動き出した魔王軍
第1話 嵐の前の何とやら
「それで状況は?」
『魔王軍は帝国領内を侵攻中、国境から50キロ先まで進撃しています』
俺達は帝国軍の主力部隊が負けたという報告を受けた後、ワープを使って帝都から神聖ハデス教国のダンジョン本部に戻った。
幸い、学園の方ではその報告があった瞬間から里帰りをしたいという生徒が大勢いたため、俺達もそれに便乗して里帰りの申請をした。
すると、本当は残ってほしそうだったホライズン先生や他の教師陣の目線をスルーしてねじ込んだ。
理由は、ホライズン先生だけならまだわかるがお前らはさんざん妨害工作してきただろ、という事で目線で威嚇したらその教師陣は目を逸らしてくれたからだ。
そんな訳で申請が許可されたため、俺とバエル達は自分達の本拠地であるダンジョンに戻って状況報告を受けていた。
「・・・?帝国軍との戦いの場所はどこだ?」
『帝国の国境から20キロの地点です』
「進撃速度が妙に遅いな。いや、こんぐらいの速度であっているのか?」
「そうですね~」
中世ヨーロッパの歩兵の速度が、1日に8キロぐらいでギリシャ・ローマ時代では25キロも移動できるため、一概には言えないがパイモンの説明によると魔王軍も1日に25キロも進むらしい。
(俺の配下からの報告が正しいのなら、途中で複数のゲリラからの攻撃でも受けているのか?いや、帝国軍の主力を撃破するほどの数なら数の力でなんとかなるはずだ)
俺は魔王軍の行軍の遅さを疑問に思って、帝国軍と魔王軍の兵力を聞いた。すると、
「魔王軍が50万人もいるだって~!?」
と、そんな報告を聞いた。
50万の兵力って言うと中世ヨーロッパの総人口の内、大体0.6%から1.1%ぐらいの割合であり、それと同等の人数を集めたとしても魔力や筋力で勝る魔王軍の方が勝利するレベルだ。
現代日本の総人口が1億2000万人として当てはめれば、魔王軍は72万人から132万人の兵力となるため、自衛隊の人数の3倍から5倍になる計算だ。
そんな大部隊を動かしているのだから、動きが遅くても当然な訳だ。と言っても、悠長に構えていられるほどの進撃速度でもないがな。
対する帝国軍は総兵力で30万人となっているらしく、その内の3分の1である10万人の兵力と戦いの場所となった地形を利用した陣地を構築していたのだが、結局は数の暴力によって押し切られてしまったらしい。
それでも、彼らの人数以上の15万もの魔王軍の兵士を討ち取ったからのだから賞賛されるべき戦いなんだろうな。
それでも負けたのだから、帝国側はかなり危険な状態に陥っているのには変わりない。
何故なら、魔族に堕ちた第3王子とは別に第1王子と第2王子がその戦いに参加したらしく、その両方が魔王軍に討ち取られてしまったのだから、今の帝国には跡継ぎがいなくなってしまったのだ。
一方、第1王女は帝都から西側の区域で戦姫として有名であり、多くの領地を持っているのだが彼女に夫がいないので帝国としてはそう簡単に戦いには出せない。
第2王女は魔導士として有能で、先の戦いに参加したが戦闘が始まってから早い段階で負傷してしまったため、戦線を離れていたが帝国軍が負けた後で兵力をまとめて退却した。
しかし、魔王軍の追撃で多くの将兵を失ったために深く後悔しているとの事だ。
第3王女は研究熱心な女性らしく、軍事関係や国際関係に疎いために戦力に換算されてないとの情報が入ってきている。
何が言いたいかというと、現在の帝国は非常に危険な状況に追い込まれている、という事だ。
「帝国からの救援要請は?」
『今の所、ありません』
「貴族社会の弊害でしょうかね~?」
「寧ろ、私達の情報伝達が早すぎるのよ」
「ネットワーク通信だっけ?ハデスが生み出したのは」
「あれは凄いのぅ。ダンジョン内でもすぐ目の前でやり取りをしているように出来るんだからのぅ」
「えぇ、おかげで随分と楽になったわ」
俺達が話しているのは、前世でいうところのデータ通信やボイスチャットにようなものであり、大陸各地に派遣しているホムンクルス・ゴーレムとのやり取りを便利にしてくれる道具だ。
これのおかげで、その都市の建物の配置や戦略上で必要になりそうな情報を効率的に収集できるメリットがある。
その反面、それ専用の機材の設置場所を選ばないといけないから安定的なやり取りに時間がかかるという面があるかな。
「わかった。引き続き、帝国の状況を監視しながら変化があれば報告してくれ」
『了解』
俺がそう言うと、ヴィクターは通信を切った。
彼女は現在、ゴーレム本部で人口密集都市の治安維持と反乱組織への防衛措置、そして外国への諜報活動を取り仕切っている存在である。
そのため、そう簡単にダンジョンコアがある場所にまで来させる訳にはいかないから音声と映像が一緒の使える通信機器を使ったやり取りをしていたのだ。
それはともかく、現状では特にこれと言った手を打てる訳でもないし、打つ必要もないからバエル達は俺の指示を待っていた。
今までのやり取りを判断材料に使った俺は、
「よし、まずは休もう。話はそれからだ」
と、いう判断を下した。
これと言って、大きな動きとかもないから暫くはのんびりする時間が取れるし、あったらあったで報告が上がるしね。
「ちょっと待ってハデス」
「この期に及んで頭がおかしくなったんですか~?」
「元々、のんきな性格だから現実を受け入れられずにトチ狂ったんじゃない?」
「確かに50万の兵力は現実的ではないのぅ・・・」
「聖光教団の兵でも30万人でしたからね」
「ひでぇ言われようだな、オイ」
俺の判断にバエル達は、塩対応と言うか辛辣に意見を言ってきた。
それも当然で、さっきも言ったように50万という魔王軍の規模を前世で例えるなら兵隊の規模は第2次大戦時のソ連軍と同等で、それに同じ時代のドイツの技術が組み合わさったようなものだと思っている。
対して、人間側としては最大の規模を誇っている帝国は第2次大戦時のポーランドかフランス程度の実力だと思っている。
陣地やその場所の条件が合えば、魔王軍と対等に立ち向かえるがそうでないとまともに戦えない程の実力の差がある。大国である帝国ですら、その程度だから俺達の国以外の国は押して図らずだな。
そんな人間が、どうして全滅を避けて生き残れたかというと勇者を召喚して魔王を倒してなんとか凌いでいたらしい。
勇者を頼った戦闘をしていたため、魔法陣の技術は遅々として進まずに今の国家関係が構築してきたとの事だ。全く持って、おめでたい考えをしていたものだ。
何故なら勇者達は既に召喚された上に、俺達と聖光教団との戦いで行方不明になっているのだからな。
それに、新たに勇者が召喚されたという情報が諜報部から上がっていないのと同時に召喚に必要な魔力が圧倒的に足りていないとの事だ。
学園で見た魔法陣を中心に考えるなら、俺が保有している魔力を全て使っても1人から2人までが限界だろう。
という訳で、大陸にいる人類は全滅の危機にさらされておる状況だ。
昔の俺なら“あばよ、とっつぁ~ん”って感じでとっとと逃げているのだが、今は守らないといけないものを持ってしまったからそうも言ってられない。
昔から友人には、詰めが甘いだの何だのと言われていたがこの世界でも本来の性格はそうそう変わらないという事か。
そんな訳で、俺はこう説明した。
「同盟国とは言え、国家の存亡の危機が迫った時に無条件で救援を出すと言った条約を結んでいないから無理に動く必要がない。だから向こうが救援要請を出さない限り、無理に動く必要はないんじゃないかなー、と思って言ったんだがな。
じゃないと、無償で動いてくれる国だと勘違いされそうだし」
「そういう事だったら別にいいかな」
「そうですね~」
「その代わり、動く時はちゃんと動くんでしょう?」
「アレマーニャがどうなっても知らんが取引先が1つ減るのは面白くないしのぅ」
「カレンちゃん達ともまた会いたいですしねぇ」
俺がそんな事を言うと、彼女達は納得したように行動に移してくれた。
~~~~~~
「・・・おぉ、ハデス様じゃ」
「ハデス様が帰っておられる・・・」
俺がいるのは、ダンジョン本部の近くにあるカフェテリアのオープンスペースの一角だった。そこで俺は、のんびりとコーヒーを飲みながらうたた寝をしているのだがさっきから外野がうるさいな。
当然といえば当然なのだが、春先で出発した俺達は夏休みという長期休暇で可憐たちを俺たちのダンジョンに招いたぐらいでは帰ってこなかったからな。非常事態なのかと、噂になっているのだろう。
それに、外からやって来る冒険者や商業ギルドのメンバーによって魔王軍がどういう奴らなのかという話もこの国には流れてくるから、それが余計に住民の不安を煽っていると推測される。
早く帰ってきたのは早計だったかとも思うのだが、魔王軍の勢いが増してくると予想される中で呑気に授業なんか受けられるかとも考えてしまう。
それに、この国とダンジョンは俺にとっては実質的な実家な訳でそこが襲われているのに、他の場所でぬくぬくと生きていけるほどの豪胆さはない。
そんなふうに考えながらうたた寝をしていると、
「あ、あの~・・・」
「ん?」
可愛らしい声で、声を掛けられた。
そのため、俺は目を開けて声のした方に顔を向けるとそこには10歳ぐらいの少女がいた。
「どうしたのかな?お嬢ちゃん」
「あの、これ。どうぞ・・・」
そう言って渡してきたのは、1つの花束だった。花言葉が感謝と応援の意味を持つ花が中心となっているため、俺が疲れているのではと気遣ってくれたのだろうか。
別段、俺自身が疲れている訳ではないのだがなぁと思いつつ、席を立って中腰になって「ありがとう」と言いつつ、その少女から花束をもらった。
その瞬間、その少女は俺の頬にキスをしたため、チャッカリしているなぁと思ってしまったのは内緒だ。
その後、その少女はカフェテリアから猛ダッシュで母親の元に戻っていったため、彼女達も含めて周囲の人達に手を振ったら周りから歓声が上がった。
これで、少しは安心させる事が出来るだろうか。
俺はそう思いつつ、ダンジョン本部に戻っていった。
~~~~~~
アレマーニャ帝国 帝都
「魔王軍、国境からさらに西へ侵攻中!」
「途中にある城という城から救援要請が来ています!」
「陥落した城からは難民が続々と帝都に向かって行進しているの情報です」
アレマーニャ帝国の帝都にある王宮では、東から魔王軍が攻めてきている事を伝える伝令が多数、寄せられてきているために大混乱となっている。
帝国軍の主力である騎士団が壊滅した以上、魔王軍に近い城は籠城戦を強いられているがそれには限界があり、陥落して多くの命が虐殺された事も上がっている。
そのため、これ以上の侵攻を防ごうとしても先の戦いで多くの貴族階級の当主や子息が戦死しているために、多くの貴族は無駄な兵力を抽出してまで死地に向かわせることを渋っているのだ。
そのため、王宮内では帝都を放棄して西側にある第1王女が住まう城まで後退する計画まで持ち上がっていて非常に混乱している状況だ。
その中の一室にいる少女達は、他人事のように聞いていた。
「こんな時にハデスがいてくれたら状況は変わってくるのだがな」
「ふん。あいつは帰省届けを出した後に行方が知れていないが、そう簡単に死ぬような奴ではないのは確かだ」
「あぁ、奴の知り合いが経営しているという神聖ハデス教国のダンジョンをスイスイと進むような奴だからな」
桁違いの強さを持っているハデスを知っているカレン達にとっては、この状況を覆す事すら簡単にやってのける姿を思い浮かべる。
それでも、神聖ハデス教国のダンジョンに案内された時は度肝を抜かれそうになったものだ。
何故なら、今までのあらゆる国にあるダンジョンよりも地形的にも出現するダンジョンモンスター的にも難易度が遥かに高いため、攻略したものが誰一人としていないという話だ。
ハデスから直接、訓練を受けたカレン達も苦労しながらダンジョンの階層を進んでいったが、一般の冒険者よりもハイスピードでありながら今までで一番深い階層まで進めた。
そのため、以前よりも遥かに強くなった事を実感したのだがハデスやバエル達は彼女達をはるか上を行く存在だった。
私達が10階層でバテたのに、彼らは同じ階層にいながら息が上がっていなかった。
それだけでも十分な実力を持っているのがわかったのにその上、一気にダンジョンの入口までテレポートをして見せたのだ。
「・・・あれだけの事をしてのけるのだから、ダンジョンマスターの知り合いだとは些か無理があるように思えるのだがな」
「それだけ、公には発表したくないという事だろう」
「後は、私達に気を使わせたくはなかったとかな」
ギレンとクノンがそう言うと、私達の間で笑いあった。それだけ、ハデス達との日常が楽しかったのと刺激的だったのだ。
だが、彼はもういない。
圧倒的な魔力と技術を持つハデス達は、自分達の国に帰ってしまった。そして彼らは、私達を助けには来ないだろう。
そう考えてしまうと、笑えない未来が待っていて彼女達の気持ちを暗くしてしまう。
彼女達に待っているのは、絶望か希望かはまでは今はわからない。
~~~~~~
魔王軍本部
旗色が悪い帝国とは打って変わって、魔王軍では連戦連勝での賑わいを見せていた。
彼らにとって勇者の話はさんざん聞かされていたし、長い命を持つものが多い魔族は魔王を倒された場面を直に見た者が多くいた。
だが今の所、勇者がやってくる見込みはゼロに近い上に人類で最大と言われた帝国も思った以上に強くないと気が付いたからだ。
確かに、多くの同胞を失った痛みはあるもののそれ以上に多くの戦士や魔導士を打ち倒して女子供を蹂躙していく事で憂さ晴らししているのだ。
それは端からすれば、山賊とそれほど変わらないがその中の本陣にいる人物達は山賊とは無縁のような姿をしている。
本陣の中でも一番大きい天幕にいる人物達の中で、最初に口を開いた人物がこう言う。
「この戦いで最も恐れていた存在は確認されていない」
だが、その言葉に反論がすぐに付いた。
「勇者なんざ、どっかの国で行方不明らしいよ?」
「だからこそ、我々に対して奇襲が有効だった。だがそういった動きが観測されない以上、我々はもっと迅速に動くべきだ」
ハデス達も気にしていた事ではあるが、魔王軍の行軍速度が異様に遅いのは勇者による魔王軍本陣に対しての奇襲を恐れていたからだ。
魔王というのは魔族の中でも1番強い魔族がなれる存在であり、通常の軍隊では叶わない存在でもある。
しかし、その魔王に対して刃を向けて戦うことが出来るのは勇者や勇者と同じ実力を持つ者であり、特に勇者は魔王に対して脅威の存在である。
しかし、勇者やそれと同等の力を持つ存在がいない以上、これ以上の警戒態勢は無駄だと判断した。
そのため、魔族やその幹部達は勇者の出現を警戒していたが杞憂で終わるとの見方を示した。
これによって、一気にアレマーニャ帝国の帝都まで進撃して陥落させようという作戦を実行に移す形になり、この動きを察知したアレマーニャ帝国は神聖ハデス教国に救援要請を出すのであった。




