魔物領主の領地魔改造記録 ダークドライアドの場合
「うーむ……」
ある土地において貴族らしき男が頭を抱えていた。自身の土地の状態がよろしくないのだ。最も、今に始まったことではなくこの土地に住む人間には共通の悩みであった。
「どうした、の?」
「おお、これは領主様。いや、少し土地のことで悩んでいましてな」
貴族の男が領主と呼ぶ、彼にぶしつけな問いを投げかけたたどたどしい口調の人物は、少女のような容姿を持ち、全身は人間では有り得ない緑色をしていた。
――ダークドライアド、植物系の上位の魔物である。彼女はこの領地の領主を殺し、新たな領主となっていた。
ちなみに前領主は領民ほぼ全てに恨みを買っていたろくでもない人物なので、領主が変わったことに抵抗のある人間はほぼいなかった。さらに、可憐な容姿でたどたどしい口調のダークドライアドは領民の間でマスコット的な人気を博していた。
「ここ、植物、少ない。わたし、寂しい」
「はは、そうですな。この土地はマナが少ない上に瘴気が濃いですからな。後者は魔物の方々には良い環境でしょうが」
この世界の植物が育つには、栄養の他にマナ、いわゆる魔力が必要であるとされる。しかしこの領地はマナが少なく、植物の成長が極めて遅かった。さらに、魔物にとって力の源である穢れた空気、いわゆる瘴気は通常の植物にとっては毒のようなもの。植物が育つ余地はなく、育ってもすぐに枯れてしまう。そのためこの領地は不毛の土地として作物不足などに悩まされていた。
「むう。この世界の植物は、軟弱。情けない」
「ははは、領主様から見れば全ての植物が軟弱になってしまうでしょう」
魔物であるダークドライアドはマナも瘴気もどちらも自らの栄養にできる。通常の植物と違ってどこでも栄養を得られるのだ。
「そんなことは、ない。魔界の植物、みんな、瘴気、好き」
「ほほう。やはり魔界ともなると植物ひとつとっても強靭なのですな」
魔界といえば瘴気に溢れる闇の世界というイメージだ。その環境に適応するために植物も進化したのだろう。
「ここの、植物も、強く、できる、よ?」
「……とおっしゃいますと?」
「私、品種改良の力、ある。植物、瘴気に、適応、させられる」
「なんと!? 領主様にそんなお力が……!?」
男は驚愕した。植物を瘴気に適応させられるなら、見渡す限りの不毛の土地であるこの領地を緑溢れる豊かな土地にするのも夢ではない。
「た、たとえばこの稲など品種改良は可能ですかな」
「ん。貸す」
言うが早いかダークドライアドは男から稲を引ったくると、何やらブツブツと呪文らしきものを唱える。すると、黒いモヤのようなものが稲に纏わり付き、吸い込まれていった。
「ん。これでできた」
「そ、そんな簡単に? 外見は変わったように見えませんが……」
「さっきの黒いのが大事。あれがあれば瘴気栄養にできる」
「ち、ちなみにそのお力は領主様に悪影響などは……」
「別に? 千本ぐらいやるとさすがに疲れる」
つまりそう無茶な量でなければ使いたい放題ということだ。これを領地のありったけの植物にやってもらえば……
「あと、よかったら、こいつ、あげる」
「うわっ!? な、なんです? これは」
ダークドライアドが男に手渡したのは顔があり足の生えた大根とでも言うべき謎の植物? だった。
「そいつ、マンドラゴラ。瘴気、濃いなら、よく、育つ」
「なんと、これがあのマンドラゴラですか……!?」
マンドラゴラといえば錬金術師たちが血眼になってかき集めている極めて希少な植物だ。引き抜くと叫び声を上げ、聞いた生物は死に至るというが、上級ポーションなどの調合素材としては最適とされる。
「ん。収穫するときは、耳栓してれば、大丈夫」
「案外単純なのですな……」
驚き疲れていたところへ提示されたマンドラゴラの叫びのあまりにも簡単な対処法に、途端に気が抜ける貴族の男であった。
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「おいおい、なんだこりゃあ……?」
件の領地を訪れた行商人が驚愕に目を見開いていた。
「この土地は万年植物が育たない不毛の土地じゃなかったのか……?」
行商人はそう聞いていたし、実際何年か前にこの土地を訪れた際にはその評判通りの場所だったはずだ。しかし、今男の目に映る光景はその評判とは一辺していた。
「綺麗な花と立派な木に溢れている……畑もあちこちにあるな。作物なんて育たないはずだが」
不毛の土地だったはずの場所は美しい花が咲き乱れ、木が立ち並ぶ土地へと変貌していた。さらに以前は全くと言っていいほど見られなかった作物畑も存在している。
「はっはっは。商人さん、その様子じゃここが変わってから来るのは初めてだね?」
「あんた、この土地の人か。変わったとは?」
「そりゃもう文字通り『変わった』のさ。いけ好かない前領主がくたばってな」
「ああ、それは聞いている」
魔王が世界征服して以来、各地の悪徳領主が魔物に殺され、そのまま魔物が新しい領主となることが多いと聞く。この領地もそのひとつだった。
「新しい領主になった魔物は可愛らしいお嬢さんだった。ところが、この新領主様は植物の元締めみたいなお方だったわけだ」
「植物の元締め?」
「おう。新領主様はな、全くこの土地で植物が育たない現状を見かねて、この土地でも成長できるように植物を改造してくださったのよ」
「なんと……!?」
行商人は驚愕と同時に納得した。つまりこの光景はその新領主である魔物の力によるものだということだ。
「各地で魔物信仰が高まっているとのことだったが……なるほどな」
人間を襲わないばかりか、人間に力を貸してくれるのならそれは魔物を慕おうという人間も出て来るはずだ。この領地のように直接その恩恵を受けた人間なら尚更。
――実際にはダークドライアドは成り行きでなんとなくやっただけであり、別に人間のためにやったわけではないと知っているのは1人の貴族だけであった。
「そうだ、商人さんこいつを食べてみな」
「ん? こいつはリンゴか……ん、んん!? なんだこの甘さは!?」
村人から手渡されたリンゴをかじった行商人は思わずリンゴを取り落としそうになった。今まで食べたリンゴとは比べものにならないほど甘いのだ。
「ははは、すげえだろ? どうも領主様が改造した果実や作物は味が良くなるんだよ」
「そりゃ凄いな……こいつは商売のネタになりそうだ」
正確に言えば、植物が品種改良によって適応した瘴気が味を良くしているのである。
「あんたの商売のネタになりそうなもんならこいつもあるぜ」
「そ、それは……上級ポーションじゃないか!?」
村人が懐から取り出したものに行商人はもはや何度目かわからない驚愕を覚えた。それは重傷の人間をも一瞬で完治し、身体欠損すら治るという上級ポーションであった。
「ど、どうしたんだこれは!? 言っちゃ悪いが、あんたのような平民が手に入れられる代物じゃないだろう?」
上級ポーションといえば金貨数十枚はくだらない。とても一般市民の手に届く薬ではない。
「それがな、新領主様がマンドラゴラを栽培してくださってな。おかげで錬金術師の人らが歓喜して、今じゃ上級ポーションを量産しまくってるんだ。おかげでこの領地じゃ価値が下落して、今じゃ各家庭に数本はあるよ」
「それはまた……」
行商人はもう驚きを通り越して呆れていた。そして彼は思った。この先、この土地のように世界は大きく変わっていくのだろうと。
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「……とのことで、彼の領地の作物事情は劇的に改善。また、マンドラゴラの大量栽培によって錬金術の研究も異様な早さで進み、また容易に手に入るようになった上級ポーションのおかげで事故等での死者が大幅に減少したとのことです。よって、ダークドライアドと魔王様に感謝状が」
「燃やしなさい」




