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緑指の魔女  作者: 桐央琴巳
第二十三章 「国境」
68/98

(23-1)

 長い夜は、ようやく明けようとしていた。

 東から白み始めた薄墨の空の下で、アレフキースの追撃部隊は盗賊団の最後尾に追いついていた。

 幌の付いた三台の馬車を前に押し出すようにして、落伍する仲間に構わず、盗賊たちはひたすらに逃げる。

 彼らが目指すのは、デレスの西の国境。国と国とを隔てる河を越えて、隣国ヌネイルに逃げ込まれてしまえば、デレスの軍はそれ以上盗賊団を追うことができない。理由がどうあれ、軍が無断で国境を越えることは領土の侵犯とみなされてしまう。国際問題に発展し、下手をすれば戦争の口火を切る、許されざる行為なのだ。



*****



「何が何でも! 国境を越えさせるな!!」

 結わえた黒髪を風に乱して、ガルーシアを疾駆させながらアレフキースは叫ぶ。逃亡を企てる盗賊たちの馬の背に、フレイアシュテュアの長い金髪は見当たらない。娘たちは奪われた荷と併せて、馬車の中に乗せられているのだろう。

 盗賊たちが欲を出して、荷をいっぱいに詰め込んでいると見えて、幌馬車を引いている三頭の馬足は鈍い。それを追う王太子と騎士たちが駆るのは、乗り手同様選び抜かれたいずれ劣らぬ駿馬である。後方からの攻めは国境警備隊の騎兵に任せ、アレフキースは近衛二番隊の騎士たちと共に、賊の隊列と並行し追い越すような勢いで、巧みに挟撃体制を整える。


 アレフキースの目が、賊の先頭近くをひた走る一人の男に釘付けとなる。デレスの国境警備隊の制服をだらしなく着崩した、その飄々とした姿には見覚えがあった。

 フレイアシュテュアの拘束と引き換えに、エルアンリが送って寄越した警備の傭兵――を装って、娘たちをかどわかした許しがたい賊の仲間。男が跨っているのが、教会の厩で休ませていたヴェンシナの愛馬であるのを見て取って、アレフキースの怒りはさらに燃え上がる。

 あの男だけはどうしても、自らの手で仕留めずにはおれない。ランドリューシュに預けていた王位継承者の証の剣を、アレフキースは戦意を込めて抜刀する。


「――続け!!」

 号令一下。

 味方の鬨の声が勇ましく呼応する中、狙い定めた男へと、アレフキースは一気に馬を寄せた。

 国境の河を目前にして、再び戦端が開かれる。対岸に広がるヌネイルの大地を恨めしく眺めながら、進むことも戻ることもできずに、盗賊団は馬車を囲んでなし崩し的に迎撃する。


 勝利を司る、青年の姿をした神の名を、サリュートという。

 英雄王の称を冠される、デレスの始祖王の名もまた、サリュートという。

 アレフキース・サリュート・ドゥ・デルディリーク。

 盗賊追撃の隊を率いて、掃討の命を下しているのは、勝利の神の名にして、建国の英雄の名を持つ黒髪の王太子だ。


 村を焼き討ち、民の身と命を損ない、財や娘を奪おうとしている罪人たちに、アレフキースは容赦してやるつもりは毛頭なかった。有形無形に国を揺るがし、人心を脅かし続けてきた盗賊団を、漏らさず討ち果たそうとする彼の意志は、味方の騎士や兵たちの気力を高揚させ、奮い立たたせてゆく。

 激しく剣を打ち交わし、押し返し、弾き飛ばして、得物を失った相手の胸へ強烈な突きをお見舞いする。怒りのままに件の男を一息に沈めて、アレフキースはまずはヴェンシナの愛馬を取り返した。愛嬌のある彼の馬には、やはり栗色の髪をした、童顔の主人が乗っていなくてはならない。


 王太子自らの奮闘に、士気を高める追撃部隊の攻勢は熾烈だが、応戦する盗賊たちも死に物狂いである。次第次第に包囲の輪が狭められてゆく中、眼光鋭い壮年の男が、馬を捨てて一台の馬車に飛び移り、年嵩の御者を促して強引に発車させた。敵も味方も顧みず、共に蹴散らしてゆく幌馬車に、要領の良い仲間が追従して、威勢よく囲みを突破してゆこうとする。


「追うぞ! フェルナント!」

「はっ!」

 フェルナントに声をかけて、アレフキースもまた幌馬車に追いすがる。

 アレフキースの予想が正しければ、その馬車に積まれているのは、シュレイサ村で最も価値が高いと盗賊たちが見定めたものに違いない。それはおそらく、村長の家から運び出された金品や家財道具でも、村人たちが丹精を込めた林檎や小麦でもなく、淡い金髪に、緑と琥珀の色違いの瞳をした、自らの輝きを知らぬ生きた宝石――。

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