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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十七章 「告白」
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(27-3)

 周囲に民家の無い箇所までは、盗賊たちもわざわざ荒らしに向かわなかったとみえ、教会所有の小さな果樹園は、これまでと変わらぬ風景のままでアレフキースを出迎えた。村のどこにいるよりも、フレイアシュテュアが活き活きとして楽しげに見えた彼女の憩いの場所が、踏みにじられることなく保たれていたのに安堵しながら、アレフキースは先に馬を降り、次いでラグジュリエを降ろしてやって、愛馬の手綱を引きながら、少女と並んで果樹園の中に入っていった。

 アレフキースがヴェンシナや娘たちと共に通い詰め、労働に励んだ成果で、教会の果樹園における林檎の収穫は、ほぼ完了しかけていた。熟した実を残したままの木が立っているのは、最奥にあるほんの一隅だけである。


 アレフキースが果樹園に立ち寄り、幾つか林檎をもいでゆこうと思いついたのは、それを息子の熱意に負けて渋々と承諾し、多大な心配をしながらもお忍び旅へと送り出してくれた、国王夫妻への土産にしようと考えたからである。

 太陽は西の空に大きく傾き、陽の光は茜色を帯び始めていた。紅い果実をたわわに実らせた林檎の木の下には、腕に収穫用の籠を下げた先客がいた。



*****



「あら王太子様、ごきげんよう」

 明るい緑の瞳をした村長の娘は、アレフキースの姿を認めると、林檎を入れた籠を地に下ろし、スカートの端を摘まんでお辞儀をして見せた。

「サリエットか、そう畏まらないでくれ」

 金褐色の頭を下げたままのサリエットに、アレフキースは苦笑した。

「何してるの? サリエット」

「お馬鹿ねえラギィ、見ればわかるでしょ。シャレルに頼まれて林檎を採りに来てるのよ」

 ラグジュリエに答えながら、サリエットは上体を起こして肩をすくめた。

「ということは、私たちの食事の為か、すまないな、サリエット」

 気付いて謝辞を述べるアレフキースに、サリエットはあだっぽく微笑みかけた。

「あたしと王太子様の仲で、今さらそんな水臭いことおっしゃらないでよ。殿下や素敵な騎士様たちのお役に立てて、あたしだって嬉しいのよ」

 アレフキースとフレイアシュテュアとのことを知らなければ、誤解しかねぬような発言をしてのけて、サリエットはエリオールとキーファーにもにこやかに愛嬌を振りまいた。


「ところで王太子様こそ、こんな所に何のご用?」

「ああ、父と母への土産に、私が自分で収穫した林檎をと思ってな」

「そうなの。それはきっと格別なお味でしょうねえ」

 サリエットは得心して頷いた。愛馬の手綱をキーファーに預け、手近な林檎に手を伸ばそうとしたアレフキースを、サリエットは止めた。

「待って、それじゃあ駄目よ」

「何故?」

「向こうにもっと立派で、美味しそうなのがたくさん生ってたわ。せっかく国王様や王后様に召し上がって頂くんだったら、そのほうがいいでしょう?」

「向こう?」

 サリエットが意味深な笑みを浮かべながら指し示す方向へ、アレフキースは視線を向けた。少し離れた林檎の木の影から、柔らかに光を弾く淡い金髪が覗いていた。


「――フレイア!」

「!!」

 アレフキースに名を呼ばれて、フレイアシュテュアはびくりと肩を震わせた。隠していた姿をおずおずと現し、今にも涙が零れそうな色違いの瞳で彼を見つめてから、林檎で一杯の籠をその場に残して、臆病な小鹿のように身を翻して逃げ出してゆく。

「すぐに戻る! そこで待っていろ!!」

 ついて来るなと側近たちに念を押してから、アレフキースはフレイアシュテュアを追った。

「アレフキース様!」

 エリオールが咎めるように呼んではみるが、アレフキースは振り返ることもしない。



*****



「――さてと、どうしたものかなあ?」

 得手勝手な主君の命と、近衛騎士の任を天秤にかけて、思案を始めたキーファーとは対照的に、エリオールはすぐさま行動に移った。

「こんな状況でも、迷わず君は殿下を追っかけて行こうとするわけだね、エリー」

「人を撒くのが上手い方だ、所在は常に押さえておかないと不味い」

 いかなる任務も無駄口を叩かず、確実に遂行するのがエリオールの身上である。秀麗な顔を僅かに顰めて、整然と並んだ木立の間を駆けてゆくアレフキースの後姿を確かめながら、エリオールはキーファーに答えた。

「それはそうだけどさ、護衛の仕事っていうのはつくづく無粋だよね。君や殿下の馬の番もしておくからさ、僕は娘さんたちと一緒に待っていてもいいかい?」

「勤務中だということを、君が忘れないなら、キーファー」

「わかってるって。殿下はあのお嬢さんと、大事なお話をまだお済ませでないようだからね、エリーこそ、あんまり野暮な真似はしちゃ駄目だよ」

 軽く片手を上げる仕草でキーファーに答えて、エリオールは気配を殺し、慎重に距離を測りながらアレフキースの後を追い始めた。


「……大丈夫かなあ」

 ラグジュリエがやきもきとしながらその姿を見送る。

「エリーのことなら気にしなくていいよ、ラギィ。彼は殿下の尾行に慣れているからね、必要以上に傍まで寄って、お二人のお邪魔をすることなんてしないと思うから」

 すっかり開き直った様子で、のんびりと寛ぎながらキーファーは言った。

「キーファーは下手なの?」

「うーん……、近衛二番隊の騎士として面子というものがあるからね、できないとは言わないけどさ。僕は時と場合によっちゃあ忠誠心よりも好奇心の方が勝っちゃうからねえ、エリーみたいに無心で見守るなんてことはできないかなあ」

 遠慮なく問いかけるラグジュリエに答え、キーファーは呆れるような返事をした。ランドリューシュが聞けば苦笑し、フェルナントの耳に届けば大目玉をくらうだろう。

「ふうん、騎士様といっても色々なのねえ」

「まあね。みんな僕よりずっと真面目だとは思うけど、ヴェンみたいにさ」

 キーファーは悪びれずににっこりと笑った。


「王太子様はフレイアに、一体どんなお話があるのかなあ?」

「あら、お別れのご挨拶か、愛の告白かのどっちかに決まってるじゃない。どんな顔をして戻ってこられるのか、すごーく楽しみよね」

 誰に言うともなく問いかけるラグジュリエに、サリエットは彼女らしい言い方で答えた。

「人の悪いお嬢さんだなあ。まあ僕も、あんまり人のことは言えた義理じゃないんだけどさ」

 軽く噴き出しながらキーファーが同調する。不真面目な二人に対してラグジュリエは憤慨した。

「サリエットもキーファーも酷いわ! フレイアの幸せをもっとちゃんと考えてあげて!」

「お子様のあんたに言われなくてもね、そのくらいちゃあんと考えてあげてるわよ。そちらの騎士様もきっと、ね」

 サリエットの瞳に嘘がないことを確かめて、ラグジュリエはキーファーを振り返った。


「うん、あんなに綺麗なお嬢さんなのにさ、尼僧院に行っちゃうのはもったいないよ。殿下のお傍に上がって下さればいいのにって、僕は思っているんだけどねえ」

 盗賊の襲撃を受ける前に、ヴェンシナに問われた時には答えあぐねてしまったが、フレイアシュテュアの『秘密』を知り、彼女を失いかけたアレフキースの取り乱した姿を目の当たりにして、キーファーの考えは一方に大きく傾くこととなった。フレイアシュテュアというよりも、主君の幸福を願ってのことではあるが、フレイアシュテュアがアレフキースの愛妾になれば、キーファー自身も『女神を守る』という密かな喜びを得ることができる。


「フレイアは本当、お馬鹿なのよねえ。お別れをするのが辛くて、ぐずぐず泣くくらいに王太子様が好きなんだったら、後ろ向きに逃げてばっかりいないで、目の前の幸せを自分からしっかり掴みに行けばいいのよ。王太子様はどう見たってあの子にべた惚れなんだから、フレイアがちゃんと気持ちを伝えたら、王都へ連れて帰ってくれるに違いないわ。同じ妾になるのでもね、エルアンリ様じゃなくて、あの方のお相手なら、そう悪いものでもないんじゃないの?」

 幼い喧嘩友達を前にして、ゆっくりと言い聞かせるような、サリエットの声音は柔らかで優しかった。馬上で見た、アレフキースの迷いが消えたような晴れやかな笑顔を、尖った気持ちを収めながらラグジュリエは思い出す。


「……王太子様は、何かいいことを思い付いたって言ってたわ。フレイアの為にもいいことになるように、あたしに祈ってて欲しいって」

「そう。そう仰っていたんだったら、あたしも付き合ってあげるから祈ってあげなさいよね。王太子様はひょっとして――、フレイアの為にまた何か骨を折って下さるつもりなんじゃないの? もしそうだとしたら、今度は一体どんな騒ぎになるのかしらねえ……」

 サリエットの発言を受けて、ラグジュリエとキーファーは思わず顔を見合わせた。アレフキースがどんな突拍子も無いことを思いついたのか、彼らには全く見当もつかなかった。

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