ある歴史家の書 ―魔王降臨―
グランベル帝国に突如として襲い掛かった危機。それこそが、今の世で聖魔王と崇められる魔王ベルフレアと、彼女率いる魔王軍の侵攻である。
侵攻とは言うが、魔王軍は帝国の領土を攻めることはなく、当時はまだ伝説上の魔法とされていた転移魔法を用いて、各領土の戦力を無視していきなり王城に攻め込み、そのまま城を落とすという電撃戦であった。魔王軍がこのような戦法を用いた理由は諸説あるが、「制圧後帝国の領土を自身のものにする事を考え、土地や民に不必要な被害を出さないため」というのが一般的である。「単に真面目に戦争をするのが面倒だった」という説もあるが、面倒だという理由だけでいきなり王城を攻め込むあたりに魔王軍のスケールの大きさが感じられる説である。
当時世界最強を誇った帝国であるが、現代でも最先進国である聖魔王国ベルフレイアの始祖である魔王ベルフレア率いる魔王軍とはあまりに地力が違いすぎていた。帝国が非戦闘員を除く王城にいるほぼ全ての人間を戦力として投入したのに対し、魔王軍は10人にも満たない数で殲滅したというのだから推して知るべしである。事実、それは戦闘というよりは一方的な殺戮であったとされる。そもそも現代ですら未だにその領域は遥か遠いとされる魔王ベルフレアがいる時点で人間に勝ち目などないのだ。
帝国を滅ぼした魔王ベルフレアが次に行ったのは、世界中の国々への宣言であった。この時魔王が語ったと伝えられる言葉が次のものである。
『ごきげんよう、人間たち。私は魔王ベルフレア。悪しきグランベル帝国は我ら魔王軍により滅びた。これより世界は我ら魔王軍が支配するわ。人間たちよ、服従せよ。服従の暁には、私に支配され、更なる高みへと行く栄誉をあげましょう。よい返事を期待しているわ』
その後、僅か数日足らずで世界の国々はその全てが魔王への服従の意思を表明することとなるのだが、グランベル帝国の功績で最も大きいと思われるのがこの魔王の宣言の際の影響力である。魔王が滅亡させたのが世界最強の軍事国家であるグランベル帝国だったからこそ、世界各国は迷わず魔王に頭を垂れたのだ。
もし仮にグランベル帝国が弱小国家であったなら、各国が魔王に服従したかは怪しいだろう。むしろ魔王を諸国はお伽話の住人と侮り、愚かにも魔王軍に宣戦布告していた可能性が高い。常に武力で世界を牛耳っていた最強国家が呆気なく滅亡したからこそ、各国の王は服従を決断したのである。
各国が服従の意思を示した後、魔王が最初に行ったのは民を苦しめる悪徳貴族の粛清であった。各地に派遣された魔王臣下の魔物たちは、人間の生活を監視し、不必要に民を苦しめる貴族を殺していったのである。
魔物の残虐さに怯える人間もいたが、粛清された貴族はほとんどの人間に嫌われているような悪党ばかりだったため、むしろ感謝の声の方が多かったとされる。この粛清対象となった貴族にはその領の領主も多く、領主を粛清した魔物がそのまま新領主となる事がほとんどであった。
そうして魔物が領主となった事に不安を覚えていた領民たちだったが、彼らは特に人間を苦しめる事はなかった。むしろ税率を下げたり、犯罪が起こらないか監視を置いたりして、領民の暮らしは人間が統治していた頃よりも改善してゆくこととなる。
――こうして、魔王ベルフレアと魔物たちは着実に人間の信頼を得ていく事となったのである。