人間どもに反骨精神を求めるのは間違っているだろうか
ここはある国の王城、王の間。王とその臣下らは、魔法によって映し出された映像を見ていた。
『ごきげんよう、人間たち。私は魔王ベルフレア。グランベル帝国は我ら魔王軍が制圧した。これより世界は我ら魔王軍が支配するわ。人間たちよ、服従すれば命までは取らない。素直に降伏した暁には、私に支配される栄誉をあげましょう。よい返事を期待しているわ』
映像魔法が途切れ、静寂が訪れる。痛いほどの沈黙が場を支配した。
「……どうなさるおつもりですかな、王よ」
沈黙を破り大臣が王に問いかけた。魔王へどう対応すべきなのか。
「帝国が滅亡したのは真なのだな?」
「はっ、見たこともないような強力な魔物の軍勢によって城が落ちたのを斥候により確認されております。攻撃を受けたのは城のみで帝国の民に被害はないようですが、皇帝の死亡も報告されており、グランベル帝国は事実上滅亡したと言って良いかと……」
「そうか……」
王はあまりにも強大な魔王軍という勢力が現れたことに内心で頭を抱えたが、同時に、帝国の民に被害が無いことに希望を見出だしていた。
「……服従するよりあるまい」
「……本気ですか? 下賎な魔物どもに膝を折ると?」
「ならばどうする? 人の誇りにでもかけて戦って滅ぶか? あの帝国を一蹴したような魔物を相手に僅かな勝ち目も無いぞ」
「……確かに」
グランベル帝国は世界最強の軍事国家だった。その強大な武力を以て他国に威圧外交をし続けて、それでもどの国も文句が言えず、立ち向かうなど考えられないほどずば抜けた武力を持つ国家だったのだ。その帝国が呆気なく敗北した魔王軍に挑んだところで、万に一つの勝ち目もあるまい。
「なに、結局は以前と変わらぬ。機嫌を伺う相手が『最強の帝国』から『最強の魔王』になっただけだ」
「魔王の慈悲に期待するよりありませんな……」
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グランベル帝国王城改め、魔王城にて、魔王軍は賑わっていた。
「全ての国家が服従の意を表明したそうです」
「ふふふ、そう」
あの映像魔法で各国にメッセージを送って1週間足らずで、世界全ての国家から返答が来ていた。即ち、魔王軍に服従すると。
「1つ国を落としただけで世界征服が完了とは。人間どもも案外張り合いがないですな」
「そこは、賢明と言ってやるべきではないか?」
魔物たちが好き勝手に感想を言い合う。「そこまでにしておけ」と、魔王の側近メディルが手を叩いて鎮まらせた。
「各国にそれぞれ監視役となる魔物を派遣します。我らに反抗的な人間たちを排除させましょう」
「お前の好きにするといいわ、メディル。もはや世界は我がものなのだからね」
魔王は機嫌良く、メディルに許可を出した。
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各国の王が魔王への服従を選択してから数ヶ月後のこと。
「ふん! 何が魔王だ! カビ臭いお伽話の住人が偉そうに!」
ある館にて貴族の男がワインを飲みながら、忌ま忌ましげに吐き捨てた。
「陛下も陛下だ! 戦いもせずに服従を選ぶなど! せっかく帝国を滅ぼしてくれたのだからその魔王軍とやらを倒せば安泰ではないか!」
帝国を滅ぼした魔王軍が帝国より弱いはずがないのだが、愚かにもこう考える貴族は各国に少なくなかった。帝国の城が落ちた光景を見ていない人間たちには魔王軍の強大さが想像できないのだ。
「だいたい、魔王だというのはただの小娘ではないか。なぜあんな小娘に頭を下げねばならん! 奴の方こそ高貴な人間である我らに跪くべきであろうに」
「ほぉ~、貴様、魔王様を侮辱するのかぁ~?」
「なんだと? 貴様、この高貴な私に対してなんという口を……」
男の罵倒は振り返った所で途切れた。男が振り返った先には、見上げるほど巨大な魔物が仁王立ちしていたからだ。
「な、な、な、なんだ貴様はぁ!?」
「オレ様はぁ~、魔王様の忠実なる臣下のトロール様よぉ」
巨人が男の問いに答えを返して大きく笑う。その笑い声だけで館が震えた。
「き、貴様どこから私の部屋に入った! 衛兵は何をしていたのだ!」
「あ~ん? そんなもん意味ねえぞぉ? オレ様を始め、魔王様の臣下は皆転移魔法を会得しているからなぁ~」
「て、転移魔法だと…?」
転移魔法はこの世界では既に失伝した魔法だ。魔王軍の魔物はそれを使えるというのか。
「そんなこたぁどうでもいい。貴様、魔王様を侮辱したなぁ~? 貴様は死刑だぁ~!」
そう言うと、トロールはその風体からは想像もつかない機敏な動きで棍棒を振り下ろした。
「えっ」
それが男の最期の言葉だった。トロールの棍棒に潰され、何が起きたか理解する間も無く男は死亡した。
「ひっ、ひいっ!?」
「あ~ん?」
悲鳴にトロールが振り向くと、そこにはメイドが1人震えていた。間の悪く主人の元へ来たために主人が殺される瞬間を目撃してしまったのだ。
「あ、あの、あなたは……」
「オレ様は魔王軍のトロールだぁ~、こいつは魔王様に侮辱的な言葉を吐いたから死刑にしたぁ」
「ま、魔王……様に?」
ぎこちなくも魔王に敬称を付けるメイドにトロールは機嫌よく笑った。中々物分かりのいい人間だ。
「あ、あの……」
「なんだぁ~?」
「その、死刑になった男はここの領主でして……領主がいないと、その、私たちメイドもここの領民も……その」
メイドの怯えている割にズケズケした物言いに、トロールはますます笑った。
「そうだなぁ~、なら今日からオレ様がここの領主だぁ」
「と、トロール様がですか?」
「そうだぁ。オレ様のため、ひいては魔王様のために誠心誠意仕えろよぉ~?」
「は、はいっ!」
――こうしてある領地の領主はトロールになった。同様に、各地で魔王に反抗的な領主らが魔物に殺され、魔物が領主となる事態が多発していた。人間たちは本格的に魔物に服従していくこととなる……。
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それから更に数ヶ月後のこと。
「人間どもは現状をどう思っているのかしらね」
「きっと魔王様への恐怖に身を震わせているでしょう」
魔王城にて、魔王ベルフレアの呟きにメディルが返答した。各国に魔物たちが派遣され、魔王軍の支配も本格的になった。人間たちは魔物に管理される日々を送っている。
「魔王様、メディル様、ご報告が」
「何かあったか?」
各国に伝令役として派遣したシャドウらが魔王の前に転移してきていた。何か厄介な事態でも発生したかとメディルが問いかける。
「いえ、人間たちから魔王様への言葉を伝えてくれとのことで」
「ほう?」
魔王は興味を抱いた。支配されるがままだった人間たちに、恨み言のひとつも寄越す度胸があったとは。
「『魔王様に感謝を』とのことです」
「は?」
魔王は思わず魔王らしからぬ間の抜けた声で聞き返した。恨み言かと思えば感謝とはどういうことか。
「その、魔物に支配されるようになってから格段に暮らしが良くなったとかで、それで我らの頂点である魔王様に礼をと」
「はぁっ!?」
魔王は今度こそ困惑した。一体なぜそんなことになっているのだ。魔王は身振りでシャドウに報告の続きを促した。
「税が減り、生活が楽になったと……」
それはそうだ。人間の金など魔物には必要ないし、そもそも異世界の住人である魔王軍の魔物たちにとってこの世界の通貨など価値はない。故に魔物が領主となった地域は大体が税を下げていた。
「我ら魔物が常に見張っているおかげで治安も良くなり、犯罪が減ったと」
ああ、確かに魔物は人間たちを見張っている。見張っているが、それは別に犯罪を取り締まっているわけではない。魔物たちは魔王に反抗的な人間がいないか監視しているのであって、犯罪が減ったのはその副産物である。
「一部の領主は領民から女を物色していたそうですが、それも魔物が領主になった結果無くなり喜びの声が上がっているとかで」
そりゃそうだろう。人間と魔物の美的感覚が同じなわけがない。人間をそういう対象として見るのはサキュバスなどの一部の魔物だけだ。大半の魔物は人間にそちらの意味の興味など抱かないのだから、女など要求するはずもない。
魔物たちは別に魔王の意に反するようなおかしな真似はしていない。人間を管理する役目をきっちり果たしている。なのに――なぜこんな結果になった?
「これらの影響の結果、魔王様が一部地域で崇められ始めています。悪の帝国を倒し欲に塗れた領主に裁きを下した救世主だとかで」
「違うでしょ!? それはなんか違うでしょ!?」
魔王として人間に恐怖され、結果触らぬ神に祟りなしと崇められるのは良い。だが、まるで聖人の如く扱われ、本気で崇められるというのは――
「どうしてこうなった!?」
困惑した魔王の叫びが、魔王城に響き渡るのだった。この先、何度もその叫びを口にしたくなる日々を過ごすことになろうとは、全ての頂点に立つ魔王といえど、未だ知らぬことなのであった。