ある歴史家の書 ―魔王の贈り物―
――瘴気により過酷な環境においても育つようになったこの世界の作物であるが、それでも成長するのに不可欠な存在があった。それがあらゆる生命の源、水である。
いくら環境に適応できても水が無ければ作物は育たない。それを象徴していた国家がサンドゲイルである。一年を通して常に日照りに襲われるという、太古に呪術にでもかけられたのかと噂される奇妙なこの土地は、常に水不足に悩まされていた。
滅多に降らない雨を集めるべく開発され各地に張り巡らされた吸水魔法陣などという存在を見れば、この国家がどれほど深刻に水不足という事情に悩まされてきたのかは一目瞭然であるが、そんなサンドゲイルに文字通りの恵みの雨が降る日が来るとは当のサンドゲイルの国民たちすら予想していなかったに違いない。
その日はサンドゲイルにとってはまさしく青天の霹靂であった。常に大地を照らす太陽が突如として黒雲に覆い隠されたと思えば、まるで天が落ちてきたのかと錯覚するような未曾有の豪雨が降り始めたのだ。
どんな国も経験したことの無い、大陸が沈むのではとすら思えるような土砂降りに右往左往したサンドゲイル国民であったが、しかし思考を持たない吸水魔法陣はここにおいても正確に効果を発揮した。
永遠に終わらないのではないかと思えるような凄まじい雨を正しくその術式に取り込んだのである。結果として、この前代未聞の豪雨に人的被害は一切無く、むしろ使い切れないほどの水が各地の魔法陣に貯蔵されたのである。
この自体を引き起こしたのは当然と言うべきか、彼の聖魔王ベルフレアその人であった。彼女がどのような考えでこの事態を起こしたのかは諸説あるが、もしサンドゲイル以外であったならば、それこそ大陸が消えていたであろう『魔王の贈り物』と呼ばれるこの豪雨を降らす舞台として意図的にサンドゲイルが選ばれた事は間違いないであろう。
そしてこの豪雨の後、サンドゲイルに思わぬ変化が訪れる。雨が降る頻度が大幅に上昇したのである。これもまたその名の通り魔王の贈り物と言うべきであろうか、強大な魔力を持つ魔王の行使した魔法が、その効果を終えてもなお土地に干渉し影響をもたらしていたのである。
この魔王の慈悲に感激したサンドゲイル国民たちは、ただ与えられるだけでは終わらなかった。未だ残る魔王の魔法の余波から使用された魔法を解析し、再現を試みたのである。
結果、使用された魔法は『レインコール』というものであった。天候を操作するという魔法技術の発展した魔界独自の魔法であるが、最下級の魔法であり、基本的には見向きもされないもの。
サンドゲイル国民たちも簡単に修得することができたものの、使用しても少量のにわか雨が降り注ぐだけであった。魔王がもたらした豪雨とは比べものにならなかった。
しかし彼らはそこで別方向からの干渉を試みた。干ばつに喘ぐ国家という性質上、各地に存在していた雨乞いの儀式を行う巫女たちにレインコールを修得させ、大勢で雨乞いの儀を行ったのである。
効果は劇的であった。魔王の降らせた天災というべき現象は再現不可能であったが、巫女たちはサンドゲイルという干ばつの土地では考えられないほどの雨を降らせることに成功したのである。
――『魔王の贈り物』。それは旱魃の国に訪れた恵みの雨。現在では雨乞いの儀式はサンドゲイルという国を上げた神事となり、巫女たちは現代では国民の女性たちの憧れの象徴となっているという。




