魔物領主の領地魔改造記録 セイレーンの場合
「ざっけんな!!」
――今日も台車に乗せるほど大量に送りつけられてきた礼状に、魔王ベルフレアは憤慨して台車を蹴り飛ばして粉微塵にするのだった。
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「ちょ、まおー様かわたんなんだけど。ウケる」
万人が想像する人魚そのものの姿をした魔物領主、セイレーンはそう言って読んでいた漫画を閉じた。
そう、先ほどの魔王ベルフレアは現実ではなく漫画の中の魔王であった。『三淑女』の長女アインが描いた魔王をモデルにした漫画は、既に各地に広まり人気を博していた。このセイレーンも愛読者の1人である。
「確かにこの魔王様は可愛らしいですね。実際の魔王様もこうなのでしょうか?」
「いや知らんし。ウチはまおー様に会ったの数回しかないし」
同じ漫画を読んでいたメイドがセイレーンに現実の魔王について尋ねるが、セイレーンは投げやり気味にそう返す。
「そうなのですか?」
「まおー様と頻繁に会えるよーな身分の魔物はそういないっしょ? おたくらだって、おーさまに「チョリーッス☆」とか言って会いにいくとかムリムリムリムリかたつむりっしょ常考。そんなんしたら、ふけーざいでやばたにえんだわ」
「た、確かに」
魔物からすれば魔王は最高権力者、人間で言う国王にあたる。そんな人物とそうそう顔を合わせられるわけがない。
「まあでもあれだね、りょーちかいはつ? みんながやってるアレ。まおー様の命令にはそんなんなかったから、実際にまおー様がこんな感じの可能性も……」
「可能性も?」
「なしよりのあり」
「あるのかないのかどっちですか!?」
「今言ったっしょ?」
常人には解読困難なセイレーンの妙な言い回しにメイドが思わず突っ込むが、これが彼女のデフォルトである。彼女からすれば極めて普通に話しているだけなのだ。
「そういえば、セイレーン様は領地開発はしないのですか?」
解読を諦めたメイドがセイレーンにそう尋ねる。彼女はこの領地の領主になってからも特に行動を起こしてはいなかった。
「そうは言うけど、ウチに教えられるもんなんて水中呼吸法ぐらいしかねーっしょ」
「へえ、水中呼吸法……えええええ!?」
あまりに何でもないことのように言われたので危うくスルーしかけたメイドが、セイレーンがとんでもない技術を教えられると言っているのに気が付き驚愕する。
「す、水中で呼吸ができるようになる方法があるんですか!?」
「ん? そんなん当たり前っしょ? つーか、できねーとウチら生きてられねーし」
セイレーンはそこまで言うと、ははあ、と合点が行ったように手を叩く。
「おたくら、ウチら水棲の魔物には水中で呼吸ができる器官があるとか思ってるっしょ?」
「違うのですか?」
「ちげーし!」
メイドの認識を正すべくセイレーンは珍しく力説する。
「ウチら水棲の魔物が水中で生きられてんのは、単純に『魔物だから』ってのが大きいっしょ!」
「魔物だから?」
「魔物なウチらは生まれつき瘴気を取り込める。これが全てっしょ?」
メイドは瘴気を取り込めるのと水中で呼吸できるのがどう繋がるのかと首を傾げたが、ふと思った。
「もしや、瘴気は酸素の代わりになるのですか!?」
「そ。魔界には瘴気はあっても酸素は無い場所も多いから魔物には基本技能なんだなこれが」
なんでも、魔界にはそういう場所も多いらしい。水中に限らず、一見普通の平原のように見えても空気が無い、つまり酸素が無い場所もあり、時々それを知らない勇者などが足を踏み入れて死ぬんだとか。
そんな魔界だが、闇の世界だけあって瘴気はどんな場所にも溢れている。そう、たとえ水中であっても。
「この世界の魔物じゃねー、怪物? あれがウチらと同類なら瘴気を酸素代わりにして生きてるはずじゃね?」
「つまりこの世界の水中にも瘴気は溢れており、それを酸素代わりにすれば人間でも水中で呼吸ができると!」
メイドは興奮気味にセイレーンに話しかけるが、セイレーンはその勢いにやや引いている。
「お、おう。なんか瘴気法も人間に広まってるし、ちょっと練習すればできんじゃね?」
というか『瘴気法』は実は水中呼吸法の前段階だったりする。『瘴気法』を極めて水圧の影響を遮断しないと水中では満足に動けないからだ。
「よろしければぜひとも教えていただけませんか!」
「え、ウチが? ま、いいけど。ウチがせんせーやるとかウケる」
――こうして、水中呼吸法は成り行きで人間に広まるのだった。
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「魔王様、セイレーンが広めた水中呼吸法により、人間は海底へ進出。漁師たちが新たな漁法を生み出した他、学者らが古代文明の遺跡などを発見したそうです。よって、各地からセイレーン及び魔王様へ届いた礼状がこちらです」
そう言ってメディルが指し示したのは台車に乗せるほど大量に送りつけられてきた礼状である。それを見た魔王ベルフレアはおもむろに立ち上がり――
「ざっけんな!!」
――全力で台車を蹴り飛ばして粉微塵にするのであった。




