私の親友がこんなに有能なわけがない
「ベルフレアちゃん、助けて下さいぃ~!」
「わかったから落ち着きなさいな」
魔王ベルフレアに1人の美少女が泣き付いていた。少女の頭には光の輪が浮かんでおり、背中には翼が生えている。人間が思い浮かべる天使そのものの外見だ。
――ただし、その翼は闇に染まっているが。
「で、ルキフミナ。今度は何をやらかしたわけ?」
突然異世界から転移してきて、いきなり魔王に泣き付いてきたこの少女の名はルキフミナ。
天界から魔界に堕とされた堕天使であり、魔王ベルフレアとは古くからの友人である。天使だった頃の善性が抜けず、人間を幸せにするのを目標とするという、魔界の住人でもかなりの変わり者だ。
そして、彼女がベルフレアに泣き付いてくるのは大抵何かやらかした時である。
「飢餓で困ってるっていう人たちがいたから、時間が経つと増殖するじゃがいもを創って送ったんですよぉ~!」
「相変わらずの謎技術ね」
ルキフミナはどこで会得したのか不明だが、怪しい効果を持ったポーションや植物を創り出す技術に長けていた。今回は『時間経過で増殖するじゃがいも』とのことだが……
「あなたのことだから、増殖が止まるようにしてなかったんでしょう」
「そうなんですぅ。最終的に土地がじゃがいもに埋もれて人が住めなくなっちゃって……」
「そんなことだろうと思ったわ」
時間経過で無限に増えるなら放置しすぎたら大惨事になるのは間違いない。1つでも食べ残しがあったら危険である。
「最終的にその土地に大規模な時間魔法をかけて増殖を停止させて処理したんですけど、それで追い出されちゃって……」
「まぁ、そんなことしたらねえ」
聞けば、天界の住人が管理している世界を見つけて、管理者に頼み込んでその世界に住まわせてもらったらしい。しかし今回のじゃがいも騒動によって追放されてしまったとか。
(まぁ、この娘に好き勝手やらせたらそうなるわよね)
ルキフミナは善意の塊のような人物だが、善は善でも他人を幸福に導くためならば何をしても許されるといういささか独善的な思考をしている。さらに後先考えず行動するため、彼女が善意で行った行動はむしろ不幸をもたらしてばかりであり、天界を追放されたのもその問題児ぶりに起因しているのだ。今回のじゃがいも騒動とやらも当然の帰結である。
「お願いします、ベルフレアちゃん! この世界に住ませて下さいぃ~!」
「そう言われてもね……」
ルキフミナはベルフレアにとって親友と言える間柄であるが、彼女ははっきり言って厄介者だ。どうしたものかと頭を悩ませるが、ベルフレアはふと思い付く。
(待てよ。この娘なら私の好みの展開を見せてくれるんじゃない?)
ルキフミナの人間への善意はまず間違いなく悪い方向へ向かう。やたらと人間に崇められる日々がもはや平常となってしまっているが、彼女なら人間に恐怖をもたらしてくれるのではないか。ルキフミナには悪いが……。
「いいわ。ルキフミナ、あなたに好きな領地をあげる。領主として好きにやってみなさい」
「本当ですか!? やった~! ありがとうございますベルフレアちゃん!」
「気にすることはないわ。私たちは親友なのだから」
こうして、堕天使ルキフミナは形式上は魔王ベルフレアの臣下として、ある領地の領主となることとなった。
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「まさか領主にしてもらえるなんて思いませんでした! さっすがベルフレアちゃんは話がわかるぅ~!」
ベルフレアに与えられた領地をルキフミナは嬉々として視察していた。まさか親友が自身の失敗をこそ望んでいるとは夢にも思っていない。
「うんうん、ここなら今度こそ私の研究成果を発揮できそうですねっ!」
好きな領地を選ぶようベルフレアから言われて彼女が選んだのは、ダークドライアドの領地とはまた異なる理由で植物が育たない地だ。
そこは一年を通して常に寒気に覆われ、万年雪が積もり、地面は氷に閉ざされた大地――永久凍土であった。
「じゃーん! 『植物用冷気耐性ポーション』!」
魔法によって異空間からハイテンションで取り出されたそれは、紫色の怪しいポーションらしき物。彼女がベルフレアの言うところの謎技術で生み出した、植物に冷気への耐性を付与するようになる薬だ。彼女の狙い通りにいけば、この薬さえあればこの永久凍土という過酷な環境でも問題なく植物が育つはずである。
「これでこの土地は氷に閉ざされながらも緑溢れる素敵な土地に生まれ変わります! 今度こそやりますよー!」
そしてルキフミナは異空間に仕舞われていた野菜や果実を取り出し、ポーションと共に領民に配布した。このポーションさえあれば永久凍土でもきっと育てられると語って。
――そのポーションにより付与された植物の冷気耐性は、栄養として吸ったマナを瘴気に変換して纏う事で冷気を遮断している結果であり、最終的に土地が高濃度の瘴気に汚染されるというとんでもない副作用があることには気付かずに。
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「……以上の結果、ルキフミナ嬢の領地である永久凍土でも野菜や果実の収穫が可能となり、加えてポーションの作用で土地が高濃度の瘴気に覆われた事で、瘴気には冷気を遮断する効果があると判明。その後の研究により、現地の領民は瘴気によって冷気を遮断する技術を修得し、凍死する領民が大幅に減少したそうです」
「違う、そうじゃない」
ベルフレアは思わず呟いた。領民を幸せにしようと行動して、実際に幸せになる。確かに真っ当な結果だ。真っ当な結果だが、ベルフレアは納得できない。
「話が違うわ! あの娘が行う善意は尽く失敗に終わるはずでしょう!?」
事実、ここに来る以前に今までルキフミナが行った善意による行動は、その全てが彼女の意に反して不幸を招くという結果に終わっていたはずだ。先のじゃがいも騒動の他にも、『あらゆる影響を遮断して身を守る魔法』を開発して広めたら呼吸もできなくなる魔法だったとか、『どんな菌も抹殺する薬』を開発して配ったら人体に必要な菌も抹殺してしまったとか。
これらは本人曰く『どちらも天使には無縁のものだから気付かなかった』とのことだが、とにかく彼女が引き起こす事態はそんなのばかりなはずなのだ。
そもそも彼女が堕天した理由自体、なぜかその善意が全て他人を不幸にする方へ転がる上に、行動の一切に罪悪感を持たない問題児であり、独りよがりな善意から来る行動とそこから起こる惨事が多発し、天界から追放されたというぐらいだ。
「しかし、ルキフミナ嬢は他にも数々の政策を推し進めては結果を出し、領地では既に名君として讃えられているそうですが……」
「なんでこうなるわけ?」
本人的には不本意だろうが、魔界ではルキフミナは悪の魔王としては最高の資質の持ち主だと評判であった。悪意無く悪を成し、地獄への道を善意で舗装し、人を陥れる天才だと。そんな彼女でも良い結果が出るとなったらもはやベルフレアはお手上げである。
「それで、魔王様とルキフミナ嬢に感謝状が届いておりますが……」
「……あー、私のはいいから全部あの娘のところに送ってあげなさい」
「承知しました」
結果的に親友が喜ぶならもういいや、と最終的に思考を放棄するベルフレアであった。




