やはり人間どもの魔王崇拝は間違っている
――永久凍土ヴァルハラントを領地に持つ、この世界で最も寒い国アルセダーナ。その国の王城は今、張り詰めたような緊張感に包まれていた。
「王よ……」
「うむ……」
先日のことである。アルセダーナの王の元に一通の書状が届いた。それは現在この世界の支配者である絶対的存在――魔王軍からのものであった。そこにはこう記されていた。
『貴国の姫を我らが魔王様に捧げよ』
それはあまりに一方的な要求であった。しかし、この世界に魔王軍に逆らえる者などいない。
「お父様……」
アルセダーナの王女――アリシア姫が父である王に声をかける。その瞳には強い意思が宿っていた。
「私は大丈夫です、お父様。心配なさらないで」
「アリシア……」
王は頭を振った。娘が大丈夫だと言っているのだ。ならば信じるのが親の勤めではないか。
「元気でな。アリシア」
「……はい!」
――そうして、王は最愛の娘に別れを告げた。
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「魔王様。アルセダーナよりアリシア姫が到着いたしました」
「ふふふ、そう」
魔王ベルフレアは機嫌良く笑った。側近のメディルに早速通すように言う。
「御意に」
姫を迎えに行く側近の姿を見送り、魔王は微笑んでいた。
(やはり魔王といえば姫の強奪よね)
そう、今回のアルセダーナへの書状はベルフレアが思う『魔王らしい悪事』の実行であった。魔王が一国の姫を浚うのは定番であるし、何より強権を用いて最愛の家族を奪われるのはさぞ憎悪されるに違いない。
「お連れしました」
「ま、魔王様……」
メディルがアリシア姫を魔王の元に連れて来る。アリシア姫は緊張に身体を振るわせていた。まあ、無理もないが。
(ふむ、中々の美少女じゃない?)
今回姫を要求する国は適当に賽を振って決めただけだが、このアリシア姫は人間にしてはかなりの美少女のようだった。わりと当たりを引いたかもしれない。魔王は美しいものは好きなのである。
「あ、あの、魔王様……」
「何かしら。そう固くならず話して頂戴な」
「は、はい……」
まだ緊張している様子のアリシアであったが、深呼吸して息を整え、魔王に話しかける。
「魔王様、この度は私を選んでいただきありがとうございます」
「うん……うん?」
魔王は頷いた数秒後に首を傾げた。強権で無理矢理連れてこられた割にはやけに雰囲気が明るいような。
「私のような小国の姫が、偉大なる魔王様にお仕えできるなど光栄の極みです」
「……はい?」
待て。何かおかしい。彼女はいわゆる人質のような感じで魔王に捧げられたんではないのか。なぜ魔王に仕えることになっているのだ。
「魔王様が世界を統治して以降、魔王様にお仕えしたいという人間は大勢おりました。ですが、魔王様が臣下としているのは魔物の皆様ばかりでした」
「は?」
魔王は今度こそ困惑した。魔王は世界征服しただけであって、君臨すれども統治しているつもりはない。実際、魔王は各国の政治には今まで口を出さずに無干渉を貫いている。領地は次々と愉快なことになっているが、あれは配下の魔物たちが勝手に色々とやっているだけだ。
というか、魔王である自分に仕えたがる人間が大勢いるとはどういうことだ。
「……それがまさか、私が魔王様にお仕えできる最初の人間となれるなんて思いもしませんでした。今でも夢だと思ってしまいます」
「へ、へえ……?」
アリシア姫はキラキラとした眼差しで魔王を見つめてきていた。魔王はとりあえず頷いた。
「我がアルセダーナは、辺境の小国です。極寒の地ゆえに誇れるような名産もなく、常に他国には軽んじられてきました」
アリシア姫の母国アルセダーナは、この世界において生物が生きていくのは最も過酷な部類に入る極寒の地だ。そんな土地ではまともな産物もなく、国家間の交渉では常に見下されてきた。
「ですが、それも先日までのこと。私が魔王様の元に行くことと決まってから、我が国はその力を大きく上昇させました。これも全ては魔王様のお力によるものです」
そう、アルセダーナに例の書状が届いて以降、これまで他国に軽んじられていたアルセダーナは、一転して強気な交渉ができるようになっていた。
『魔王から直々に姫を捧げるよう国に勅命が下った』というのはそれほどの影響力があるのだ。世界を統べる偉大な魔王に、姫が捧げられる価値がある国だと認められたのだと。
「魔王様……私、アリシアは、今日から誠心誠意、身を粉にして魔王様にお仕えいたします!」
「うん、そうねー。頑張ってねー」
「……はい!」
テンプレ的な魔王らしい行動すら喜ばれてしまう現状に、思考を放棄する魔王ベルフレアであった。
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――後日。
「魔王様、各国の王家より捧げ物として相応しいかどうかとそれぞれの国の姫についての詳細が書かれた書状が届いておりますが……」
「焼き尽くしなさい」




