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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十七章 「告白」
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(27-2)

 滞在二日目に、村の案内を請うてそうしたように、鞍の前にラグジュリエを乗せてアレフキースは馬を進めた。焼き打たれて崩れ落ちた民家の跡や、踏み荒らされた畑などを、痛みと怒りをない交ぜにしたような複雑な面持ちで眺めながら、若い娘や子供たちに歓声を上げられては笑顔で応え、村の再建に励む村人や、それを助ける兵士や官吏たちの姿を見かけては、気さくに言葉を掛けて廻った。

 アレフキースが明日王都に向けて出立することは、既に村人たちも知るところであり、多くの民が村を救い希望を与えてくれた、勇敢で人騒がせな王太子との別れを惜しんでいた。


 民家がある辺りを一通り巡って、教会へと戻る前に、アレフキースはヴェンシナや娘たちと共に、長閑で幸福な金色の時間を過ごした、教会所有の果樹園へと足を向けてみることにした。



*****



「――ランディは王太子様だったのよねえ、黒髪で黒い瞳で背が高い……」

 民家が途切れ、周囲に人影がなくなって、アレフキースとようやくゆっくり話せるようになったところで、ラグジュリエは仰向くように彼を見上げ、しみじみとそう言った。

「今さらどうしたのだ、ラギィ? 信じていなかったのか?」

「ううん、こうしてね、一緒に馬に乗せてもらって村の人たちに会っててね、何だかすごーく実感しちゃったの。ランディは本当の本当に王太子様なんだって」

 アレフキース本人は、『ランディ・ウォルターラント』と名乗っていた頃と、その服装を除けば取り立てて変わった様子は見せていなかったが、シュレイサ村の大人たちが彼に向ける態度や眼差しが、以前のものとは明らかに違っているのを、ラグジュリエはまざまざと見せ付けられた気分だった。


「王太子様がどんな方か、ヴェンが詳しく教えてくれなかったのは、ランディの正体を隠してたからなのねえ」

「ヴェンは嘘がつけないからな、黙っているしかなかったのだろう」

「そうよねえ」

 『黒髪で黒い瞳で背の高い方』というのは、ヴェンシナなりの精一杯の答えであったのだろう。

 ラグジュリエが想像の翼を広げて、心に思い描いてきた王太子像に近いのは、むしろ、冷静沈着で時に厳しくありながらも、口元には穏和な微笑を絶やさない、影役のランドリューシュの方であったかもしれない。けれど――。


「ラギィは王太子について、何か理想でもあったのか? もし夢を壊してしまったのなら悪いことをしたな」

 問いかけるアレフキースに、ラグジュリエは大きく首を横に振った。

「ううん、そんなことないわ、ランディくらい格好良かったら充分だもん。都の騎士様のふりをして、お忍び旅をしちゃったり、教会のご奉仕を何でもやってくれちゃうような方で、びっくりはしたけど。だけど、フレイアを助けてくれたのも、盗賊をこてんぱんにやっつけてくれたのも、王太子様なんだもんね」

 アレフキースが貴族の横暴や盗賊の脅威から、人々を庇い守ろうとしてくれる、平民の味方の王太子であることがラグジュリエには嬉しかった。精悍で見栄えのする彼の容姿に、いたく満足していたのも事実であるが。


「ラギィにも何かと世話をかけたな。労働も野良遊びも、王都ではできないことばかりで面白かったが、ラギィと一緒に菓子を作り損ねてしまったのは、いささか心残りだな」

 ラグジュリエの率直な物言いに笑みを漏らしながら、本気と冗談を入り混ぜたような口振りで、アレフキースはそんなことを言った。

「シャレルとカリヴァーの結婚祝いのケーキのことね」

 二人の結婚式の前日に、お菓子作りを手伝ってもらう寸前まで話が進んでいたことを思い出して、ラグジュリエは噴き出した。あの時サリエットがアレフキースを呼びに来なければ、不似合いなエプロンを胸にかけて、一心不乱に卵白やクリームを泡立てる王太子の姿が見られたかもしれないと考えると、もう可笑しくて堪らない。


 笑い転げて鞍からずり落ちそうになったラグジュリエを、アレフキースは冷やりとしながら片腕で抱えた。俄かに馬足を乱したガルーシアに、エリオールが素早く馬を寄せる。

「大丈夫ですか、殿下?」

「ああ、大事無い。控えていてくれ」

「はい」

 ラグジュリエを支え直して、ほっとした様子のアレフキースに短く答え、エリオールは従順に引き下がった。主君と村の少女の会話を邪魔しないように、エリオールは馬足を遅めながらキーファーに並ぶ。


「……王太子様って、結構面倒なのね。お散歩も好きに行かせて貰えないなんて」

 アレフキースの腕にしっかりと掴まり、付かず離れず従っている二人の近衛騎士を振り返りながら、ラグジュリエは感想を漏らした。

「ああ、面倒で、窮屈で、退屈なものだぞ。だがこれからは、退屈している暇はなくなりそうだな」

「どうして?」

「村で過ごしている間に、やらねばならぬことがたくさん見えてきたからな。王宮に帰ったら、今までずっと遊んでいたつけが回ってくるだろうな」


 休暇中の近衛騎士として、辺境の民と過ごしたシュレイサ村での日々は、遊び好きな王子であったアレフキースの意識に大きな変革をもたらしていた。

 勤勉な父王の統治の下、平和に治まっていると思っていた国の内にも、実は様々な問題があるのだということを。そうして次代の王となる自分には、全ての国民が幸福に生きてゆけるよう、国と民を守り、よりよい方向に導いてゆく責があるのだということを。盗賊の襲撃により流された多くの血と涙と共に、アレフキースは真摯に受け止めていた。



*****



「今度こそ本当に、王都に帰っちゃうのねえ……」

 明日のアレフキースとの別れを思うと、ラグジュリエの胸にもふと寂しさがよぎった。

「そうだな、シュレイサ村の復興を見届けられないのが残念だが、これ以上わがままを通すわけにはいかないからな。村や教会のことだけでも大変だろうが、私の分まで、ヴェンやフレイアのことを宜しく頼む、ラギィ」

 一人前の娘に対するように、アレフキースはラグジュリエに懇請した。

「うん、ヴェンのことは任せてね。早く元気になって欲しいから、あたし精一杯お世話をするわ。だけどね、フレイアのことは、王太子様にお願いしちゃ駄目なの? 王太子様はフレイアを、王都に連れて行ってくれないの?」


 昨日アレフキースが去った部屋を見舞いにゆくと、フレイアシュテュアは寝台の中で静かに泣いていた。恋人が公子どころか王太子であることを知って、フレイアシュテュアは尼僧院に移る決意をさらに固めてしまっていたが、大切な『姉』の心を奪い、理由はどうあれ彼女と床を共にしたからには、どうかその責任をとって欲しいと、少女らしい潔癖さでラグジュリエは思っていた。


「……ラギィには正直に打ち明けておこう。本当は攫って行きたい」

 咎めるように詰問するラグジュリエに、アレフキースは本音で答えた。

「だったら連れて行ってあげて! フレイアの一番の望みは、尼僧院に行くことなんかじゃないと思うわ!」

 黙したままのフレイアシュテュアの想いを代弁するように、ラグジュリエはアレフキースに訴えた。その真の姿が、近衛騎士でも、大貴族の公子でも、王太子でも。この黒髪の青年は、ラグジュリエが長らく待ち望んでいた、フレイアシュテュアの運命の恋人なのだから。


「私が王太子などではなく、平民出身の騎士ならば、迷うことなくそうしただろう」

 フレイアシュテュアの『妹』に対する、それがアレフキースの誠実な答えだった。越えられぬ身分の壁が、惹かれ合う恋人たちを遠く隔てていることを、ラグジュリエは口惜しく思い出す。

「そうね……。フレイアはとっても綺麗で……、女神様だけど、お姫様じゃないもんね」

 ラグジュリエは心底悔しそうに言った。領主の息子の奥方にすらなれない孤児の娘が、一国の王子と幸福に結ばれる筈はない。


「姫……?」

 ラグジュリエの言葉を聞きとがめて、アレフキースは反芻した。

 その脳裏に、正に神の啓示の如く、閃くものがあった。

「そうか――、その手があったか!」


 アレフキースの大きな独白に、ラグジュリエは驚いて、振り仰ぐような格好で彼の顔を覗き込んだ。

「なあに?」

「いや、ラギィのおかげでいいことを思いついた。礼を言おう」

 思いがけず晴れ晴れとした笑顔を向けるアレフキースに、ラグジュリエは再び鞍からずり落ちそうになりながらも、勢い込んで尋ねた。

「いいこと? それってっ、フレイアにとってもいいことなの!?」

「そうだな、そうなってくれるとよいのだがなあ。祈っていてくれるか? ラギィ」

「勿論よ、いっぱいいっぱいお祈りしてあげるわっ」

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