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白い使者

親愛なる祖父へ。

 天国では、いかにお過ごしでしょうか。

 幼少期、貴方に教え込まれた知識や方言の数々を、私は徐々に忘れつつあり、それに何ともいえぬ寂しさを感じる今日この頃です。

 そんな貴方に、私は伝えねばならぬ事があります。

 それは……。


 後書きへ続く。

 黒椋鳥という、聞いた相手がどう反応したらいいか分からなくなりそうなペンネームの由来は、今さら説明するまでもないだろう。そんな私の書き綴る物語群は、当然ながら全てフィクション。想像上のもので、実際の団体や人物は関係がないものである。

 ただ、その話が生まれるきっかけだったり、作中の要所要所や、どうでもよさげな細かい部分には、私が実際に体験した出来事をそのままではないにせよ元にしたり、友人や知り合いのエピソードだったり。目撃したものや、日常の中で通り過ぎてきたものたちを材料に、想像を膨らませたものが、結構存在する。


 例えば、拙作『名前のない怪物』に出てくる京子が語る、湖云々の人生論は、私が実際に交流した美術大学の女子大生が話してくれたものが元ネタだ。……彼女の性格は流石に京子ちゃんではないのでご安心を。

 他にも、エアコンから大きな蜘蛛がこんにちはしてきて、枕元に着地しただとか。

 味噌汁に料理のさしすせそをぶっ込む人。

 ホモに追いかけられた人。

 強姦された末に自殺した女性の幽霊が出るというトンネル。及びその周辺の怪現象。

 不気味な落書きだらけの旧校舎。

 近くの川で人が死んだ桜並木。


 他にも色々あるが、ともかくこれらがそうだ。

 あ、あのシーンか。だとか、あのお話の元ネタかな。と思って下さった方には、拙作を読んでくださり、ただただありがとうと伝えたい。

 ともかく。何が言いたいかと言えば、世の中は本当にネタに溢れているということ。勿論、それらをしっかりと料理しきれなかったり、膨らましても形に出来ないのが何とも悩ましいのだけれども。


 さて、例によって前置きが長くなってしまった。エッセイのような何かを書くときは、決まって黒椋鳥が何らかの壁にぶち当たっているときか、モチベーションはあるのに筆がのらないか、理不尽な目にあっているときか、時事ネタ的に何かが起きた時である。


 今回はほぼ全部該当するが、一番強いのは最後。

 最近ニュースにてじわじわと増えている案件を見て。あと、今朝がた見た奇妙な夢を夢日記的なネタメモに記した時、ふと思い出した事だ。

 私自身、いつかこの話を元ネタに、何かを書きたいとは思っているのだが、なかなか上手くいかなくて歯噛みしているものである。

 エピソードとして、山もオチもない。ただ幼少までは行かずとも、それなりに小型だった私が、ある山中で獣を見たという話なのだけれども、それが実は結構な珍しい邂逅であった……。それだけの話だ。

 よろしければお付き合い頂ければと思う。


 ※


 あれは確か、私が中学二年生の頃だったと記憶している。

 祖父の家を尋ねた私は、娯楽も特になく、暇をもて余したが為に、まだ日が明るいうちに冒険に出掛けることにした。

 祖父の家周辺は里山とまではいかなくとも、結構山に隣接していて、少し道を外れると、あっという間に周りを木々に囲まれる。そんな場所だった。山菜があり。おいしい木の実があり。綺麗な川や、妖しい美しさをもつ沼などもある。そんな未開の地を思わせる場所に、私は祖父の家に来るたび何度も踏み入っていたのだが、なかなかどうして入る毎に新たな発見があり、病み付きになっていたのだ。

 気分はすっかり、ゲームでよく見る不思議なダンジョン。「風来のシレン」とかが大好きだった当時の私は、そのどこまでも広がる樹海を思わせる山林に、探求心を大いに刺激されたものだった。

 ナップザックに食料と飲み物。バードウォッチング用の双眼鏡。杖代わりの木刀を手に、私は意気揚々と出発した。

 途中何だかよく分からないけど食べられる木の実や山菜を拝借したり。

 バカデカい鯉が悠々と泳ぐ溜め池を眺めたりしつつ。私はずんずんと山の深みに入っていった。

 それなりに急な斜面をのぼり。この辺かな。と、適当に当たりをつけては双眼鏡取り出す。以前悠々と歩くカモシカを見た時の感動をもう一度味わいたくて、私は山に入るときは決まってこれを持っていくようにしていた。

 獣がいなくても、綺麗な鳥でもいればそれでよし。そんな面持ちで双眼鏡越しに遠くを眺めていた時。私は視界の端で動くものを見た。

 期待で心臓が跳ね上がり、私はすぐにそれにピントを合わせ……直後、完全に思考が停止した。

 私が覗いた、谷というには緩やかすぎる勾配を下りて登った向こう側。そこに……熊がいたのである。


 熊がいたのである。

 大事なことなので二回言った。

 当時祖父の書斎に何故かあった、『銀牙』をちょくちょく読み耽っていた私は、熊の恐ろしさを嫌という程に思い知っていた。……少しズレた知識という突っ込みはさておき、動物園以外で相対する熊に、身体が嘘のように震えて。今すぐ逃げろと思考が叫んでも、それとは裏腹に脚がちっとも動かなかった。

 その場で私を支配していたのは恐怖か。驚きか。多分どちらも該当するだろう。何せそれなりに古い記憶だ。だが、はっきりと覚えている事もある。そういった感情の中ですら、私を支配していたもの……。それは、ある種の感動だった。


 何故なら私が見たそいつは、思わず目を疑うほどに、真っ白な熊だったのだ。

 もちろん、私がこの世で一番白いと信じる、牛乳のような純白さはない。その熊は大自然の中で生きているが故か。身体は草木や泥。あるいは餌食になった獣の血が凝固し、薄汚れていた。

 野性のパンダの白い部分というと。途端に安っぽくなるが、一番近いのはそれだろう。

 だが、私はその野蛮に穢れた体躯に、ある種の神々しさを見た。


 美しい獣だった。

 怖いほどに美しい獣だったのだ。


 時間がこれほどに長く感じられたのは、生まれて初めてだった。

 だが、実際には恐らく数十秒しかないであろう私達の双眼鏡越しの対峙は、熊が動くことで終わりを告げた。

 熊は近くの木の実をモシャモシャと口にすると、ゆっくりとした足取りで藪の中へと消えていった。

 残された私は、思わずその場にペタンと座り込んだ。

 気のせいだったのだろうか。そんな事を思いながら。

 双眼鏡から見た熊の視線は、私を捉えていたように見えたのだ。私が立っていたのは恐らく風下だったにも拘わらず。

 それだけではない。あの熊は……。


 ※


 そのまま私は、逃げるように下山して、祖父母の家に転がり込んだ。血相を変えた私を祖母や叔父は不思議そうに見ていたが、私は何でもないの一言でごまかした。

 山に入り、熊を見た。何て話した日には、祖母からあの小うるさい母の耳へと話が飛んで、もれなく説教が待っているだろうから、私は口を閉ざしたのだ。

 ただ一人の、例外を除いて。


 その日の夜の事だ。 

 叔父は外出。祖母が夕食の為に台所に立ったのを見計らい、私は祖父にだけ、何を見たのかを打ち明けた。


 私がおじいちゃんっ子だったのもあるが、それに加えて祖父は動物や自然について詳しく。ちょくちょく私にその知恵を授けてくれていた。

 祖父に手懐けられない動物はいない。私は今でも本気でそう思っている。だからこそ、そんな祖父ならば、何か答えをくれる気がしたのだ。

 真っ白い熊。そんなの有り得るのか?

 私の疑問を祖父は黙って聞いていた。かと思えば、ポケットから向日葵の種を取り出して、両肩に乗せているリスのポン太(♂)とポン太(♂)に与えたまま、じっと目を閉じる。

 カリカリカリ。と、ポン太×2が種の表皮を剥く音が部屋に響き。やがて、祖父の口が開かれた。


「そりゃあ、ミナシロだな ※方言が凄まじいので標準語にしています」


 聞きなれない言葉に私が首をかしげると、祖父はもう一度、ミナシロ。と呟いた。


 曰く、全身が真っ白なツキノワグマで、マタギの間でそう呼ばれる存在であり、山の神様の使いなのだそうだ。

 同じく神様の使いで、全身が真っ黒で月の輪がないツキノワグマをミナグロ。また、異様に大きく。狡猾で俊敏なツキノワグマをコブクマ。こちらはミナシロやミナグロとは違い、山の神様そのもの。単にヌシと呼ばれる事もあるのだとか。

 古くから私が住む地方のマタギの間で語り継がれ、畏れられている存在なのだという。

 俺はマタギな訳じゃないから、そこまでは詳しくないがな。と、祖父は付け足す。ポン太Aが頭に乗っかり、私を見つめていた。太い尻尾がうねるのが、普段なら面白いと感じるのだが、その時私は、語られた話に耳を傾けるのに必死だった。


「白い動物はな。稀に生まれてくるんだ。時には人にすらいたと聞く。そういうのは例外なく短命で、神様から使命を帯びて現れるそうだ。お前の前に現れたのも、何か意味があったのだろう。……何もないかもしれないが ※方言が凄まじいので標準語にしています」


 最後で台無しだ。とは口に出さなかった。私は心臓が高鳴るのを感じた。何てロマンがある話だろう。当時白化個体……つまりアルビノという言葉を知らなかった私は、祖父の話がまだ終わっていないのも忘れて、ワクワクした面持ちになっていた。次に爆弾を落とされるまでは。祖父はこう続けたのだ。


「ともかく、無事でよかった。マタギの間では崇められてはいるが、それ以上に畏れられているものだからな。何か不吉な事の前触れかもしれん。熊として変な動きはされなかったか? 例えば……手招きとか ※方言が凄まじいので標準語にしています」」


 その言葉は、まるで重石のように私にのし掛かった。

 何か恐ろしい出来事が起きようとしているのかもしれない。そう思い、怖くなった私は、辛うじて特に何も。と答えるだけで精一杯だったのだ。



 ※


 場面は切り替わり、平成二十八年。私は本エッセイのような何かを書いた上で、様々な恐怖に震えていた。


 一つは、過去最大の長さになった事。何がとはもはや言うまい。ついでに、今回投稿の際に一度文字化けで文の半分が消えてしまい、書き直しと再投稿に時間がかかったこと。消えたら諦めろと言われかねないが、中途半端に文が生き残ると腹が立つもので、さっさと直してしまった。時間が一時間ほど削られた。


 もう一つは、時事的なネタで味わった恐怖だ。

 あのハゲ……ではなく都知事の騒動が報道されまくるなか、実は毎日のように取り上げられていた事件が存在する。

 そう。ツキノワグマによる、獣害である。数日前には仕留められた一体の胃から、とうとう人体の一部が出てきたとのこと。

 一度人の肉の味を覚えた熊は、それ以降はその肉を好むようになるという。文明に生きる人間など、熊から見たら捕まえやすいご馳走でしかない。

 今更ながら、冷静になると私はあの時、結構崖っぷちな状況だったのだ。よく生きていたと思う。


 そして最後。

 それは、あの時ついぞ言えなかった言葉。祖父の解釈やらを聞く事なく今日まで来てしまった今……。私はあれがどういう意味だったのかを知る日は、恐らく永遠になくなってしまったのだ。

 エッセイ何て書いてる場合じゃない。連載も書かねばなるまい。だが……。

 ああ、恐ろしい。あの時ミナシロは……。




 祖父へ。あの日私は嘘をつきました。本当は、心当たりがあったのです。

 ただ、高校に上がろうかという時に我が家でもインターネット等が普及して。若者による適当な調査の結果、当然ながらこの世に神様などいない。ミナシロはただの白化個体だった。そう悟ってしまった時、私は童心と、不思議なダンジョンと信じて疑わなかった山から、心身共に遠ざかったかのような。奇妙な気概を覚えたものです。

 だから気にも留めていませんでした。あれが福音か不吉なものか。そんなのは調べようもなく。事実、私は周りの人間から「何というか運悪いね」「無駄なとこでは幸運だよね」といった面白くもつまらなくもない評価を得ながら、今日まで生きていました。

 あの日見たのは結構どころかかなりラッキーなもの。そんな認識でした。

 とある小説を読むまでは。


 それは、マタギを題材にした小説で、その話の中にミナシロやミナグロ。そして、コブクマの話題がありました。

 そして最終章にて、コブクマは銃を向けられた瞬間に、こんな行動をとったのです。


 笑った。


 その一節を読んだ時、私は身震いを覚えました。

 あの日のミナシロも、私を見て、笑ってはいやしなかったか……。と。あまりにも不吉過ぎて、だから私は口を閉ざしたではないか。と。

 笑う熊については、ついぞわかりませんでした。マタギ達の間で語り継がれているものか。単に威嚇の意味を込めた表情の変化だったのか。

 小説で対峙したマタギは、それをヌシの挑戦と受け取っていました。

 私の場合はなんだったのだろう。

 挑戦。ではなかった筈です。私はマタギではありません。

 それ以上山に踏み込めば殺す。という警告か。

 人間風情が何の用かという嘲笑か。

 あるいは「お逃げなさい。さもなくば踊りましょう」的に微笑みかけたのか。

 いやいやたかが熊。特に意味はないのかも。

 結局私にはわかりません。この時点で、私は祖父。あなたのように山に生きる人間などではなく、脆弱な現代の人間なのでしょう。

 だから私は恐ろしいのです。何故ならミナシロは、忘れた頃に〝今でも〟私の夢に色んな形で現れるのです。


 今朝も……奇妙な内容ながら現れました。

 意味があるのか、はたまたないのか。何かの暗示なのか。それすらわかりません。繰り返しますが、それが恐ろしいのです。

 因みにその夢では、祖父の家の裏にある川にて、白とも黄色ともつかぬ鯰のような巨大魚が大量発生し、私はそれらをミナシロが見守る傍らで片っ端から釣り上げていた。というものでした。

 もうどうコメントしていいかわかりません。助けてください(笑)

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