魔物領主の領地魔改造記録 ワイズマンの場合
「あの……どうでしょうか?」
ある領地の図書館にて、領民である魔術師らしき風貌の少女が、一見すると人間の老人のような姿をした人物に問い掛けた。
「駄目じゃな。どれもこれも術式が雑すぎる」
そう言って魔導書を呆れるように放り投げた人物は、生まれながらに老人の姿を取る魔術師系の魔物、ワイズマンである。新たに領主となった彼は、人間の持つ魔導書の低レベルぶりに呆れ返っていた。
「そなたら、こんなものを読んでいてよく魔法が発動できたのぉ」
「一応、その魔導書は宮廷魔術師になって初めて読む許可が下りる最高位のものなのですが……」
「術式の構築が無駄ばかりじゃし魔法理論も無茶苦茶じゃぞ。こんなもん読む暇があったら独学で魔法を覚えた方がマシじゃ」
この領地はこれでも魔法には先進的な方らしいが、ワイズマンから言わせればこの魔導書を読むだけ時間の無駄であった。宮廷魔術師だかなんだか知らないが、こんな魔導書をありがたがっているようでは大した魔法は使えまい。
「せっかく異世界に来たと言うに……そなたらの魔法のレベルがここまで低いとは思っとらんかったわ」
ワイズマンは魔法の研究を生涯の目的としていた。異世界を征服して、異世界の魔法がどんな素晴らしいものなのか楽しみであった。しかし、結果は魔界の下級魔物にすら劣るような魔法知識。一応、世界が変われば魔法理論も変わるのかと試してはみたが、結果は単なる誤った術式と支離滅裂な魔法理論であった。ワイズマンは激しく落胆した。
「わしの研究も進むかと思ったが、これじゃあ得るもんはなさそうじゃな……ん?」
ふとワイズマンは妙なことに気付いた。領主となってから領地にあるありったけの魔導書を読んだが、闇魔法を扱った本を見た覚えが無かったのだ。
「のぉ。闇魔法の扱いを記した魔導書はここにはないのかの?」
「ございません。というより、闇魔法を扱った魔導書自体存在していません」
「は? なぜじゃ?」
意味がわからなかった。闇魔法は別に難しい魔法ではない。いくらこの世界の魔法の程度が低いとはいえ、闇魔法を使うぐらいは当然出来て然るべきなのだ。
「あの……そもそも闇魔法は人間に扱えない魔法なのでは……」
「はぁ? なんじゃそれは?」
人間に闇魔法が使えないなど聞いたことがない。というか、光と闇の両方の魔法に高い適性のある魔法的に恵まれた種族のくせに何をほざいているのだ。
「伝承では、闇魔法は魔物たちにしか扱えない魔法であり人間が使うと闇に堕ちて魔物と化すとか……」
「そんなわけなかろうが! 誰がそんな出まかせを広めたんじゃ!」
「教会の教えではそうなっているのです」
「やはり聖職者どもはろくな事をせんな!」
確かに魔物はその性質上ほとんどの種族が闇魔法への高い適性があるが、別に魔物専用の魔法ではない。闇魔法を使った人間が闇に堕ちるというのは、大方その闇魔法使いが殺戮か何かでもして世間から魔物扱いされたのだろう。闇魔法の性質上、心に暗い物を持つ存在の方が魔法の効力は上がるからだ。
「じゃから、人間が闇魔法を使うと魔物になるなんて事にはならん。魔物のように残虐な人間がいたとしたら単にそいつがそういう奴だったというだけのことじゃ」
「そうなのですね。では、私にも闇魔法が使えるのですか?」
「もちろん使えるじゃろうな」
人間によって得意不得意はあるが、少なくとも最下級の闇魔法すら使えないということはないはずだ。加えて、目の前の女はそれなりに闇魔法への適性がありそうであるとワイズマンは自身の感覚で察した。
「そうじゃ、そなたが闇魔法を使う人間第一号になってみろ。わしが教えてやる」
「えっ!? よ、よろしいのですか?」
「構わん。どうせこの世界の魔法知識から得るもんなんぞ無いじゃろうからな。どうせわしら魔物領主なんぞ形だけで暇じゃし、弟子の育成にでも時間を使った方が有意義じゃ」
それに、人間が使う闇魔法を見てみたいという事もある。知識として人間が闇魔法へ適性があるのは知っていても実際に使う人間にはまだ会った事がないのだ。もしかすると、魔物の使う闇魔法より威力が出るかもしれない。
「わ、わかりました。お願いします!」
「うむ。そなた、名はなんという?」
「ノワールです」
「ノワールか。良い名じゃの」
まるで闇という漆黒に染まるように始めから定められていたような名前だ。
「早速ひとつ教えてやるがな、闇魔法を扱うにおいて最も活用すべきは瘴気じゃ」
「それはやはり瘴気が闇の気だからでしょうか」
「そうじゃ。通常の魔法はマナを源とするが闇魔法は瘴気も力となる」
闇魔法が恐ろしい魔法と思われるのはこの辺りも関係している。他の魔法より威力が高くなりやすく破壊が大規模になるのだ。
「そなたら人間が闇魔法を好まんのはこの辺りも関係しているかもしれんな」
「あ、人間に瘴気は良くないものだと思われていたからですね。でも……」
「うむ。今のそなたらなら問題ないじゃろ」
ダークドライアドのおかげで人間は自ら瘴気を取り込むようになってきている。同じように闇魔法への偏見も薄れてゆくだろう。
(さて、どこまで伸びるかの?)
少し楽しくなってきているワイズマンであった。
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――数ヶ月後。1人の少女が巨大な飛竜と対峙していた。
飛竜は威嚇するようにその場で旋回した後、目の前の人間を消し炭にするべく口に光を集める。その瞬間、少女は魔法を完成させた。
「漆黒の闇に宿りし大いなる魔界の瘴気よ……悪夢の力となりて愚者どもを目覚めぬ眠りへと誘え!」
少女の詠唱が終わると、不気味な黒い靄が飛竜に纏わり付く。
――直後、飛竜はすぐに地面へと墜落した。あまりの呆気なさに少女――ノワールが目を丸くした。
「わ、ワイバーンがこんなに簡単に……」
「そなたが唱えたのは闇魔法でも最高位の術じゃぞ? たかが空飛ぶトカゲ如き一撃で葬れん方がおかしいわい」
ノワールがワイバーンと戦っていたのは、彼女の修得した闇魔法の試運転のためだ。ちなみにワイバーンが選ばれたのは領地に生息する怪物で1番大きかったからという安易な理由からである。
「ワイバーンって言ったら冒険者でも複数パーティで挑むような相手なのに……闇魔法はすごいです!」
「わしとしてはそなたの才能に驚いておるがな。普通は数ヶ月足らずで最高位魔法まで修得できんわい」
魔物でも最高位に至るには年単位かかるのが普通だ。ある程度予想はしていたが、ここまでノワールに才能があるのは驚きであった。
「ありがとうございます! あの、先生」
「何じゃ?」
礼もそこそこにノワールがワイズマンへと声をかける。なお、弟子となったことで彼女はワイズマンを先生と呼んでいた。
「その、領地のみんなのことなんですけど、みんなも先生に闇魔法を教えて欲しいそうです」
「嫌じゃ」
「即答っ!?」
まさかの即答に思わずノワールはこけそうになったがなんとか踏み止まった。
「弟子1人ならともかく、領地の全員に教えるなんぞ面倒でならんわい」
「でも、多分この先もこういう要望は続くと思いますよ?」
「それはそれで面倒じゃな……適当に闇魔法の使い方を書いた本でも図書館に置いておくか。この際じゃ、正しい魔法理論も文章化してやろう。本なら1回書けば終わる」
あとは使いたい連中が勝手に修行でもするだろう、と考えるワイズマンであった。
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「……結果、領民のほとんどが闇魔法の修得に成功。加えて、他の魔法の研究も飛躍的に進んだとの事です。そして、大規模プロジェクトとして魔法学院の建設計画が立ち上がっており、ワイズマンの書いた本を物書きたちが複製して量産し、教科書とするそうです。よってワイズマンと魔王様に感謝状が」
「闇に葬りなさい」




