戦いですね、わかります
第6話 宗教戦争勃発
聖光教本部 会議室
「全く、舐めやがって。なぁにが神聖ハデス教国だ!」
「それだけじゃない。複数の商業ギルドや冒険者ギルドを招くために、他国より関税をわざと下げていると言うではないか」
「フィレンツェ王国も困ったものだ!たった1回の戦闘で亀のように引っ込んだままだ!」
「このまま行けば、魔王軍との挟み撃ちになってしまう」
聖光教本部の会議室に集まったのは、教皇と教皇に次ぐ地位を持つ枢機卿が4人。そして、彼らを補佐する大司教が各2人ずつの計15人である。そんな彼らが集まって会議をする題目は、神聖ハデス教国のことである。そして議論をしているのは主に枢機卿の4人であり、教皇と大司教はそれを眺めている。
この会議は本来、年末から年始にかけての冬の時期にこれからの世界の方向性ややり方の大まかな道筋をつけるために行われているものである。
しかし、今の時期は秋のシーズンに入る直前であり、そんな時期にこの会議を招集するということはそれだけ、神聖ハデス教国の樹立は聖光教にとっては衝撃的だったのである。だが議論は遅々として進まず、悪化する方向にあった。そのため、その度に訂正が入るがそれですら意味のないものになりつつある。
そして、長引く議論の中でついには戦争に突入し、殲滅させる案まで出てくる始末である。
そんな中、教皇は
「そのダンジョンを攻略するのにどのぐらいの兵力が必要か?」
と訪ねた。すると、
「ここ最近、件のダンジョンが拡張されたとの報告がありますが最低でも10万、どんなに多くとも30万程度の兵力でで攻略できると思います」
と、枢機卿の1人が答えた。その答えに、その場にいた人々はざわついた。そしてそれは、それだけの軍隊を率いていれば相手は恐れおののき、降伏するだろうという目論見も立ってくる。
だが、10万から30万もの大軍が雪崩を打って攻めてきたら普通では耐えられないものであるが、冥皇竜が支配するダンジョンはその前提を最初から無視して攻撃できる。
何故なら、この時代の軍隊は弓や槍、剣といった銃の射程に比べて接近戦が主体であるため、接近さえさせなければ狙い撃ちされるだけである。また、魔法に関しても100メートルぐらいが一般的な最大射程であり、数百メートルから数キロ四方の広域殲滅ができる魔法は考えもしない。
一方、銃というものは火縄銃ですら有効射程が200メートルぐらいであり、弾の太さが5.56ミリという弾の中でも細めのアサルトライフルですら200~400メートルぐらいに及ぶ。
つまり、弾が細い銃弾ですらその距離から人間や動物を殺傷できる能力を持っていることは、この時点においてはこの会議に出席している人達は知らない。そのため、教皇はすぐに最大戦力を率いて出撃せよとの命令を発し、フィレンツ王国には越境の許可を得るようにとの命令を出した。
かくして、教団は1つのダンジョンの攻略のために30万人もの兵力が動員されることになった。動員された彼らの殆どが帰ることができない、という事も知らずに。
~~~~~~
「あ~、ここは涼しいのぅ」
「本法に科学技術に感謝ですね」
「えあこん、という箱から冷気が出ている状態でアイス、というお菓子を食べるのもいいね~」
「マスターには感謝しきれないよ」
「ありがとう、ぐらいはいってあげる」
五者五様の感想を聞きつつ、俺もアイスを食べる。
「みんな、食べすぎてお腹を壊すなよ?」
「大丈夫です。ドラゴンはお腹を温めることができますから」
「お姉ちゃん、このバニラアイスっていうのも美味しいよ」
「どれどれ~?あ、美味しい」
季節的には8月下旬といった具合で残暑が残っている中、俺はダンジョンを運営しているみんなを労う意味でアイスの食事会を開催した。と言っても、前世で市販されていたアイスをダンジョンコアで大量生産しただけのことで、別に高級品を振る舞うとかではない。
ただ単純に、なんとなくで始めたこのダンジョンにみんなが参加してくれることへの感謝の気持ちで行動した。そのため、アイスの食事会はソロモン72柱だけではなく、セルティやワイトキング、信者のみんなや商業ギルドや冒険者ギルド、後は獣人や亜人といったこのダンジョンの壁の内側で暮らす全員に配った。
俺の勘では、冬を越えるまでに大きな戦いがある。それもかなりの被害を相手に出させることになるだろう。だから、これは俺の甘え化も知らないねぇ。
俺がそんな事を考えていると、
「マスター」
「んー、なん・・・!?」
いきなり、バエルにアイスが乗ったスプーンを口に入れられた。
「マスター、眉の間にシワが寄ってたよ?」
「あー、すまん。考え事してたわ」
俺はそのアイスを舐めきった後でそう言って、額に指を当てる。どんな時でも考え事をしてしまうのは、昔からの癖だな。全く、早く治したい癖だ。
「何を考えていたんですかー?」
「ふむ、私もそれを聞きたいのう」
「じゃあ、私も聞きたいですわ」
「え!?みんなも!?じゃ、じゃあ、私も聞きたいかなー?」
「私も私もー!」
パイモンやウィネ、セルティやソフィアなどの談話室にいたみんなが聞きたがっていた。そのため、俺はやや戸惑いながらも感謝を述べた。
「最近、このダンジョンにやって来た奴もいるだろうからわからんかもしれんが、ここまで来るのに色んな奴らに助けてもらった。その中でもバエル達、ダンジョンの初期からいるメンバーには特に感謝している。ありがとう」
俺がそう言うと、
「マスター、そいつは今更ってやつだよ!」
「そーだ!そーだ!」
「マスターはいつも前向いて呑気に運転してればいいのよ」
「ドラゴンの粗チンやろー(ボソッ」
「かかかっ、ドラゴンってやつはこうまで多様なのか!」
「なんかヒデェ言われようだな、オイ」
ここまで言われると、気が楽になるな。そう感じると自然の笑顔になるってもんだ。
そんなことをしていると、電話が鳴った。
「はい、こちらはダンジョンフロアですが?」
『宴会中にすみません。諜報部からの報告です』
どうやら、仮想敵国に潜り込ませていたホムンクルス・ゴーレムが敵の動きを捉えたな。
「内容は?」
『はっ。聖光教団は近日中に行動があると予想されます。理由として、食料等の急速な値上がりや兵の配置に変化があるそうです』
「そうか。うん、うん、今後も何らかの変化があったら報告して」
俺は話を終えて受話器を元の位置に戻し、席についてからみんなにいま聞いた話を話した。
「聖光教団が大群を率いてやってくるそうだ」
「・・・それで、いつ来るの?」
「早ければ1ヶ月後には来るそうだ」
「遅くとも次の春には来るってことね」
「そうなるな」
この話を聞いたみんなは、先程の宴会時の顔から戦場の顔になっている。俺はその事を確認して、話す。
「ここまで来てしまったら行く所までは行くし、引く気もない。だが、みんなは好きにしたらいいと思う。どうする?」
「そんなの決まってるじゃない。マスターについて行くまでだよ」
「こんな刺激的な場所を追い出されるのも癪ですしね~」
「私はワイトとともについて行きます」
「ゴーレム軍団にも異議な~し!」
「俺ら、亜人族や獣人族も住まわせてもらった借りがある。それを返すまでは消える訳にはいかないな」
みんなは次々に俺について来ることを誓ってくれた。本当にありがたいことだね。
「では諸君。戦いの時間だ。俺達のダンジョンを守ろうぜ!」
俺がそう言うと、了解という掛け声と共にそれぞれの場所に散って言った。
~~~~~~
1ヶ月半後。ダンジョンコア・フロア 執務室
『味方索敵機より報告!レーダーで感知した範囲で30万もの大軍だそうです』
『地上監視塔からの報告!地平線に敵の前衛を確認、砲撃の許可を乞う』
『壁上の大砲群、いつでも発射可能』
『城門近くにある町の住民の避難は完了』
『同じく城門近くの町に兵士の配置が完了。侵入しても防ぎきれる自信はあります』
『城門前の橋には障害物は無し。静かなものです』
教団の軍勢が動き出す前から準備を進めてきた俺達は、かなりの兵力を蓄えるようになっていた。
まず、ダンジョンコアのある所を中心に三重の壁を作ったのは周知の事実だが、その上には弾の太さが20.3センチある砲弾が撃てる榴弾砲を一つの壁に2千基。他にも、移動式対空ミサイル発射機や対空機銃を多数配置して陣地防衛に当たらせるし、一番外側の壁の外側には幅が100メートル、深さは10メートルの溝を掘り、その中には猛毒の水を入れてある。
通常時には金網や有刺鉄線などで区切ってあるが、戦争時にはそれが物凄い威力を発揮する。第一に、敵の進入経路の限定ができる。現在は東西南北に門を設けて幅20メートルの橋で毒水の溝に入ることがなく渡れるようにしているため、どうしてもそこに兵力が集中しがちである。
第二に、堀の底を敢えて脆くして地盤が弱くなったらその部分だけが沈むように出来ること。これは地下からの攻撃に備えることが出来るし、攻撃してきたら底を壊して水で塞ぐことも出来る。元々が毒水なので、触るとかなり苦しんで死んでいくようにした。
第三に、橋を渡る時には行動が制限される。橋の幅が20メートルというと、かなりの人数が同時に渡ることが出来るが、そうすると横への回避ができにくくなるという利点がある。城門の両脇には縦3列に重機関銃を配置しており、そこから撃ち出される徹甲弾で敵兵を穴あきチーズの如くに出来る幅にしておいた。
これらの兵器によって、歩兵には強くなったが騎兵や騎乗弓兵には弱いため、堀の外側から100メートルの範囲に地雷原を設置して早々近づけなくしている。近づいたら、汚い花火のごとくになるだろう。
そうなると今度は対地制圧力やダンジョンの防空戦闘がおざなりになるため、専用の航空機を用意した。
それは、A-10「サンダーボルトⅡ」(以降、サンダーボルト)とAH-64D「アパッチ・ロングボウ」(以降、アパッチ)の2つの機種に任せることにした。
サンダーボルトは純粋な攻撃機であり、イボイノシシと言われるほどの独特な外見をしているがその攻撃力が凄い。まず、機首部分には30ミリガトリング砲を備え、各種爆弾を合計6トンも搭載できるため、榴弾砲の射程圏外の敵を面制圧できる。
一方、アパッチは攻撃ヘリコプターとしてトップレベルの戦闘能力を備えている。これは、ヘリコプターの中でも多彩なミサイルを大量に搭載できる他に30ミリ機関砲を固定武装としているため、対地対空共に戦える攻撃ヘリコプターとして採用した。
ダンジョンを構築してから数ヶ月、ひたすら魔力をダンジョンポイントに変換してそういった自体に備えて行動してきた。壁を築いて掘りを作り、人を集めて都市にしてギルドを呼び込んで物流を築いた。
それによって、1つの都市というよりも1つの国としての循環システムが構築できた。上下水道を完備して、水の供給をすると同時に町をきれいにして病気の心配をなくし、ワープゲートを作って戦争時に周りを囲まれても物質転送によって物の流れを止めないようにできた。
食料に関しても、食料生産用のダンジョンを作って最適な状態で農作物や畜産などの生産を行っているため、食料の供給が外から出来なくなっても大丈夫なようにしてある。
外敵からはそれで対処するとして、内部の混乱には自警団を作って対処できるようにした。これは、亜人や獣人の中から力のある者や働きたい者を選んでソフィアに紹介して働いてもらっている。
彼らは争いによって追い出されたのではなく、安全に暮らせるような土地が欲しかったので別に人間を恨んでいたりはしていなかった。ただ、宗教的な意味合いで聖光教団は嫌っているため、亜人達はここでの働きを喜んでいるし、宗教的にも相性が良かった。
彼らはそれぞれに独自の神様を信仰しているため、複数の神様がいる冥王教にその神様を迎え入れてしまえばいい。ソフィアからは、根掘り葉掘り聞かれたが彼女自身は否定的ではなく、寧ろ肯定的な質問が多かった。唯でさえ、俺の中心に72人の神様がいるのに1人の神様に拘る必要はないらしい。
結果、内部の混乱には亜人や獣人達の他にゴーレム達も対処に加わるため、そんなに簡単には落とせない城になった。そのため、地上にある戦力をどれだけ持ってこようとも持久戦に持ち込めば勝機はある。
『!味方哨戒機から入電!敵の航空戦力を確認。種類はワイバーンです!』
「わかりました、数の確認を急いで。数によって対処を決めます」
『は、はい!』
どうやら、敵は相当な戦力を送り込んで短期決戦を仕掛けるつもりらしい。だったらこっちも短期決戦でケリを付けてやる。圧倒的な砲火によってだがな。
「あ~ぁ、魔王と戦っているのに進撃してくる兵員達がかわいそうだぜ」
「そう言いつつも嬉しそうですよ、マスター」
「そう見えるか、サガン」
「はい」
どうやら、俺の考えていることは表情に出やすいらしい。そうならないように努力しているのだがな。
「確かに、これが本格的な戦闘になると考えると準備して来た甲斐がある。だがそれは、あくまでも準備してきた範囲内でだ。それを越える状況になった場合、余裕をかましている場合じゃなくなるかもな」
「そうならないように祈りましょう」
「そうだな。では始めよう、化物の闘争を」
「はい」
そう言って俺達は、第1フェーズに移行した。
第3の壁 北門前の前線司令室
「始めるんですね」
「そうですね~、交渉に持ち込もうとしても彼らは聞き入れないでしょう。だったら圧倒的な力を見せつけるのが一番です」
「それで全滅するんだったら簡単なんだけど・・・」
「まぁ、そう簡単に物事が進まないのが現実だからのぅ。アスモダイ」
バエル、パイモン、アスモダイ、ウィネの4人は一番外側の城壁である第3の壁の近くにある前線司令室に来ていた。ここで指揮をとるのが最大の目的だが、それ以上に不吉な予感がするのだ。
「こんなに背筋が寒くなってくるのは生まれて初めてね」
「だったら事が起きる前にすぐに終わらせちゃいましょう」
「では、砲撃開始の合図を送ってもいいかのぅ」
「あっ、今来た。初めて大丈夫です」
それは、聖光教団の軍勢が突撃を開始した合図でもあった。こうなってしまうと、誰にも止められない大規模な戦いになってしまう。だったら、長引く戦争を早く終わらせる必要がある。
そのために、彼女達は迷わなかった。
「各部隊、攻撃開始!」
『了解!攻撃を開始します。各部隊、攻撃を開始せよ!』
バエルの合図とともに203ミリ榴弾砲から一斉砲撃の音が聞こえ、爆弾が地上に落ちで爆発する地響きがして、機関銃の繋がった発砲音があたりに木霊する。
そして第3者目線で見るとそれは火山の噴火のごとく、地面が爆発したかのように見えるのだった。
こうして、第1次宗教戦争が勃発して冥王教の圧勝で終わるのはこの時はまだ、誰も知らない。