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神話を駆使して詭弁を吐こう!!

作者: 藤沢悠

Wikiしか参照していないので内容に誤りがあってもあたしゃ知らん。

イザナギとイザナミのご夫婦をご存知だろうか。


こちらのご夫婦は「古事記」、「日本書紀」に登場し、高天原に住まう天つ神に命じられ日本の礎を築いた神様である。

ふたりは混沌から本州を創造すると、現世に舞い降りて夫婦の営みにせっせと励み、次々と愛の結晶を誕生させていく。

男神であるイザナギは気楽なものだが、女神であるイザナミの苦労は計り知れない。

なにしろ、淡路島などの島々を出産するのである。

ぎざぎざに尖っているし、なにより規格外に大きすぎる。

鼻からスイカならぬ、鼻から淡路島。その痛みは想像を絶する。

女性の深く強い母性にはほとほと頭が下がるばかりだ。


ちなみにイザナギとイザナミは元々兄妹であるらしい。

なぜだかわからないが、体がむずむずしてきて、夜のハイウェイを絶叫しながらフルスロットルで飛ばしたくなる絶妙な設定だ。


少々脱線してしまったが、私がこの神話で注目したいのはイザナギとイザナミが離縁する章だ。

カグヅチという火の神を産んだイザナミは陰部に火傷をしたのが原因で病を患い、ついには亡くなってしまう。

現世に残されたイザナギは愛しい嫁に会いたい一心で黄泉比良坂を通って、死後の世界へと足を踏み入れる。

ここまで聞けば健気な夫の純愛物語であるが、そうは問屋が卸さない。


嫁との再会を果たしたイザナギは愕然とする。

黄泉の世界の住人となったイザナミは生前と打って変わった醜い姿をしていたのである。

恐れをなして逃げ出すイザナギと恥辱で我を失って追うイザナミ。

命からがら逃げ延びたイザナギは黄泉比良坂の入り口を大岩で塞ぐ。

あと一歩で追いつけなかったイザナミは「お前の国の人間を一日千人殺してやる」と呪詛の言葉を発し、イザナギは「それならば私は産屋を建て、一日千五百人子を産ませよう」と言い返したそうだ。


私はイザナミが言った「お前の国の人間を一日千人殺してやる」に矛盾を感じる。

彼女は幽世から現世への干渉ができ、遠隔での殺害が可能であると示唆している。

ならば、真っ先にイザナギを狙えばいい。

彼を殺してしまえば、死人となった夫と黄泉の国でまた一緒に暮らせるはずである。

しかし、イザナミは他者を標的とした。なぜか。

彼女は自身の醜い姿を見て遁走するイザナギを目の当たりにして悟ってしまったのだ。

もう夫の心が離れてしまったっことに。もう夫が自分と寄り添って生きる意志がないことに。

悲しくて、淋しくて、憎くて、恨めしい。

「だったら、あなたが愛する、もしくは今後愛するかもしれない存在を徹底的に殺してやる」

底知れぬ愛憎劇には縮み上がるばかりである。

とばっちりをうけた人間はたまったものではない。


さて、イザナギに視点を向けてみよう。

イザナミの執拗な追撃を退けた彼は彼女の呪詛に対して、「それならば私は産屋を建て、一日千五百人子を産ませよう」と嘯く。

一見、完璧な訣別と受け取れるが、私は異論を唱えたい。

まず、イザナギは醜い姿に変貌してしまったイザナミに恐怖心など抱いておらず、変わらぬ愛情があったと念頭に置いてほしい。彼にはやむにやまれぬ事情があったのだ。


それは裏切りたい願望だ。


愛するものを精神的に傷つけたい暗い欲望は神をもってしても抗い難い誘惑であった。

しかし、イザナギには日本を創る使命があるため、夫婦仲に亀裂を生じさせるわけにはいかない。

悶々とした日々を過ごすうちに彼の欲望は膨れ上がっていき、イザナミが亡くなった瞬間に破裂した。

そうなのだ。イザナギはわざと逃げ出したのだ。

イザナギはイザナミが死してなお自分を心底愛していると理解していた。

長年の夫婦生活で彼はイザナミが見栄っ張りで執念深いが、寂しがり屋でなにより一途なことを熟知していた。

「醜くなっても、あの人なら愛し続けてくれるかもしれない」と淡い期待を抱くイザナミを目前で裏切ってみせる。

その行為はどんな豪華な料理よりも美味で、どんな行為よりも快感であったに違いない。

神でさえ、愛すれば愛するほど裏切りたくなる衝動を抑えきれないのだから、我々矮小な人間が敵わないのは神話に裏付けされた道理である。


「だから、仕方がないとわかってくれるね?」


ひとしきり語りおえた私はテーブルを隔てて対面に座る妻に投げかけた。

彼女は微動だにせず、冷ややかな視線でじっと私を見つめている。


「で? ミチコって女とあんたはどんな関係なわけ?」


どうやら私の能う限りを尽くした口からでまかせは空振りしたようである。

背筋にじっとりと汗が滲むが妻に悟られてはいけない。

我々の間に大岩は立ち塞がっていないのだ。

下手をすると私はイザナミが課した本日のノルマの一員になってしまう。


「……羽衣を地上に落としてしまった天女をご存知だろうか」

読んで頂きありがとうございました。

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