ある歴史家の書 ―闇の巫女と魔法学院―
“魔界”。魔王ベルフレアの故郷であり、その呼び名は『魔物たちの世界』という意味から取られているが、もうひとつ『魔法の世界』という意味も込められている。現代においても、この世界の魔法は魔界の魔法技術には未だ遠く及ばないとされる。
そんな魔法の世界の住人である魔物たちが好んで使う魔法が闇魔法である。現代では人間も当然のように使っているこの魔法は、魔王降臨以前は使用者すら存在していなかったという。
ならばいつ闇魔法が人間に広まったかと調べれば、出て来るのがノワール魔法学院の教科書の筆者として有名なワイズマンである。
魔物の中でも、特に魔法の研究に熱心だとされるのがワイズマンであった。そもそも彼らは生まれながらの魔術師であり、魔法の深淵に辿りつくことを至上の目的としているという。
そのワイズマンが興味を持ったとされるのが、人間が闇魔法を使うと魔物となるという伝承であった。現代では数々の人間が魔物になるために闇魔法を修得してもなれた人間は歴史上未だ確認されていないことから完全な戯言であると解釈されているこの伝承であるが、当時は強く信じられていた。彼はこの伝承を聞き、人間の魔物化をその目で見れば魔法研究に役立つかもしれないと考え、闇魔法を人間に教えたのである。
そして、この時に弟子として選ばれた人物こそが、現代では『闇の巫女』として広く知られており、現在まで続く魔法学院の創始者、魔女ノワールである。ワイズマンは彼女が人間でもかなり闇魔法の適性が高いと見抜き、魔物化すれば強力な魔物になるだろうと考えたのである。
こうしてワイズマンの最初で最後の弟子となったノワールであるが、ワイズマンの読み通り彼女は極めて優秀であった。最高位の闇魔法である『深淵の悪夢』を僅か数日で修得したのである。現代で天才と呼ばれる類の人間であっても最高位闇魔法の修得は最速で数ヶ月が限界であり、数日で修得したとされるのはノワールただ1人である。
そんなノワールの才能に惚れ込んだワイズマンは、彼女に自身の魔法技術の全てを伝授した。いつまで経っても彼女が魔物化しない事など気にも留めなかったという。
そうしてワイズマンから魔法技術を受け継いだ彼女が創立したのが、あのノワール魔法学院である。創立の際、ノワールはワイズマンに教科書の作成依頼と学院の名をワイズマンとしたい事を話したが、前者は笑って引き受けたが後者には結局頷かれなかったという。
――こうして創立されたノワール魔法学院によって、闇魔法だけでなく、魔界の優れた魔法理論も人間に広く知られる事となる。




