魔王様だけど名君でさえあれば問題ないよねっ
「どうしてこうなった……どうしてこうなった!」
魔王ベルフレアはこの世界を征服してからもう何度目かわからないお決まりの台詞を口にした。彼女は今、魔王城を出て気晴らしの散策に繰り出していた。
ただ前回と異なり、彼女は大地を歩くのではなく空中を飛んでいた。理由は簡単、歩くと人間に見つかるからだ。
ちなみに散策中の魔王を見つけた人間たちの反応は大体三パターンに別れる。
「きゃー! 魔王様だわ! きゃーきゃー!」
と遠くから黄色い悲鳴を上げるか、
「サインして下さい魔王様!」
と積極的にアタックして来るか、
「よーし! 魔王様の御尊顔ゲットぉー!」
と彼女の姿を映像魔法に記録するかである。
彼女は何度でも言う。どうしてこうなった。
そんなわけで空中散歩という手段を取っている魔王であるが、この方法には思わぬ欠点が存在した。
「暑い……」
そう、暑いのである。地上より太陽に近づくため当然といえば当然なのだが、闇の輝きを発する魔界の太陽と異なり、聖なる気を帯びた人間界の太陽の熱気は魔物にはより一層暑く感じるのである。まぁ別にダメージは無いのだが。単純に暑いだけである。
「あああ、煩わしい太陽ね!」
ベルフレアは段々と苛立ってきた。気分転換のために外出したというのに、なぜ不快な想いをしなければならないのか。それに眼前の光景も彼女には気に食わなかった。
どこまでも広がる見渡す限りの青空と雲一つ無い快晴。まるでこの世界の人間たちの明るい暮らしを表しているようで、魔王である彼女にとっては凄まじく不愉快な景色だ。
「こんな景色、私が変えてやるわ!」
ベルフレアは苛立ちに任せて魔法を唱えた。その魔法の名はレインコール――その名の通り、雨雲を呼び寄せる魔法だ。
――瞬間、あれほどの快晴が嘘だったかのように彼女の周囲に黒雲が現れ、大地を照り付けていた太陽を一瞬で覆い隠す。そして、その雲から凄まじい勢いで豪雨が大地へと降り注いだ。
「ふふふ、やっと涼しくなったわ」
ようやく苛立ちが解消されたのかベルフレアは機嫌良さげにそう呟いた。どういう原理か、雨は彼女を避けるようにして降り注いでいる。
「でも、こんなことになるのねえ」
先の魔法、レインコールを使ったのは実はベルフレアにはこれが初めてであった。本来は少量の雨を降らせるだけの最下級魔法なのだが、魔王である彼女の力により唱えられた影響か、今、彼女の周囲は信じられないほどの土砂降りとなっていた。このまま続けば、村どころか国ごと海に沈んでしまいそうである。
「まあ、私には関係ないわね」
気軽に災害を引き起こしておきながらあんまりな言い草であるが、実際のところ魔王である彼女にとって人間の国の一つや二つ消滅しようが何の感慨もないのだろう。
「ふぁ……帰りますか」
すっかり苛立ちの消えたベルフレアは、欠伸をしながら自身の居城である魔王城に向かって飛び去るのだった。
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「……えー、魔王様。魔王様が雨を降らせた国であるサンドゲイルは一年を通し日照りに悩まされており、滅多に来ない雨を集めるための魔法陣が各地に設置されておりました。この結果、魔王様のレインコールによる被害は最小限に留まりました。なお、魔王様のレインコールの余波でサンドゲイルは定期的に雨が降るようになり、今後、水不足から解放される見込みだとの事です。よって国民を代表し、サンドゲイル王家から魔王様に対して礼状が」
「なんでよおおおお!!」
――この後礼状は水に流した。




