第8話 「3人目の母」
あの後飯の準備をしていた黄蓋さん、もとい祭さんが止めようとしてくれたが、参戦という泥沼な展開が繰り広げられた。
が、周異さんの鶴の一声のお陰で、昼食は無事に終えることができた。
今は陵操さんと武器の扱い、技術について喋りながら炎蓮さんを待っている。
「公路殿は長物よりも、朴剣などの方が良いかもしれませんな」
「えぇ、僕もそう思います。
それに僕に合う武器を新たに設計、作った方が早いかもしれません」
俺は剣道を習っていたこともあり、刀の扱いはそこそこだと自負している。
田舎に爺さんが近衛兵だった関係で、日本刀があり、おもちゃ代わりにしていた時期があるからだ。
が―――中国、ましてや三国志の時代に刀や倭刀はない。
そうすると自分で作るしかないのだ。
「一番マシなのは双刀。次に短戟。
逆に駄目なのは槍ですな」
「えぇ、模擬槍が体にあっていないのも一つの理由かと思いますが、引手があまりにお粗末。
とてもじゃないですが、実線には使えません」
「唯一の救いは、偃月刀はまだマシな事でしょうな。
鍛えればなんとかなるということが分かっているだけ」
「えぇ、大分……マシなのは分かってはいるのですが」
「納得行きませんか??
ですが、どれもこれも訓練次第。
それは、それだけはご承知を」
「継続は力なり……ということですね」
「良い言葉ですな。その言葉お借りしても?
訓練兵達に教えてやりたいのですが」
「いいですよ。これくらいは」
もっと……もっと訓練しないと。
そして、もっと知恵をつけないと。
今の俺は無力だ。
「弓の具合はどうですかな??」
「祭さんに教わってますが、槍よりもマシってとこですね」
「ははっ、そう落ち込まんで下さい。
その年でそれだけできれば十分なんですから」
「だと良いんですが」
うち兵には弓の名手はいない―――はずだから、今のうちに感覚だけでも手に入れておきたい。
「暫くは弓を中心に教わろうかと」
「それもいいかもしれませんな。
弓は経験はともかく、感覚をつかむことが重要ですからな」
「えぇ、我儘ばっかりですみません」
「人質とはいっても名ばかりの物。 それを取り除いたら私共など……
それに貴方様は子供なのですから、もう少し我儘をいっても良い位ですよ」
「僕は確かに子供ですが、名族です。 名族に年齢は関係ありません。
民草を愛し、守るのは当然であり、義務なのですよ。
僕にはまだその力は有りませんが、自衛だけでも出来なければこれからは生き抜くことが出来ません」
当然のことだ。
邑を治める。街を治める。国を治める。
それは長が責任を持って民を守り、生活を支えるのだ。
その為の資金を税として徴収してるのだ、決して私腹を肥やす為ではない。
力がないならどうする。
決まっている、手に入れればいい。
自分だけの力を。兵を。領土を。
そして少しずつ、増やして行けばもっと強く、もっと豊かに、そして健やかに過ごすことが出来る。
民が家族の為、国の為に働くのなら、王と家臣は民の為に働くのだ。
俺は今まで国を動かすなどと大それたことをやったことなどない。
今から知識を、力を得なければ間に合わないかもしれないのだ。
「私が在野であれば今すぐにでもお仕えしたいの御考えです。
ですが、あまりに頑張り過ぎて倒れるなんてことにならないようお気を付け下さい」
その声色からは、心配という言葉が読み取れた。
「陵操さんに心配されちゃぁしょうがないです。
それよりも炎蓮さんと程普さんと祭さんの飲み過ぎを心配した方がいいですよ。
あんな浴びるように飲んでいたら、いつか肝臓を悪くします」
「ははは、ご忠告の通りですな。 とは言っても粋玲や祭はともかく、炎蓮様には言えませんよ」
「ならば僕が言っておきましょう。 有事の際に剣が鈍くなったら困るとか、子供の情操教育に悪いとか」
その言葉に焦った陵操さんは、両手をブンブン振って、とんでももないと
言いつつも、あ、でも公路殿が言ってくれると自重してくれるかもしれないなんて言うから、後ろの幽鬼が目を細め、ほうと笑うのだ。
「何やら面白い話をしているなぁ、北斗」
あちゃぁーと顔を片手で覆いこちらを見る。
彼女の目はなんで教えてくれないんですかと語るが、済みませんと肩を竦める。
そして意を決して後ろを振り向くも、梅干しの餌食になった。
「子供にっ、しかも袁逢様の御子息にっ、な・に・をっ! 頼んどるのかっ、この大うつけ者がっ!!」
「あいたっ! 痛い痛いっ! 痛いよぉ」
「炎蓮さん、程々にしてあげて下さい。 こちらから振った話ですし、炎蓮さんを心配してのことなんですから」
こちらを見る炎蓮さんの目はジト目である。
「お前はどっちの味方なんだ叶」
「少なくても今は陵操さんですよ。 あんな浴びるように飲んでいたら、心配にもなります。
まだお子様も世継ぎには早いですし、万が一なんてことになったら笑えませんからね」
むーっと唸ってこちら見て不貞腐れている。
何それ超可愛いですけど。
あと頬をつねるのはやめてあげて下さい。
何気に痛いんですよアレ。
「分かった、分かった少しだけ控えよう。 全く、蓮華と同い年の子に悟らせられるとは……だが北斗、お前は罰はしっかりあるからな」
「ひぃぃぃ」
あー、御愁傷様です。
っとそれよりも助け舟を出さないと可哀想だ。
「炎蓮さん、その辺で。 そんな事は後でも出来ます。 早く鍛錬しましょう、雪蓮なんかは待ちくたびれて寝てますよ」
と寝ている雪蓮と蓮華を指差した。
それを見てムッとしながら不貞腐れてなら2人ですると言った。
何この人、持ち帰りOKですか??
あぁ、駄目ですよね。
くそう、何で人妻なんだ。
「2人がヘソ曲げますから起こすんで、ちょっと待ってください」
「構わん、寝かせておけ。 どの道これからはみっちりとしごいてやる。 今日はお前の番ってだけだ」
「そこまで言うんでしたらいいですが、少々焦りが見えますが、如何なされました」
やれやれとため息を一つこぼしてこちらに向き直る。
その瞳は真剣で、これからの発言が容易に想像できる。
「手に入れたのですね、帝の食事を」
「お前は……ホント隠し事が出来ないな。 あぁそうだ。そして華佗からの結果待ちだ」
「僕がここにいれるのはあと5日。 長くて10日……といったところですね??」
その言葉にまたもため息を一つ。
その姿は娘を嫁にやる父親のような淋しさが見受けられる。
「そうだ。俺とお前が家族でいられるのはそれ位だ。
だから……だから俺の全てを貴様にくれてやる。 それがオレが出来る最後の手向けだ」
「クク、炎蓮さんは臆病ですね。 またいつでも会えますよ」
その言葉に口はぽかんと、まつ毛は長く、憂いを秘めた瞳は大きく身開かれた。
「オレが臆病だと??」
「ええ。鈴のついた子猫かと思いましたよ」
「構えよ」
その表情は赤みを帯び、こめかみには青筋がたっていた。
怒ってるよねぇ、当たり前だ怒らせたのだから。
「なんだその棒切れは。 そんな細棒一本でオレを御せるとでも? はっ、舐められたもんだなぁ、おい」
「舐めてなんていません。 コレが、コレこそ俺の本気です。 コレの練度は、他とは一味違い、ますっ!!」
左足のかかとを軽く浮かせ、常に間合いを測り、飛び込む一瞬を待つ。
常にすり足で、右足は常にジリジリと間合いを狭め、左足は継いでいくことで間合いを一気に狭める。
コレが出来なければ剣道なんか勝つことは出来ない。
ただ飛び込めばいいなんてのは馬鹿がやること。
緻密な計算と心理戦こそが勝つ為に必要なこと。
そして最後は日々の努力こそがものを言う。
技術―――一朝一夕では身につかないが、俺は違う。
記憶があるのだ。
どうすればいいかは頭が知っている。
だが体が着いてこなかった。
その為に今の体に合う振り方、構え、重心、体捌きを常日頃から擦り合わせてきた。
この木剣を扱う技術は、全盛期の大凡75% 位だ。
あとは騙し合いで決まる。
憤怒は体を、頭を、心を鈍らせる。
今の炎蓮さんは精々60% ってとこだろう。
まぁ十分脅威だけど。
迎え撃つにあたって俺がすることはまずは―――
「なんだその構えは。 そんな構えでは殺してしまうぞ」
「やってみるがいいさ。 だが、果たして殺し切れるかな??」
「ぬかしたな―――ならば行くぞっ!」
この構えに対して前傾姿勢で突っ込むとは……脇構えの恐怖を味わってもらおう。
炎蓮さんの右手がぶれる。
65度程度下からの切り上げに対して、180度下からの切り上げ。
狙いは武器の持ちて。
勿論これは看破される。
そのまましゃがみつつ回りながら足払い。
その場でジャンプして躱される。
が、さらに全身のバネを使い、切り上げる。
これは躱せない。
仕方なく剣で防ぐが、思いの外重かったのだろう。
眉がぴくりと動いた。
「驚いたぞ。確かに練度は段違いだ。 だがそれだけだ。俺には届かない。
折角だが、今のを見て冷静になったよ。 ククッ、折角怒らせてくれたのにな」
「構いやしない。 次はこちらから行かせてもらう。 精々防ぐがいい」
そう言って俺は木剣を左腰に携え、抜刀の構えをとる。
通常の構えと違うのは右手が逆手である事。
それだけで行動が限定され、動きが読まれるが、必要ない。
今必要なのは飛び込む勇気と自分を信じる心だけ。
掛け声は必要ない。
一歩目は小刻みに。
2歩目からはストライドを大きく。
そして5歩目は前に、低く跳躍。
抜刀。 逆手のまま下段から上段へ最速で斬る。
無論避けられる。
そのまま下段に突き刺す。
勘のいいことだ。
表情一つ変わりもしないでこれも躱す。
地面に突き刺した木剣を軸に右足で飛び蹴り。
狙いはボディー。
流石に防ぐがそれは愚策。
その反動を利用して、木剣を振り抜く。 が―――
「こいつも防ぎますか」
「なんだ今のは。
今のお前が小僧だったから防げたが、お前が俺位の年なら、やられていた」
「まぁ、身体能力の差は歴然。
一矢報いるつもりだったのですがね」
「そうやすやすやられてはやらん。
俺にも戦士としての誇りがある」
「君主としてもですか??」
「無論」
まぁ孫堅なんだから持っていてもらなかったら困るけどね。
だが、今回聞きたいのはそこではない。
俺が聞きたいのは―――
「では母親としてはどうですか?」
「っ―――」
言葉に詰まる。
自覚はあるのだな。
左手を前に剣先を軽く触れる。
平突きの構えをとる。
そして地を蹴り、一気に間合いを詰める。
「言葉に詰まると言うことは、認めると同じこと」
三段突き。
逆の肩の肩甲骨を思い切り引き、剣を持つ手は通常より遠くへ。
それをいなし、攻撃をしようとする炎蓮さんに対し、左手で横隔膜を突き上げる。
「何を悩んでるか知りませんが、一つだけ教えてあげます。
あの二人は、貴方が直接教えていかなければ、君主になり得ない。
母親として愛を持って接しなければ、良い子になど育ちません。
あの子達は必死じゃないですか! あんなにも貴方の気を引こうとしているっ!」
木刀で膝かっくんをしかける。
がくりと体が揺らぎ、膝が落ちたところで小外刈り。
倒れた所で逆肘固め。
炎蓮さんの顔が少しゆがむ。
「貴方がしっかり見てあげなければあの子達が歪む。
何が孫家は安泰だ。 確かにあの子達は可愛いし、保護欲がそそるよ!
でも俺は兄じゃない、まして父親じゃないっ! 俺が出来る事は、男として、女を守る事!
背中で語ることだけだ。 貴方は母親なんだ。母親なんだよ。
そばにいて、抱きしめて、愛を囁いて、同じ時間をより多くいてあげないと……
ふとした瞬間に見失ってしまうんだよ」
「何をだ」
「自分自身を。 その瞬間からは世界が色あせ、自問自答を繰り返すようになる。
なんの為に生きている。 なんの為に生まれ落ちたんだってね」
ここまで言っても炎蓮さんは振りほどかない。
甘んじて俺の攻撃を受け入れる。
「まだ間に合う。 あの子達は求めているのだから。 だからは、もっと抱きしめてあげてください」
「オレは……オレは……オレは……」
「少なくても、俺の3人の母親はそうしてくれましたよ。まぁ3人目はすごく不器用でしたが」
「叶……お前は―――」
「今の俺は袁公路。 それ以上でもそれ以下でもない。 その時がきたら、貴方にはお話をしますよ」
《お母さん》
誰も見ていないだろうとこっそり2話更新。
と思っていましたが、感想いただいて嬉しく思います。
あと、ありがたい話ではありますが、こっそりとみられている方々いるみたいです。
更新していなかったのに、嬉しい話であります。
まとまった時間は今恋姫を確認したり、三国志 ~司馬懿 軍師連盟~を見て勉強しています。
だけど最近の作品はラブコメが多すぎて困ります。
あ、これもか。
という訳で、ゆっくりになりますがまたこっそりと更新続けます。
それでは皆様また来世。