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神霊界の秘密






                   大山の告白


 飛神老人の死により、警察は刃傷事件から殺人事件に切り替える。犯人は飛神重徳と断定。彼の居場所を捜索するも、行方は知れない。しかし捜査の線上に浮かびあがったのは、大山勝之47歳である。

 飛神徳治の証言から大山はいつも飛神重徳と行動を共にしていた節がある。

 岐阜県警は愛知県常滑警察署の協力を得て、大山の調査を行う。彼は常滑市山方町6丁目の借家にいた。

重要参考人として任意出頭を求める。

 大山は大柄で無精髭を生やしている。髪はボサボサで扱いにくい風貌をしている。眼は大きくて、人を威嚇するようにギョロリとしている。

 しかし性格は外見と大違い。大人しくて小心者である。短慮で、粘りがない。警察から任意同行を求められると唇をわなわなと震わす。大きな眼はおどおどして宙を泳ぐ。

 常滑警察署の2階の取調室で、岐阜県警の担当官の事情聴収を受ける。大山は大きな体を小さくして、聞かれもしない事まで喋る。その内容は飛神部落まで伝えられる。

 松本や飛神徳治が眼を剥いたのは、松本悦子こと、飛神悦子を常滑まで連れて行ったのは、飛神重徳である事だ。また彼女とその夫を殺したのも彼であることを知る。

 松本は両親は交通事故で死んだと聞かされている。彼の心は衝撃の大きさで失神するほどだった。


 昭和43年(1968年)大山は常滑高校を卒業すると、自由気ままに生きたいと言って家を出る。

 昭和40年代に入ると、常滑の陶管造りは下火となっていた。需要はあるものの年々減少傾向にあった。

当時、諸物価は上昇の一途を辿るが、陶管製造に従事する人達の給料は横ばい状態であった。それに加えて、仕事のほとんどは手作業でしかも重労働だった。辛くて汚いし給料が安いときて働き手が減少していた。

大山の父は昔から陶管製造に携わっていた。大山は毎日の重労働が性にあわず、家を飛び出したのだ。以後彼は各地を転々とする。

 昭和46年、彼は飛騨高山にいた。観光地では、色々な観光土産を売っている。それらの物産品の卸販売会社の運転手として働いていた。彼の仕事は観光地の販売店に土産品を運ぶことだ。

 その年の春に、大山は飛神重徳と知り合う。彼は飛騨船山スノーリゾート施設で働いていた。2人とも性格がおおざっぱだ。その上仕事や生活に不満を持っていた。各地を転々とするのも、自分の気に合った環境を求めようとするからだ。

 2人は意気投合する。だが2人には決定的な違いがあった。大山はおおざっぱで威勢が良いが小心者だ。片や飛神重徳は短絡的に行動を起こす。目的のためには手段を選ばない、冷酷な一面を持っている。

 2人は日増しに親密な付き合いとなる。

飛神は一杯入ると、世に受け入れられない、鬱積した心のはけ口を大山に向ける。

”自分の先祖は天皇家よりも古い”それだけではない。古代においては日本の支配者だったというものだ。

 こういう話は、聞かされる方が辟易する。大山は一杯おごってもらう代わりとして聞いている。

やがて”位山に地下にご先祖が残したお宝が眠っている”と話が大きくなる。

 大山は最初の内は馬鹿臭いと聞き流していたが、古文書を突き付けられると”あるいは・・・”と考え直す。

―――俺は位山のお宝を掘り出す―――飛神重徳の三白眼がギラリと光る。お宝の在処を示す”カギ”を妹の悦子が持っているようだと語る。

 父親の善蔵は俺を毛嫌いしている。お宝を悦子に譲るらしいと、熱い息を吐く。


 昭和40年代、飛神部落は農業以外満足な収入の道がない。中学か高校を出ると、子供達は長野の市街地や名古屋、東京などに働きに出る。

 飛神重徳は父親を言葉巧みに口説いて、高校を出た悦子を常滑まで連れていく。

 飛神悦子が高校を出た昭和47年当時は、まだユニー常滑店はなかった。ユニー常滑店で・・・という大山が松本に語った話は嘘であった。

 事実は、飛神重徳に頼まれた大山は両親に飛神悦子を預ける。当時常滑は陶管製造が下火になっていた。代わりにアメリカへの陶芸品の輸出が盛んだった。洋人形の絵付けの仕事なら、引く手あまただった。

 大山の両親は大山自身が語ったように心優しい人だった。息子がぐうたらで家に寄りつかない。代わりに娘が出来たと喜んでいた。飛神悦子は大山家の養女となり、大山の姓を名乗る。

 絵付けの仕事は朝9時から昼の3時まで。仕事が終わると夕食の支度のため家に帰る。

”よくできた娘”大山の両親の喜びは大きかった。

 だが幸福は長くは続かない。飛神重徳が1か月に1,2回やってくる。

「親父に何か聞いているだろう」しつこく尋問する。

悦子は何も聞いていないと答えるのみ。猜疑心の強い飛神は大きな体をゆする。威嚇する眼つきで悦子を睥睨する。大山の両親が仲に割って入る。飛神を追い出そうとする。だが飛神の腕力にはかなわない。

 飛神の短絡さは、悦子への打擲となってあらわれる。

1年後、悦子は大山家を出る。大山の両親は泣いて別れを惜しむ。悦子は大山家の一員として、大山の姓を名乗る。

 悦子と同様に飛神部落を飛び出して、岐阜で働いていた友人の紹介で、悦子は郡上八幡に現れる。料亭で下働きとして働く。そこでコックの見習いとして働いていた松本亮吉と知り合い、結婚する。

 郡上八幡は飛騨高山に近い。悦子が料亭で下働きをしているとの噂が飛神部落に拡がる。それを飛神重徳が見逃す筈はない。2度、3度と料亭に現れるに至って、悦子は夫と共に、郡上八幡を出奔。小田原の亮吉の弟を頼って、アパートを借りる。

 一子満が誕生。

 飛神重徳は悦子夫婦の行く先を、親類縁者の元と睨む。

間もなく、松本亮吉の弟夫婦の近くのアパートにいるのを突き止める。

 だが―――彼は2度の失敗に懲りて、彼らの前に姿を現さなかった。彼は、悦子が父親の善蔵から一子相伝として先祖伝来の宝物の在処を聞いているとするならば、書物に託しているに違いないと推測する。

 悦子夫婦は軽4の貨物で配達の仕事をしている。配達物は小包、小荷物などである。数をこなすため、夜間の配達などで、朝が早く、夜の帰宅が遅い。子供の満は小学生。夕方4時頃にしか帰ってこない。

 飛神は綿密な計画を立てる。悦子たちの行動は、大体は小田原市内と、その郊外だ。同じ場所を2度3度と走ることもある。

 飛神は湯河原町で車を盗む。警察に盗難届が出ても、見つかるまでは間があると考えた。

 小田原市街の南に”いこいの森”がある。そこに水之尾というところがある。住宅が密集して、側に国立療養所箱根病院がある。

 彼は悦子たちが週に2,3回ここに配達するのを知る。

JR小田原駅近くに競輪場がある。そこから約3キロ西にいこいの森がある。道路は蛇行している。途中に崖地があり、予防柵もない。日中は車の通行も少ない。

 飛神はそこで悦子達が来るのを気長に待つ。

 松本満が10歳になった秋のある日、運命の日が訪れる。競輪場の方から悦子たちの軽四が坂道を登ってくるのを双眼鏡で確認する。崖地は曲がり角にあって、登り下りともに前方の確認が難しい。

 飛神は崖地に面した道路に向かって、勢いよく下っていく。曲がり角で悦子たちの車と、あわや正面衝突かと思われた。軽四を運転していたのは悦子の夫、亮吉だ。彼は咄嗟の事で、ハンドルを右に切る。勢い余って15メートル崖下に転落する。

 飛神は転落した軽四に近ずいて、2人の死を確かめる。2人の手荷物やポケットを探る。財布には免許証、携帯電話の他にアパートの鍵しかない。彼は舌打ちするが、思い直して、2人の住むアパートに忍び込む。

 アパートは日中は閑散としている。家財道具、机などを探るが、飛神善蔵から託された”もの”は見つからない。彼は悦子が何も託されていない事を理解する。彼は古文書を盗み出して、位山に眠る先祖の秘密を見つける事に専念する。

 時が流れる。松本満が中学を出て常滑の大山の家に姿を現す。びっくりしたのは大山の方だ。松本を飛神部落に連れていくとしたうえで、大山は飛神重徳に連絡を入れる。 

 当時、飛神は名古屋市瑞穂区の市大病院前のアパートに住んでいた。大山は松本を近くの喫茶店に残して飛神と相談する。

―――飛神善蔵には、悦子の子供を渡して、位山のお宝の事をききだせ――

 ただし無理強いはしない事。飛神善蔵が首を縦に振らなかったらそのまま引き返す事。

 大山は飛神重徳に言われたとおりに行動する。そして大山の行動が不発に終わったと知った飛神は最後の手段に出る。


 大山の供述によると、飛神重徳は自分の父親を脅迫する事はあっても、殺すことは考えていなかった筈と答えている。彼は気短なので、かっとして刺したものと思う。

 大山は事件当日、常滑の喫茶店にいたことが判明している。事件に関係なしとみて釈放されたが、2度と飛騨高山に現れることはなかった。


                     黄金の女王、卑弥呼


 飛神雪絵は7月の夏休みを節目として豊橋の中学校に転校する。

住所は天源教豊橋支部のある神ヶ谷郊外の近く。石巻神社を右手に望む高台である。近くに自然科学資料館がある。そこに横山の住むアパートがあった。あったというのは、4畳半と6帖の2間なので、横山と松本、飛神雪絵が住むのには狭く、鮫島教祖の手配でその近くに一軒家を借りたのだった。横山や天源教豊橋支部の信者が松本と雪絵の面倒を見る事と、生活費すべてを天源教が負担することになった。

 「そこまでしてもらっては」と雪絵の父が恐縮する。

「位山の土地を、ご無理にお願いして貸してもらいましたから」せめての恩返しと、教祖は腰が低い。

 問題なのは雪絵が通う中学校である。神ケ谷から1キロ程南に行ったところに盛岡市がある。徒歩で通学できる距離ではあるが、いつ飛神重徳に狙われるか判らない。横山の車で通学することになる。


 松本と雪絵が豊橋に行く日は8月のお盆休み中と決定。雪絵の両親が2人を車に乗せて走る。先導するのは横山と鮫島教祖、末次、教祖のボディーガード2人。

 国道41号線に乗る。下呂、八百津、美濃加茂、犬山を走る。小牧から東名高速道路に入る。豊川インターで降りる。国道151線を走り豊橋市街地に入る。神ヶ谷は眼と鼻の先となる。時間は途中の休憩を入れて、3時間半。

 運転は雪絵の父。助手席に松本。後部席に雪絵とその母。

「パンドラって、どういう人なの」

 松本は飛神老人刃傷事件の時、天源教本部で末次から色々と聞いた事を話す。天源教の教祖はギリシャ神話と日本神話がよく似ていると話している。とすればパンドラに相当する神様もいていいはずだ。末次に効こうと思ったが、聞かずに終わっている。

 雪絵の父は大人しくて柔和な表情をしている。ハンドルを握る手はささくれだって、くるぶしも大きい。典型的な百姓の手だ。

 現代は農耕器具の機械化で農作業の手作業が少なくなっている。それでも、飛騨地方の奥地では昔ながらの手作業で稲刈をしている。

 松本と雪絵は白のトレーニングパンツに半袖姿。雪絵の両親は半袖の作業服である。作業服は着慣れると洋服よりも着やすい。

「パンドラねえ・・・」

 位山を出て、まだ上呂に来たばかりの時だった。先導する天源教の教祖は黒のハイクラウンに乗っている。松本達はカローラのバンだ。

「しいて言ううなら、天照大神イコール卑弥呼というべきかな」飛神徳治は飛神老人の説と断って、以下のように言う。


 伊勢の内宮に鎮座する天照大神は、当初はニギハヤヒ、つまりスサノオの子供であった。彼のフルネームは、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこあめのほひかりくしたまにぎはやひのみこと)

外宮に祀られたのは、彼の父親、スサノオである。いつごろから男神の天照大神が女神に替わったかは定かではない。持統朝において、すでに女神として祀られている。

 女神としての天照大神の本名はオオヒルメのムチ。

 記紀神話によると、イザナギ、イザナミが国生みの後、日の神を産む。それがオオヒルメのムチである。この児は光り輝く様に明るくて美しく国中を照らしたとある。

 オオヒルメのムチについて、鹿児島県隼人町にある鹿児島神宮に伝わる伝承がある。

 代々鹿児島神宮の神主という桑幡家に”正八幡の縁起”という古文書が伝えられている。

――シンタン国(震旦国)のチン(陳)大王の姫のオオヒルメが、7歳で子供を身ごもって王子を産む。大王は驚いて父親は誰かと問う。

 姫は”貴い人と寝た夢を見て眼が覚めると朝日が胸にさしていました。その日から、何か不安な感じの日が続くと思っている内に、この児が生まれたのです”と答えた。

 大王は悩んだ末に決心して小さな母子をウツロブネ(空船)に乗せ、身分を証明する印綬(地位を表す王印とそれを胸に下げる紐がセットになったもの)を授けて”流れ着いたところを領地にしなさい”と祈りながら海に押し出した。

 船は流れて今の鹿児島県の大隈についた。その王子の名が八幡はちまんなので到着したところを八幡崎という。母のオオヒルメは筑前(福岡県)の若椙ワカスギ山に移る。後に”香椎聖母カイショウボ大明神として崇拝される。王子は大隈にいて正八幡宮に祭られた――

 鹿児島神宮の主祭神はヒルコのミコト、副主祭神が神功皇后。神功皇后は後になって、政治的な意味で祭り上げられた可能性が高い。

 船で流された母がヒルメ、その息子がヒルコ。チン大王も沖縄の方言では天を表す。

 正八幡の縁起が記紀神話の天照大神誕生説に影響を与えたことは想像にかたくない。

 次に天照大神イコール卑弥呼はどうか。

 天照大神の話の中でよく知られているものは、天孫降臨である。二二ギノミコトに”ヤサカミの勾玉””ヤタ(八咫)鏡”クサナギ(草薙)のツルギ”の三種の神器を与えて”豊葦原のミズホの国は我が子孫の君たるべき地なり。なんじ皇孫ゆきてしらせ・・・”と言って、多くの家臣をつけて、日向の高千穂の峰に下らせた、という話。

 鏡は青銅鏡であるが、剣は鉄製と言われている。

天照大神の時代は青銅器から鉄器時代の過渡期にあたっていたのだ。

 卑弥呼の時代は西暦二三九年と確定している。魏国から百個の青銅鏡が下賜されている。その時代は鉄器時代の始まりともいわれている。

 問題になることが1つある。ヒルメは女性、ヒルコは男性、では卑弥呼はどうか。卑弥呼という字は魏(中国)から見た呼び名である。

 昔の中国は周辺国を野蛮な民族とみて、それにふさわしい名前を付けている。

 卑弥呼とは日の御子という名前になる。”ひ”族の貴い子という意味で”こ”がつくのは一般的に男性である。ひこ(彦)は男につける名前である。天皇家の後継者を日嗣の御子”という。皇太子の事である。女は”め”でひめ(姫)という。

 よって卑弥呼とは日御子で男を表す。だが魏志倭人伝に出てくる卑弥呼は、れっきとした女性である。

 卑弥呼――ヒミコ、ヒメコ、これは日本人の読み方である。卑弥呼が海外から移住してきたとしたら、どう呼ばれていたか。


 日本書紀、垂仁天皇紀に以下のような話が出てくる。

――ツヌガアラシトという人が、黄色い牛に農機類をのせて田に行く途中、ちょっとしたすきに牛が消えてしまった。捜しまわったところ、ある村で1人の老人が牛の事を教えてくれた。

「あんたが捜している牛はここまで来ました。村長は、”背中に刃物を載せているところを見ると、殺して食べるつもりだから、返してくれという者が来たら、何かで弁償すれば済む”といって食べてしまいました。だからあんたはお金や物より”この村の神様をくれ”と言いなさい。

 アラシトがその通りに言うと、村長は白い石をくれた。それをもらって帰って部屋の中に置いておいたら、美しい少女になった。アラシトは大変喜んだが、ちょっとよそに行っている間にいなくなってしまった。

 びっくりして奥さんに訊くと”東の方へいきました”という。後を追って、海を渡り日本ヤマトまで来てしまった。

 少女の方は難波ナニワに着いて比売語曾の社の神様になる。また移動して豊国のクニサキ(国前)郡の比売語曾の社の神様になった――

 ツヌガアラシトについて、同じ日本書記に載っている、

――崇神天皇の時代、額に角がある人が船でコシ(越)国のケヒ(笥飯)の浦までやってきた。土地の人が尋ねると、”私はオオカラ国の王子でツヌガアラシト、別名、ウシキアリシキ、カヌキという者です”と答えた。

 ところがその時代は、もう崇神天皇の時世ではなかった。垂仁天皇に仕えた。――

 ここでいい言いたいのは、ヒミコはヒメコソから転化したという事だ。これを沖縄方言、あるいはマレー語で読むと、ヒルメとなる。ヒをヒルと読み、メコソのコソが消えて、ヒルメと転化していく。現在でも朝鮮半島では日をイルと呼ぶ。イルがヒルになるのだ。

 ではヒルメはどこから来たのであろうか。それを解く鍵がいくつかある。言語学から見ていくと、古代、釈迦が使ったパーリ語で、ギリシャ人の事をヨナと呼んでいる。

 ヨナ――与那国島がある。この島に限って、どうしてヨナ国と国の名前を付けたのか、その理由は1つ、与那国は周囲の島々の住民とは異なった人種が独立して住んでいたからだ。

 それではどうして、パーリ語はギリシャと呼ばず、ヨナと呼んだのだろうか。古来、ギリシャは領土が大きくなったり、小さくなったりしている。アレクサンダー大王自身が、それまでのギリシャ人からみれば、東の方から流れてきたマケドニアの国民で、それが彼の父王フィリップの時代に、隣接したギリシャを勢力下に収めた、という事に過ぎない。

 現在、マケドニアはユーゴに入っているが、当時は今のシリア一体のイオニアもその勢力下にあった。それらをひっくるめて、ギリシャと呼んでいた。ヨナは、このイオニアをパーリ語流に、短く縮めた発音なのである。

 沖縄、糸満市、墓に行く女性はヴェールを被る。この風習は古代地中海独特の風習である。沖縄の婦人達が髪の毛を巻いて、1本のカンザシで止める。この風習も同じである。

 モーゼの出エジプト以前の中近東は人類文明の曙の時代である。紀元前二十世紀頃までをみると、日本語そのままの語字が出てくる。

 キンザ、アルザワ、ミタン二、マルハシ、ヤジリ、カヤ、アラシヤ、ハナ、アムール、スバル・・・。

 これは金座、有沢、三谷、丸橋、鏃,賀屋、嵐谷、花、天降、昴。

 アムールについて一言。これは鹿児島神宮のそばへ、霧島山から流れてくる川の名前である。発音はアムイ川。文字にすると天降川、これは古代に北朝鮮を超えて、北の地域に拡がった人々の手で、そこにある大河に名付けられた名、アムール河である。中国名を黒竜江という。古代中近東からギリシャ系の人々が日本に渡ってきたを証左している。 

 魏志倭人伝によると、ヒミコは鬼道をよくし・・・とある。

 鬼道とは何か。神を日本語でシン、ジンと発音する。正確にはシム、ジムで、インドで一番古い天の神シバの事である。

 イスラム教の神、アッラーも本名はアフラ、マツダ、太陽神でシバ神の別名である。日本では天照大神以外は全部シバという事になる。シバは男性、天照大神は女性で、オオヒルメでヒミコである。ヒミコは神ではなく神を拝む側の女性となる。

 天照大神を沖縄語で発音すると”チンヅウ、ウガン”本土語に訳すると”ジンドウ、オガミ”=神道、拝みとなる。

 ヒミコが拝んでいたのは日の神、太陽神でシバ神である。ヤマタイ国のヤマは元はジャバでシバが語源。

 鬼道=神道とすると、とは何か。鬼道と書いてキドウと読む。鬼をオニとは呼ばない。

 キはギリシャに関係がある。日本建国の第1の聖地、天孫降臨の場所に霧島がある。

――キリシマ――語尾のマは国の事。ヤも国、地方、土地、世界を意味する。ギリシャ、イオニア、フェニキア、インディヤ、マラヤ、シベリヤ、カノヤ、アサガヤという風に使われる。

 キリシマは最初”ギリシャ山”と呼ばれていた。後世に当て字をする時、国称が”マ”という征服者に替わってしまった。彼らは清音人だったので”キリシマ”と変わった上”霧島”と漢字化した。

 キリは新羅の古名、鶏林”鶏は福建語で”ケイ”これは”キ”と変質化する。沖縄では”キはチ”でキリンは”キリ之国=キリシマ”である。

 中国の正史旧唐書では倭国と日本は別になっている。その日本の条件は鹿児島県にあっている。東と北は大山があって国境となる。その向こうは”毛人の国”と書いてある。大山は霧島に一致する。毛は沖縄語でキ。中国人のジンリ人の発音は”り”と聞こえる。‷シマ”は”之国”でキリシマ。よって記紀に出てくる毛人とはギリシャ系の人々なのである。

 平家物語の中に、僧俊寛が鬼界ヶ島に流される話が出てくる。それによると――島には人、マレなり。おのずから人はあれども衣装なければ、この土(日本の事)の人にも似ず。言うコトバをも聞き知らず。身にはシキリに毛生いつつ、色黒くして牛のごとし――とある。

 裸で、毛深くて、頑丈で、牛の様だというのだ。今でも中近東以西の人は毛深い人が多い。これが1つの特徴としてとらえられ、ギリシャという名への当て字として”毛人”という呼び名が定着した。

 鬼界ヶ島の”鬼”キ=毛も同じものであった。鬼界とはギリシャの世界であった。

 魏志倭人伝の”鬼国””鬼奴国”とはギリシャに関係のある国名なのだ。

 卑弥呼の鬼道とはギリシャ世界の宗教を表す。


 インドの神ビシュヌ―は太陽の光を神格化した穏やかに太陽神で、ギリシャのアポロンに相当する神である。特に仏教に取り入れられて”マハ、ピルチャナ”=摩訶盧遮那仏=大日如来となる。

 鹿児島神宮の主祭神”ヒルコのミコトはビルチャナのインド方言である、”ピルカナ”の大隈なまり”ヒルコの・・・”になる。ヒミコはヒの巫女ミコで太陽神に仕える女性でもあった。

 ヒミコの鬼道の特徴は魏志倭人伝にある。

――彼女を見た事のある者は少ない。そのコトバはすべて1人の男子が取り次ぐ――

 ミコならば、神の言葉を取りつぐ(神託)。それを直接信者に知らせる。巫女と信者は常に対面してコミュニケーションが出来ている筈だ。よってこれは謎である。


 紀元前327年、アレクサンダー大王はインド、パンジャブを攻略、ナング王朝を滅ぼして、タクシラ市に戦勝記念の天壇スッパーを12基建設する。

 その時15歳のチャンドラグプタが大王に挨拶に行く。気に入られて前322年に即位。新しいマガダ国、マウルヤ(孔雀)王朝の始祖となる。

 アレクサンダー大王が若死して後、後継者テオドコイ戦争が生じる。その後に生まれたギリシャ人の国々、ペルシャ、バビロニア、エジプト、その他の国々とマウルヤ王朝は国交が盛んだった。

 この事はアショカ王搭や岸壁に彫られた詔勅、その他、当時シリヤ以東を手に入れたペルシャ帝国の皇帝セレウコスの大使、メガステネスの手記などに残されている。

 セレコウスはマガダ国を重視し、王女をチャンドラグプタと結婚させた。

 アショカ王はそのギリシャ系王国マガダの3代目の王として、前274年に即位。彼はギリシャ人を祖母にもち、ギリシャ文明の中で育っている。

 彼は母方の曾祖父セレコウスが前305年にインドに再侵入して以来、大量に移住してきたギリシャ人に囲まれて暮らしていた。当然インド文明やギリシャ文明、エジプト文明も熟知していた。

 彼が世界に広めようとした”アショカ仏教”はギリシャ色の濃いもので、エジプトやバビロンの宗教哲学も取り入れた一大総合宗教だった。

 この宗教の特徴は神殿深くにいて、神託をうかがう巫女がいた。彼女は1人の男子以外には神託を伝えなかったし、誰にも会わなかった。

 ギリシャで太陽神アポロンに仕えた”ピューティア”と呼ばれる巫女そのままの姿がヒミコなのである。

 古代ギリシャのデルブオイ神殿、この背後にある洞窟や、イオニアのディディマの神殿の奥深くに、ピューテアがいた。彼女は、岩の裂け目などで湯を沸かす。その音から神の言葉を聞き取る。男の神官にそれを伝える。神官はそれを解釈して信者に伝える。これがヒミコの鬼道なのである。

記紀に以下のような事が書いてある。

――この子は、光華明彩、6合(国の事)の内に、照り徹っている。子供は沢山いるが、こんな霊異な子は見たことがない――

 天照大神=ヒミコ=ヒルメには、両親、イザナギ、イザナミがかってみたことがないと驚いているのだ。その驚きの特徴とは、誰が見ても判る特徴しかない。それは身体的特徴、見た人が驚くような特異児だったのだ。

――光華名彩――光る花のように、明るく、彩られた子供と言っているのだ。

 日本列島では普通髪の黒い人種しか生まれない。その中にあってヒミコは光る花の様だったと言っている。肌の白い人は多くみられる。しかし金髪は見られない。眼も青とばれば嫌でも目立つ存在となる。

 魏志倭人伝を繙くまでもなく、中国大陸と倭国は自由に往来していたのである。

 三国志時代、呉の孫権の一族は背が高く色が白く。眼と鼻が大きい。ときには碧眼の子供も生まれる。

 呉を”ゴ”と発音している。中国では古来、南北とも、”ウ”である。北の強国の一つに”ウソン(烏孫)”という国がある。呉王も”呉・孫”ウ・ソンなのである。烏孫人は青い目で金髪の地中海人でギリシャと同じ種族だった。

 ギリシャ人は中国を経由して日本にも流れ込んでいた。 

 ヒルメこそパンドラなのである。


                    パンドラの秘密


 飛神徳治の長々とした話が終わる。

天源教は、ゼウスにその妻セラ、そしてパンドラを祀る。教祖の鮫島はすべてを見通していたのである。ただし世間には全く認められていない。


 車は小牧インターから東名高速に入る。豊川インターで降りて、国道151号線沿いの喫茶店に入る。

 鮫島教祖の車は後方の飛神徳治の車を意識してか、ゆっくりと走っている。

「疲れませんでしたかな」車から降りると、鮫島教祖は屈託のない言い方をする。話し方がうまい。人の心を掴むのが得意だ。末次と2人のボデイガードは直立不動の姿勢で飛神たちが車から降りるのを見守っている。

 喫茶店は国道沿いに面していて、駐車場が広い。店内は5,6名の客がいるだけ。鮫島や飛神たちは店の奥に席を占める。鮫島達大人はコーヒー、松本はオレンジジュース、雪絵はかき氷。

「ここから天源教豊橋支部まで30分ぐらいです」

 いったん、天源教に落ち着いて、軽い食事を摂る。それから、神ヶ谷の住まいに直行する。

「教祖さん」飛神徳治が鮫島に声をかける。車中、松本から尋ねられた内容を話す。

 ヒルメは金髪の青い眼の女性で、パンドラと同一人物と考えている。

 飛神の話を聴いて、鮫島は我が意を得たりと、頷く。

「パンドラがどうしてヒルメになるのか、それが判らない。飛神老人が亡くなった今、この疑問に答えられる者がいないと内心を吐露する。

「私の説でよろしければ・・・」鮫島は微笑を浮かべる。

――ギリシャ神話では、パンドラとは神から人間に与えられた最初に女であるとある。その上で神々から色々な技や能力を授けられる。それ故パンドラとは一切の福という名である。

 ”最初に人間に与えられた”とは何を意味するのか。

 人間は直接神と話をすることはできない。神と意志の疎通の出来る者が必要になる。それが巫女であり、日本古来の”サニワ”である。

 古代ギリシャのピュ―ティアは、岩の裂け目などで湯を沸かし、その音から神の言葉を聞き取り、男性の神官にそれを伝えたとされる。

 神から最初に人間に与えられた女性とは、神と人間の間のパイプ役を言う。天照大神=ヒルメもそうである。彼女たちは一様にとびぬけた技や能力を持っていた。

 パンドラとはもともと大地母神の神格化された名前だ。よってパンドラは大地からせり出す姿で現される。

 ヒルメ、天照大神、この名前から想像できる太陽信仰は輝くばかりの太陽、真夏の青天、天に延びる草木の輝きなどである。

 だが現実は裏腹である。記紀神話では、スサノオの狼藉に悲嘆した天照大神の岩戸隠れ、卑弥呼の生活も太陽からかけ離れている。彼女に対面できるのは男子1人という。家の中に閉じこもった暗い生活。古代ギリシャの巫女、ピューティアも洞窟の中に閉じこもる生活である。

 ここにパンドラの秘密を解く鍵がある。

 本来から言えば太陽神は男性原理である。よって元々の天照大神は男性である。

 女性原理は大地である。全ての生命を育み成長させる。それが大地である。

 よって”ひ”一族のひは太陽や日を表していたのではない。時代を下るに従い、太陽、日の代名詞となったが、本来の意味は”火”それも大地の奥深くに潜む、マグマのエネルギーを表現していた。火山活動によってマグマは大地に顔を出す。パンドラも大地に顔を出す姿として、ギリシャ時代の壺などに描かれる。――


 鮫島教祖はここで口を切る。お茶を飲みながらゆっくりと間をおいて以下のように話続ける。

 旧約聖書のエデンの園に、一見、見逃されそうな重要な木がある。”生命の木”である。

 旧約聖書創世記、第2章9、

 また主なる神は、見て美しく、食べるに良いとすべての木を土から生えさせ、さらに園の中央に命の木と、善悪を知る木とを生えさせられた。

 蛇の誘惑にのって、イヴが食べたのは善悪を知る木である。善悪を知る木とは、神々がパンドラに与えた数々の能力と同じである。神から作られた最初の女、イヴが口にしたのは善悪の木=知識であった。

 人類は知識を吸収して進歩してきた。知識は知恵を得る手段として発展していく。

 善悪を知る木と同時に神が造られた木、それは生命の木である。聖書は生命の木については一切言及していない。何故でであろうか。それは神の秘密だからである。

 宗教で言えば、言葉で神の教えを説く顕教=善悪を知る木、言葉で説く事の出来ない、神の教え、密教=命の木である。命の木とはユダヤの教えでカバラという。カバラとは秘密の、もしくは隠された伝承、不文の律法を意味する。

 カバラ=生命の木とあるように、カバラの体系は、肉体と霊体を結ぶ人間そのものを表している。東洋のヨガに対する西洋のヨガと呼ばれている。

 人間の体には無数の気の流れが充満している。その大きなものを経絡という。気に流れが線路とするならば、経絡は駅に相当する。肩が凝った時に肩の経絡に針を打ったり、お灸をすえたりする。経絡で滞っていた気の流れがよくなり、肩こりが治ると言う訳だ。

 経絡の中で特に重要なものをチャクラという。これは各経絡を統括する中心となる場所で、人間の体には尾てい骨から頭頂に至るまで7つあると言われる。

 チャクラが活性化すると、色々な超能力が発現するという。尾骶骨にはクンダリニーという大地のエネルギーが眠っている。これが目覚めると、蛇のようにどくろを巻きながら、7つのチャクラを活性化させて、頭頂に登っていく。そのエネルギーはすさまじく、生きている間は、決して引き上げてはならぬと言われている。もし間違った方法でクンダリニーが引きあがると、文字通り体が焼けて死ぬとまで言われている。

 正しい方法で引き上げた場合のみ、人間はカミになる。クンダリニーは地球で言ううとマグマのエネルギーに相当する。それ故古代”ひ”一族ではこのエネルギーを”ひ”と名付けて、その獲得方法を密かに子孫に伝えてきた。

 時代が下るとともに”ひ”のエネルギーの獲得法はすたれていく。ひは火ではなく日と考えられるようになった。

 ただ、位山の地底に眠るパンドラの箱とは、”ひ”のエネルギーをを一気に高める装置と想像される。


 鮫島教祖の言葉に淀みがない。確固たる口調だ。強い信念が感じられる。

 パンドラ、ヒルメ、ヒルコ”ひ”すべてが1つの線に繋がっている。

 松本は眼を皿にして聞いている。


                      位山へ


 松本満と飛神雪絵は天源教の信者に守られて、豊橋で2年間を過ごす。松本は中学しか出ていないので、横山から高校程度の知識を学ぶ。横山は鮫島教祖から2人を庇護するよう指示を受けている。代わりに月々の手当てを頂戴している。

 雪絵は朝学校に行くと、昼の3時には帰宅する。自宅で夕方5時まで予習や復習に励む。

 彼女は学校が休みの時は松本と近くの神社にお参りに行く。天源教の信者が同行する。西の方の近くに石巻神社がある。南の方、5キロほど先には愛宕神社、少し足を延ばせば砥鹿神社、賀茂神社などがある。その他地図に載っていないような小さな神社や祠も多く点在する。

――忘れられた古代の神々――誰にも気づかれることなく、その地域の篤信家によって保護され、信仰されている。”2人のやることに従え”鮫島教祖の厳命である。

 位山の地底の”お宝”天の岩戸を開く鍵を、2人が握っている。鮫島教祖の結論である。それを知ってか知らずか、雪絵は自由気ままに暮らしている。

 松本は小田原の叔父が恋しくて、3か月に一度は連れて行ってもらう。横山達は叔父に入信を勧めたりはしない。天源教の信者と名乗りはするものの、それ以上の事はしない。

 雪絵の両親は1カ月に一回は尋ねてくる。娘の事が心配なのだろう。身の回りの物を置いていく。雪絵の口からは飛騨高山、位山などの言葉は一切出てこない。故郷の事など忘れてしまったかのように、毎日浮かれ暮らしている。

 1997年(平成9年)も何事もなく終わる。

暮れと正月は天源教豊橋支部で盛大な催しが行われる。暮れの29日には鮫島教祖も見える。豊橋支部の信者数は約100名。少人数ではあるが、毎年入信者は増えている。

 暮れや正月には天源教では餅つきをする。ゼウス、セラ、そしてパンドラの神々に奉納して、つきたての持ちを参加者に配る。松本も雪絵も眼を輝かせて、口いっぱいに餅を頬ばる。


 1998年の正月も過ぎる。松本17歳。飛神雪絵13歳。彼女は春には中学2年生に昇級する。

その年の5月「岩屋観音に行く」雪絵は事もなげに言う。

雪絵の気まぐれは毎度の事だから驚きは驚きはしない。

 岩屋観音はJR豊橋駅から南西に5キロ行ったところにある。神ヶ谷の住まいからも遠くはない。近くには豊橋グリーンスポーツセンターがある。地下資源館もある。

 松本や横山達が驚かされるのは、豊橋には一度の来たことがない雪絵がどうして岩屋観音を知っているのかという事だ。それだけではない。今まで訪問した神社など、横山も初めて耳にする神社だ。雪絵がそれをどうして知りえたのか。

「雪絵ちゃんはね、ヒミコなの。巫女さん・・・」松本は横山に耳打ちする。

 雪絵は生まれつきの霊能者だ。鮫島教祖が常々口にしている。横山は頷くしかない。

 岩屋観音の岩屋は全国至る所にある。大抵は山深くにある。岩屋の謂れは定かではない。松本は”岩”の文字から岩戸を想像する。

 市のグリーン、スポーツセンターと隣接した岩屋観音は小山の中腹にある。近くにある地下資源館には、その近辺の地下から採掘された鉱物が陳列してある。 

 岩屋観音はは奥深い山の中とは言えないが、昔はそれらしき環境にあったと推測される。南側の山を削り取り、国道3号線が通っている。新幹線、JR東海道本線も走っている。

雪絵は岩屋観音の祠の前に両手を合わせる。何かを祈念しているのか、祈りの時間は10分に及ぶ。

突然「横山、鮫島に言え。2年後の夏に位山に帰る」雪絵の図太い声が響く。底響きする粘りのある声だ。普段は横山さんという。鮫島を教祖さんと親しみを込めて呼ぶ。

 この時ばかりは小柄な雪絵が大きく見えた。後ろにいる松本も圧倒される。

「かしこまりました」思わず飛び出した横山の返答だ。


 2年後の夏とは、2000年(平成12年)である。この年に位山に帰るとはどいう事か。それをどうして鮫島に伝えねばならないのか。――すべて”ひ”の神の深慮――飛神老人の声が聞こえてきそうである。

 雪絵の言葉はその場で、横山の携帯電話で鮫島に伝えられる。

「そうか、2年後の夏か!」鮫島のはずんだ声が印象的である。

 2年後に位山に帰って、何が起こるのか誰にも判らない。いや、雪絵に憑依した”岩屋観音”のみが知っている。


 その年の秋口から、雪絵は、今日はどこそこへ行くとは言わなくなった。学校から帰ると、学業の予習復習をする。その後夕食を摂り風呂に入ると、1人部屋に閉じこもるようになった。

・・・心境の変化だろうか、いや年頃になったのでは、あるいは恋人ができたのでは・・・彼女を庇護する天源教の信者の口から勝手な憶測が流れる。

 飛神雪絵は女としての成長が遅い。まだ中学生だから仕方がないとは言うものの、体躯は小学生並みだ。

”おんな”というよりの少女である。

 そんな雪絵は近頃あまりしゃべらなくなった。とっとと食事をすますと、自分の部屋に閉じこもってしまう。松本は不安を隠しきれないがどうする事も出来ない。

 こうしてその年の夏や秋も終わる。冬に入って世間が慌ただしくなる。その年の暮れに、天源教では恒例の餅つきが始まるが、鮫島教祖は姿を見せない。

 岩屋観音での雪絵の”神託”を受けてからというもの、教祖は豊橋支部に一度も顔を出していない。一カ月に一度の祭礼にも出席しない。

 横山も雪絵が無口で愁眉をたたえた表情であるのを心配していた。

「実は・・・」松本には親しみを込めて接している。

 鮫島教祖が本部にいるのは一カ月に数日間のみという。どこかへ出かけて、ある日ひょっこり帰ってくる。そんな毎日が雪絵の神託以来続いているというのだった。

 この事実を知って、天源教豊橋支部の信者たちは、雪絵を特別な眼で見るようになった。

――この少女、何様?――畏怖の眼差しで見詰める。


 瞬く間に1年が過ぎる。2000年(平成12年)春3月、雪絵は中学校を卒業。

 5月上旬、横山の携帯電話に鮫島教祖から連絡が入る。

「雪絵ちゃん、元気?彼女にね、準備できましたと伝えておいて」言うなり伝言は切れる。

「教祖様!」横山は鮫島教祖に絶大な信頼を置いている。彼の声は神の声に等しい。

 教祖鮫島は小柄だが威厳にあふれている。それでいて人懐こい風貌がある。八の字眉に顎髭、総髪のスタイルは教祖としての威容とはアンバランスだ。

 だが―――彼の口から出る言葉は信者を折伏するだけの迫力に満ちている。横山は誰よりも教祖に信服していた。

 横山はこの年に25歳になる。大柄で好男子である。誠実さにあふれている。天源教豊橋支部の重鎮として信者たちに慕われていた。

 彼は早速、飛神雪絵と松本満に教祖の伝言を伝える。

その途端、打ち沈んでいた雪絵の表情は輝くばかりに明るくなる。細面で色白の顔が輝くと、天女のようになる。

 

 松本は少し背が伸びている。もともと大柄だ。ここ二,三年彼は横山から高校程度の教育を受けている。少しは大人びた感じがする。そげた頬だけが寂しい印象を与える。

「七月に位山に帰る」雪絵の口から図太い声が漏れる。彼女に憑依している霊は何であろうか。普段は無邪気で学業に励む。夜は部屋に閉じこもるものの、テレビを見たり、友達との長電話に興じたりはしない。

パソコンにも興味を示さない。

 横山は、はっと畏れかしこむ。

「教祖様に伝えます」思わず頭を下げる。


 七月中旬、松本達は豊橋での生活を切り上げる。横山と二人の信者が松本と雪絵を位山まで送る。飛神老人の家は無人だが、手入れされている。一旦ここに落ち着く。

 七月下旬、位山の祠の前で、飛神部落の者全員が、深夜、密かに集合する。明かりは一切手にしない。”ひ”神は光明を嫌うと言われている。

 一同祠の前に額ずく。祝詞を唱えるのでもない。長い静寂が続く。やがて人々が顔を上げる。しわぶき1つ聞こえない。飛神徳治が立ち上がる。

「皆の衆、いよいよ、我らが最後のつとめ、岩戸開きが、近づいた」

「おお・・・」どよめきが流れる。


                     日来神宮


8月の最終の日曜日、天源教本部で祝礼祭が催される。参加する信者は5百名を超える。壮大な駐車場は多くの車で溢れている。

 祝礼祭の後の鮫島教祖の講話は、ズバリ”位山”である。彼の講話はまず日本のピラミッドを発見した酒井勝軍の話から始まる。

―――大正6年(1917年)帝国陸軍士官でキリスト教徒だった酒井勝軍は、古代イスラエルの歴史などについて研究に没頭する。

 昭和3年(1928年)シオニズム運動の調査という名目で、パレスチナに潜入。エジプトに足を運ぶ。

 帰国後”神秘の日本”という機関紙を創刊。

”ピラミッドは日本で発生した”という奇想天外なキャンペーン活動を展開。

 広島県比婆郡本村(今の庄原市)の葦嶽山を指さして”彼の山が正にピラミッドである”と主張。続いて、青森県戸来村(今の新郷村)にある御石神という山を訪問。上大石神、下大石神と呼ばれている石神をみて、”日本第2のピラミッド”と呼ぶ。

 昭和11年から13年にかけて、飛騨高山に入る。

”廻り洞丘”や上野垣内の巨石遺構を示して”平面ピラミッド”の発見を行う。

 酒井の主張するのは、エジプトのピラミッドだけがピラミッドではない。日本の各地にピラミッドが点在するというのだ。

 位山も日本のピラミッドである。この山こそ、日本のピラミッド群の中心である―――


 鮫島教祖の口調はなめらかである。熱がこもり、聴く者が耳をそばだてる迫力がある。

―――私見するに――鮫島は言葉を切る。居並ぶ信者を睥睨する。雪絵や松本、横山の顔も見える。

「日本のピラミッドを、エジプトのようなピラミッドと呼ぶべきではない」

 教祖の発言に信者の中から、どよめきが漏れる。

天源教の信者は官製のの歴史に飽き足らず、異端的な超古代の日本史に興味を持って入信している者が多い。彼らは位山はエジプトのようなピラミッドと信じていた。それが彼らの常識であった。

 それを真っ向から否定する。教祖の話は続く。

―――昭和11年、天津教(皇祖皇太神宮)管長、竹内巨麿は、ピラミッド御神体石を世に出す。

その石には、ウガヤフキアエズ朝第十代天皇の皇子、大綱手彦命が勅命を奉じて、吉備津根ノ本に、日神、月神、造化神を祀る。そこには”日来神宮ヒラミットを建てたと神代文字で書かれていた。

 吉備津根ノ本とは、広島県比婆郡本村に比定される、日本のピラミッドとして酒井が発見した葦嶽山である。

 鮫島が主張するのは、日来神宮をヒラミットと発音しても良いかという事だ。初めにエジプトのピラミッドがあり、山の形がピラミッドに似ている事から、日来をピラミッドと名付けた事実がある。

 日来神宮をヒラミットと呼ぶのは無理がある。もしエジプトのピラミッドの存在を知らなかったら、この文字をどう発音しただろうか。

 山全体を神宮、神のおわす宮であるのは間違いない。問題なのは日来という文字の呼び方である。

 ズバリ言えば”ヒルコ”である。

 信者の中から、またどよめきが起こる。

 ヒルコとは記紀神話だは障害者という事で、水に流されてしまった神である。

 記紀神話から意図的に抹殺された神”ひ”一族の最高神ヒルコの事だ。ヒルメはその妻とされる。日本各地に点在するピラミッドとは、すべてヒルコ神を祀る場所なのだ。

鮫島教祖の眼は虚ろである。熱に浮かされた病人のようだ。自分の言葉に酔っている。

 松本は大きな眼を開けて見上げている。雪絵は受付でもらった駄菓子をパクついているが、眼は教祖に釘付けだ。

「ヒルコ神宮=位山の地底に、パンドラの箱があります」

鮫島教祖の爆弾発言である。彼は位山のこの地に、何故天源教の本部を設けたのか、その理由を延々と述べている。そして、祝礼祭は終わる。


                     岩戸開き


 ―――スサノオは悪業の限りを尽くす。それに驚いた天照大神は天の岩戸に隠れてしまう。――

 こうして天も地も闇夜となる。そこで神々が天安河原に集まって、天照大神を岩戸から引き出すための方策が語られる。

―――天の金山の鉄を取りて、鍛人かぬち、天津麻羅をぎて、伊斯許理度売いしこりどめ命に科せて鏡を作らしめ―――

―――天香山の五百津真賢木を根こじにこじて、上枝に八尺やさかの勾玉の五百津の御須麻流の玉を取り、中枝に八尺鏡を取りかけて、下枝に白丹寸手にきて、青丹寸手を取りでて、この種々の物は布刀玉命、布刀御幣と取り持ちて、天児屋命、布刀詔言禱ぎもうして――

――天宇受売命、天香山の日陰を手次たすきにかけて、天真折まさきを鬘として、天香山の子竹葉を手草に結いて、天の石屋戸に汗気伏せて踏みとどろこし、神懸りして、胸乳をかき出で、裳緒もひも番登ほとにおし垂れる。ここに高天原動とよみて、八百万神ともにわらいき――

――ここに天照大神、怪しとおもほして、天の石屋戸を細めに開きて、内より告りたまえるには、吾が隠りますによりて、高天原おのずから闇く、また葦原中国もみな闇けんとおもうを、何のゆえか、天宇受売はあそびをし、また八百万神もろもろ咲えるとのりたまいき――

 その細めに開いた岩戸に、隠れていた手力男の命が手をさしいれて戸をひらく。同時に日の神の依り料である榊の玉と鏡を、天照大神の前に差し出す。天照大神はそれに乗りうつり、天地に光が蘇る。


  「諸君!おかしいと思わないか」

 鮫島教祖は上機嫌である。ここは天源教本部の二階、教祖の応接室だ。時は八月下旬。居並ぶのは鮫島教祖の補佐役兼秘書の末次。彼は長い顔を紅潮させてかしこまっている。

 次に天源教豊橋支部長の横山一男。彼は紅顔の美少年。真面目な性格で、絵にかいたような堅物。責任感も強い。日本の超古代の神々は”ひ”族であるという鮫島教祖の主張に共鳴している。ギリシャ神話の神々とは日本古代の神々であるととの考え方にも理解を示している。

 横山のような若い信者達の懸命な活動もあって、天源教は日増しに大きくなっていく。教祖がご機嫌なのは、そのためかと思っている。

 次に教祖のボデイガード2人。彼らは元国体のレスリングの選手である。鮫島教祖に心酔して、天源教に入信。腕っぷしをかわれてボデイガードとなる。

 それにもう1人。警察から指名手配を受けている飛神重徳。父親殺しの重要参考人である。

 数日前、横山は本部に来るようにとの、教祖直々の命令を受ける。教祖から直接名指しされることは名誉な事なのだ。

 教祖の応接室は二間ある。以前松本と雪絵が通されたのは和室。ここは隣室の洋間で接待用の部屋だ。

 時間は夜八時。教祖から直接呼ばれるのは名誉ではあるが、夜とは尋常ではない。横山は何事かと出向いたのだ。

 飛神重徳の顔を見て驚く。喉から出かかった声が、声にならない。

「横山君、飛神さんは指名手配中だが、位山の岩戸開きになくてはならない人だ。何も言うな。

 教祖の厳命だ。横山は眼を瞑る。

「教祖さんが匿ってくれとるんで、助かっとる」

飛神徳治は大きな眼をギョロリと剥く。四角い顔に大きな口、鼻も大きい。白髪混じりの髪は手入れが悪いようだ。

「大山はどうした」鮫島教祖は小柄だが態度はでかい。

「あいつは小心者でなあ。今頃常滑で小さくなっとるわ」

 飛神重徳は豪快に笑う。横山は不機嫌そうに、口をへの字に曲げる。

「さて・・・」教祖は皆を見回す。応接室の棚にはウイスキーやワインが並ぶ。皆も前に置かれたガラスコップにウイスキーをつぐと、教祖は至極真面目な顔つきになる。

「天の岩戸の話はさっき話した通りだ」

 古事記や日本書紀の記述には相違がみられる。どちらが正しいのかという問題ではない。

「要は岩戸とは何かという事だ」

 記紀の岩戸開きには記述の矛盾がある。天照大神はどうやって天の岩戸に入ったのか。岩戸とは大きな岩だ。岩戸の外でアメノウズメがストリップをして、神々がワイワイと騒ぐ。大きな岩で密閉した”洞窟”の中まで聴こえるのだろうか。

「わしはなあ」教祖は小さい眼をこじ開けると、声のオクターブを上げる。

 ビルの入り口は自動扉がほとんどだ。1枚の分厚いガラス扉が閉まると、外にいる者の声は全く聞こえない。

 次に、天照大神はどうやって重い岩を開けてはいったのだろうか。記紀にはその事は全くふれていない。

 外にいる神々の声が騒々しいので、天照大神が何事かと、そっと少し開けたとある。

「そっと開ける?」

 鮫島は皆を見回す。ウイスキーのコップを手にすると、ぐっと喉に押し込む。彼はソファの上で胡坐を組んでいる。

 そっと開けるというのは、障子か襖ぐらいなものだ。岩戸がそう簡単に開くのだろうか。実際、タジカラオの怪力で岩戸が開けられる。

「わしはなあ、天の岩戸とは、位山や葦嶽山、あるいは尖山のようなピラミッドではないかと考えていた。

 これらのピラミッドは自然の山に人工的に巨石を配置してピラミッドとしたと考えられている。その地下奥深くには洞窟のような部屋がある。それこそが岩戸ではなかったかと推測している。そこに入るには仕掛けがある。記紀の作者はそれを知らないから記述を避けたのだ。

 2年前、飛神雪絵から位山に帰るとの連絡を受けたとき、泣きたいほどうれしかった。”ひ”の神はわしの考えが正しいと言ってくれたのだった。

・・・準備せよ・・・2年間の猶予が与えられた。いや2年しか与えられなかったというべきか。

・・・準備するもの・・・は判っていた。記紀の作者も知っていたから書いている。

「それは・・・」横山は固唾をのんで見守る。

「簡単に言っちまえば、鏡よ」鮫島教祖は横山を見ていない。自分の言葉に酔っている。

――天の金山の鉄を取りて、鍛人、天津痲羅を求ぎて、伊斯理度売命に科せて、鏡を作らしめ――

 記紀神話の岩戸開きでは、天の岩戸をそっと開けた天照大神をうつすためのための鏡としている。

 もしそうならば、中国から渡ってきた銅鏡でよい筈だ。わざわざ、この文章を挿入したのは何のためか。

「わしは、岩戸開きに必要な鏡と見た」

 教祖の声は震えている。自分が前代未聞の大発見をしたと自負している。”ひ”の神から直々に鏡を捜し出せと仰せつけられたと、感極まっているのだ。

 だが、それがどこにあるのか、皆目見当がつかない。九州から北陸まで、目ぼしい神社をしらみつぶしに調べた。半年、1年が瞬く間に過ぎる。今年になった。

「飛神重徳を使え」夢の中で声を聴いた。

「いいか、ひの神のご神託だぞ」教祖は胸を張る。

 飛神重徳の顔が紅潮している。自分が重要人物だと、神様から”指名”されたのだ。


 鮫島教祖が飛神重徳を匿ったのは、ひ一族の古文書や文献を手中にしているためだった。鮫島は飛神に自分の窮状を訴える。”ひ”の神から神託を受けたことも話す。

 飛神は手持ちの膨大な古文献の中から、鏡はヒヒイロイカネで出来ていることを突き止める。

 ヒヒイロイカネ

 比重は金よりも軽く、その純粋なものは鉄よりも柔らかい。これを合金にするとプラチナよりも硬くなる。ヒヒイロイカネの表面を拡大鏡で見てみると、あたかも火炎が揺らめいているように見える。掌をあてるとエネルギーが風のように放射されるのを感ずる。寒暑を問わず常に冷ややかで、外気の影響を受けない。その放射する力線は時により冷ややかに感じる。時により暖かく感じる。その放射力も時により強弱を感じる。

 これは酒井勝軍の神秘日本に出ている。

 超古代、ひの神の神殿はヒヒイロイカネで出来ていたと伝えられている。この金属は錆びず、腐らず、白金のように輝いていたという。

 ではヒヒイロイカネで出来た鏡は何処にあるのか。飛神家の古文書から、岩手県釜石市の西南、およそ15キロ先にある五葉山と判明。目的地は甲子村の明神台で、今でも半神秘的な土地柄である。そこは全山ヒヒイロイカネで出来ているという噂がある。強力なエネルギーに満ちた山である。

「五葉山と判って、わしと飛神は勇んで出かけた」

 現地に到着して失望感に囚われる。周囲は茫漠とした樹林である。道もない。近くの部落で尋ねても、五葉山は昔から聖なる山とは聞いているが、それ以上の事は何もわからぬ。さて困った。どうしたものかと思いあぐんでいると、百メートル程先に一匹のキツネがこちらを見ている。自分たちを手招きしているように思えた。

 近ずくと、その分だけキツネは動く。思いきって駆けだすと、キツネも駆け出す。キツネは五葉山の麓に来ると、大きな岩の上にちょこんと座る。我々が大岩に近ずくと、キツネは消える。

 ――大岩――

 岩に近ずいて、わしは思わずうなった。それは明らかにドルメンだ。メンヒル(立岩)と呼び直しても良い。岩肌をきれいに拭ってみると、〇印がある。これは”ひ”を表す、ペテログラフだ。

 キツネはひの神のお導きだったのか、改めて神慮に感謝した。

 わしと飛神は持ってきたスコップで岩の周囲を掘りかえしてみる。岩はかなり深く土中に埋まっている。わしらは物に取り憑かれたように掘り続ける。

 数メートル掘ったところで、平らな敷石にぶつかる。八角形の人工石だ。一か所だけ動くようだ。つるはしで岩をひっかいてみると、敷石の蓋の役目をしているようだ。蓋を動かしてみる。敷石の内部はかなり広いようだが、真っ暗なので判らない。発光ライトを落としてみる。


 「発光ライト?」横山がおうむ返しに訊く。

「折ったり、振ったりすると光る奴だわ」

 教祖は豪快に笑う。余程気分が良いのか、かなり饒舌だ。祝礼祭の時、パンドラの箱を開けると光るだろう。あれの元ネタだと得意げに喋る。

「元ネタ・・・」横山がいぶかし気に尋ねる。

「手品ってことさ」

 何度も質問されて、さすがにうるさくなったのか、鮫島はウイスキーをストレートに喉に流し込む。

「とにかく、発光ライトを落としてみたんだわ」

 敷石の内部は1メートル四方ある。中央に50センチ四方の四角の石が置いてある。飛神重徳がおりて、その石を動かしてみる。簡単に動く。中は窪んでいる。白い八角形の”鏡”が入っていた。

 その鏡こそが探し求めていた岩戸開きの道具に違いない。と直感した。掘った所を元通りに埋め戻す。

 鮫島教祖は言う。

「今、日本に現存しているヒヒイロイカネは,石の状態である」

 皇祖皇太神宮に所蔵されているという直刀はヒヒイロイカネで出来ている。昔は白金のように輝いていたというが、今は火災にあって黒くなている。

 鮫島は立ち上がる。酔っていて足がふらついている。奥の部屋から桐の箱を持ってくる。50センチ四方の大きさだ。

 応接室のテーブルに置く。蓋を取る。紫色の布に覆われたまま、箱から取り出す。布を取る。

 八角形の白い鏡が現れる。銅鏡にあるような文様は1つもない。五葉山の麓のドルメンの下に秘匿されて久しい。鮫島はドルメンの起源を1万2千年と見ている。この鏡もそのころに作られたとみて間違いない。錆がない。真新しい白金のように見える。

 普通、銅鏡の裏側には紐を通す突起がついている。この鏡にはそれがない。代わりに8つのイボのような突起がついている。裏返して表面を見る。天井の蛍光灯に照らされて、ガラス製の鏡のように美しい。拡大鏡で見ても、表面は精緻に磨き抜かれたものだと判る。

「おい、伊藤、明かりを消せ」鮫島はボデイガードの1人に命令する。応接室が暗くなる。

「みろ・・・」末次が驚きの声を上げる。鏡が妖しい光を放っているのだ。白い光が大きくなったり、小さくなったりしている。

「横山、触ってみろ」鮫島の声に、横山は恐る恐るてを触れる。

「熱い!」思わず手を引っ込める。

「飛神!」鮫島の怒号に、飛神の武骨な手が鏡に触れる。

「俺は水のように冷たいぜ」

「人それぞれのようだな。俺も冷たい」

 教祖の声はうわずっている。

「この鏡は岩戸開きの鍵となる」


                     パンドラの箱


 9月下旬の暗い夜。

 位山の祠の前で、飛神雪絵に松本満。2人はスニーカーに紺の作業服。鮫島教祖がいる。末次と2人のボデイガードもいる。彼らは迷彩服の軍隊服に長靴。

 横山もいる。彼らはスポーツウエアにスニーカー。飛神重徳が大きな眼で横山を見ている。

 2週間前、この日の夜10時に、この場所に集まるようにとの、雪絵を通じて”ひ”の神の神託があった。

 いよいよ、位山の地底に入るのだ。

 鮫島は確信している。地底にはパンドラの箱がある。それはギリシャ神話に出てくるような”ちゃち”な箱ではない。もっとスケールが大きい。金銀財宝のお宝なのかもしれない。あるいはもっと途方もないお宝かもしれない。

 彼らは松明を持つ。地底の洞窟には必ずしも空気があるとは限らない。松明の火と共に空気もついてくる。その他懐中電灯、食料、探検に必要な備品も持っていく。

 飛神雪絵は祠のの前で両手を合わせる。柏手を打つ。皆もそれに倣う。

「祠の横に清水が湧いている。その上の石を全部取り省いて」雪絵は屈強な男達に命令する。

 飛神重徳、末次と2人のボデイガード、それに横山は清水の上の石を取り除ける。石は大きい物から小さいものまで大小様々。取り除け作業が終わる。砂も取り除けてみると1メートル四方の平らな岩が現れる。

「これは自然のものではない」末次が叫ぶ。

 厚さ50センチの岩の板が清水の上に載っているのだ。

「祠をその岩の上に移して」雪絵の声は命令に近い。

 5人の男達は唯々諾々と従う。祠は大社造り。大きさは幅90センチ、奥行き50センチ。高さ90センチ。5人がかりで隣の岩の板の上に移す。

 祠を移した後は、砂や石ころが詰まっている。それをきれいに片付ける。1メートル四方の岩の板が現れる。厚さ50センチ。祠が鎮座していた場所に横長の窪みがある。

「岩を押して・・・」雪絵の声が鋭い。

 5人が力を合わせて岩棚を押す。鈍い音を立てて、岩が後方に吸い込まれていく。

「穴がある!」飛神重徳が叫ぶ。

「ひの神殿への入り口って訳だ。ギリシャ風で言えば、パンドラの箱への入り口ってところかな」

 5人は鮫島教祖を見詰めている。飛神雪絵と松本満は少し離れたところに立っている。

「お嬢ちゃん、ここが入り口なんだろう?」鮫島の声に、雪絵はこくりと頷く。

「それでは入ろうか」横山が足を踏み入れようとする。

「それは後だ」鮫島はそれだけ言うと「皆に話がある」

 境内地を出て、鳥居の横手に歩いていく。雪絵と松本を残したまま、他の5人は教祖の後に従う。

 6名の男の姿は松明の灯りで、幽霊のように揺れている。穏やかだった鮫島の形相が鬼のようになる。顎髭に白いものが混じっている。それが牙のように見える。総髪が黒々とした兜の様だ。揺れる炎で、陰影が激しく揺れる。怒りの色がありありとうかがえる。

 鮫島は顎をしゃくる。それを合図に2人のボデイガードは横山の両手を羽交い絞めにする。

「何をするんです!」横山は驚いて叫ぶ。

「お前、明日、飛神重徳を警察に引き渡すんっだてなあ」

鮫島の声は荒々しい。

「そんなこと、だれに?」横山は両手を振りほどこうとして抵抗する。

「豊橋支部のお前の、自称”部下”だよ」

 鮫島は口をへの字に曲げる。鬼の形相が泣き出しそうになる。八の字眉が鋭角になる。鮫島は語る。

 自分が本部の2階の応接室に横山を招いたのは信頼できる部下と信じたからだ。

 天源教を興したのは、教義を広めるためだけではない。位山の地底に眠るお宝を求めるためでもある。

莫大な資金が必要になるだろうし、人材も用意しなければならない。

 信者の中から、これはと思う者を同志にする。

 位山の地底に入るのは少人数でよい。だがその後、お宝を元手にして、宗教界、財界、政界に軍資金をばらまく。天源教の規模を拡大して、多方面に影響力を増していく。

「俺はなあ、日本の支配者になるんだよ。日本の神になる」鮫島の眼がぎらついている。

「教祖、あなたは間違っている。天源教は古代の神々を現在に復活させるんではないですか」

 横山は絶叫する。

 大和と言われる以前の日本は、ひ族とあま族が融合していた。2つの民族は1つになって平和に暮らしていた。

「パンドラの箱は、それを実現させる鍵だと、言われたではありませんか」

 あの夜、横山は鮫島の本心を見た。野望に満ちた俗物だった。人を人と思わぬ佞人。自己の私利私欲のためには手段を選ばぬ人物、それが鮫島教祖だった。

 横山は豊橋に帰るなり、信頼できると信じていた部下にその夜の事を打ち明けている。

 ――このままでは、天源教は殺人教団になってしまう。事の真相を世間に公表して、天源教は一からやり直す必要がある――

 横山の正義感は、しかし一部の部下には伝わらなかった。教祖への妬み、反逆と曲解され、鮫島の耳に筒抜けとなる。鮫島は位山への探索が終わった後、横山が行動に出ることを知る。

「私もね、位山の地底に本当にパンドラの箱があるのかどうか知りたかった」横山の声は弱弱しい。

「おい!飛神!」鮫島は重徳に合図する。

「おう、待ってた。警察に突き出されちゃ、困るんだ」

 彼は腰に付けたサバイバル用のナイフを手にすると、突っかかるように横山目掛けて突進する。

 横山の絶叫が闇夜に拡がる。


 松本は横山の悲痛な叫びを聞いて、思わず走ろうとする。雪絵の手がそれを遮る。か細い女の腕とは思えない。松本の腕を鷲掴みした力は強い。

「行ってはダメ。横山さんは殺された」

 松明でゆらめく雪絵の顔は雪女のように白い。眼が底光りしている。全身から炎がゆらめいているように見える。

 松本の体に戦慄が走る。

・・・ヒルメ・・・彼の体から力が抜けていく。

 雪絵はかすかに頷く。

「飛神重徳も殺される」

 松本はハッとする。そのとたん、飛神重徳の絶叫が響く。


 横山を刺した後、ボデイガードの1人が重徳の手からナイフをもぎ取る。重徳は横山を刺殺して呆然としている。いくら大胆不敵でも、人殺しは尋常な行為ではない。刺殺して緊張の糸が切れる。その僅かなすきを狙って、ナイフをもぎ取る。間髪を入れず、飛神の胸をを一突きにする。

「何をする!」飛神はカッと眼を見開く。

「どうして・・・」

 「お前の役目は終わった。横山と刺し違えて死んだのさ」

鮫島は不敵な笑いを漏らす。

「ではパンドラの箱に入ろうか」


                     地下神殿


 穴は80センチ四方の大きさ。大の男でも充分に入れる。松明と懐中電灯で前方を照らす。黒い穴がぽっかりと開いている。自然石を積み上げただけの石段がある。下の方を照らしても先が見えない。

「おい、伊藤、先に降りろ」

 鮫島の命令で伊藤ともう1人のボデイガードが石段を下りていく。石段の周囲は岩肌を粗削りしただけだ。岩の亀裂から水が垂れている。石段はぬめぬめして歩きにくい。用心して降りないと、奈落の底に転げ落ちていきそうだ。

「この石段は位山の下の方まで続いているようだ」

 鮫島は推測で物を言ううのが好きだ。それでいて絶対に間違いないという確信を抱いている。

「風がある!」末次が叫ぶ。

「どこかに抜け穴があるのかも・・・」と鮫島。

 喋るのはこの2人のみ。2人のボデイガードは無口だ。雪絵と松本はしっかりと手を握り合って降りていく。鮫島は腕時計を見る。

「ずいぶん長い階段だな。降りだしてもう20分はたつぞ」

鮫島が言うまでもなく、無限に続くように感じられる。

「もうすぐよ」雪絵の声が終わると同時に、石段は終わる。畳3枚程の広場となる。

「行き止まりじゃないか・・・」鮫島が不安げに叫ぶ。末次は周りの岩肌を手で触る。岩石のように黒光りしている。

「これは黒曜石・・・」

「こちらの壁を壊して!」雪絵は石段を降りきった右手の壁を指さす。

 ボデイガードの2人は持参してきたハンマーでたたき割る。その後に現れたのは高さ1メートル80センチ、幅2メートルの白い壁だ。懐中電灯と松明の光で、白銀のように輝いている。

「これは!」鮫島が雪絵を見る。

「鏡を!」叫びながら雪絵は上の方を指さす。よく見ると、八角形の窪みが見える。その中にいくつかの窪みがついている。鮫島は持ってきたリュックの中から鏡を取り出す。

「この壁はヒヒイロイカネだな」鮫島は興奮している。

 雪絵は鏡を手にすると壁に押し込む。鏡はピタリとはまる。鏡の面がこちら向きとなる。雪絵は鏡に手を当てる。

 突然、鏡から強烈な光が発せられる。同時に鈍い音を立てながら,壁がずり落ちてくる。鏡のある位置で止まる。奥は空洞のようだ。雪絵は壁の奥に足を踏み入れる。鮫島達も続く。

 少し行くと、また石段がある。石は粗削りだが、長方形をしている。6名は無言で降りていく。威勢のよかった鮫島は歩き疲れたのか口を開かない。一段一段、歩を確かめるように降りていく。

 約20分、降りきった位置に白い壁が立ちはだかる。壁の横手に黒い石がある。縦1メートル、横50センチの大きさだ。

 雪絵はこの石を指さして言う。「表面を軽く砕いて」

その声に伊藤はハンマーで軽く叩く。表面を覆っている黒石が取り省かれる。白い金属の肌が現れる。

「これもヒヒイロイカネ」雪絵が鮫島の言葉を先取りする。

「満さん、お守り袋」雪絵が手を差し出す。

 松本はあわててお守り袋を首から外す。雪絵はお守り袋の中身を取り出す。

 松本はお守り袋の中を見たことがない。母から後生大事にしろと言われて手渡されている。松本は好奇心で雪絵の手の内を見る。

 お守り袋から、和紙に包まれた白い金属片が現れる。名刺大の大きさだ。表面が凸凹している。

「これが、ひの神殿に入る鍵」

 雪絵は無表情だ。声にも抑揚がない。

 黒い岩をはぎ取った石は白い輝きを放っている。上から見るとのっぺりとした形で継ぎ目がない。雪絵はそのヒヒイロイカネの側面を両手で撫でる。松本達は眼を凝らす。よく見ると側面に亀裂が入っている。お守り袋の金属片がはいる大きさだ。

 雪絵が金属片を差し込む。丁度手提げ金庫の蓋を開けるように、側面の亀裂を境に、ヒヒイロイカネが上下にパックリと2つに割れる。中には白々しく輝く直刀が入っている。諸刃の30センチほどの短刀だ。握りもすべて白。装飾はない。

「満さん、剣を取って」

 松本は一瞬ためらう。

・・・取れ・・・鮫島が眼で合図する。松本は剣を取る。呆気ない程軽い。

「剣の先をここにつき刺して」雪絵の指さす先を見る。

 剣を取った後には穴が開いている。その穴に剣をつき刺す。白い壁がゆっくりと上がっていく。

「随分と手が込んでいるな」鮫島は感心する。

 壁が開く。

「おお!」鮫島や末次、それにいままで無口だったボデイガードのの2人も声を上げる。

 真っ暗な空間が突然明るくなる。四方八方から照明灯で照らされているみたいに明るい。松本達がいるのは直径20メートル、高さも20メートルはあろうかと思われる巨大なドームの中だ。照明灯は何処にもない。周囲の壁が鏡のように照り返している。この光源は松明の灯だ。僅かの灯で、明かりが何十倍も輝きを増しているのだ。ドーム内が明かりで充満している

「これは!」末次が叫ぶ。

「ここは、ひの神殿・・・」雪絵の抑揚のない声だ。

「神殿と言っても何もない」ボデイガードの1人が呟く。

 飛神雪絵はその声を無視する。

「この内部は全部、ヒヒイロイカネで出来ている」

 彼女の言葉が続く。

色々な金属を混ぜ合わせると、錆びない金属や軽くて丈夫な金属ができる。それと同様、ヒヒイロイカネに他の金属を混ぜる事で、色々な特質を持ったヒヒイロイカネが生まれる。

「ここに使われているヒヒイロイカネは、ひの民の最高傑作」

 雪絵は4人の大人たちに指示する。松明をドームの隅の床に置く事。各自適当な場所に座る事。正座が苦手なら横になっても良い。息を整えて、眼を瞑る事。


 雪絵は松本の手を取る。肩を寄せ合う。雪絵の肌のぬくもりが伝わってくる。松本は瞑想を知らない。もともと宗教にも縁がない。修行した事もない。雪絵に教えられた通り、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。心の中が静かになっていく。

 目の前が暗い。体が熱くなっていく。急に視界が開ける。眼を瞑っているのに、目の前に赤や青、黄色、様々な色が入り乱れて展開する。と思う間もなく、暗い夜空が全身を覆い尽くす。

――あれがオリオン星座、あれがシリウス、ひ一族の故郷――

優しい女の声。”お母さん”松本は心の中で叫ぶ。

 太古地球にやってきた”ひ”の一族は日本にも居を定める。一つの平野に地底深くひの神殿を築く。時が流れる。色々な民族が日本に移り住む。ひの神殿の上に山を築く。それらの光景が巨大なパノラマとなって、松本の眼のまえに展開する。長い時間が過ぎる。

 神殿の上に築かれた山、いつしか位山と呼ばれる。

 場面が急変する。

「お父さん、お母さん!」

 松本の両親が目の前に立っている。神々しい程に気高く美しい。白いギリシャ服をまとっている。

「あなたは”ヒルコ”」母が叫ぶ。

「雪絵はヒルメ」父が叫ぶ。

――これから2人は神の御霊の世界に入るのです――

 2人の姿が消える。


 眼が覚める。随分長い時間”夢の世界”にいたようだ。雪絵が松本を見ている。

「すごい!私は大金持ちだ」末次が長い顎を震わせる。

「お前は何を体験した」鮫島教祖が尋ねる。

「体験?」末次はいぶかしそうに言う。

「そうだ。今、お前たちが見た夢は、夢ではない」

 鮫島は教祖らしく、ゆったりと皆を見回す。

 今見た夢は、別の世界で実際に体験した事だ。

「でも、教祖、時間は30分と立っていないんですよ」

 末次が口をとがらす。

「時間など問題ではない」この世界が30分でも別の世界では50年という事もありうる。

「お前たちは何を体験した?」鮫島はボデイガード達に尋ねる。

 2人はそれぞれ、格闘技で強敵を斃して、世界一の強者になったと愉快そうに話す。

「教祖はなにを?」

「わしか?」鮫島はもったいぶって顎髭をしごく。

「わしは世界の帝王になった」

「さすが教祖・・・」末次はおべんちゃらを忘れない。

「お嬢ちゃん、ここがパンドラの箱だな?」

 鮫島は松本と飛神には何を体験したのか聞こうともしない。関心もないようだ。

「ここはひの神殿。パンドラの箱はあっち」

 雪絵が指さす方向にいつの間にか1メートル四方の穴が開いている。

「よし、それでは先を急ごう」

 鮫島は末次やボデイガード達に松明を持たせて穴に入る。


                     パンドラの箱が開く時


 穴は小さく、大人1人が腰をかがめて歩くほどの大きさしかない。長いトンネルである。それを抜けると、広々とした洞窟に出る。黒々とした岩肌が湿気の為に、ぬめぬめと光ったいる。

「行きどまりじゃないか!」鮫島が声を怒らす。

 雪絵は初めは俯いて答えようとはしなかった。15歳にしては小柄で、怯えた表情をしていた。

鮫島の強引さに、雪絵の態度が一変する。

「この奥がパンドラの箱よ」

 雪絵は松本の手を握る。片方の手を岩肌に押し付ける。

「おお!」鮫島達の驚きの声。雪絵の手が触れている岩肌が白く輝いている。それが洞窟全体を眩しい光で包み込む。光が薄れて、闇に戻る。壁の奥に淡く銀色に輝いた”部屋”が現れる。強い風が吹く。

「パンドラの箱の入り口」雪絵は悠然と答える。彼女はそのまま部屋の突き当りまで進む。壁に手をやる。後ろの方へ押しやられるようにして、壁が下がる。1メートル程下がると、引き戸でも引く様に壁が消える。

 鮫島は突風で消えた松明に灯をつける。壁が消えた空間に足を踏み入れる。下りの入り段がある。

「石段の向こうがパンドラの箱」雪絵は歌でも歌う様に言う。

「そこにあなたも求めるものがある」

「わしのもとめるもの・・・」

 鮫島の心に浮かんだのは金銀財宝。彼は末次を連れて中に消える。

「あなた達、あの2人に宝物を1人占めにされてもいいの」

 雪絵は嫣然としていう。ボデイガードの2人は顔を見合わせて、あわてて鮫島達の後を追う。


 石段を降りると、鮫島達は3メートル四方の濁った血のような廊下に入る。今にもしたたり落ちてきそうなほど毒々しい色だ。

「気味が悪いな」鮫島は不安そうに答える。

「教祖、私達も連れて行ってくださいよ」2人のボデイガードが駆け込んでくる。

「何だ、お前たち!。外で待ってろと命令したはずだぞ」鮫島の声。

「それはないでしょう。お宝を1人占めにする気ですか」

「何だと!」末次がボデイガードの1人、伊藤の肩をつく。

「何するんだ!いつまでも教祖面してるんじゃねえ」伊藤はやくざのようにすごむ。

 その時、壁の色が黒く濁りだす。異臭を放つ。ドブのような色が4人の男を包み込む。

「何だ、これは!」

 鮫島が絶叫する。口や鼻、」眼、耳や腹から青白い”もの”が蚊のように飛び出してくる。それらの1つ1つの顔がある。怒った顔、恨めし気な表情、下卑た笑い、悲愴、嫉妬に狂った顔、色々な顔持つのもが火の玉のように飛び出してくる。

「わたしにも・・・」

「俺にも・・・」

 4人の男達の体中から飛び出す顔は、見るからにおぞましい。それらが無数に飛び出すと、今度は大きな口を開ける。眼がらんらんと輝く。男達に襲い掛かる。体に食らいつく。

 鮫島達の絶叫が響き渡る。

”長いもの”は男達を食い尽くすと、煙のように消えていく。壁の色も消える。元の闇となる。


 しばらくして松本と雪絵が入って行く。壁は清浄な金色に輝きだす。2人は壁の突き当りまで歩く。

「ここから先が、私たちのパンドラの箱」

 飛神雪絵が手をかざす。黄金の壁が観音開きのように開く。その奥は白色の光で満ちている。

 雪絵は松本の手を握り締めると、中に入って行く。

――パンドラの箱が開こうとしている――


                     神霊界の秘密


 パンドラの箱――それは太陽の光を何十倍もあかるくした透明な空間である。周囲が白い光で満ち溢れている。

 2人は手を握り合って歩いていく。後ろの観音開きの扉が閉じていく。光はますます強く輝いていく。空間全体が発光しているのだ。

 暖かい。体の隅々まで光のエネルギーが浸透していく。光は、ますます強烈な輝きを放つ。2人の姿は光の中に飲み込まれていく。歩いている感覚が消えている。手を握り合う感触さえなくなっている。

 突然、意識が体を離れるような衝撃を受ける。

「体が・・・」松本が叫ぶ。恐怖はない。清々しい歓喜の世界に浸っている。

「物質は光の中へ消えるの」雪絵の声。否、体を持たないヒルメの声だ。


2人の肉体や衣服は微細な世界に還元されていく。意識=霊のみが光の世界から異次元の世界へ飛翔する。


 闇――、まばゆい光輝の世界から、一瞬にして闇の世界に替わる。

 虚無――何もない世界。あるのは無限に満ち溢れたエネルギーのみ。もし手があって動かすことが出来るなら、それは深海の中のように感じられる。何もないが、密度の濃い空気の中を漂っているようだ。光や物質、感情の元となるエネルギー、気の充満した世界だ。

「僕たち、何処にいるの」

「ここよ」

「ここ?」

物質の世界・・・、地球や太陽、無限の宇宙を形作っている、その根源の世界・・・」

「よく判らない」松本は声を発するが肉体はすでにない。

「神様の世界・・・。判る?ここは神霊界よ」

 ヒルメの歌うような声。

 人間は死後、あの世に行くという。だがその世界は物質に近い世界だ。

人間はあの世=霊界に行く。そこで生きていたころ(物質界)の数倍の期間を過ごす。時期が来ると、また物質界で肉体をまとう。あの世とこの世を行ったり来たりする。そして進化していく。やがて物質界での時間で約1億年後に神霊界に入る。

 ここは万物の元となる世界。光と闇だけの世界。高い叡智を持った意識(霊)だけが存在する無限のエネルギーの世界だ。

 ――選ばれた者だけが入れるパンドラの箱、人の心に住みついた多くの災い、怒り、憎しみ、妬みなどを発散して、最後に希望だけが残る。それが神霊界だ――


 「雪絵さん、何処にいるの?」

「あなたと一緒。私とあなたは1つなの」

 神霊界――高密度の気のエネルギーが充満する世界に陰と陽の2つの意識体が1つとなって存在する空間だ。

 ――宇宙よあれ――1つとなった2つの意識が叫ぶ。こうして1つの宇宙が誕生する。これが神霊界に存在する意識の役目となる。1つの宇宙に1つの意識を置く。意識は宇宙のあらゆる方面に気のエネルギーを活性化させる。。エネルギーは光となり、星雲となる。太陽が生まれ、地球が誕生する。生物が現れ、高等生命が進化する。

 我々の住む宇宙空間は、無数に存在する宇宙空間の1つに過ぎない。高等生命が進化して、神霊界に入る。新たな宇宙空間を創造していく。

 虚無だった宇宙空間を輝きに満ち溢れた世界にする事。これが神霊界に存在する意識の目的である。

 松本と雪絵の2つの意識は1つとなって虚無の空間を星々で満たすために存在する。

 ヒルコとヒルメ、2つの意識が1つとなる瞬間だ。

――光あれ――宇宙空間に様々な星が誕生する瞬間でもある。

 パンドラの箱は神霊界の入り口である。


                     エピローグ


 鮫島や松本、雪絵たちが位山の洞窟に入って3時間後、位山の頂上から1本の光の帯が、突き抜ける様に天に向かって登る。

 彼らが位山の中に入った時、飛神部落の人々は、飛神老人宅に集まっていた。

 光の帯が天に登るのを見たとき、彼らは位山の洞窟の入り口の岩の板を元に戻していた。その上に祠を据え直す。その横に花を手向ける。夜明けまで祈りを捧げる。

 洞窟の中で不可思議な現象が起こっていた。

ひの神殿からパンドラの箱に通ずる入り口が自然に閉じる。ひの神殿への入り口に、ヒヒイロイカネの直刀が突き刺さっていた。全ての入り口が閉じると同時に、直刀は1人でに抜けて、元の”さや”に納まる。箱の蓋がゆっくりと閉まる。箱の穴に差し込んだカードは穴から飛び出すと自然消滅する。

 次に、この部屋に入るための入り口の壁が持ち上がる。壁がふさがると、壁にはめ込まれた鏡が消えていく。

 ――鏡は五葉山の麓の元の場所に現れる。カード型のヒヒイロイカネのは、飛神老人宅の神棚に出現する。


夜明けとともに、部落民の1人が警察に連絡する。位山の祠の所に横山と飛神重徳の血まみれの死体が発見される。殺人事件として、警察の捜査が始まる。行方不明の鮫島教祖、秘書の末次、2人のボデイガードの捜査が開始される。

 天源教は教祖と信用を失って自然消滅する。天源教本部は飛神家に返還される。


 平成10年頃から、都会に出ていた飛神部落の若者たちが還ってくる。天源教本部の建物を利用して、産業振興の場として利用される。

                              ――完――

 参考資料

 世界大百科事典、ギリシャの項目                  平凡社

         パンドラの項目                  平凡社

 世界の神都 飛騨高山 上原清二                  八幡書店

 神秘の日本                            八幡書店

 日本超古代史の謎 佐治芳彦                    日本文芸社

 古代日本史の謎 加藤大門                     日本文芸社

 別冊歴史読本「古事記」「日本書記」                新人物往来社

 飛騨高山                             るるぶ情報版

 相似象カタカムナノウタヒ                   相似象学会誌

 日本超古代遺跡の謎 鈴木旭                    日本文芸社

 謎の天孫降臨と大和朝廷の秘密 加治木義博             ロングセラーズ

 日本国成立の謎 佐治芳彦                     にちぶん文庫

 超古代の謎と13の鍵 佐治芳彦                  徳間書店

 古代文字が明かす超古代文明の秘密 鈴木旭             日本文芸社

 古代ヤマト大和朝廷建国秘史、封印された日本創成の真実 関 裕二  ベストセラーズ

 古代文字に秘められた文明の謎 吉村作治              成美堂出版

 日本国誕生の秘密はすべておとぎ話にあった 加治木義博       徳間書店

 古代史の封印を解く日本ピラミッドの謎 鈴木旭           学研

 新説日本誕生 黄金の女王 卑弥呼 加治木義博           ロングセラーズ

 聖書                               日本聖書協会

 密教ヨーガ 本山 博                       池田書店

                                       以上 

 お願い――この小説はフィクションです。ここに登場する個人、団体、組織等は現実の個人団体組織等とは

     一切関係ありません。

     なおここに登場する地名は現実の地名ですが、その情景は作者の創作であり、現実の地名の情景

     ではありません。――


                                                                      

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