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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十六章 「岐路」
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(26-2)

「フレイアが女神に生まれついた理由について、ヴェンは何か知っているのか?」

「いいえ、ですが、みな考えつくことは同じなのではないでしょうか」

 アレフキースの問いに、ヴェンシナは瞼の上から手を退かして答えた。

「……フレイアの父親に、謎を解く鍵があるということか」

 深く突き詰めてゆかずとも、アレフキースの思考も自ずとそこに帰着してしまう。フレイアシュテュアの父親は、果たして何者であるのだろうか?


「はい。フレイアは昔から、他人(ひと)とは違う自分を嫌がって怯えていました。左右の目の色が違うのも、緑の指を持っているのも、村の人たちが言うように、【精霊の家】(シルヴィナ)の魔物の娘だからじゃないかって。僕はフレイアを魔性のものだなんて思ったことはありませんけど、彼女の出生とシルヴィナには、やはり何か係わりがあるような気がします」

「フレイアの母親は確か……、過去の盗賊事件の折に、しばらく行方知れずになっていたのだったな」

「そう聞いています。牧師様は当時のことを覚えていらっしゃいますか?」

 アレフキースに相槌を打ってから、ヴェンシナはエルフォンゾに尋ねた。老牧師は目をしばたかせながら記憶を掘り起こす。


「盗賊たちに攫われて、売られてしまったか、殺されてしまったかと諦めていたフィオフィニアが、シルヴィナの森で見つかったというのでのう、村の者はみな大騒ぎじゃったよ」

「……フィオフィニアは、それまで一体どこにいたのだろう?」

 素朴な疑問をアレフキースは口にした。エルフォンゾは困ったように首を横に振る。

「さあ、それは……、昔も今も知る術がございませんのう。フィオは心を病んで、記憶も言葉もすっかりとなくしておりましたからのう」

「そうか、そうだったな」

 林檎を収穫しながら、シュレイサ村の村長の娘と噂されることについて、アレフキースが尋ねた時、そうあればいいと答えていたフレイアシュテュアの言葉には、彼女の切実な願いが込められていたのかもしれない。魔女と呼ばれることのみならず、女神である事実も、フレイアシュテュアにとっては正体を掴めぬ自分自身に対して、不安を抱かせる辛い現実に過ぎないのだと思うと、アレフキースは不憫でならなかった。


「……シルヴィナには、楽園の伝承もあるのをご存知でしょうかのう?」

 エルフォンゾはアレフキースの表情を窺いながら、ためらいがちに問いかけた。

「楽園……?」

「はい」

「いや……、それは初耳だな」

 興味を持った様子のアレフキースの眼差しに促され、エルフォンゾは言の葉を紡いだ。

「たわいの無い言い伝えでしてのう。簡単に申し上げますと、シルヴィナの森の奥地には、時の流れから外れた楽園があって、森で消息を絶った者は、その楽園を探し当てて、神代から生きる人々と共にそこで暮らしているのだというものでございます。シルヴィナに棲むと言われる魔物はその守護者で、楽園に適合する資格のない者を、裁きに掛けているのだとも」

 エルフォンゾは一旦深く呼吸をして、膝の上で両手の指を組み合わせた。


「マ・ナセル、マ・ソミア、ナ・テウス――。殿下には、以前にも申し上げておりましたかのう。フレイアの母親が、あの子をあやしながら繰り返していた不思議な文言です。『私のあなた、私の娘、あなたの子供』と、フィオはフレイアを慈しみながら、相手の男を恋い偲んでいたようですのにのう、恥ずかしながらフィオが存命の頃には、意味のある言葉だということすら存じませんでした。

 フレイアが女神の愛し子であることに気付いて、フィオの言葉が失われた異国の言語であるのを知ってからのことですがのう、フィオは盗賊に連れ去られた後に、どうにかしてシルヴィナの楽園に辿り着いて、そこの住人と恋に落ち、フレイアを授かったのではないかと思うようになりましての」

「伝説の楽園の住人が父親か。牧師殿はなかなかに想像力が豊かだな」

 アレフキースは率直に感想を述べた。無駄口を叩かずに控えていたランドリューシュが、くすりと笑いながら、その肩に手を置いて言い添える。


「では、シルヴィナにあるのが楽園ではなく、ただの集落であったとしたらいかがです?」

「何を言うのだ、ランディ。シルヴィナは未開の聖地ではないか」

 意表をつかれた様子のアレフキースに、ランドリューシュは軽く首を振り、顰め面をしながら否定してのけた。

「いずれ国王となられる御方が、先入観に惑わされていてはいけませんよ。通説でそのように考えられているだけで、実際に誰かが隅々までを探索して、シルヴィナに人が住まぬことを確かめたわけではありません」

「それはそうかもしれないが、迷い込んだきり還らぬ者も多いという、魔物や精霊の住処と云われるような場所だぞ」

 すぐには受け入れられないアレフキースに、ランドリューシュは根気よく講釈を始めた。


「領土を侵す者があれば、これを排そうとするのが国の(ことわり)でしょう。古来よりの伝承をないがしろにするつもりはありませんが、シルヴィナの魔物について調べてゆくうちに、曰くある森の中で遭遇したばかりに、異なる文化を育んできた人々を、異形のもののように勘違いしてしまったということもあり得るのではないかと思ったのです。事実、フィオフィニアという女性は保護された際、血の付いた奇妙な形の服を身に付けており、その上言語を解さないあって、人外のものではないかとの嫌疑を受けたそうですよ」

「なんと、フィオの身にそんなことがございましたかの!」

 エルフォンゾは驚愕し、小さな目を丸くした。アレフキースがヴェンシナに視線を向けてみると、聞くまでもなくその表情が驚きを如実に物語っている。


「ヴェンや牧師殿でも知らぬようなことを、何故お前が知っている?」

「フレイアシュテュアの身上調査の一環です。州府に記録が残されていました」

 アレフキースの疑問に、ランドリューシュは簡潔に答えた。アレフキースが見初めた娘、つまり、王太子の寵を受けるかもしれない女の身元を調べることも、彼の重要な任の一つである。

「マ・ナセルというのは、グラシア語の古典語ですね。フィオフィニアが纏っていたという衣服も、グラシア戯曲の古典歌劇の衣装のようであったといいますから、シルヴィナに楽園、あるいは集落が存在して、彼女がそこに身を寄せていたとするならば、その住人もまた、グラシア人の流れを汲むのではないかと考えられます。シルヴィナの森の奥地にそびえ立つ山を、かつてグラシアの民は、エデリシオン――『神々の宮城』と呼び称して、神の棲む山と崇めていたようですから、古の神を祀る人々の末裔が、その膝下で今も集い暮らしているのだとしても不思議なことではないでしょう」


「何だかお前に、巧く言いくるめられそうになっている気がするが、確証があるわけではないのだろう?」

 しぶとく疑いの眼差しを向けるアレフキースに、ランドリューシュは微笑みながら頷いてみせた。

「ええ、可能性の一つとしてお考え下さい。俗悪な想像を致しますと、フィオフィニアは特殊な性癖のある古典趣味の男に売られるなどして、密かに囲われていただけかもしれませんからね。ですが、グラシアの支配者層の中には、神の力を授けられた異能者がいたという実録があります。高名な占術師や奇跡の聖者は、その家系を遡ると多くグラシア人に連なるとも言われていますから、昔日に滅んだ大国に思いを馳せ、女神の出生の謎に迫るのも浪漫でしょう」

「シルヴィナの楽園や、魔物の伝説をぶち壊しておいて浪漫もなかろう。結局お前の調査でも、フレイアの父親は確定できないわけだな」

 アレフキースは呆れ返りながらランドリューシュに確認をとった。フレイアシュテュアの『家族』が知らず、有能な腹心に調べられぬとあれば、彼女の出生を知ることはおそらく不可能だ。


「記憶をなくした母親に、誰も知り得ぬ空白の月日がある以上は正直申し上げてお手上げです。けれども、だからこそ強く言い切ってしまえば、いかようにもできるのではないかと。魔女と呼ばれていたり、貴族の妾に望まれていたりという目にあっていて、さらには女神だという秘密を抱えていることが判明しましたが、フレイアシュテュアは至って慎ましやかな娘で、素行には全くもって問題ありませんからね。

 ですから表向きは……、そうですねえ、もっともらしく広まっている噂に沿って、シュレイサ村の村長の私生児だと、押し通すのが無難でしょう」

 ヴェンシナとエルフォンゾを前にして、堂々と口裏合わせを勧めるランドリューシュに、アレフキースは一瞬言葉を失った。

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