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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十八章 「前途」
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(28-1)

 アレフキースは憮然とした表情でキーファーたちのもとへ戻ってきた。夕映えの中でもそうとわかるほどに、恥ずかしげに頬を染めたフレイアシュテュアを伴っており、彼の話は愛の告白の方であったらしいと容易く連想された。

 ラグジュリエとサリエットが額を寄せ合って、ひそひそとフレイアシュテュアを問い詰める相談をしているのに気付いて、キーファーは思わず苦笑する。

 暗黙の了解のうちに、アレフキースがフレイアシュテュアをガルーシアの背に乗せたので、ラグジュリエはキーファーの馬に移り、サリエットもちゃっかりとエリオールの馬に同乗しての帰路となった。


 不機嫌を絵に描いたような状態のアレフキースであったが、間近に添うフレイアシュテュアの存在に、しばらくするとささくれ立った気持ちを宥められたらしい。

 時折睦ましげに眼差しや言葉を交わしながら、先行する恋人たちの姿を、二人の騎士と二人の娘は、少々あてられたような気分を抱きつつも、そうとは気付かれぬ程度に距離をとりながら、邪魔にならぬよう大人しく見守ってゆくことにした。



*****



 やがて教会の庭先に辿りついた一行を、数人の部下たちと共に、鋼のような体躯をした鉄色の髪の偉丈夫が出迎えた。

「フェルナント!」

 鞍から降り、林檎の籠とフレイアシュテュアも降ろして、手近にいた騎士の手に愛馬の手綱を投げてから、セヴォーの砦に詰めていた近衛二番隊の騎士隊長の名を、アレフキースは嬉しげに呼んだ。

「ご壮健のようですな、アレフキース様」

 丁重な仕草でお辞儀をしてから、こちらも喜色を露わにしてフェルナントが応じる。

「到着していたのか。セヴォーの砦での勤め、大儀であったな」

「なんの、国境警備隊の働き振りを知り、彼らと(よしみ)を結ぶ良い機会を得ました」

 年若い主君の前まで進んで、いささかの疲れも衰えも見せず、フェルナントは豪快に笑った。


「お前に従っていた者たちはどうしている?」

「明日の出立が早いと聞いたので、一足先に休息を取らせております。王都への旅が、強行軍となりましては可哀想ですからな」

「そうか、では明日の朝にでも労ってやるとしよう。フェルナント、お前も今日は早々に休むといい」

「お心遣いありがたく頂戴しておきます」

 礼を述べ終えたフェルナントの灰色の目が、アレフキースの肩越しに、主君の護衛をしていたキーファーとエリオールを捉え、咎めるように厳しく細められた。


「それにしても、エリオール、キーファー、お前たちには厳重注意が必要なようだな」

 王太子と共に、村の娘たちと乗馬を楽しんできたかのように見える部下たちに対し、フェルナントは渋面を作った。

「決して遊んでいたわけではございません、隊長」

 果樹園での軟派な態度はどこへやら。きりりと顔を引き締めて、キーファーが潔白を主張する。結果としてなかなか楽しい仕事になったのは否めないが、それはランドリューシュに命じられ、アレフキースのわがままに付き合った上での役得である。一方でエリオールは口を開くことなく、一片の疾しさも感じさせない涼やかな瞳を上官へと向けた。


「今日のところは、そういうことにしておいてやろう。殿下も、他の者に示しのつかぬような行いは、あまりさせないようになさって下さいますかな」

 フェルナントの小言が自己にも及んで、アレフキースはやれやれと言いたげに肩をすくめた。

「王宮に戻ったら改めるとしよう。キーファー、娘たちが林檎を運ぶのを手伝ってやれ。エリーはキーファーの代わりに、彼の馬も一緒に片付けてやってくれないか」

「はい」

「承知しました」

 王太子の命をこれ幸いとして、主君と上官の前を辞した後に、キーファーはフレイアシュテュアとサリエットから林檎の籠を受け取り、エリオールは二頭の馬たちの手綱を取りに向かった。


「フレイア」

「はい?」

 キーファーや他の娘たちと共に、教会の裏口へと向かいかけていたフレイアシュテュアを、アレフキースは呼び止めた。

「君にはまだ、大事な話が残っている。私と一緒に来てくれるか」

「はい」

 従順に返事をして、フレイアシュテュアはアレフキースの傍に寄った。サリエットとラグジュリエが、王太子の『話』の続きに興味津々の顔つきで、いささか残念そうな視線を投げかけてくる。


「お元気になられたようですな、なによりです」

 アレフキースの影に隠れるようにして、人見知りをするフレイアシュテュアに、フェルナントはそう言って微笑を向けた。

「あの、どなたですか?」

 初対面とは思えぬような気遣いを見せるフェルナントに、フレイアシュテュアは不思議そうに小首を傾げた。緑と琥珀の色違いの瞳が、助けを求めてアレフキースを仰ぎ見る。

「そうか、君はあの時気を失っていたから、フェルナントを知らないのだな」

 合点がいった様子で、アレフキースはフレイアシュテュアに、目の前にいる騎士隊長を紹介することにした。


「フェルナントは、近衛二番隊の隊長だ。見知りおいてやってくれ、フレイア」

「フェルナント・ヴォ・フェルシンキと申します」

 森の精霊のように、清楚で可憐な王太子の恋人に対して、フェルナントは恭しく一礼をした。国境の川近辺で、盗賊に連れ去られた娘たちを救出した折に、フェルナントはアレフキースの腕に抱え上げられた、意識のないフレイアシュテュアと対面していた。賊に嗅がされた薬の作用で、彼女は一時昏睡状態に陥っていた――実際は、瀕死のヴェンシナを癒した為なのだが、ランドリューシュの裏工作によりそういうことにしてある――と聞き及んでいたので、フェルナントは心配していたのである。


「フェルナントはこう見えて、根は温厚だからな、怖がらなくていいぞ」

「え、ええ……」

 アレフキースの説明に、頷いて良いものかどうか躊躇して、答えあぐねるフレイアシュテュアに代わり、フェルナントが主君に尋ねた。

「どう見えるのですかな?」

「それはキーファーあたりに聞いてみるといい」

「正直に答えてはくれなさそうですなあ」

 機転の早さと天性の人当たりの良さを駆使し、如際なく世を渡る部下の名を上げられて、フェルナントは思わず苦笑した。


 アレフキースも笑い、フレイアシュテュアに視線を戻して恋人の唇からも笑みを引き出すと、彼女の腰にそっと手を添えた。さりげなくフレイアシュテュアを導きながら、一歩を引いたフェルナントを従えて、アレフキースは扉のない聖堂の入り口を潜る。

 祭壇の前で足を止め、美しいステンドグラスで描かれた四季の神々へ、今日の平和と恵みと喜びを感謝する短い祈りを捧げてから、三人は教会の奥へと向かった。

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