大事にはしたくなかったが・・・
第5話 ダンジョンから国へ
結論から言おう。
ダンジョン防衛に成功した俺達は、鬼族と言われる人々から安住の地を求められた。俺は与える条件としてそれ相応のものを出す、との交渉で進めようとしたが彼らの状況を見て無理だと判断した。
何故なら彼女らは難民であり、戦える者の多くは彼女らを守るために死んでいった後だからだ。残っているのは彼らのリーダーであるリクトと名乗る男性を始めとして老人と子供、女性が多く、そして少数ながら男性も十数人ばかり。正直に言って、余りにも悲惨な状況に胸が張り裂けそうだった。
だが、だからと言って不要な同情はできないし、誇り高き彼らもそれを受け取らないだろう。ならば、彼らができる範囲内でダンジョンに貢献してもらう事にした。
幸い、ダンジョンコアは俺の魔力だけではなく、人々の満足感をも糧にしてダンジョンポイントを得ているようなので、彼女達の働き手を利用することにしたのだ。
とは言え、人間に迫害を受けた彼らにとって人間と一緒に暮らすことなどできそうにないため、第1の壁と第2の壁の間の場所で暮らすことになるだろう。幸いにもその場所は空白地帯なため、たかが百数十人人程度の人口ではあまりにも余裕がありすぎる。そのため、今後は獣人や亜人はこの地域に住んでもらうことになる。
人間と獣人や亜人との間には、俺達の配下である人型ゴーレムを使って中継させる。
彼らは、俺の鱗と魔力を貯めることの出来る粘土を使ってゴーレムを作り上げた。すると一定の知能を持ち、傍目からしたら人間にしか見えないホムンクルス・ゴーレムになった。
偶然の産物ではあったが、そんな彼らの数はざっと見た感じでは2万体以上。やや作りすぎた感じもするが、必要な時には戦闘もこなせる超人にもなるので作り過ぎて困ることはないと思う。
それと同時にゴーレムを作りすぎたために「ゴーレムの王」という称号スキルを最大レベルでゲットした。
説明によると、どうやらレベル1では低性能なゴーレムを10体以上を同時に操れる様になり、レベルが最大では数十万体を同時に操れるらしい。何はともあれ、これでさらなる戦力強化ができたことになる。
俺がそんなことをしていると、リクトが聞いてきた。
「何故、こんなにしてくれるんだ?見知らぬ人を見たら警戒するのが当たり前だっつーのに」
「んー、ただ単純に外の世界のことについて話を聞きたかったから、かな」
「ほう・・・!」
俺がそう答えると、リクトは心底驚いた顔をした。そのため、俺は言葉を続けた。
「俺はこの世界に生まれてから、この壁の向こうの世界を見ていません。東門から100キロほど離れた所にフィレンツェ王国の王都があり、少し前にはそこから軍隊が来たこともあります。だけど、その王都がどういうふうになっているのか走りません。だからあなた達からそちらの故郷のことを聞きたいのです」
俺がそんなことを言うと、爆笑された。
「ガハハハ、そういうことだったら任せてくれ。いつでも話してやるよ!」
「ええ、お願いします」
そうして男同士での熱い抱擁をして、それぞれの場所に戻っていった。
リクトはかなり、情に厚い男なのかもしれないな。
その後、約1ヶ月の間に多くの獣人や亜人達がやってきた。皆、各々の故郷を追われてここの噂を聞いてやってきたのだと言う。犬族、猫族、豹族、鷲族、鹿族などの多数の獣人の他に、数は少ないがヴァンパイア族やゴーゴン族などの悪しき種族と言われている人達もやってきたのには驚いてしまった。
ただ、話を聞いていると本来は人間にとって危険な地域だったのを、浄化魔法によって開拓を初めて来たために住処を変えざるを得なかったらしい。それらの話を統合すると、ただ単に人口増加で人間の生活圏が増えた訳ではなく、一神教の教義によって悪いものは自分達以外の者に転換しているように聞こえてきた。
転生した俺が宗教に口出しする必要はないし、する気もないので何も言わないが、これはいつか戦争になりかねないな、と感じてしまった。事実、前世の世界でも宗教的な価値観の違いから争いは絶えなかったし。
結論としては、彼らを放置する訳にも行かないので受け入れることにした。とは言え、そこで問題になってくるのはそれぞれの住処になるスペースの問題だ。
壁と壁との間は30キロ。面積は、60キロ分の面積から30キロ分の面積を引くとざっと約2120平方km。日本の持ち家は1戸当たり125平方米なので、壁の間に敷き詰めればおおよそ1万7千戸が建てられる。だがダンジョンやら何やらを作るため、実際にはその5分の1ぐらいまでの数値にしたい。
そのため、住宅は3300戸程にまでにするがそれでも多いと思ってしまう。そうすると、入れられる人数は1戸あたり4人家族とすると最大で13,200人ぐらいまでしか収容できない。現在の亜人や獣人達の人数は合計で2千人ぐらいになるため、遠くない将来には満員になってしまう可能性がある。
「完全にしくじったなぁ・・・」
「だったら拡張すればいいじゃない」
俺が頭を悩ませていると、アスモダイが簡単に言ってきた。
「そんな簡単に言ってくれるなよ・・・」
「あら、どうして?」
俺が拡張にかかる手間暇を説明すると、
「マスター、1つ忘れていることがあるわ」
アスモダイが呆れたような顔で言ってきた。
「それは何だい?アスモダイ」
「私達の事、忘れたの?」
「・・・あっ」
そうだ、すっかり忘れていた。彼女達がソロモン72柱だということに。
1ヶ月後、彼女達の力を総動員して夜中にダンジョンを囲っている壁を拡張した。
何故、1ヶ月後にしたかというとその方が混乱が少なくて済むからだ。
いきなり拡張すると距離や位置などに混乱が生じて大騒ぎになり、収拾がつかなくなるからだ。それらの騒ぎを押させるためにも、商業ギルドや冒険者ギルドに予め通知しておいて拡張当日は取引やダンジョン攻略を避けてもらうようにしてもらった。
その結果、拡張後の混乱はそれほどなく、拡張に乗じて馬鹿騒ぎを起こそうとした連中を2組ほど捕まえる程度で済んだ。その2組が、フィレンツェ王国の諜報部員だった知ったのは数日後だった。
ダンジョンコア・フロア 執務室
「何?経典を作って欲しい?」
壁を拡張してから数日後、意外な要望が上がってきた。
「ええ。彼らは教団の不正に呆れたけど、宗教的な思いで動いているからどうしても必要だって」
ふむ、経典か。バエルが言うようにこの世界は一神教が一般的であり、宗教が生活の一部になっている所があるから必要なんだな。とは言え、経典なんか今までに作ったことがないからなんとも言えない。
「ふーむ、経典を作るにあたって必要なのは新しい事なのか、それとも正しい事なのか・・・」
「そんなの決まっているじゃない。正しい事よ」
「それだったらやりやすい」
元々、俺は文章を書くのは好きだったのだ。目的がはっきりしていれば、やりやすいことにこの上ない。彼らは元々いた宗教の不正に呆れ、絶望した者が多い。ならば、心の拠り所としてのあるべき姿をそのまま伝えるのが一番いい。そうして、一晩で一通りの内容を書き上げた経典にはとある加護が付与された。
『冥王の経典』
冥王が思いを込めて作った経典であり、如何なる力を持って破壊することはできない。その経典の所有者には闇属性耐性が付与される。所有者が冥王教信者ならば闇魔法が使えるようになる。
やりすぎてしまったかもしれない。
~~~~~~
フィレンツェ王国・王都 執政室
「何ぃ!?諜報員が捕まっただとぉ!?」
「3組中の2組、合計12人が捕まったという報告です」
ロンメル国王はダンジョンとの正面衝突を避け、内部から破壊活動を行わせようとしたが突然の拡張騒ぎによって計画の変更を余儀なくされて行動した結果、捕まってしまったのだ。
「こうなってしまったら、破壊活動は難しくなるだろう」
「で、では・・・」
「暫くは傍観とする。各部署にもそう伝えろ」
「は、ははっ!」
そう言って部下が執政室から出ていくと、ロンメルは席について深い溜め息をついた。
「喉元にダンジョンの脅威があると、うかうかとはしてられんな」
そのつぶやきは誰にも聞こえること無く、消えていった。
~~~~~~
「これより、この一大ダンジョンによって構成された国を『神聖ハデス教国』と改め、冥王教を国教とすることをハデス様の下僕たるソフィアが樹立を宣言いたします!」
冥皇竜をトップに据えた集団を教団の信者にしてから約1ヶ月。その間にダンジョンの拡大を行った結果、教皇が入れ替わってしまった。
まさか、経典を作って渡した次の日にこれをやるとは思っていなかった。それに正直に言って、のんびりとしたタイムスパンで作っていたダンジョンが、国になってしまったら色々と面倒になるんですがそれは。
後、自分の名前を使って国の名前を決めないでほしかった。
「一体、どうなっているのさ、あれ」
ダンジョンの拡張は、近くにある王都に近づかない形で直径が50キロほど増やした。これによって壁の間は50キロずつになり、均等な広さになったといえるだろう。それまでは、一番外側を40キロにして残った幅を半分に割って区切っていた。すると、計算が必要な場合に面倒だったから一律の幅にした。
結果、直径がプラス50キロという大幅な拡張をしたが特に騒動もなく、順調だった。そう、順調だったんだよ。過去形になっているのが重要。
理由は、拡張と同時に信者達の教会を作って経典と一緒にあげたら物凄く喜ばれた。すると一晩で下克上が発生して、司祭風の青年から気品のある10代半ばの少女に変わったではないか。
何故かと言うと、司祭風の青年は冥皇竜に認めてもらった途端に自堕落的な生活を送り始めたため、下克上が発生したらしい。彼は一体、何をやりたかったんだ。
ともあれ、本来の教皇というのは男性にしかできないはずなんだがあの少女以外に人を引っ張ることの出来る人材がいなかったため、教皇の代行になったらしい。まぁ、普通に暫くは頑張ってほしい。
「彼女、元々はとある国の王女様だったらしいわよ?」
「そうなの?」
俺の質問に対して、教皇の代行である彼女と話し合ってきたバエルがそう言った。
「ええ。魔王によって攻め滅ぼされたアトリア王国の第一王女で、彼女の肉親は全員死んでしまったらしい」
「・・・魔王もやりやがるなぁ」
話の詳細を聞くと、アトリア王国というのはエルフとの関係が良好なため、今までは平和に暮らしてきたそうだ。しかし、ここ数週間で大きな勢力になった魔王の軍勢に激戦を繰り返していたそうだ。
彼女達は地形を活かして善戦していたが、多勢に無勢である魔王軍に押し切られるように侵攻を許して王都まで接近させてしまった。こうならないように、前もって異世界から素質を持った人間を召喚して訓練をさせていたが、それまでの戦闘で消耗しきっていて使い物にならなかった。
その結果、いともたやすく王都への侵入を許して命からがら逃げてきた、という事らしい。その間に、異世界から召喚した人間も両親も兄弟も殺されたらしい。しかもえげつないやり方で。
「そいつは災難だったな」
「ええ、ひどいやり方よ」
俺達が話し合っていると会議が終わったらしく、電話のアラームが鳴った。
「はい、こちらはダンジョンフロアですが」
「ソフィアです。今からそちらに行ってもよろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。はい、はい、ではいつもの場所で」
一通りの内容を聞いた俺は、場所を指定してそこに向かう事にした。
「彼女はなんだって?」
「どうやら、今後のことについて検討したいらしい。そうしないと信者達との連携が取れないんだと」
「ふーん」
バエルは納得したように頷いた。
「バエルも来てくれ。今回はちょっとばかし重要だから」
「はいよ」
そう言って、俺らは地上の“元”ダンジョンに向かった。
地上にあったダンジョンはエンシェント・デュラハンロードのセルティが管理していたが、壁の拡張時にいずれは必要になるであろうと予測して、本物の王城形式の建物に変化していた。
拡張前まではダンジョンの形を残していたが、あまりにも誰も来ないから拡張の際に魔物達はリストカットして建物の維持に必要な魔物だけにして管理していたと言う。そのため、多少の改装で俺達の本拠地に早変わりした。と言っても、本来の本拠地は地下にあるため、これは見栄えを重視した結果だ。
ともあれ、信者達の評判が良いため、人口増などで人がここまで来ることになったら彼らもここに住まわすつもりだ。それまでは一番外側の壁の間で我慢してもらう。そうでもしないと、不平不満が出るし。
そんな訳で、話し合う場所は地上2階部分の会議室になる予定の部屋。そこでバエルと一緒に待っていたら、ドアをノックする音が聞こえた。
「ソフィア様が参りました」
「通せ」
どうやら来たらしい。そこで俺は、気を引き締めて交渉に当たることにした。
何故なら、彼女は自分の国を取り戻す覚悟をしてここに来ているらしい。ならば、生半可な交渉術も言葉も必要はない。そこにあるのは、お互いが己の利益を得るための議論だった。
「では、そういうことで」
「はっ、畏まりました」
2時間に及ぶ議論の末、当面は魔王を敵対勢力と見なして行動することになった。しかし、周囲には味方の勢力がない以上、すぐに攻撃をしても戦線の維持は困難だとして様子を見て行動に移すとした。
それと同時に、教国の中核を担うダンジョン経営は俺個人が所有しているので特に変更はなく、商業ギルドや冒険者ギルドとの交渉事はこちらから人材を派遣して彼女らにも手伝わせることにした。そうしないと割に合わないし、彼女達もやりたがっていたからそういうことにした。
一方、神聖ハデス教国の樹立はすでに国内外に広めてしまったため、それをなかったことにはできなかった。だが、樹立によって予想された取引の停止やダンジョン攻略に変化はなく、逆に歓迎された。
なぜなら、国家経営に必要な経費の1つである関税は国家間での関税よりも低いし、何よりそれ以上に自分達の利益が出ているのだから停止させる必要はないとの判断だった。寧ろ、樹立に反対しているのは一神教の教団である聖光教団とそれに付き従う幾つかの国だけだった。
ダンジョンが出来る前の森を所有国していたフィレンツェ王国は、意外にも中立の立場を示していて教団が参加を要請しているのを渋っている。それは教団と王国との確執を表しているのだが、それが何なのかまではわからないという話だった。
ともあれ、これからは多数の国の動きまで考えなければいけないからより一層、慎重に行動しないとダンジョンが崩壊する可能性すら出てくるから大変だ。しかし、現段階では俺達の本拠地であるダンジョンコアにまで人が来てないからまだまだやれる要素はある。
だから俺は今の内に打てる手を打とうと考え、行動に移した。