魔物領主の領地魔改造記録 オークキングの場合
「マズい……」
ある領地の領主館でぶくぶくに肥え太った豚のような――否、正しく豚そのものである醜い容姿をした魔物が呟いた。オーク系最上位の魔物、オークキングである。彼にはある不満があった。
「メシがマズい!!」
そう。魔界でも上位の魔物として、贅沢を尽くせる立場にあった彼にとって、この世界の食事は満足できる水準ではなかった。ありていに言えば不味かった。
「も、申し訳ありませんオークキング様。私たちの腕ではお出しできる料理はそれが限界で……」
厨房担当のメイドが怯えた様子で平謝りするが、それにオークキングは鼻を鳴らして返答した。
「べつにおめーらメイドの腕が悪いわけじゃねー。こんな食材じゃどんなに腕の良いコックが作ってもおんなじだ」
オークキングの感覚では、特にメイドたちの料理の腕に問題があるようには思えなかった。問題なのは料理に使っている食材の方である。
「野菜や果物は良い。肉だ。肉がよくねー」
別の領地の領主となったダークドライアドのおかげで瘴気を取り込んだ野菜や果物が各地に出回り、味の良いそれらは既に食卓の間で人気を博している。ゆえに野菜や果物にはオークキングにも不満はなかった。不満なのは、彼の1番の好物である肉である。
「こんな肉じゃなくて、もっと良い肉を使えばおめーらの腕ならオレを満足させる料理が作れるはずだ」
「しかし、その牛肉はこの国でも最高級のもので、王族にも献上されるほどのものです。それ以上の肉となると……」
この領地は特に食肉に関しては最先端の土地だ。年月をかけて育てた牛や鶏、豚の肉は、王族も舌鼓を打ち、貴族の会食にも出されるほどの逸品である。それ以上の肉となるとメイドには思い付かなかった。
しかし、メイドのその言葉にオークキングは怪訝な表情を見せる。
「あ~ん? おめー何言ってんだ? これ以上の肉なんてこの世界にもゴロゴロしてるじゃねーか」
「えっ? これ以上の肉がですか!?」
「おう。この間もその辺を歩いてんのを見たぞ」
「ええ!?」
メイドは驚愕した。そんな良質の食肉になる動物がこの領地にそんなにいたとは。しかし、いくら考えてもメイドには思い付く動物はいない。一方、その反応を見たオークキングは納得した。
「あー、そうか。おめーらが強くなったの最近だからな。日常的に食う土壌ができてねーのか」
「はい?」
メイドは首を傾げた。食肉と人間の強さと何の関係があるのだろうか。
「あー、しばらく領地を離れる。オレが肉を取ってきてやる」
「オークキング様が自らですか? 雑用ですし、私たちに命じていただければ……」
「おめーらなら一匹ぐらいは取ってこれるだろーが大量には無理だ。だからオレが行く」
「はぁ」
メイドは困惑気味に、主であるオークキングを見送るのだった。
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――数日後。帰還したオークキングをメイドが出迎えた。
「お帰りなさいませ、オークキング様」
「おう。今帰ったぞ」
オークキングの様子にメイドは首を傾げた。食肉を取りに行くと言っていたのに、何も持って帰ってきた様子がない。
「あの、オークキング様。肉はどちらに?」
「あー、空間魔法にしまってある」
「空間魔法ですか。オークキング様も使えるのですね」
「そんな難しいもんでもねーからなー。領地に派遣されるような魔物は大体使えると思うぞ」
空間魔法は文字通り空間を操る魔法だ。この世界ではかなり高位の魔法とされていたが、ワイズマンによって正しい魔法理論が知られたことで人間にも使用者が増えて来ていると聞く。
「ま、そんな事は良い。取ってきた肉だが」
「あ、はい。どのようなものなのでしょうか」
「こいつらだ」
「え……ええ!?」
空間魔法から取り出された物にメイドは驚愕した。食肉という単語のイメージとはあまりに掛け離れていたからだ。
「こ、これはミノタウロス!? こっちはバジリスクに、コカトリスまで……みんな怪物じゃないですか!?」
そう。オークキングが空間魔法から取り出したのは、どれも凶悪な怪物の死体だったのである。
「こ、これを食べるんですか?」
「おう。あんな肉とは比べもんにならねーぐらい美味いぞ。こいつらは瘴気をたっぷり取り込んでるからなぁ~」
「な、なるほど……」
瘴気を取り込んだ野菜や果物が味が良いのはもはや常識である。ならば瘴気を力にする怪物の肉が美味いのは当然ということか。
「でも、角兎なんかは普通の兎と大して変わりませんが……」
「下級魔物はそもそもあんまり瘴気を取り込む能力がねーからな」
「そうなんですね」
色々とメイドは納得した。この世界で日常的に食べられる怪物は先に挙げた角兎ぐらいだ。あまり上位の怪物になると狩るにも相当の戦力が必要となる。特にオークキングが取ってきた怪物はどれも凶悪な存在であり、熟練の冒険者が複数パーティーで挑まなければならない。わざわざ食べようとする連中がいなかったのだろう。食べるぐらいなら素材にした方が良いのだから。
「オークがいねーのが残念だったな」
「え? オークも食べるんですか?」
「別に同族の肉を食わねーってことはねー。オレらは動物の延長にいるしな」
「へえ……」
今まで豚肉料理は出さなかったが、いらない気遣いだったようだ。
「でもオークキング様が行かれたのも納得ですね。こんな怪物、私たちではとても……あれ?」
メイドは気付いた。あの時、オークキングは『一匹ぐらいなら大丈夫』と言っていなかっただろうか。
「おう。おめーら全員で行けばこいつらの一匹ぐらい狩れると思うぞ。石化してくるバジリスクとコカトリスはともかく、ミノタウロスならちょうどいいんじゃねーか?」
「ええっ!?」
「というわけだ。今後はおめーらが狩ってきてくれ」
「む、無理ですぅ~!!」
とんでもない事を言われ、頭を抱えるメイドであった。
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「……結果、怪物が食材として良質な事が人間たちに広まり、冒険者への狩りの依頼が増加し冒険者たちが潤っているそうです。また、普通の動物が生息できない地域でも、中位以上の怪物なら問題なく生きられる事から、怪物をあえてその地域に引き込み繁殖させる事で食料事情の大幅な改善が可能な見積もりであるとの事です。よってオークキングと魔王様に感謝状が」
「細切れ(ミンチ)にしなさい」




