魔王の憂鬱
魔物が跋扈し、剣と魔法が力の象徴とされる、とある世界。その世界のある大陸に、漆黒の城があった。かつては帝国と呼ばれていた国家の王城だったその城も、主が変わって久しい。今は人間たちを恐怖に陥れる、魔物たちの王が住まう城……魔王城である。
――この世界は今や、人間のものではなかった。魔物が支配し、魔物が人間を管理する魔界と化しているのだ。
その魔王城は今、慌ただしく魔物たちが右往左往する状態にあった。下級の魔物がバタバタと廊下を走り、上級悪魔が何やら激を飛ばす。普段の厳正な静けさは見る影もない。
「魔王様」
「……」
極めて美しい、男とも女ともつかない中性的な容姿の魔族が、王座に座る少女に語りかけるが、少女は黙して語らない。人形じみた美しさのこの少女こそ、この城の主。全ての魔物を統べ、全ての魔族の頂点に立つ偉大なる王。
――魔王ベルフレアであった。
「人間どもが大挙して城門に押し寄せております。もはや我らではどうにもなりません」
「……そう」
魔王城は今、窮地に追い込まれていた。津波の如く押し寄せる人間たちに対応しきれず、魔物たちはパニックに陥っていたのだ。もはや事態を収束させるには、魔王の力に頼る他なかった。
(どこで間違えたのかしら)
少女のような魔王は後悔していた。今現在の魔王城の状況は全て自分の行いが招いた結果だからだ。自身の選択が、自身に仕える魔物たちを危機に陥らせている。魔王は思わず全てを放って眠ってしまいたくなった。しかし、魔族の王としてそのような逃避は許されない。
「……私が出る。メディル、供をなさい」
「はっ!!」
側近たる中性的な魔族――メディルに供を命じ、王座から立ち上がる。人間たちの津波を押し返すべく。
――しかし、それでも後悔の念は頭から離れてくれなかった。一体、何が悪かったのか。どこで間違えたのか。
そう考える間にも魔王城の入口へと着く。もう人間たちは目の前だ。余計な事を考えている場合ではないと、頭を振って不要な思考を追い払い、魔王城から外へと足を踏み出した。
「まっ、魔王様!!」
「魔王様が来られたぞ!!」
人間を相手取って疲弊していた下級魔族が歓喜の叫びを上げる。同時に、夥しい数の人間たちの口が揃って開かれ、魔王へと言葉を発する。魔王はそれに対して――
「「「「「新年明けましておめでとうございます、魔王様!!」」」」」
「ええ、おめでとう」
――笑顔で応対した。そう、人間たちからの新年祝いの言葉に。
「魔王様、今年も変わらず世界に君臨し続けて下さい!」
「当然でしょう? 私は全ての頂点に立つ王なのだから」
「魔王様、この前私たち子供が生まれたんです! 名前を付けていただけませんでしょうか」
「ふむ、考えておきましょう」
「まおうさま、わたし、まおうさまみたいないだいなひとになる!」
「ふふ、楽しみにしてるわ、未来の魔王様」
人間たちの言葉に返答をしながら、魔王の頭には再びあの疑問が舞い戻っていた。
(ホント、どこで間違えたのかしら……?)
魔王ベルフレアはもはや慣れきった日課の如く、過ぎ去った過去を思い返していた――