(28-4)
ヴェンシナはくらくらとめまいを覚えながら、フレイアシュテュアに視線を向けた。
「フレイア、君は一体どう思っているの? 君の一生に係わる大問題だよ。こんな時くらいはね、人のことなんて気にしていないで、わがままを言わなきゃ駄目なんだよ」
「……私は」
アレフキース、ランドリューシュ、フェルナント、ヴェンシナ――、そうして息を飲みながら控えている数人の騎士たちと、夕食の席が整ったことを知らせる名目で、興味本位で駆けつけてきたラグジュリエとサリエットの視線を一身に集めながら、フレイアシュテュアは紅い唇を開いた。
「あまりのことで……。それに、突然で……。一体どのようにお答えしていいのか……」
「ならば君は、ただ頷いてくれればいい、フレイア」
フレイアシュテュアに断らせるつもりなど毛頭無く、アレフキースは提案した。すっかりとうろたえて、尻込みをした風のフレイアシュテュアは、ふるふると金色の頭を振る。
「そんな、畏れ多いことです。とても――」
「フレイア」
「はい」
「もう君から、言質は取っているからな。私のものになるということは、私の隣に並び立ち、共に生きる道を選んだということだ。今になって、つまらぬ言い逃れをするのは許さない」
眼差しに情熱を込めて、アレフキースは尊大に告げた。王太子の強引な求愛に心を掴まれて、フレイアシュテュアは薔薇色に頬を染める。
「……はい」
フレイアシュテュアの目前で、未知への扉が音もなく開かれる。その先に広がっているのは、小さな村の中しか知らない臆病な彼女にとって、思い描くことすらできない雲上の世界だ。
差し伸べられた腕を取り、歩み出そうとする足は竦んでいるが、アレフキースが王太子であることを変えられないのなら、自分が変わってゆくしかないのだと、フレイアシュテュアは覚悟を決めて小さく頷いた。
「私には身に余る、勿体ないお話だと思います。ですけれど、殿下のお傍にいる為に、必要なことであるのなら……」
フレイアシュテュアの緑と琥珀の瞳が、熱を帯びて甘く煌く。
騎士たちのざわめきと娘たちの感嘆が漏れる中、アレフキースは優雅な仕草で恋人の白い手をもたげると、その指先に恭しく唇を押し当てた。
「――と、いうことになったのだが、ヴェンシナ、お前の『妹』との交際を、許してもらえるだろうか?」
フレイアシュテュアの指先を軽く握ったまま、アレフキースは惚けたようにこちらを見つめているヴェンシナに尋ねた。
「ゆ、許すも許さないも、なにもっ……、殿下にそこまで言わせてしまって。それにっ、フレイアが合意しているんでしたら、僕はもう、認めるしかないじゃありませんかっ!!」
有無を言わさぬ事後承諾だとヴェンシナは思う。勿論渋りはするだろうが、国王は結局のところアレフキースに甘いのだ。これでフレイアシュテュアは、日陰の身になることなく、アレフキースと結ばれることが叶うのかもしれないが、新たな苦労が垣間見えるようで、喜んでいいのか困っていいのかヴェンシナにはわからない。
だが今、彼の目にフレイアシュテュアは、輝くばかりに美しく見える。瞠目するような彼女の華やぎが、アレフキースの傍にあることによって得られる幸福の証だとするならば、新たな生を与えてくれた大切な『女神』の為に、ヴェンシナにできることはただ一つだけだ。
「それから去就の件ですけれど」
「決めたのか?」
「ええ。姉さんたちや村のことも、気がかりには違いありませんけれど、あなたに任せきりにしてしまっては、フレイアのことが心配で心配で、夜も眠れなくなってしまいそうですからねっ。僕は今のまま、近衛二番隊に留まることにさせて頂きます!」
「そうか、では、この先も宜しく頼む、ヴェン」
腹を括ったヴェンシナの決断に、アレフキースは嬉しげに頬を崩した。その決して抗えぬ屈託の無い笑顔に、ヴェンシナは心密かに生涯の忠誠を誓いながらも、しっかりと釘を刺すことだけは忘れなかった。
「この先もしも、フレイアを不幸になさったら、僕があなたを一生叱って差し上げますからねっ。覚悟なさいますように!」
「肝に銘じておこう。本当に仕事熱心だなあ、ヴェンは」
アレフキースはのん気に答えた。【勝利の神】の名を持つ、デレスの王太子の運命の輪は、ゆるやかなまどろみの時を終えて、ここから大きく動き始めるのである。
本編はこれにて完結です。ご読了ありがとうございました。物語は後日談へ繋がります。




