです。加えて、トロール発案の『強重力低酸素健康法』が領地に広まり、今や子供でも1人で魔物――ああ、この世界在来の魔物です――を狩るのは難しくないとのことです。よって発案者であるトロール、ひいてはその主である魔王様への感謝状が」


「破り捨てなさい」

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