(25-3)
「フェルナントは、まだシュレイサ村に戻っていないのか?」
料理の総指揮は、シャレルが執ったようである。いささか緊張気味の娘たちに給仕を受けて、休暇の間にすっかりと舌に馴染んだ素朴な朝食を味わいながら、アレフキースはランドリューシュに、姿を見かけぬ騎士隊長の所在を尋ねた。
「ええ、フェルナントは同性に惚れ込まれる性質ですからね。エルアンリが負傷して、物の役に立っていないようですし、国境警備隊の兵たちに頼みにされているのでしょう。ですが彼は、近衛二番隊の隊長です。昨日の夜に、一両日中にはセヴォーの砦を発つとの連絡がありましたから、遅くとも明日には戻って参りますよ」
「そうか、ヴェンの傷の具合は?」
重ねてアレフキースは、ヴェンシナの容態を問うた。
「順調に回復の兆しを見せておりますから、ご安心を」
答えてランドリューシュは穏やかに微笑む。
「そうか、それは重畳だな」
アレフキースも改めて胸を撫で下ろした。そうしてからしばし思案する。
「……ヴェンと話したいことがあるのだが、大丈夫だろうか?」
「ええ、あなたがお休みの間に、しっかりとした意識を取り戻していますから問題はないでしょう。この後にでもお見舞いになられますか?」
「ああ、悪いがお前にも付き合って貰いたい」
「構いませんよ。何のお話かは予想がついておりますからね。キーファーも参らせましょうか?」
ランドリューシュは気を回して、『秘密』を共有している部下の名を上げた。アレフキースは軽く首を横に振る。
「いや、キーファーは機転が利くからな。それに、お前が上手く計らってくれているなら必要ない。それよりも牧師殿にご一緒して頂きたいのだが」
「承知しました。牧師殿には私からお願いしておきましょう」
「宜しく頼む」
「はい」
必要以上のことをアレフキースに語らせることなく、ランドリューシュは諾った。
*****
空いた食器が下げられ、食後のお茶が運ばれてくる。香草の清々しい香りが鼻腔に満ちて、アレフキースの精神は心地よく冴えてゆく。
王太子や騎士たちの世話を焼き、甲斐甲斐しく動き回っている村の娘たちを眺めやって、アレフキースは目を細めた。
「娘たちは案外に元気なようだが、村の被害は少なくないのだろう? ランディ。お前のことだから、抜かりなく手筈を整えてくれているとは思うが、シュレイサ村の復興は滞りなくゆきそうか?」
「そうですねえ、慣れないことですから手探りで進めていますけれど、それなりになるようにはなりそうですよ。自分たちの村のこととあって、民は逞しく立ち上がっていますし、領主の対応も迅速でした。国境警備隊の救援活動を、今は近衛二番隊の騎士たちにも手伝わせていますが、明日になれば【南】州府の官吏がシュレイサ村に到着しますから、彼らに復興支援の引継ぎをしたら、我々の役目はお終いになります」
そこで一旦言葉を途切らせて、ランドリューシュはアレフキースの瞳を見つめた。
「ですので、王都への出発は、明後日の朝にしようと考えています。異存はございませんか?」
諦めたような仕草で、アレフキースは肩をすくめる。
「あると答えたところで、お前の予定は決定のようなものだろう?」
「よくお分かりではありませんか」
ランドリューシュはあっさりと認める。
「決闘騒ぎの噂と盗賊討伐の報告、どちらが先にお耳に届くかわかりませんが、国王陛下も王后陛下も、一日千秋の思いであなたのお帰りをお待ちでしょう」
デレス国王には、アレフキースの他に王子も王女もいない。王太子としての責務も、国王夫妻の心配も無下にはできないが、アレフキースは後ろ髪を引かれる思いである。
「村が完全に立ち直るまで、私自身で支えてやりたいところだが、そういうわけにはいかないのだろうな。この先領主が協力を渋ったり、州府が手を抜いたりするようなことはないだろうか?」
「それはおそらく大丈夫ですよ。シーラー候とブルージュ伯には、あなたの名前を使って脅しをかけておきましたからね。エルアンリの一件で、ブルージュ伯は相当に恐縮していますし、彼らの監視の目があれば、州府の官吏も真面目に働いてくれることでしょう」
ランドリューシュは涼しい顔でそう言って、香草茶を口に含んだ。アレフキースは額を押さえた。
「……お前は何故そういうことに、自分でなく私の名前を使うのだ」
「こういった場合、王太子殿下のご威光には絶大な効き目がありますもので。それに、我が母上は、サテラ州公と犬猿の仲ですからね。サテラ州府の役所仕事に、私が口を出したと州公に知れてしまったら、むしろ逆効果になる可能性も考えられますので」
ランドリューシュはさらりと問題発言をしてのけた。
「情けないな……。市候や領伯もだが、政に私情を持ち込むのは州公まで同じなのか?」
アレフキースは呆れたように言った。ランドリューシュはカップと皿をテーブルに戻して、わざとらしく吐息をついてみせた。
「高貴なご身分の方ほど、甘やかされて身勝手にお育ちですからねえ。大人になりきれていない大きな子供のような方を、大勢存じ上げておりますよ」
「誰のことを言っているのだか。そう言うお前だって公子だろうに」
暗に嫌味を言われているのを自覚して、アレフキースは苦笑した。
「ええ、ですが、ランディ・ウォルターラントは平民出身の騎士ですよ。どなたかのおかげで、その気楽な身分を返上しないといけなくなりましたが」
アレフキースをちらりと見やって、ランドリューシュは当てこすった。
「やはりまだ、根深く怒っているではないか」
既に反省の色もないアレフキースに、ランドリューシュは恨みがましい眼差しを投げかけた。
「根深くもなりますよ。あなたがのん気に眠りこけていらっしゃる間に、我々の入れ替わりについては厳しく緘口令を布いておきましたからね。あなたの醜聞を肩代わりして、近衛騎士を引退するのが、私のランディ・ウォルターラントとしての最後の仕事です。着飾って怠惰な公子ぶっているよりも、質実剛健な騎士暮らしの方が性にあっていましたのに……、まさかこのような形で世間の晒し者となり、幕引きをする破目に陥るとは、本当にいい迷惑です」
「しかし、サリフォール家の総領息子が、いつまでも身上を偽って、近衛騎士をしているわけにもいかないだろう」
アレフキースがもっともらしく正論を述べるが、ランドリューシュが感化される筈もない。
「あなたの口からお聞きしても、まるで説得力のないお言葉ですよねえ」
「悪かったな」
「まあ、ですが、あなたの影を続けてゆくよりも、公爵を継ぐほうがよほど楽かもしれませんね。あなたに名前をお貸しするのはもう懲り懲りです」
心底懲りた様子で、ランドリューシュはしみじみと言った。王宮に戻り次第、国王に辞職を願い出る決心を彼は既に固めていた。




