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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第三章 「帰郷」
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(3-3)

 ヴェンシナとランディは娘たちに連れられ、それぞれに馬を引いて教会へ向かった。

 外の騒ぎに気付いて出て来たのだろう、黒い僧衣を身に着けた二人の人物が、教会の扉の前でさらに彼らを待ち構えていた。


「ただいま戻りました」

「よく帰ったの、ヴェンシナ、立派になったの」

 白髪の老牧師は、慈愛に満ちた眼差しを細めてヴェンシナを見つめた。

 十六歳で教会から巣立ち、騎士の叙勲を受けて戻ってきた誉れある『息子』の顔を、しばし感慨深く眺めてから、老牧師はおもむろにランディに視線を移した。

「それから騎士殿、遠いところからよくおいでなされた。わしはエルフォンゾ・ジル、この村の牧師で、この子たちみなの『父親』です」

 預かり育てた全ての子を誇るような、老牧師の言葉から滲み出る深い愛情にランディは好感を覚えた。

 その傍らにいた蜜色の髪の若牧師は、ランディと目が合うと静かに微笑んで、控え目に名乗った。

「カリヴェルト・ジルです」

「ランディ・ウォルターラントです。快くご招待頂きありがとうございました。しばらくの間、ご厄介になります」

 丁寧に応じるランディに、エルフォンゾは朗らかに言った。

「ここは神の家ですからの。世の全ての人に平等に門戸は開かれております。ご自分の家とも思って、お寛ぎなさるがよろしかろう」

「ありがとうございます、牧師殿」

「馬はよかったら、僕が預かります。風呂を用意していますから、食事の前にどうぞ」

「ああ、かたじけない」

 ランディはカリヴェルトにも礼を述べて、旅の荷を降ろし、幾つか年上と思しい気の良さそうな若牧師に、身軽になった愛馬を託した。


「ヴェンも、ほら」

 空いている片手を伸べて、カリヴェルトはヴェンシナを促した。

「うん、カリヴァー」

「どうしたんだい?」

 ランディ同様に荷物は降ろしているものの、愛馬の手綱を握り締めたまま、ヴェンシナが物言いたげに見つめてくるので、カリヴェルトは困ったように微笑した。

「シャレルのことかな? そういえばヴェンにはまだ、ちゃんと許しをもらっていなかったね」

「それではお客人は、わしが先に中へとご案内するとしようかの」

 エルフォンゾは気を利かせて、ランディを手招いた。

「それからラギィには、馬の世話を頼もうかの」

「はあい」

 ラグジュリエはランディと連れ立ってゆく老牧師に元気良く答えた。赤毛の少女は騎士たちの馬を預かって、よしよしなどと声を掛けながら、裏の厩にゆっくりと引いてゆく。



*****



 教会の庭には、栗色の髪の姉弟(きょうだい)と若牧師だけが残された。カリヴェルトが視線を向けると、シャレルは心得たようにやって来て婚約者に寄り添った。

 仲睦まじく眼差しを交わす恋人たちの姿を、ヴェンシナは嬉しい様な寂しい様な複雑な気持ちで見守った。


「ヴェン、僕はシャレルと結婚するよ。君も知っての通り君の大事な姉さんは、子供の頃からの僕の憧れで、何物にも代えがたい僕の宝なんだ。生涯かけて大切にすることを約束するよ」

 ヴェンシナに向き直って、カリヴェルトは真摯に告げた。

 故郷へ向かう旅の道すがら、心の内で何度となく繰り返してきたのだ。ヴェンシナが彼に返す言葉はとうに決まっていた。

「うん……。姉さんをよろしくね、カリヴァー。おめでとう、二人とも」

「ありがとう、ヴェン」

 ほっと安堵して、カリヴェルトは知らぬ間に力んでいた肩を緩めた。


 榛色の大きな瞳に、うっすらと涙を浮かべたシャレルは両腕を伸ばして、感極まった様子でヴェンシナを抱き締めた。

「ヴェン……」

「抱きつく相手が違うよ、姉さん」

 自分の背が伸びた分だけ、小さく見えるシャレルに抱かれながら、ヴェンシナはこそばゆい思いで耳の後ろを掻いた。

「カリヴァーからも何とか言ってやってよ」

「いいんじゃないかな。ヴェンにまで嫉妬するほど、僕は狭量じゃないよ」

 穏やかな表情でカリヴェルトは答え、シャレルの肩にそっと手を置いた。

「さてと、僕はそろそろ、ラギィを手伝いにいこうかな」

「そうね……、じゃあ私たちは家に入りましょうか。荷物を中に運んだら、ヴェンはお風呂にしてね」

 弟の身体から離れて、シャレルは涙を拭いながら、少し恥ずかしそうに笑った。

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