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魔物領主の領地魔改造記録 ダークドワーフの場合

 ある領地の工房の一角にて、小さな影が一心不乱に鎚を振るっていた。はっきり言って幼女にしか見えない人物であったが、彼女はこの地の領主となった魔物、ダークドワーフである。魔界に落とされたドワーフの末裔と言われる魔物だ。

 やがて、鎚を振るう音が途切れ、一振りの剣が出来上がった。


「おお、さすがは姐御。素晴らしい業物だ」


 元々はこの工房の持ち主である鍛治屋の男が、本心からその剣を褒め讃えるが、しかしダークドワーフは不満げであった。


「知った風な口をきいてんじゃねーの! これは失敗も失敗、大失敗のナマクラ剣なの!」

「そ、それがですかい? あっしには一級品にしか見えませんが……」


 長年鍛治屋を勤めた男から見ても、見事としか言いようがない剣である。競売にでもかければ騎士や冒険者がこぞって欲しがるであろう。しかし、それはあくまでこの世界の感覚である。


「馬鹿言ってんじゃねーの! こんな剣、魔界じゃクソの役にも立ちゃしねーの!」


 ダークドワーフから言わせれば、魔界ではこの程度の剣は見向きもされない。子供がチャンバラごっこに使う程度の剣であった。彼女の生涯でも最低レベルの作品である。


「やっぱり酒なの! 酒がねーといい剣は打てねーの!」


 ドワーフの力の源といえば酒である。戦闘をするにも鍛治をするにも、酒があるのと無いのでは結果に天と地ほどの差が出る。魔物化したダークドワーフといえど例外ではなかった。


「酒なら、こちらにありますが……」


 男がそう言って酒――ワインをダークドワーフに手渡すが、しかし彼女はワインを口に含むと、毒でも飲まされたかのように反射的に吐き出した。


「まじぃの! こんなもんドブの水と変わりゃしねーの!」

「ど、ドブですか……それは一応最高級ワインなんですが」


 男が渡したのは、彼も1本しか所有していなかった貴族がこぞって買い求めるほどの最高級ワインである。それをドブの水扱いされてはお手上げであった。


「オーちゃんばっかりずりーの! あたしだって美味い酒が飲みてーの!」


 オーちゃんと言うのは彼女と同じく領主となった魔物の1人、オークキングのことである。彼が美味い肉のために怪物を繁殖させているという話は彼女の耳にも入っていた。


「しかし、そいつでダメとなると姐御が満足できるような酒は……」


 場合によっては王族への献上品にもなる最高級ワインである。それがドブの水レベルとなると彼女を満足させられる酒があるとは男には思えなかった。


「きいーっ! もういーの! 人間の酒になんか期待しねーの!」

「ちょ、あ、姐御!?」


 男が止める間も無く、凄まじい俊敏さで工房を飛び出していくダークドワーフであった。


-------------------

「というわけで、ドラちゃん! こいつを改造しやがれなの!」

「ずいぶん、唐突、だね」


 ダークドワーフは同僚の魔物領主――ドラちゃんことダークドライアドの領地に来ていた。そして謎の果実を彼女につきつける。


「……なんですかな? この妙な果実は」


 質問を投げかけたのは以前ダークドライアドに植物の品種改良をしてもらった貴族の男である。男はダークドワーフも同じ事を頼んでいるのだと理解したが、しかし彼女が持ち込んできた果実は男も見た事がなかった。


「こいつはアンブロシアなの。これで作った酒はさいこーなの!」

「なっ、アンブロシアですと!? 伝説の果実ではありませんか!」


 男は驚愕した。アンブロシアといえば、上級ポーションなどとは比べものにならない回復力を発揮し、身体欠損はおろか、死亡直後なら死者蘇生すら可能と言われる伝説上の果実だ。


「伝説は、よく、知らない。でも、効力はその通り」

「こんなもん、魔界にならドラちゃんの一族が育てた奴が群生してるの。伝説でもなんでもねーの」


 魔界はどれだけ凄まじい世界なのだと男は戦慄した。


「ちなみに鍛治にも使えるの。こいつで作った酒を火にぶっかけると火が魔力を帯びるの」

「ほう、それは凄い」


 ちなみにこれはアンブロシアに限らず特殊な原料で作った酒なら皆備えている特性である。無論、効力はアンブロシアが最も高い。ダークドワーフがナマクラを作ってしまったのはこの辺りも関係していた。魔界出身の彼女は魔力の無い普通の火で剣を打った事などなかったのだ。


「品種改良、するのは、いい、けど。この世界だと、魔界、ほど、繁殖、しない、よ?」

「なん……だと……? なの」


 魔界は瘴気と魔力に溢れる世界である。それと同等にアンブロシアが繁殖するにはこの世界は瘴気も魔力も圧倒的に足りていなかった。


「ならこいつはどうだ? なの」

「ん。これ、ネクタール。これ、なら、繁殖、する」


(ネクタールって、確か万病を治す万能薬では……)


 死者蘇生を可能とするアンブロシアより格は落ちるが、ネクタールも十分伝説の果実だ。


「ちっ、しょうがねーの。日常的に飲む方はネクタールで勘弁してやるの」


 そもそもネクタールが日常的に手に入る事自体おかしいのだが、しかし魔界では違うのであろう。


(伝説の万能薬が単なる美味い酒か……)


 あまりのスケールの違いに思考を放棄する貴族の男であった。


-------------------


「……結果、領地にアンブロシア及びネクタールを使った酒が出回り、その圧倒的な美味さから他領からも貴族が買い付けに来るほどだそうです。さらに、魔力を帯びた原料で作った酒を鍛治に用いる『魔鍛治』が広まり、鍛治で作られる武具の質が格段に向上しております。よってダークドワーフ及び魔王様に礼状が」

「土に還しなさい」

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