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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十四章 「女神」
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(24-1)

 他の二台の幌馬車の中から、聖堂に逃げ込むことができずに行方知れずになっていた三人の娘たちと共に、サリエットも無事発見され、騎士たちに保護をされた。

 それほど時を置かずして、セヴォーの砦から河伝いにやってきた、国境警備隊の警邏隊が合流したのを機に、罪人の収監をフェルナント以下五名の騎士と国境警備隊の兵たちに委ねて、アレフキースは三台の幌馬車とヴェンシナの愛馬を連れ、残りの騎士たちと共にシュレイサ村へ帰還した。


 民家がいくつも焼かれ、畑は無残に踏み荒らされ、牧場からは家畜が放逐されて、盗賊団による襲撃は村の至る所に痛ましい爪痕を残していたが、シュレイサの村人たちの表情は決して暗いばかりではなかった。住人の半数近くが失われてしまった過去の惨劇を思えば、此度の犠牲者の数は殉職した兵を合わせても両手両足の指で数え切れるほどで、その被害は最小限に食い止められたと言っていい。

 高潔な黒い瞳に毅然たる輝きを宿し、村人の砦となっていたシュレイサ村教会へ向けて、馬を進めてゆくアレフキースを、村人も兵士も歓声を上げて迎え、次いで膝を折っていった。


 予測不能の大胆な言動で、長閑な村に波紋を投げかけてきた黒髪の騎士の正体を、シュレイサ村の村人たちは驚きながらも受け入れていた。

 王太子アレフキースは型破りで人騒がせな王子であると知れたが、襲われた村を救う為に率先して軍を動かして、自ら陣頭に立ち前線で戦い続けてくれたことに、村人たちは感激しきりだった。また彼らの多くは、名を偽ってお忍び休暇を楽しんでいたアレフキースと交流を持つ間に、一見近寄りがたい雰囲気に圧倒されながらも、外連味(けれんみ)のない真っ直ぐな気性に惹き付けられ、寛いだ彼が見せる大らかで温かな笑顔に魅せられてもいた。



*****



 教会の居間を借り受け、部下たちとシュレイサ村の村長を助手にして、被害状況の確認をし、救援救助の采配を取り仕切っていたランドリューシュは、王太子帰還の報を受けて、足早に教会の庭先へと出迎えに上がった。

「このとおり、無事に戻ったぞ、ランドリューシュ」

 愛馬の背から降りて、アレフキースは腹心の従兄の前で胸を張ってみせた。

「偉そうに仰ることではありませんよ。そうでなくては困ります」

 疲労はしているようだが、健やかな主君の姿にほっと胸を撫で下ろしながらも、ランドリューシュはアレフキースを嗜めた。

「盗賊団はどうしました? 国境警備隊やフェルナントも一緒ではないようですが?」

「村を襲った連中は、国境線ぎりぎりのところで投降させてきた。村のことが気がかりだったし、娘たちを家族の許へ早く返してやりたかったからな。事後処理はフェルナントと国境警備隊に任せて、私は先に戻ってきたのだ」

 ランドリューシュにそう答えて、アレフキースは背後を振り返った。五人の娘はエリオールに手を貸されて、一人ずつ順に幌馬車から降ろされているところだった。


 アレフキースの肩越しに、楚々とした控え目な風情でありながら、鮮やかに人目を惹く淡い金髪の娘を認めて、ランドリューシュは目を瞠った。アレフキースの好みを熟知しているランドリューシュには、伏し目がちの瞳の色を確かめるまでもなく、それが主君の心を捉えた娘であると一見して知れた。

 未だ薬が抜けきっていないのか、どこか覚束ない足取りで地に降り立ったフレイアシュテュアを、先に降ろされて待っていたサリエットが手を伸べて支えてやる。


 サリエットに身を寄せながら、緑と琥珀の潤んだ瞳をめぐらせて、フレイアシュテュアは揃いの制服を着た騎士たちの中に『ランディ』を捜した。丈高く、独特の存在感を放つ彼はすぐに見つけられた。どれほどの激闘の末に、村を救い自分たちを助け出してくれたのか、彼が纏う白い制服には多量の血飛沫の跡がある。

 彼もまた、その黒い瞳で吸い寄せられるようにフレイアシュテュアを見つめていた。頼りなげな彼女をほおっておけずに、フレイアシュテュアのもとへ向かいかけた彼の足を、青ざめた顔で駆けつけてきたキーファーが、彼女が思いもよらない名前で呼び止めた。


「アレフキース殿下!!」

「キーファーか、どうした?」

 アレフキースは怪訝そうに、キーファーに向き直った。何故『ランディ』が『アレフキース』と呼ばれるのか? 何故その呼びかけに答えているのか? 混乱するフレイアシュテュアの目前で、ほっとしたような、焦ったような複雑な面持ちで、キーファーは主君に礼をすることも忘れ額に手をやった。

「お戻りになられたと聞いて! ああ――、間に合われたのですね!」

「お前は一体何を言っている!? ヴェンの容態はどうなのだ!?」

 不安げに問いかけるアレフキースに対して、キーファーは辛そうに訴えかけた。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、どうかお急ぎ頂けますか? ヴェンシナにお言葉を……掛けてやって欲しいのです」

「何だって!? そんなに危ないのか!?」

「はい、思った以上に内部の損傷が酷く、血止めが追いつかなくて……。先ほど麻酔から覚めましたが、いつまでもつものか……」

 キーファーは心底口惜しそうに経過を説明した。 医者としての知識と経験があるからこそ、他人より早くに希望がないことも知れてしまう。


「何てことだ……!」

「立ち話はいい! すぐに行っておあげなさい、アレフキース!」

 呆然とするアレフキースを、ランドリューシュは叱咤するように急かした。死の床にありながらも、主君の心配をしているに違いない忠義者に、ランドリューシュは彼の無事な姿を一刻も早く見せてやりたかった。

「フレイア、君もだ! サリエットと後から来てくれ!」

 恋人の真実の名と大切な『兄』の重手。いきなり突きつけられた二つの現実に狼狽する、フレイアシュテュアに声をかけてから、アレフキースはランドリューシュと共にキーファーの後を追った。

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