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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十三章 「国境」
69/98

(23-2)

「お前が頭目か!?」

 御者の隣に立つ男に、挨拶代わりに剣を繰り出しながらアレフキースは問い質した。

「だったらどうだというんだ、若造!」

 片手で幌の枠組みを掴み、アレフキースの剣を弾きながら、男はぎらぎらとした目つきで答えた。

「この国で犯した罪を贖ってもらう! ただではおくものか!」

「ちっ、面倒な坊やだっ!」


 追跡するアレフキースに、盗賊団の頭目は雷光のように剣を薙いで威嚇した。

 切っ先を避けるアレフキースを総毛立てて、彼の生存本能がちりちりと警告を発する。今彼に向けられているのは、多くの人命をその手にかけ、血肉を啜り上げてきたに違いない、冷酷無比な殺戮者の剣だ。

 他の賊とは度胸も技量もまるで違う老練な強敵を前にして、アレフキースの精神は昂る一方で研ぎ澄まされてゆく。何度も切り結び、睨み合う間にも、幌馬車は河の浅瀬に突き進んで行こうとする。


「エリオール、馬車を!」

 危険な敵と渡り合う主君の背を、周囲の賊から守りながら、フェルナントは御者台の向こうに見えた部下の名を呼んだ。エリオールは上官にみなまで言わせずに、幌馬車を操る御者がかざす剣を跳ね除けて、狙いすました一撃を相手の胴へと見舞った。

 馬車馬の手綱を手放して、御者はずるりと滑り落ちた。幌馬車は制御を失ったまま、国境の河に突入する。水底の大きな岩に乗り上げて、不安定な車体が左に傾いだ。


 エリオールは懸命に手を伸ばして、暴走しかけた馬車馬の手綱を掴み力任せに引いた。馬車馬は嘶きながら後足立ち、車体もがくんがくんと揺れながら止まる。姿勢を乱す頭目の隙を衝いて、アレフキースは彼に肉薄した。突き出される頭目の剣をかいくぐり、その鳩尾を抉るようにして、鋭く深く宝剣を突き立てる。

「こんな、所で……」

 刺し違えようと剣をもたげる頭目の動きを、アレフキースは見切っていた。素早く刀身を引き抜いて身を離し、閃く一刀のもとにその眉間を割る。

 額から血潮を吹き上げて、よろめき傾く頭目の恨みを込めた(まなこ)から、世俗の欲望に満ちた光が急速に失われてゆく。頭目の巨体は派手な水音と飛沫を上げて、壊れた人形のように河の中に倒れこんだ。


 肩で大きく息をつきながら、アレフキースは馬首をめぐらせて、激闘の冷めやらぬ戦場を振り返った。

「――お前たちの頭目は討ち取った! これ以上の抵抗は無意味と思え!!」

 黒い瞳を皓々と輝かせ、アレフキースは圧するような声で宣告した。

「それでもなお、逃げたい者がいるならば逃げてみるがいい。だが唯の一人も、生かしたままこのデレスの地から出してやるつもりはない! 酌量の機会を与えてやる、命が惜しければ投降せよ!!」

 射し初めた朝の眩い光の中で、鮮血を浴びた壮絶な姿で宝剣を払い、アレフキースは盗賊たちに呼びかけた。【英雄王】(サリュート)の名に恥じぬ、勇壮な王太子の脇を固めるようにして、揃いの制服を着た近衛騎士たちが、国境を遮断する壁のように立ち塞がる。

 恐怖による支配と庇護を与えていた頭目を失い、アレフキースの覇気にのまれて、追撃部隊に追い込まれていた盗賊たちは、一人、また一人と降伏を始めた。


 戦いが収束に向かっているのを見て取って、アレフキースはフェルナントに視線を向けた。主君の気持ちを思い遣って、フェルナントは僅かに口元を緩める。

「後は我らにお任せを、アレフキース様」

「ああ」

 フェルナントの申し出に短く答えて、アレフキースは宝剣を収め、ガルーシアの背から降りた。向かうのは、河の中に取り残された幌馬車の中だ。



*****



 御者台から幌を覗くと、並べられた酒樽や麻袋の手前に、手足を拘束され、猿轡を噛まされた格好で、フレイアシュテュアが長い金髪を床に散らして無造作に転がされていた。

「フレイア!」

 アレフキースはフレイアシュテュアの縛めを解き、猿轡を外して、そのぐったりとした身体を抱き起こした。大声を出して暴れぬように、嗅がされた薬が残る朦朧とした意識の中で、フレイアシュテュアは薄っすらと目を開く。

「……ランディ……?」

 心配そうに覗き込んでいる、アレフキースの黒い瞳を認めて、フレイアシュテュアは夢見るような表情でふわりと微笑んだ。ここがどことも知れず、助けられたのだという実感も湧かぬままに、純粋に、彼がすぐ傍にいることが嬉しかったのだ。


「フレイア……」

 アレフキースは深く息をついて、フレイアシュテュアを抱きすくめた。諦めねばならない恋の相手であることなどどうでもよかった。ただひたすらに彼女が愛おしくてならなかった。

 二度とは戻れぬと思っていた、恋しい青年の広く逞しい腕の中で、刹那の幸福に酔いしれながら、フレイアシュテュアは再び意識を手放した。

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