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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十八章 「前途」
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(28-2)

「ランディは?」

 廊下で会った騎士の一人に、アレフキースはランドリューシュの所在を尋ねた。

「副隊長は、まだ仮眠を取られていらっしゃいます」

「仕様がないな、起きてくるまで居間で待つとするか」

 フレイアシュテュアとフェルナントを伴って、アレフキースが教会の居間へ足を踏み入れると、数人の先輩騎士と雑談しながら、長椅子の背にもたれて身体を休めていたヴェンシナが、彼らの姿を認めておもむろに身を起こした。


「ヴェン!?」

「このような格好のまま、御前にまかりこしまして、申し訳ありません」

 ヴェンシナは寝衣の上に、シャレルに借りたものらしい暖かな色合いのショールを羽織っていた。ヴェンシナと談笑していた白い制服の騎士たちは、姿勢を正して主君に一礼し、フェルナントが眼差しで促すままに素早く壁際に控える。

「そんなことは気にせずに座っていろ。それより何故このようなところにいるのだ? 身体は大丈夫なのか?」

 長椅子の手摺に手を掛け、立ち上がろうとするヴェンシナを制して、アレフキースは案じるように問いかけた。


「平気ですから、お気遣いはなさらないで下さい、殿下。フェルナント隊長が合流されたと聞いたもので、始末書を提出しようと思ってお待ちしていたんです」

「始末書?」

「ええ、特別任務を全うできなかったので……」

 アレフキースを目前にして、ヴェンシナは尻つぼみに声を小さくした。ヴェンシナの始末書提出は、アレフキースのお忍び休暇におけるお目付け役の任をなさず、主君の暴走を止められなかったことに対して、言い渡されていた罰則である。


「律儀な奴だな。ヴェンシナには、先の盗賊討伐の際に、身体を張って殿下をお守りした功績がある。賞罰相殺にしてもあまりあるので、とりあえず始末書は免除するつもりだったんだが……」

 差し出された書面を受け取りながら、フェルナントが苦笑混じりにそう言うと、ヴェンシナは榛色の瞳を大きく開いた。

「ええっ!? 本当ですかっ!?」

「せっかく書いたようだからな、まあ受理しておこう。しかし、提出は王宮に復帰次第でいいと、キーファーに伝えさせておいた筈だが?」

「そうなんですけれど、僕はもう王宮に戻らないかもしれませんので、今のうちにちゃんとしておきたかったんです」

 無駄足を踏んでしまったことにしょんぼりと肩を落としながら、ヴェンシナはフェルナントを見上げた。


「どういうことだ?」

 ヴェンシナの始末書を制服の胸に収めつつ、鋭い眼差しを向けてフェルナントが理由を求める。

「はい、近衛二番隊に残るか、【南】(サテラ)州の国境警備隊に移籍をするか選んでいいと、殿下におっしゃって頂いているんです」

 その重大な決断を、ヴェンシナはまだ下せずにいた。この調子では、アレフキースの出立間際になっても、答えが出せないままかもしれないと、彼の内心には焦りが生じ始めている。


「私に無断で、近衛二番隊の人事を動かそうとなされては困りますなあ」

 寝耳に水のヴェンシナの発言を受けて、フェルナントは咎めるように主君を見やった。

「すまない、フェルナント。だがそれ以上に、ヴェンに報いてやれる方法を思いつかなくてな」

 先にフレイアシュテュアを長椅子に掛けさせ、その隣に、テーブルを挟んでヴェンシナと向かい合う形で腰を下ろしながら、アレフキースは答えた。

「まあ、たった今伺いましたからな、心づもりはしておきましょう」

 しぶしぶといった様相を露わにフェルナントは了承し、主君に勧められて長椅子に同席した。フェルナントはヴェンシナが負傷した経緯を目の当たりにしているので、アレフキースの気持ちを理解しないでもなかったが、近衛二番隊を束ねる彼としては、厳しく鍛え育ててきた将来有望な部下を、一人でも欠かしたくない思いがある。


「それでどちらにするか決めたのか? ヴェン」

 アレフキースの問いに、ヴェンシナは首を左右に振った。

「いいえ。もう少し、悩ませて頂いても構わないでしょうか?」

「好きにするがいい。後悔のないようにな」

「はい」

 答えてヴェンシナは、彼の去就を気にした様子を見せながらも、物静かにアレフキースの傍らに添っている、フレイアシュテュアの姿に目を留めた。


「ところで殿下、どうしてフレイアを連れておいでなんですか?」

「ああ、それなのだが――」

 アレフキースはフレイアシュテュアと視線を合わせて微笑み、浮かべた笑みはそのままにしてヴェンシナに向き直った。

「昨日お前に頼んだことに、若干修正したい点が生じたものでな」

「昨日と申されますと……、僕が復調したら、フレイアを尼僧院まで送り届けるようにとおっしゃられた件でしょうか?」

 それを依頼した時とは、まるで様子が違うアレフキースを怪訝そうに眺めながら、ヴェンシナは確認した。


「ああ。住み慣れた故郷を離れて、見知らぬ場所へ一人で赴くのは心細いであろうからな、フレイアの旅に付き添って貰いたいことに変わりはないのだが、行き先に変更があるのだ」

「別の所って、もしかしてそれは王宮ですか!?」

 もってまわった言い方をするアレフキースに対し、ヴェンシナは単刀直入に尋ねた。

「いや、そうではないのだが、実は受け入れ先に、まだ話を通していなくてな」

「話を通してないってっ、殿下!! あなたはフレイアを、一体どこに連れて行かれるおつもりですかっ!?」

 のらりくらりと無茶苦茶な発言をするアレフキースに、ヴェンシナは思わず声を荒げた。

 フレイアシュテュア本人も、アレフキースのものになると約束はしたものの、具体的に何をどうするかはまだ聞かされておらず、驚きで瞳を瞬かせている。

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