ある歴史家の書 ―瘴気と植物―
“瘴気”。魔王ベルフレアの出生地たる魔界にも溢れていた、魔物の力の源とされる神聖な空気である。意図的に瘴気を多く浴びせた作物や果実、いわゆる『ダークプラント』は味が良くなり、また魔法の効力にも影響を与えるなど人間社会にもその存在は大きい。
しかし、この瘴気は魔王降臨以前にはあろうことか穢れた空気だとされていた。理由はいくつかあるが、大きな要因は長時間浴びていると人体に悪影響を及ぼした事、植物の成長を阻害し枯らしてしまう事の2つであろうか。
現代人である我々には瘴気が人体に有害だと言われても今ひとつ想像がつかないが、ダークプラントからなる食材を食べていなかったかつての人々は、まだ瘴気への耐性を得ていなかったのである。瘴気が濃い場所で我々現代人が平然としていられるのは、ダークプラントで作られた料理を当たり前のように食べているからなのである。では、そんなダークプラントはいつ世に出たのかといえば、やはり魔王臣下の魔物領主がきっかけで生み出されたものであった。
その領地は古くから植物の育たない呪われた土地として知られていたという。土地の活性化を促すマナが少なく、さらに当時、他の土地と比べて遥かに高濃度の瘴気に覆われていた。この頃の植物にとって瘴気は毒でしかなく、いくら苦労して植物を育てても瘴気に当てられて枯れてしまったのである。
そんな不毛の土地の領主となったのが、植物系の魔物であるダークドライアドだ。生まれながらに人型であるダークドライアドは、各地で領主となった魔物の中でも高位の存在であった。そんな彼女は、全くと言っていいほど育たず、育ってもすぐに枯れてしまう自身の領地の植物たちに深い同情を覚えたという。
そして彼女が行ったのが、領地の植物の『品種改良』である。品種改良と言っても我々がやるように地道に植物を育成して新たな品種を生み出したわけではなく、植物系の魔物である自身の能力によって領地の植物を改造し、瘴気に適応できるようにしたのだ。この時改造された植物群こそがダークプラントの原形である。
現代ではほとんどの植物が瘴気に適応しダークプラントとなっているが、彼女の能力によって適応させられ、そのまま現代まで根付いているものも数多くあるという。ダークアップルなどは代表的なもので、彼女の領地を訪れた行商人がその甘さに一瞬思考を忘れたとされるほどだ。
さらに、心優しい魔物であったダークドライアドは領民に怪我人が出た時に備え、ある植物を領地で栽培した。そう、錬金術の友、マンドラゴラである。瘴気の濃い彼女の領地は、マンドラゴラを育てるのに最適な環境だったのだ。
彼女がマンドラゴラを栽培し領地に広めた事で、彼の土地では上級ポーションが容易に手に入るようになり、死傷者も大幅に減少したとされる。この際、当時の錬金術は数世代単位で進んだと言われるほどである。
――現代で当たり前のようになっている、瘴気の加護を得た植物『ダークプラント』。それは、ダークドライアドという心優しい1人の魔物によって生み出された存在なのである。




