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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十七章 「告白」
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(27-1)

「お疲れ様でした、殿下」

「ああ、すまないな」

 シュレイサ村を訪れた【南】(サテラ)州府の官吏へ、村の復興支援の引き継ぎを終えて、ようやくアレフキースは一息をついた。キーファーが差し出した香草茶のカップを受け取り、寛いだ表情で唇を湿す。

 昨日ヴェンシナと話を終えてから、アレフキースは熱心に王太子としての務めに励んでいた。盗賊事件の犠牲者たちに手篤い弔いを捧げ、村中を巡って村人や兵士への慰安と激励に多くの時間を費やすかたわらに、シュレイサ村の復興に住人の意向がより多く反映されるよう、寝る間も惜しんで執務に携わり、側近たちに助けられながら、州府の官吏へ手渡す書類を纏め上げた次第である。


「夕食までには、まだしばらく時間がありそうですから、仮眠を取られますか?」

 同様に香りの良いお茶を堪能しながらランドリューシュが尋ねた。部下たちには三交替で順に休養を取らせていたが、アレフキースの相談役である彼自身は、主君に付き合って、昨夜からずっと不眠不休のまま働き詰めであった。

「私は平気だ。それよりも、村の様子をもう一度よく見ておきたいな」

 心地よい疲労と充足感を覚えながら、アレフキースは教会の居間から窓の外を眺めやった。明日の朝はいよいよ本当にシュレイサ村を去ることになっている。荒廃した無残な状態のままで、置いてゆかねばならない村と、懸命に村を立て直そうとしている民人たちの健気な姿を、アレフキースは脳裏にしっかりと焼き付けておこうと思っていた。


「お出かけになるのなら、供をお連れになって下さい」

 アレフキースの心情を慮り、ランドリューシュは穏やかに了承した。主君が留守の間に、彼自身は今しばらくの休息を取る心づもりである。

「村の中を、軽く一巡りしてくるだけだ。必要なかろう」

 不満げに振り返るアレフキースに、ランドリューシュは譲歩しなかった。

「そういうわけには参りません。ランディのままでいらしたなら、大目に見て差し上げるところですが、あなたはもうアレフキースにお戻りなのですからね」

 空になったカップと受け皿をテーブルに置き、ランドリューシュは居間に控えていた部下のうち、目に留まった二人の騎士の名を呼んだ。


「エリオール、キーファー」

「はい」

「お召しでしょうか」

 素早くやってきた騎士たちに、ランドリューシュは命じた。

「殿下が外に出たがっているからね、君たち二人にお守りを頼みたい。私はこの後少し休ませてもらうけれど、殿下が勝手をしないよう、しっかりと見張っているように」

「承知しました」

 エリオールは無表情に、キーファーは密かに笑いをかみ殺しながら、声を揃えて返答する。


「これでは王宮にいるのと変わらないな。全く」

 香草茶を飲み干して、アレフキースは深々とため息をついた。

「では、私は先に乗馬の準備を整えて参りますので、殿下は後ほどお越し下さい」

「ああ、頼む、キーファー」

「はい」

 礼儀正しく一礼をして、居間を出てゆくキーファーと入れ違うようにして、ラグジュリエが盆を抱えてカップを下げにやってきた。ラグジュリエはアレフキースと目が合うと、親しげににっこりと笑ってみせた。


「フレイアはどうしている、ラギィ、今日も休んでいるのか?」

 テーブルに置いた盆の上に、集めた食器を重ねてゆくラグジュリエに、アレフキースはフレイアシュテュアの容態を尋ねた。昨日の朝に彼女の寝室を後にして以来、アレフキースは同じ屋根の下にありながら、フレイアシュテュアの姿を一度も見かけてはいなかったのだ。

「ううん、身体はね、もうすっかり大丈夫みたいよ。今日はずっと教会の中で、ヴェンや怪我で寝込んでる他の兵士さんたちのお世話をしてるけど、王太子様は会ってないの?」

 ラグジュリエは不思議そうに首を傾げた。王太子の問いかけに対して、物怖じもせずくだけた口調で答える少女に、周囲の騎士たちがぎょっとして目を見張るが、アレフキースは頓着した風もない。


「ああ、口煩い監視役が、常に傍で目を光らせているからな」

「私は朝のうちに廊下で会いましたよ。あなたはご無体な振る舞いをなさったせいで、避けられておいでなのでは?」

 口煩い監視役と言われたランドリューシュが意地悪く反撃に出た。身に覚えが無いこともないアレフキースは、ごまかすようにして咳払いをする。


 訝しげな眼差しを向けるラグジュリエに、ふと思いついて、アレフキースは提案した。

「そうだ、ラギィ、今からしばらく私に付き合ってくれないか? 村のみなの様子を見に行こうと思っていたところなのだ」

「王太子様のお誘いじゃあ断れないわね、歩いて行くの?」

「いや、キーファーが用意をしてくれているところだ。私の馬で行こう」

「やったわ! 王太子様の馬に乗せて貰えるなんて、またみんなに自慢できるわねっ!」

 ラグジュリエは諸手を挙げて狂喜した。カップと受け皿を芸術的に積み重ねた盆を持ち上げて、慌しく台所に戻ってゆこうとする少女に、アレフキースは注意を促した。

「私はここで待っている。急ぐ必要はないぞ、ラギィ。怪我などしないように気をつけて運んでくれ」

「わかったわっ」

 そう答えながらもラグジュリエは、嬉しげに早足で去っていった。


「――元気で賑やかな子ですねえ、あの子も教会の子供なのでしょう? ヴェンシナもそうですが、孤児であることに挫けてしまわず、心健やかに育ったものです」

 逆境にめげないラグジュリエの活きの良さに、ランドリューシュは感心しながらそう言った。

「この村の牧師殿は情け深い方だからな、彼の人柄があってのものだろう。短い間だったが、私も教会の『家族』のように温かく迎えてもらった。今は雑然としていて風情もなにもあったものではないが、シュレイサ村教会はなかなかに住み心地が良かったぞ」

「そういえば、教会で労働奉仕をされていたと伺っていますが、一体何をなさっておいでだったのです?」

 休暇中の思い出に浸るアレフキースに、ランドリューシュは尋ねた。アレフキースはにやりと笑いながら、少し得意げに答えた。


「色々やったな。掃除や薪割りをできるようになったし、牧師方を手伝って林檎酒造りの手伝いもした。ヴェンや娘たちと果樹園に出かけて、林檎の収穫は毎日のようにやっていたのでな、もうすっかりと手馴れたものだぞ」

「……ヴェンシナの困り顔が目に浮かぶようですねえ」

 アレフキースにとっては遊びの延長のようなものだと理解してはいても、慣れぬ農作業や雑役に精を出す王太子を目の当たりにして、ヴェンシナはやはり困惑せずにはおれなかっただろう。童顔のヴェンシナの、その愛おしい表情を、ランドリューシュは哀れみを覚えながら想像する。


「頼まれたことは一切断らずに、村の者に教わりながら何でもやってみたからな。ヴェンの胃を苛めてしまったかもしれないが、得がたい体験をさせてもらったと思っている」

「都会育ちの騎士として、田舎暮らしを満喫されていたわけですね」

「ああ、身体を使うことばかりで疲れはしたが、王宮にいるよりもずっと気ままで楽しかったぞ。機会があれば、またいつか別の地も訪れてみたいものだ」

 そう言いながらアレフキースは瞳を巡らせた。傍らに控えたエリオールと視線が合ったところで、アレフキースは悪戯を思いついた時の顔つきで、寡黙な側近に問いかけた。


「そうだ、エリオール、お前の故郷は確か、【西】(エシラ)州の宿場町だったな?」

「それだけはどうか、ご容赦下さい、殿下」

 滅多なことでは動じず、そしてまた我を張らないエリオールが、うろたえながらも頑なに拒絶の意を示す。

「本気にするな、エリー。もう二度と、此度のような休暇をもらえぬことくらい、私とて承知の上だ」

 エリオールの過敏な反応に、アレフキースは苦笑した。ぱたぱたと軽い足音が近づいてきて、居間の入り口からラグジュリエが顔を覗かせる。


「王太子様、お待たせしちゃった?」

「いや、ちょうど良い頃合だろう」

 そう言ってアレフキースは長椅子から立ち上がった。眼差しで念を押すランドリューシュに目礼を返し、エリオールは歩み出す主君に従属する。

「ほどほどに切り上げて、陽が落ちる前にお帰り下さい。あなたのお戻りが遅くなると、みなの予定が狂うことになりますからね」

「ああ、お前は好きに休んでいるといいぞ、ランディ」

「そうさせて頂きますよ」

 ランドリューシュと側近たちに送り出され、アレフキースは教会の庭へと向かった。

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